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第三章 祝祭の街
帰路
しおりを挟むザイラスブルクの滞在するホテルでエーリクのお別れ会を盛大に開いた。
料理人たちと協力して私も前日からずっと仕込みから準備を進め、アンナさんと一緒に飾り付けを考え、贈り物や必要なものの買い出しもして舞踏会が終わってからずっと忙しく過ごした。
一緒に来ていた第一部隊の兵たちも普段は宿舎に滞在しているけれど、この日はホテルに招いて一緒に晩餐を楽しんだ。
ザイラスブルクの騎士も使用人も皆、思い思いに食事を楽しみエーリクとの別れを惜しみ、チャレンジを応援した。
私たちが帰ってからエーリクはバーデンシュタインの屋敷で過ごす。
王城に、という声もあったけれど、エーリクは王都で過ごす事も経験だからとお義母様の許可を得た。お義母様は勿論大喜び。ザイラスブルクの騎士も何人かエーリクの護衛に残る。
もう、何の憂いもない。
「身体に気をつけて、偶には手紙くらい頂戴ね」
お義母様がそう言ってお義兄様の頬にキスをする。
「ナガセ、貴女が娘になってくれて本当に嬉しいわ。もっと一緒に過ごしたかったわ…。結婚式には必ず行くわね」
またすぐ会えるわ、と私にもキス。
「父上、母上、ではまた」
お義兄様が笑顔で馬の手綱を取った。
行きよりも馬車の台数がかなり増えた私たちは今日、王都からバルテンシュタッドへと帰る。第一部隊の皆んなも既に郊外で待機していて、後は私たちが出発するだけ。ザイラスブルクの馬車が屋敷の前に迎えに来てくれて、私と入れ替わりで今日からエーリクが屋敷に滞在する。
「ナガセ」
エーリクは一通りみんなと挨拶を済ませると、私の前に立ってじっと見上げて来た。
「僕がいなくても、ナガセならちゃんと勉強出来るよ」
でも字を書くのはまだ苦手だから。
「バルテンシュタッドでロイトン先生に優しく教えてもらって?」
エーリク以上に教えるのが上手な人なんていないよ。
「ナガセがくれた御守り、大切にするよ」
私も、エーリクがくれたブレスレット、大切にするね。
「結婚式に出られなくてごめんね……」
大丈夫、エーリクが元気に帰って来てくれたらそれだけで十分。
「……ふふっ、ナガセ、何か話してよ」
ダメです、今口を開いたら嗚咽が漏れます。
「……本当に泣き虫だなぁ」
エーリクはそう言うと、ヨシヨシと私の頭を撫でてくれた。
「困ったことがあったら、ちゃんとみんなに相談するんだよ?」
もう、どっちが大人かわからないね…。
「……エーリク」
「うん」
「……優しくしてくれてありがとう」
「…うん」
「いっつも…守ってくれて…、ありがとう」
「ふふ、うん」
「私、…エーリクに、会えて良かった」
「僕もだよ、ナガセ。ナガセに会えて良かった。本当に本当に良かった。毎日すっごく楽しかったよ」
ぎゅうっとエーリクを抱き締めて、エーリクのふわふわに顔を埋める。
「ナガセ、身体に気を付けて」
「……エーリクも」
「さあ、もう出発しなさい」
お義父様が優しく背中を撫でてくれる。
馬車の前で優しい表情でずっと見守っていたレオニダスがエーリクに一歩近付き、エーリクの肩に手を回すとグイッと抱き寄せた。
「帰りを楽しみに待っているぞ、エーリク」
力強くポンポンとエーリクの背中を叩いて抱き締め、頭をくしゃくしゃっと撫でた。
レオニダスが身体を離すとエーリクは真っ赤な顔になって今にも泣きそうな表情だったけれど、グッと唇を噛み締め、はい、と力強く頷いた。
ワンッ
その時、先に馬車に乗せていたウルがゾッケと降りて来た。
ゾッケはパタパタと尻尾を振って一目散にエーリクのそばへ行く。
「ゾッケ、ダメだよ」
エーリクはゾッケを掌で来ないように制する。勿論ゾッケはそんな事お構いなし、大好きなエーリクに戯れて嬉しそうに尻尾を振っている。
ワンッ
もう一度ウルが吠えた。
私の横にお行儀よく座ってエーリクとゾッケを見ている。
「ウル? どうしたの?」
エーリクが仕方なくゾッケを抱き上げると、ウルは満足気にパタパタと尻尾を振って馬車に戻って行った。
「ふふっ、エーリク、ウルがゾッケを宜しくって」
「えっ」
エーリクが驚いて顔を上げる。
「きちんと躾ければ、いい相棒になる」
レオニダスはゾッケの頭をひと撫でした。エーリクはゾッケの顔を覗き込んで嬉しそうに笑った。
「ゾッケ、僕と一緒に来るかい?」
わんっ
ゾッケは小さな体を震わせて一声吠えるとエーリクの顔をペロペロと舐めた。やっぱり尻尾はずっと振ったまま。
エーリクは嬉しそうにゾッケを大切に大切に抱き締めた。
レオニダスの手を借りて馬車に乗り込む。何度も振り返ってエーリクを見る。エーリクは笑顔で手を振ってくれた。
「エーリク、元気で! またね!!」
行きは一緒だったエーリクは、お義父様、お義母様と玄関の前で手を振って見送ってくれた。
馬車の窓から身を乗り出し、大きく手を振る。
「頑張って! 応援してるから!」
馬車が動きだし、私はエーリクの姿が見えなくなるまでずっと窓の外を見つめていた。
レオニダスはずっと手を繋いでくれて。
やがて屋敷が見えなくなる頃、私はレオニダスの腕の中で、わんわん泣いた。
応援ありがとうございます!
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