【本編書籍化】【番外編】この世界で名前を呼ぶのは私を拾ったあなただけ~辺境での新しい日々

かほなみり

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温泉と私と時々スリッパ

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「凄い、贅沢!!」


 バルテンシュタッドの南、ザイラスブルクの所有する小高い丘の上に小さな建物が新しく出来た。

 それは以前、レオニダスと話していた露天風呂。
 本当に作っちゃうあたりちょっと私には感覚が違いすぎるんだけど、実際に施工に携わったラウルのご家族――ギフトは建築系らしい――は、私の拙いイラストにインスピレーションと手応えを得たらしく、ここを完成させた後、また新たな温泉施設を建てようと鼻息荒く土地を探しているらしい。

 そもそも、こんなに温泉が豊富なのにそれを売りにするような観光が全くないのが私には不思議。
 冬は雪で王都や近隣の町と繋がる道がほぼ閉鎖されてしまい人の行き交いがなくなるらしいと言うから、そのせいなのかな。観光、という概念がないように思う。
 絶対人が集まると思うけどなぁ。こんなにお洒落なら尚更。

 そんな訳で今日は、柿落としじゃないけど出資者であるレオニダスと企画立案の私が一番に温泉を楽しみに来たのだ。ふふふ!

 コの字型の平屋に足を踏み入れると、高い天井、白い大理石の玄関が迎えてくれる。
 まず私が絶対! と拘ったのは、玄関で靴を脱ぐことだった。

 いやいやいや、直前まで靴を履いて歩くなんてない! お風呂から上がってまたすぐ靴を履くとかもない!

 でも中々靴を脱ぐ文化を言葉では理解してもらう事が出来ず、出資者であるレオニダスを説得するべく、私はスリッパを作った。勿論、裁縫がギフトの人と一緒に。
 元々室内履きはあったけど、それも殆ど靴の様な物。女性用は踵が高くなってるし、男性用は皮で出来てる。
 そうじゃなくて、スリッパ! 布でできたスリッパ! と声高に訴えてとにかく試して欲しいと無理矢理みんなに押し付けた。
 レオニダスに邸のみんな、お義兄様やクラウスさん、オーウェンさんにラウルも。とにかくみんなを巻き込めるだけ巻き込んで、靴を脱ぐ文化を広める事に日々邁進した。

 その結果、今バルテンシュタッドではスリッパが流行っている。

 だって今は夏! 靴なんて脱いで身軽になる事の心地よさを知れば、もうスリッパは手放せないはず! 洗えるし!
 今では仕事を終えて部屋に戻ったら必ずスリッパに履き替えるほどレオニダスも気に入っている。
 日本の文化、素晴らしい。
 出来上がったスリッパは、王都にいるエーリクとお義母様にも送った。エーリクの手紙には、それを見たオリビアさんが是非作らせて欲しいと興奮していた、と書かれていて、実際オリビアさんから制作の許可と何やら契約書が何枚も送られてきて、難しいのでお義兄様に任せている。
 いやもう、好きに展開してください。
 

 玄関に置かれたスリッパに履き替え、レオニダスと室内をぐるりと見て回る。
 オーク材を使った肌触りの良い天然木の床、ダークブラウンのダイニングテーブルと椅子、大きな白いソファが置かれ、正面は大きな窓に白いカーテンがかかり、その窓の向こうには白い帆布の屋根がついた露天風呂がウッドデッキをくり抜いたように設置されている。
 建物の左手はガラスで区切られた室内風呂、右手は白にターコイズブルーをアクセントにした小さな可愛らしいキッチンがある。

 左手の室内風呂は白い大理石の床と白いタイルで施工され、コロンと丸い形をした白い陶器の浴槽が置かれている。設置されたタオルやアクセントタイルがターコイズブルーとカナリアイエローで統一されていて、私の心を大いに掴んだ。

 ――ラウル一族天才!
 心の中でラウル一族にスタンディングオベーション。

 室内風呂にも大きく切り取られた窓があり、窓の向こうにあるテラスにはビーチベッドの様な木製の椅子がローテーブルを挟んで二脚置かれていた。
 
 建物を隠すように生えている木々が程よい日陰をテラスに落とし、葉擦れの音とテラスの下を流れる小川のせせらぎが耳に心地良い。
 テラスに出ると、広いテラスの真ん中をくり抜いた様に浴槽が設置されていて、浴槽はこの地域特有の香り高い木材が使われている。例えるなら日本のヒバのような香り。
 その浴槽にバルテンシュタッドの白い温泉が湧いている。木漏れ日が落とす影がゆらゆらと風に合わせて揺れて、日差しは柔らかな灯りのように水面に零れる。
 私は泣きそうなほど感激した。
 だってこれ、日本だったら高級ホテルみたいなんだもの! 私みたいな庶民ではとても手が届かない高級リゾート地!

 一人震えていると、ふわりと腰に腕を回して柔らかく抱き締められた。その腕の熱に、一気に現実に引き戻される。


「カレン、気に入ったか?」

 クツクツと笑いながらレオニダスが耳に息を吹き込む様に囁いた。レオニダスの森の様な香りがいつもより強く感じて、急に胸が高鳴った。

「う、うん、すごく素敵。レオニダスは? どう?」

 耳元のレオニダスを意識してしまい耳が熱くなる。
 相変わらずいつまでも慣れなくて、それが恥ずかしくて顔を向けられない。キスだって毎日してるのに!

