甘い声で私を呼んで〜年上の御曹司は溺愛を我慢できない〜

かほなみり

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『ごめん、その日は商談先と会合があるんだよ』

 電話の向こうでカイさんが申し訳なさそうに言うのを、なんとなくそう言われる気がしていた私は素直に受け入れた。
 クリスマスも過ぎ、年末を迎え。私は実家に戻り家の猫を毎日構いながらゴロゴロと過ごしていた。

「そうだと思ってました。最近忙しいですもんね」
『本当にごめん…春からの就任に向けて、あちこちに顔出さなきゃいけなくて』
「大丈夫、分かってます。洋海ひろみさんも、カイさんが忙しそうだって言ってたし」
『洋海はちゃんと送迎してたか?』
「はい。でも、別にいいのに」
『駄目だ、ちゃんと送ってもらえ。俺が行ける時はちゃんと行くから』
「心配性」
『ストーカーに狙われてた恋人を心配して何が悪い』

 恋人。
 そんなことをサラッと言われて、なんて返したらいいのか分からず口籠ると、電話の向こうでクツクツと笑う声が聞こえた。

『クリスマスも会えなかったしな…穴埋めをしないと』
「無理しないでください。忙しいんだから」
『無理してでも会いたい』
「…っ、また、そういう……」

 揶揄われているんだろうか。また電話の向こうで笑う声が聞こえて、恥ずかしがる自分の顔を見られなくて良かったと、熱くなった頬を掌で押さえた。膝の上で丸くなる猫がピクピクと耳を震わせる。

「そっちはお天気どうですか?」
『晴れてるよ。そっちに比べたら暖かいだろうが、風が冷たい。ダウンにすれば良かった』
「大袈裟じゃないですか?」
『仕方ないだろ、寒さに慣れてないんだ』

 
 カイさんとお付き合いを始めて二ヶ月ほどが経った。
 私がバイトをしていたジムにお客さんとして通っていたカイさん。
 好きな気持ちをひた隠しにして、ずっとジムのトレーナーと会員、という関係を続けていた。
 カイさんは私より十三歳年上の大人の男性。背が高くてスタイルも良くて、カッコよくて、初めてみた時から私のドストライクだった。
 ある日、私に付き纏っていたストーカーを撃退してくれて、直接採用が決まったインターン先の御曹司であることが発覚して、カイさんに好きだと告白されて。
 とにかくいろんな出来事がギュッと凝縮された濃い一日だったんだけど、そんな日に私も募る思いをカイさんに伝えて、私たちはお付き合いすることになった。

 それから甘い日々が始まるかと思いきや、カイさんは春に就任する取締役業務の引き継ぎなどのため、毎日あちこち飛び回り忙しく過ごしている。
 私は私で、インターンの勉強に大学での卒業制作の追い込みなど、毎日慌しい。殆ど会えないまま私は帰省し、カイさんは出張へ出てしまった。
 恋人たちの甘いクリスマスの雰囲気なんて微塵もないまま年末を迎えた私たちは、やっと時間が取れたというカイさんに合わせて、こうして電話をしている。

『もも、今一人?』
「はい、お父さんもお母さんも酔っ払って寝ちゃった。弟は彼女と年越し詣でに行ってます」
『テレビ通話出来る?』
「えっ」
『ダメか?』
「まさか! そ、そうじゃなくて…」

 いや、そんなつもりなかったから物凄いだらしない格好!!
 久し振りに顔を合わせるのにこの姿って…!

『顔が見たい。一緒に新年を迎えよう』

 電話の向こうから響く甘い声。そんな風に言われて断れるはずもない。

「わ、分かりました…じゃあ、一回切りますね。あ、少し時間を…」
『ダメ。すぐ掛け直す』
「えっ」

 そう言って電話はすぐに切れてしまった。
 ちょっとくらい! 女の子に時間くれてもいいじゃないの!

 そうしてすぐにコールバックされ、出る前に自分の姿を鏡でサッと整える…無駄な足掻きだけど。せめて前髪くらい。

『もも…やっと顔が見れた』

 画面の向こうに映るカイさんは、すでにリラックスした姿。前髪をおろし眼鏡をかけ、柔らかく笑った。

「時間が欲しかったです…」
『一秒でも勿体無い』
「もう! もう少しまともな格好するのに…」
『部屋着可愛いよ。初めて見た。眼鏡も』

 そんなことをサラッと言うカイさんはやっぱり大人。私なんて、画面越しの久しぶりの姿にドキドキしてる。
 これってどうやってスクショするのかな? いや、録画の方がいい…?

 いつもはカイさんの移動中の車内からの電話だったり、私が大学で卒業制作をしている時で、中々テレビ通話も出来ない。
 はあ、やっぱり動くカイさん最高…。

『明日は俺の実家に移動するから、またあまり時間はないかもしれない』
「分かりました。もし都合が良くなったら連絡下さい」
『ん。…仕事始めの日は出社するから、その後時間作ろう』
「え、本当に!?」
『ははっ、そんなに喜んでくれるなら早退してもいいくらいだ』
「それはダメ」
『真面目だなぁ』

 テレビの向こうでカウントダウンが始まる。

「カイさん、お部屋ってどんなの? 広い?」
『ん? ああ、一人で泊まるには広いな。夜景が綺麗だよ、ホラ』

 そう言ってカメラで室内を映してから窓に移動すると、部屋の窓に映り込むカイさんの姿に心臓が鳴った。
 カイさんが窓を開け、街を見下ろすようにスマホを向けると除夜の鐘が聞こえてくる。

「こっちは雪ですよ」

 膝の上の猫が私の動きに合わせてのっそりと降りた。窓を開けて外に身を乗り出すと、雪が静かに降り、遠くに除夜の鐘が聞こえる。
 スマホを外に向けて見せると『雪だ!』と嬉しそうな声がした。

『来年は一緒に新年を迎えよう』
「…はい」

 電話から聞こえる除夜の鐘の音、雪の降る私のいる場所の鐘の音。

『明けましておめでとう。今年もよろしく、もも』
「あけましておめでとうございます。…今年もよろしくお願いします、カイさん」

 カイさんが恋しいと思うこんな年越しも、きっと思い出になる。
 そう思って、車の音すらしない真っ白な街をぼんやりと眺めた。

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