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第三章 祝祭の街
あなたに贈る言葉
しおりを挟む「これは何て書いてるの?」
お義兄様が示すそれは、私が書いた日本語、漢字。
四文字熟語。
漢字を知らない人が見ると、確かに複雑怪奇で文字には見えないよね。
前の世界の外国の友人も、漢字をイラストのように捉えていて解釈が面白かったもんなぁ。
「それは一期一会」
「イチゴイチエ」
「一生に一度の出会い、生涯で一度の大切な出会い、って言う意味」
「へぇ~、凄い……いい意味だね。…これは?」
「これは天下無双」
「んん、全然分からないよ」
「えっと、ほかに比べるものがないくらい強いとか完璧とか、そんな意味…確か」
「かっこいいね! 文字に意味があるなんて凄いなあ」
お義兄様は紙を持ち上げまじまじと見つめる。
「ナガセが使う文字とラケル様が日記に書いていた文字って全然違うけど、国が違うから?」
「そう、ラケルさんが書いてた文字は色んな国で使われる文字で、私たちの国でも学校で習うの」
「だから読めるのか、ナガセは優秀なんだね」
英語はいつか留学するためにと思って頑張って勉強してたんだよね。留学生と交流して現場で覚えるスタイル。まさかこの世界で役立つとは思わなかったけど。
「……じゃあさ、これ読める…?」
そう言って懐から小さく折り畳んだ紙を取り出した。
小さなそれは少し擦り切れていて、そっと受け取り開いてみた。
Thank you for being you.
そこには優しい字で書かれた優しい言葉。
お義兄様はじっと、何かを期待する眼差しでこちらを見ている。
「……これは感謝を伝える言葉でね、あなたがあなたのままでいてくれてありがとうって意味だよ。あなたの存在全てに感謝しています、いつまでもそのままでいてねって。お義兄様はラケルさんにとって、凄く大切な存在だよって」
私にとってのエーリクのように。
心細さも不安も全て、あなたの存在があって助けられたよ。
折り目とおりに畳んでお義兄様に返すと、お義兄様は掌の小さな紙をじっと見つめて「そっか…」と、小さく呟いた。
目許を赤くしたお義兄様はそのまま大切に懐に戻して、顔を上げた時にはもういつもの顔。
「ね、ナガセ、僕に合う言葉を何か書いてみて」
「え!?」
そんなこと急に言われてもね!?
うわ、凄い期待に満ちた顔をされてる…!! やだやめて、キラキラしないで! ラケルさんのその素敵な言葉の後に私とか…!
うんうん頭を悩ませて、もうこれしかないと書いたその文字は。
「さっきのと違って線が少ない文字だね」
「これは平仮名」
「ひらがな」
「うん……はい、できた」
「わあ、なんだか丸くて可愛い文字だね。これもナガセの国の文字?」
「そう。文字は三種類あるんだよ」
「そんなに!? 覚えるの大変だね…なんて書いてあるの?」
「お義兄様の名前」
「え、本当? これが? へえーー!」
あるべると・ばーでんしゅたいん
うん、確かに丸いね。
お義兄様はもの凄く興味深そうに見詰めてる。なんだか子供みたいで可愛い。
「何してるんだ?」
くすくす笑っているとレオニダスが仕事を終えてやって来た。
「レオニダス! ごめんなさい、お迎えもせず」
「いや、いいんだ。今日は遅くなってしまったしな」
側に来てすぐに頬にキスをくれる。うん、少しずつ慣れて来たんだよ。恥ずかしいけど。
「見て、レオニダス。これ僕の名前だって」
お義兄様が得意げに紙を掲げて見せる。
レオニダスも興味深く私が書き散らかした文字を見つめて驚いた。
「こんなに複雑な文字を覚えてるのか。凄いな」
いやあ、簡単な漢字しか書いてないけどこんなに褒められると嬉しい。
そんなに綺麗な字でもないんだけどね…。
「レオニダスの名前も書いてみて」
お義兄様、子供みたいで可愛い。楽しくなって言われるがままにレオニダスの名前を書いた。
れおにだす・ふぉん・ばるてんしゅたっど=ざいらすぶるく
…なんか可愛い…
一人で満足している横で、レオニダスは紙を持ち繁々と見詰めている。
「ナガセ、僕これ貰っていい?」
お義兄様がそう言って持ち上げたのは、さっき書いた「一期一会」の言葉。
「いい意味だし、僕これ気に入ったよ」
そう言って丁寧に畳むと懐に仕舞い、ごゆっくり、と応接室を出て行った。
「カレンの国の文字か。初めて見るな」
「そうだね、書いてみせた事はなかったね」
「俺にも何か書いてくれるか?」
レオニダスは漢字の書かれた紙を持ち上げこちらを覗き込んだ。
その瞳は少しだけ揺れていて、そうか、また私の初めてを逃したと思ってるんだ、と気が付いた。本当に、ブレないなぁ。
ちょっとだけ拗ねているレオニダスを凄く可愛く感じてしまってつい、ちゅ、と唇にキスをした。
レオニダスには勿論それだけでは足りなくて、すぐに膝の上に抱き上げられ深くキスをする。
「んっ、…ふ…、ま、まって」
「…うん?」
「…レオニダスに、書きたい文字があるから…」
そう言ってなんとか膝の上から降ろして貰い、テーブルの上の紙にサラサラと書き慣れた文字を書いた。
「……これは、なんと読むんだ?」
レオニダスの名前の下に書いたその文字。
長瀬花怜
「カレンの名前?」
「そう…ちゃんとね、意味があるんだよ。お父さんとお母さんが付けてくれたの」
花は成長して変化していくという意味、怜は聡い、賢いだけではなくて可愛がる、慈しむという意味があると、よくお父さんが言ってた。
「そうか…素晴らしい名前だな」
「ふふ」
両親に込められた思いや願いはずっと、私の人生に寄り添い共に歩んでいく。それって凄い事だよね。
レオニダスは自分の名前と私の名前が書かれた紙を嬉しそうに持ち上げ見詰めている。私がその紙をハートの形に折って見せると、手品みたいだと驚いた。
うふふ、今度は折り紙を折って見せよう。
「このハートはレオニダスに」
はい、と手渡すと優しくそのハートにキスをして懐にしまった。
何その仕草イケメン。
「俺たちの子供にも、願いを込めた名をつけよう」
「こども」
「子供は授かりものだが出来たら嬉しい…カレンは?」
「…うん、欲しい。レオニダスの子供が欲しい。…エーリクみたいな子がいいな」
「そうだな…エーリクの話は聞いたんだな」
「うん。淋しいけど…でも、いいことだと思う」
「カレンが応援してくれたらエーリクは頑張れる」
「じゃあ私、エーリクに頑張って! って気持ちを込めて壮行会を開きたいな。ご飯作って、楽しく皆んなで過ごすの」
「それはいいな。バルテンシュタッドに帰る前に開こう」
レオニダスに肩を抱き寄せられその胸に顔を埋める。
「そんな顔をしてはエーリクも悲しむぞ」
「うん…」
エーリクにも、お守りになるような言葉を贈ろう。エーリクを支えられるように。
この祝祭が終わり一週間が経った頃、私たちはバルテンシュタッドに帰る。
エーリクと別れて。
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