「正直、ここまで素晴らしいものができると思わなかったな。風呂のためだけの施設などどんなものか思いもつかなかった」

 レオニダスも気に入ってくれたみたい! 良かった!
 嬉しくてふふ、と声を出して笑う。

「さて、では入ろうか?」
「うん! そう……」

 んん?

 顔を上げてレオニダスを見ると、何だかちょっと意地悪な顔をしている。あ、その顔ダメなやつ!

「レ、レオニダスと一緒に?」
「ここまで来てそれを言うのか」

 レオニダスはそのまま私の腰を掴みひょいと持ち上げて、内風呂へ戻る。シャワーはそっちに付いていて、着替えを置く籠なんかが設置されているのだ。

「ままま、待って待って待って!」

 あわあわと焦る私を床に下ろし、レオニダスは顔を覗き込んでくる。

「どうした?」
「あああ、あの、今日はね、たっ、ただ入るだけだよね!?」
「入るだけ?」

 意地悪な顔を隠しもせず、レオニダスはついっと私の頬を指でなぞる。思わずビクッと肩を竦めて、顔が熱くなった。
 しまった、それじゃあ何か期待しているみたいじゃない!?
 そりゃあだって「そうかな?」って思わない? だって二人で温泉入るとか!? 裸になるわけだし大体何もない関係なわけではないし!
 でもいざ来てみると当たり前だけど護衛の人たちも一緒に来ていて建物の外には何人もいるんだよ!? この壁の向こうとか、入り口の前とか! だから何も起こらないんだろうけど!
 なのに何か期待しているみたいなこと言っちゃって恥ずかしい!

「ふむ、入るだけ、ね……。では、早速入ろうか?」

 悶えている私の心中を察してか否か、レオニダスはそう言うと私の服の釦に手を掛けた。
 今日の私の服はフレンチスリーブ、ノーカラーのシャツワンピース。サックスブルーのピンストライプで飴玉のような白い釦が後ろに並んでいる。共布の細い紐でウェストマークされていて、下には白いキャミソールを着ているだけ。このあたりの服にしてはかなり軽装で珍しいんだけど、私の暑がりと今日はレオニダスと二人きりという状況もあって許されたもの。他の人と会う時は、まるで武装するかのようにもっといろいろ身に纏う。無理。暑い。
 レオニダスはするりと私の腰の紐を外し、ぷつぷつとリズミカルに釦を外していく。

「レ、レオニダス、待って!」
「なんだ、自分では脱げないだろう?」

 心なしかその声は楽しそう。
 ああ、どうして今日は後ろ釦のワンピースなの!

 私がここまで恥ずかしがる理由には、レオニダスとそういう、仲良くする機会があまりないからだと思う。
 そう、こういう事に慣れていない。
 私が寝込んでいた時、ちょっと一回そういう事があったけれど(アンナさんにバレて物凄く怒られたそう……あれは私も悪いんだけど……ごめんなさい)、その後は体力が回復するまでレオニダスはずっと看病してくれた。

 その時に過ごした部屋はレオニダスの私室でそのまま居座る事になるのかと思っていたんだけど、私が回復するや否やお義兄様がやって来て、あっという間に私をレオニダスの部屋から引き上げさせた。
 そして、結婚してから一緒に過ごす夫婦の部屋を新たに作るため、レオニダスの部屋と隣の部屋の改装工事が始まり、お互い更に離れた場所へ部屋を移らざるを得なくなったのだ。
 夜はピアノのある部屋でレオニダスの帰りを待つけど、アンナさんの監視もあってそのままお互い部屋に戻る事が殆ど。
 本当にたまーに、二人きりになったらレオニダスの部屋に連れて行かれるけど、それも私の体調を気にしているのかレオニダスは優しくて、明け方そっと部屋まで送ってくれる。
 だから今日は本当になんて言うか、お風呂に入りにきただけなんだけど、とにかく意識しすぎなのは自分でも分かってるんだけどなんだか色々と、はい……。

 ワンピースの釦を全て外してするりと肩から落とす。その時に触れた背中をなぞる指に、また肩が竦んだ。
 一人で意識してるみたいでもの凄く恥ずかしい。

「あ、あの、もう大丈夫、ありがとう……」
「カレン」

 レオニダスが後ろから腕を回してぎゅうっと抱き締めてきた。
 私の髪にちゅ、とキスをする。
 逞しい腕に囚われて、それだけで胸がきゅんとした。
 嫌なんじゃない、嫌ではない。いっそこのまま振り返って抱き着きたい。

「そんなに緊張しないでくれ。今日は楽しみにしてただろう?」

 優しく肩を撫で宥める様に囁きながら、ちゅ、ちゅ、と頭頂部から耳、頸へと触れるだけのキスを落としていく。

「……っ、ん」

 その擽ったさに思わず声が出る。

「俺だって久しぶりにカレンとこんな風に出掛けられたのに何もできないのは不本意だが、今日は外に護衛もいる。カレンの可愛い声を奴らに聞かせるつもりはないからな」

 耳にキスを繰り返しぺろりと耳朶を舐められた。
 だからそういう! そういう事されると本当に困るんです!
 
「今はカレンの希望を尊重しよう。まずはカレンが楽しみにしていた温泉を楽しまねば」

 でも、と言って私の顎に指をかけ自分の方に向けた。
 私を見下ろす深い青の瞳にゆらりと黄金が揺れる。

「今晩は、俺の部屋に連れて行くからな」

 唇をちゅ、と啄んでそう宣言する獰猛な瞳の前に、私は真っ赤になる事しか出来なかった。

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