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最終章 深淵

まだ、ここにいる

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 一体どのくらい経っただろうか。

 視界は常に白く覆われ、時間の間隔がない。
 目の前に突然現れる魔物をとにかく片っ端から薙ぎ倒して行く。風に身体を煽られ雪が吹き付け視界が悪い中での戦いは、兵士達の体力を奪って行く。
 近くにいる兵士を捕まえ、各小隊長に時期を見計らい砦の隊と入れ替わるよう指示をした。体力を消耗した兵士をそのまま戦闘に留まらせる訳にはいかない。少しでも体力を回復させなければ。

「閣下!!」

 耳の兵士が駆けつけた。

「伝令です! 先程白い雪が砦と防壁を越え領地へ流れ込みました!」
「領民の避難は」
「既に完了しています!」
「戻った各隊に状況報告を行い討伐隊と入れ替わるよう伝えろ」
「はっ!!」

 横から飛び込んで来た魔物の首を掴み地面に叩きつける。持っていた剣で刺し殺し、すぐに回転しながら後ろの魔物を両断した。
 オッテが魔物の首に噛みつき、次々と襲い掛かってくる魔物を足止めする。

「レオ、本当にオッテみたいな犬の採用考えようよ!」

 アルベルトが魔物を切り刻みながら叫んだ。
 確かに、不利な状況下での動物の勘というものは他に変え難い。視力や聴力に頼らずとも、腕力、脚力の者達が遺憾なく能力を発揮できるだろう。

「まずは教会に協力を申し出ないと、なっ!!」

 風に紛れて飛び込んで来た魔物を両断する。

「くそっ、キリがない」

 オッテは深淵の森で初めて拾った仔犬だった。
 見つけた時、魔物に襲われ瀕死の状態だったのを連れ帰り手当てをして、エーリクが教会に連れて行き祈りを捧げてもらった。
 その時の祝福がオッテの身体に宿り、オッテの牙は加護を受けた剣と同様に魔物を滅する事ができるようになったのだ。
 動物に祈りを捧げるなど、普段からある事ではない。辺境では教会離れが進んでおり、ザイラスブルクの人間であるエーリクが頼んだからこそ祈りを捧げたのだろう。

「閣下!!」
「クラウス」
「閣下、すぐに砦へお戻りください」
「どうした」
「……っ、ザイラスブルクの騎士が来ています」

 グッ と、心臓が何かに掴まれ縮んだ気がした。
 視界が暗くなる。
 ドッドッドッ、と心臓が乱れ呼吸が苦しくなった。

 なんだ。
 何かあったのか。
 そんな問いさえ口から出てこない。

「何かあったの」

 アルベルトが側まで来て厳しい表情でクラウスの腕を掴む。

「わかりません。ですがここは他の者にお任せください。早く一度砦へ」



 アルベルトと共に砦へ戻ると、執務室にザイラスブルクの騎士とヨアキムが頭を下げ待っていた。

「何があった」
「閣下、申し訳ございません」

 ヨアキムが頭を下げたまま身体を震わせている。

「……ナガセは?」

 アルベルトが感情のない声で問い掛ける。

「……ナガセ、は、我々と共に地下への入り口へ向かいましたが、あと一歩の所で、白い…吹雪に襲われ、見失いました」
「見失ったって何」
「現在も、屋敷周辺を騎士達が捜索を……」
「何やってるんだよ!!」

 アルベルトがヨアキムの肩を掴み顔を上げさせる。

「アルベルト、よせ!」

 アルベルトの腕を掴みその手をヨアキムから剥がす。アルベルトは舌打ちをすると窓辺へ駆け寄り街を見下ろした。だが、この吹雪が視界を遮りギフトがうまく使えないようだった。
 アルベルトの腕を掴んだ俺の手は震えていた。


「……申し訳ございません」

 ヨアキムがまた深々と頭を下げる。

「目の前に…目の前にいたのに」

 手の届くそこに、確かにいたのに。

「まるで…あの、十七年前のような…」

 ヨアキムの懺悔のような呟きに、アルベルトの肩が揺れた。

「それは違う」

 誰に言うでもなく、震える手を握り締めはっきりと否定する。
 それは違う。

「吹雪は止んでいない。ナガセは聖女ではないんだ。まだ、ここにいる」

 この世界に。
 絶対に。



「おい、何のんびりお茶してる」

 そこに無遠慮な声が響いた。

「オーウェン」

 咥え煙草をしたオーウェンが腰から愛用の長い剣を下げ入り口に立っていた。その姿は現役の頃と同じ、軍服に長いコートを羽織っている。

「領民は皆避難したぞ。家に地下のない者は教会に避難している」
「あんたこそ何してる」
「今の辺境伯様をお助けしようってな、前回のスタンピードを乗り切った強者どもを連れて来たんだよ」
「……兵士じゃない者はダメだ」
「そんな事言ってる場合じゃないだろう。ほら、装備を貸せ。皆門の前に集まってるぞ」
「オーウェン」

 オーウェンはジロリと睨むとふーっと長く煙を吐き出した。

「ナガセがいないんだろう。さっさと終わらせて迎えに行け」
「……」

 退役した者達を魔物と戦わせたくはない。
 だが、兵士達は疲弊し、先の見えない長期戦に疲労の色を滲ませている。

「おい、うちの働き手を早く探して連れ帰って来い。次の夏祭りの準備が出来なくて困るんだよ」

 何グダグダしてるんだ、と舌打ちをした。

「……クラウス、倉庫の装備を全部出して門前に集まっている者達に渡せ。隊割りをして現状を各人へ伝えろ。アルベルト」

 腕を組んで窓の外を見ていたアルベルトが視線だけこちらに向けた。

「俺たちは深淵へ行くぞ」
「レオニダス」
「待つのは性に合わん」

 執務室の棚から剣を手当たり次第取り出し背中に背負う。アルベルトもそれに続いた。

「オーウェン」

 入り口に立つオーウェンと向き合う。

「……助かる」

 ふん、と鼻で笑い肩を殴られた。

「早く行け」


 アルベルトとオッテを伴い深淵の森に降り立った。目指すは深淵、カレンを見つけた場所。

 確信などない。
 だが、この森にまだカレンはいる。絶対に、まだ、ここにいる。


 カレン

 待っていろ
 必ず迎えに行く

 だからどうか待っていてくれ

 カレン


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