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最終章 深淵
最終話 あなたと
しおりを挟む「グラブー!ブランー!」
すっかりヤンチャになった仔犬たちは屋敷の庭を縦横無尽に駆け回り、日中はほとんど姿を見かけなくなった。気紛れにウルの元に戻って来ては、また二匹で居なくなる。
餌をあげるアンナの呼びかけにだけは必ず応え、どんなに遠くに居ても戻って来る。
「ねえウル、あの仔たちどこに行ったのかな」
今日も姿が見えなくなった二匹の名前を呼ぶが、どこにいるのかさっぱり分からない。
足元にいるウルに声を掛けても、ウルも大して気にしていない。どちらかと言うと私の側にべったりくっ付いている。
「……ウル、あなたもしかして、私と同じ世界から来たのかな?」
足元に侍るウルの頭を撫でると、うっとりと目を細め尻尾をパタパタと振った。
あの白い世界に飲み込まれた時、私自身を取り戻す事が出来たのはお母さんからの電話。
そしてお父さんが私とラケルさんを沼から引っ張ってくれて、ウルがレオニダスの元まで導いてくれた。
みんなが私とこの世界を繋いでくれたのだ。
「……ウルとお母さんとお父さんと…ジークムントさんにラケルさん。みんなに、見守られてるんだね」
そう呟くと、ウルがワンッ と返事をした。
「ふふっ、ウール。ね、あなたと話せたらいいのにね」
ウルの顔を両手で挟みグニグニと頬の皮を揉むともっとうっとりとした顔をする。
その顔が可愛くてクスクスと笑いながら引っ張ったり撫で付けたりしていると、突然ピンと耳を立てて立ち上がり、私の手をすり抜けて駆け出した。
走り去った先に視線を向けると、正門の方からオッテが走って来るところだった。その後ろにはレオニダスの姿が。
「レオニダス! お帰りなさい!!」
立ち上がり大きく手を振ると、レオニダスはくしゃりと笑ってこちらまで駆け寄って来た。
「カレン、今戻った」
腰に腕を回し直ぐにギュッと抱き締められる。
ちゅ、と頬にキスを落として顎に指をかけ顔を覗き込んだ。
「体調は大丈夫か? まだ日差しが強い、外にいては身体に障る」
「もう、大丈夫だってば。すっかり元気なんだから」
心配性に拍車が掛かったレオニダスは、毎日帰って来ては私の顔色や健康状態を確認する。
私はクスクスと笑ってレオニダスの頬を挟んで唇にキスをした。
レオニダスの顔が赤くなる。
この人は私からのキスに慣れない。
「カレン」
「ん。だって、今周りに誰もいないか…」
最後まで言い終わる前に、レオニダスにがっしりと後頭部を抑えられ深くキスをされる。
すぐに舌が入り込み口内を蹂躙する。
「んっ、んむぅっ」
違う違うー! これは遠くからでもバレバレだから!
バシバシとレオニダスの肩を叩いて抵抗すると、ぷはっ とやっと唇が離れた。唾液で濡れた唇をペロリと舐めて口端を上げるレオニダスを見て顔が熱くなる。
何そのしてやったりみたいな顔! 好きだけど!!
恥ずかしくなってレオニダスにしがみ付き胸に顔を埋め悶えていると、クツクツと笑って背中を撫でられた。
頭上でパンパンッと花火が上がった。
見上げると青い空に白く煙が浮かび風に流されている。
「急いで着替えて来る。待っていてくれ」
そう言ってレオニダスはもう一度私の唇にちゅ、とキスを落とすと邸へと戻って行った。
今日は二週間遅れでバルテンシュタッドのお祭りが開催される日。
さっきの花火が開催を知らせる狼煙だ。
寝込んでいた私はオーウェンさんのお店の手伝いが全然出来なかったけれど、お店の調理人とパン屋のロブさんでコラボしたホットドッグと唐揚げ串は私がいなくても十分な量が準備できたみたい。
元々彼らはプロなのだから、レシピさえあればいくらでもアレンジ出来る。
なんか悔しい。手伝いたかった!!
でも、オーウェンさんから託されたお店の目玉となる商品だけは私がナサニエルと一緒に厨房で準備した。
数量限定、子供にも大人にも食べてもらえると、ナサニエルからも太鼓判を貰った。
ホットドッグ対目玉商品! いやでも、どっちも売れて欲しいな!
