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第三章 祝祭の街

ラケル

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 ラケル・ベーレント
 十六歳
 五月三日生まれ
 牡牛座
 血液型はO型
 ドイツ系アメリカ人
 家はサンフランシスコ
 お父さんはベノ
 お母さんはアリア
 将来の夢 看護師


 これが私。
 私のこと。
 忘れないで
 わすれないで


―――――



 ここはどこ。
 どうしてこんなところにいるのか分からない。
 あの黒い化け物がいて、襲われた。
 あの強い男の人が助けてくれた。
 でも、全然言葉が分からない。
 ここはどこ。帰りたい
 帰りたい帰りたい帰りたい

 かえりたい

 誰か助けて



―――――



 白い長い服を着た人のいる場所に連れて来られた。
 教会みたい。でも見たことのない神様。
 この人は神官?
 何か興奮して捲し立てていたけど、分からない。
 何も分からない。
 あの強い男の人はずっと眉間に皺を寄せていて不機嫌な顔をしている。
 怖い。偉い人みたいだけど、よく分からない。
 分からない。
 分からない。



―――――



 毎日あの怖い人が来る。
 何も話さないけど。
 だってお互い何を言っているのか分からないから。
 帰りたい。でもどうやって。
 私のこと閉じ込めてるの?
 怖くて部屋からも出られない。
 お世話をしてくれる女の人が綺麗なドレスを嬉しそうに用意してくれた。
 着ろってこと?
 よく分からない。
 白い服。
 あの神官の人の服に似ている。

 あまり好きじゃない。



―――――



 今日で何日目なの?
 目が覚めてもまだこの悪夢が終わらない。
 またあの怖い人が来た。
 今日は何か話してたけど分からない。
 ねえ、帰りたい。家に帰して。
 お願いだから帰して。
 泣いたら怖い人が困っていた。
 私だって困っている。
 二人で困っているのが何だかおかしくて笑ったら、もっと困った顔をしていた。



―――――



 あの怖い人が外に連れ出してくれた。
 初めてあの部屋から出た。
 歩くのが久しぶりでフラフラした。
 あの人が支えてくれた。
 庭に出ただけだけど、とっても綺麗な庭だった。
 天気も良くて空も綺麗。
 綺麗な花。空。風。
 気持ちよかった。
 また連れ出してほしい。
 でもどうやったら伝わるだろう。



―――――



 今日もまたあの人が外に連れて出してくれた。
 今日は庭の四阿に食事を用意してくれた。
 あの人も一緒に食べた。
 ここに来てから食事は殆ど食べられなかった。
 口にすると吐きたくなるから。
 でも今日は食べた。
 温かいスープが美味しかった。
 あの人が優しそうな顔をした。
 泣いたら、また困った顔をした。
 心配してくれているんだと思った。
 泣きながら食べた。
 スープもパンも美味しかった。



―――――



 あの人の名前はジークムント。
 なんとか名前を知った。
 私の名前も教えた。
 ラケルって呼んでくれた。
 嬉しかった。
 誰も私を呼ばないから。
 ジークムント。
 ジークムント。
 ジークムント。



―――――



 ジークムントと街に出かけた。
 服は白くないものにしてくれた。
 楽しかった。
 お店も沢山、人も沢山。
 ジークムントとカフェに入った。甘いものが好きみたい。
 笑ったら、ジークムントも笑った。
 言葉は分からないけど、少し単語を覚えた。
 言葉を覚えよう。
 ジークムントと話せたらいい。



―――――



 四阿で信じられないくらい綺麗な子に会った。
 ジークムントが紹介してくれた。
 金髪で紫眼の凄く美人な子。
 私と同じ年くらい。
 ジークムントの彼女かな。
 とってもいい子でずっとニコニコしてた。
 私の手を取って、挨拶してくれた。
 寝る時まで側にいて、おやすみと言って出て行った。



―――――



 あの子が今日も来た。
 朝、優しく起こしてくれておはようって挨拶した。
 真似して言ってみたら、凄く喜んでくれた。
 服は白くない、可愛いものを用意してくれた。
 こっちの方が嬉しい。
 髪を可愛く結ってくれた。
 何だかずっとお喋りしてるけど、私は何を言われてるのか分からない。
 でもこの子は楽しそうだから、いい。



―――――



 今日はジークムントは来なかった。



―――――



 あの子はテレーサという。
 私をラケルって呼んでくれる。
 言葉が通じなくてもあの子といるのは楽しい。
 ジークムントは今日も来ない。



―――――



 ジークムントが怪我をした。
 何故なのか分からない。
 会わせてもらえなかった。
 心配。心配してる、心配。
 早く、会えますように。



―――――



 ジークムントに会えた。
 泣いたら困った顔をされた。
 頭を撫でてくれた。
 抱きついたらもっと困ってた。
 よかった、よかった、よかった。
 よかった。



―――――



 テレーサが婚約者を紹介してくれた。
 凄くテレーサの事が好きなのが分かった。
 幸せそうだった。
 ジークムントに婚約者はいるのかな。
 でも聞けない。
 聞き方も分からない。



―――――



 白い服の人達が沢山来た。
 ジークムントが怒ってる。
 私を部屋に閉じ込めた。
 何が起こっているのか分からない。
 出てくるなということだと思う。
 だからじっと待つ。ジークムントを信じる。



―――――



 朝、テレーサじゃない人が来た。
 あの白い服を着せられた。
 ジークムントはいなかった。
 だから何となく予想がついた。
 白い服の人達が私を何処かに連れて行くみたい。
 ここに戻ってくる事ができるのかな。
 それすら分からない。
 だって言葉が分からないから。
 ジークムントは一緒には来ないみたい。
 離れたくない。
 心細い。
 私はまたどこか知らない場所に行く。
 ジークムント。最後にちゃんと挨拶がしたい。


 ジークムント。

 ジークムント、



 ジークムント…




―――――



 私の名前はラケル・ベーレント


 私はラケル


 誰か、私を呼んで



 ジークムント、助けて

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