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第三章 祝祭の街

くるくると

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「べアンハートとはどんな話を?」

 レオニダスのダンスも本当に上手。
 大きな身体からは想像できない優雅な動きで、私の動きを全て分かって先回りするように踊ってくれる。

「ええと……」

 ううん、どこまで話したらいいんだろう。

「言えない内容か?」

 グイッと腰を引き寄せられ身体が密着する。

「レオ…」
「アイツが声を出して笑うなど滅多にない。何を話していた?」

 なんかまた黒い笑顔になってるような…。
 ええ…これは答えないと離してもらえない感じかな?

「あの……、レオニダスなら、……仕方ない、と…」
「…? 俺?」
「えっと……、…」

 仕方なく、先程のご婦人との会話を話した。


 レオニダスは聞き終えると項垂れて私の肩口に額を寄せ、唸り声を上げた。

「レオニダス、あの……私、仕方ないって思ってるから」

 こういうの、普通は話すものなんだろうか。分からないけど、嘘を言う訳にもいかないし。

「あの、その、あの人が嫌なこと言っただけで、レオニダスは何も……レオニダス?」

 こんな状態になってもステップ踏めるとか凄い。
 私の手を取り踊るレオニダスについて行くのが精一杯で。

「カレン」

 顔を上げたレオニダスに耳元で囁かれ、ビクッと肩をすくめた。
 もう! 不意打ちはダメ!
 レオニダスの足を踏みそうになる。

「もう何年も前の話とは言え……俺の過去は過去だ。変えられない。だが」

 耳に唇を寄せ触れながら、息を吹き込むように言葉を紡ぐ。

「俺はもうカレンのものだ。この心も身体も全て、カレンに捧げた。……他に何もいらない」

 かーっと顔が熱くなるのが分かった。
 そ、そんな恥ずかしいこと! 今言わないで!!
 熱くなった耳に、ちゅ、とキスをする。

「カレン、ここでそんな顔をするな」

 レオニダスはふふ、と笑って優しく腕を腰に回し包み込むように抱き締める。私は恥ずかしくて俯いた。

「すまない……嫌な思いをさせた」
「そ、そんなの、レオニダスのせいじゃ……」
「…平気か?」
「え」

 顔を上げるとレオニダスの深い青の瞳に黄金が差した。

「……嫉妬はしない?」
「……っ」

 ずるい、その顔。
 探るような労わるような、でも少し意地悪な顔。

「…っ、そ、……し、しない…ことは、ない、けど…」
「……俺はする」
「え?」
「もしもカレンが……カレンの、昔の男が現れたら」

 いや、そんな人いないけども。

「俺は、多分そいつを殺す」

 何かを想像したのか急にレオニダスから黒いオーラが溢れた気がした。
 近くで踊っていたカップルから「ひ…っ」と声が上がる。
 ごめんなさいね!? レオニダスってば飛躍しすぎ! 存在しない人に殺気立たないで!

「……で、でも」
「うん?」
「私より…綺麗な人だし、む、胸だって、あるし、なんか…慣れてそう、だし、……レオニダスって、呼んでた、し…」
「カレンより美しい人間なんていないし、胸なんか知らん。それに俺は」

 俯いていた私の髪に顔を寄せて、すうっと息を吸い込む。
 また! 匂い嗅いでる!

「カレンが慣れてたら嫌だ」

 ええ、何それ。思わずぷっと笑ってしまった。

「大体、誰にも名前で呼ばせたことなどない。カレン以外に」

 顔を上げると黄金が蕩けるように瞳の中で揺らめいている。
 ああ、私の好きな瞳。

「……する…」
「うん?」
「……嫉妬…」
「カレン」

 私の言葉を聞いて感極まったような、嬉しそうな顔を見て恥ずかしくてレオニダスの胸に顔を埋めた。

 する。するに決まってる。
 この人のこんな声も瞳も腕も全て、誰にも知られたくないし見せたくない。
 あんな綺麗な人に言われて悔しいに決まってる。
 仕方ないことと、私の気持ちは別なんだもの。

「……嫌だった」
「うん」
「嫌な気持ちになる……」
「ああ」
「もう、しないで」
「する訳ない」
「……約束ね」
「勿論だ、約束する。俺の愛しい人」

 優しい手つきで私の背中を撫でる。
 私の髪に鼻先を埋めて話すレオニダスの声が身体の中に染み渡るみたい。ずっとこの腕の中にいたい。

「べアンハート殿下はね、助けてくれたの。あと、クラリッセのこと、頼むって」
「そうか」

 優しく微笑むレオニダスの眼差し。

「次は王城の舞踏会があるが、その時は絶対に離さないからな。そこで陛下と挨拶を終えたら、すぐにバルテンシュタッドに帰ろう」
「うん。早く帰りたいね」

 早く、帰りたいね。
 私にとってバルテンシュタッドは、帰る場所だから。


 音楽が終わり、レオニダスから身体を離して礼をするとすぐにお義兄様が私の手を取った。

「はいはい、人前でイチャイチャしないよー」

 そう言われて初めて、かなり恥ずかしいくらい密着していた事に気が付く。
 いや、会話は大丈夫だよね!? かなり声抑えてたけど!

 レオニダスはむっと眉間に皺を寄せて、私は火照った顔を冷やすこともできないままお義兄様と続けてダンスを踊り、結局その後は靴擦れで動けなくなるまでくるくると踊り続けた。
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