庭の四阿に移動して抜ける風に涼む。
遠くでグラブとブランの声がした。きっとウルとオッテに戯れているのだろう。
昨日、エーリクから手紙が来た。
王都で勉強が捗っている事、ゾッケがヤンチャでお義母様が苦労している事、騎士団の鍛錬で友人が出来た事。文面から充実して楽しそうな様子が窺えて、レオニダスと二人で心からホッとした。
クラリッセからも手紙が来て、ベアンハート殿下と初めてデートをした事が書かれていた。
難しい言い回しが多くて読むのに苦労したけれど、とにかく嬉しくて楽しかったって。
この二人も少しずつ距離を縮めているみたい。きっと素敵なカップルになるんだろうな。
お義兄様はクラウスさんが留守なので暫く忙しそうにしていたけれど、余裕が出て来たのか私のピアノを聴きたいと邸に遊びに来てくれるようになった。
相変わらず歌はレオニダスの前でしか歌わないけど、お義兄様は嬉しそうに私の作った料理を食べピアノを聞き、レオニダスと静かにワインを飲んで帰って行く。
「僕は結婚なんて出来そうにないなぁ」
ある日そう呟いて笑ったお義兄様。
お義兄様もまた自分の気持ちに向き合い、前に進んでいるのだと思う。
願わくば、お義兄様を支えてくれる人に早く出会ってほしいと思う。
あんな風に一人で悲しみを抱えずに済むように。
――そんなお義兄様が自分の運命に出会うのは、また別のお話。
「カレン、待たせたな。行こう」
レオニダスが軍服から着替えて四阿にやって来た。
私の手を取り立たせると、すり、と頬を撫でる。柔らかなとろける瞳で私を見下ろし、頬にキスをひとつ。遠くにいる護衛に見られているからと初めの頃は抵抗したけれど、今ではレオニダスの愛情表現を素直に受け止められるようになった。
ふふ、と笑ってレオニダスの腕に擦り寄る。
今日の目玉料理は既に準備して馬車に積み込んだ。
後はレオニダスとお店に持って行き、お店の人に託したら二人でお祭りを楽しむのだ。
初めてのバルテンシュタッドのお祭り。
夜通し行われるお祭りを、二人で寄り添いあちこち歩いて見て回る。想像しただけでワクワクしてくる。私はこれからたくさんの初めてをレオニダスと経験するのだから。
「ねえ、レオニダス」
「うん?」
「春になったら結婚式でしょう」
「ああそうだ。俺はそんなに待てないが」
「ふふっ。もう、準備があるから駄目だよ」
「アルベルトと同じ事を言う」
「楽しみにしてるの」
「…ああ、俺もだ」
「楽しみな事、いっぱいだね」
「他は何が楽しみだ?」
「エーリクに会いに隣国に行けるよね?」
「ああ。深淵の森が今の状態なら少しの間くらい部下に任せても大丈夫だな」
「海を渡るでしょう?」
「そうだ。船旅になる」
「海が見れる!」
「ははっ、そうだ。海は好きか?」
「大好き!」
「少し足を伸ばして他の国に寄るのもいいな」
「本当?」
「ああ。カレンとならどこにでも行ける」
「私も。レオニダスと一緒ならどこにだって行くよ」
「カレン」
「ん?」
「……愛してる」
「私も。…愛してる、レオニダス」
貴方がいる場所が私の居場所だから。
だからどうか、私の名前を呼んで。
「必ず、私が幸せにしてあげる」
レオニダスは嬉しそうにくしゃりと破顔すると私の名前を囁いた。
この世界でただ一人、私の名前を呼ぶ、私を拾った貴方。
「カレン」
バルテンシュタッドの青い空が私たちを祝福しているみたいに眩しい。
ここから始める、貴方と私の新しい物語。
* * * おわり * * *
―――――――――――――――――――――――――――
ここまでお読みいただきありがとうございました。
こんなに長くなってしまい、それでもお付き合い頂き感謝しかありません。
これにて本編完結となります。
ありがとうございます。
カレンとレオニダスの結婚式やエーリクの旅立ちなど、まだ掲載できていないお話があり、これらは番外編で今後投稿できたらなと思っています。
番外編も楽しんでいただけるよう、引き続き精進したいと思います。
本当に本当に、ありがとうございました!
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(13件)
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とってもステキな作品をありがとうございました。読み終わった今もまだ余韻の中にいます。次は番外編へ行ってきますね。まだ続きが読める事にワクワクしています。これからも頑張って下さい。応援しています。
素敵なお話で、ドキドキしながら読んでいます♪
辺境伯は、伯爵の一種なので、地位的には侯爵的な感じかと思いますが、公爵の爵位を持っているならば、辺境公なのでは?と思うのですが、間違っていたらごめんなさい!
素敵なお話ありがとうございました❤️
お話の流れやドレスの細かな表現想像しております(//∇//)
話題のAIではなく、自分なりの想像力を鍛えるには作者様の表現はとても素晴らしく思いました。(もちろんAIを否定している訳ではありません)
ムーンでのご活躍を知って、そちらで一気読み❗️
そしたらあらあらキャンとユーレクの素敵なお話があって(//∇//)
こちらでも読める様にしていただけたら嬉しいですが…。
これから夏本番です。ご自愛くださいませ\(^-^)/
チーコ(ニャンコ先生の妻)さま
お読みいただきありがとうございます!
表現を褒めていただいて嬉しいです!ありがとうございます(T ^ T)
ムーンにもお越しいただいたなんて、重ねてお礼申し上げます。
キャンとユーレクのお話はもう少ししっかり書けたらこちらにも投稿したいと思っています。
楽しんでいただけるよう、頑張ります!