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第三章 祝祭の街

言葉の足りない恋する二人

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 さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、今は長い沈黙が流れている。


 私たちは取り敢えず場所を移しホテルの中庭にある四阿でお茶をいただいている。
 遠くからお祭りの賑やかな音楽や笑い声、屋台の掛け声が聞こえて来て一体何故ここにいるのだろうとぼんやりしてしまう。
 シェフの作った可愛らしいスイーツがみるみるスミュール嬢の口の中に消えていく様をレオニダスは面白そうに眺めていた。
 そしてスイーツが綺麗になくなると同時に訪れた沈黙。
 二人とも俯いたまま何も話さない。

「で? 分かり合えたんじゃないのか?」

 隣に座るレオニダスは私の指を弄りながら興味なさそうに聞く。
 そうなのよ、どうしてまた黙っているのかな。
 さっきの話し合いで終わったんじゃないの? 不完全燃焼だった?

 べアンハート殿下は口を開いては閉じ、開いてはまた閉じて、なんだか眼鏡が曇り出した。
 スミュール嬢はじっと膝の上の手を見つめている。

 うーん……。

「あの……お二人は婚約者同士、なんですよね?」

 恐る恐る訪ねると、

「「勿論」ですわ」

 と、同時に返事が返って来た。
 うんうん。

「あの、では今回は何故、べアンハート殿下は黙って帰国されたんでしょうか?」

 まさかそれも言わなくても分かる的なこと? もしそうならちょっと説教させて貰いますけど。殿下。

「それは、その……」

 べアンハート殿下は縋るような目でレオニダスを見る。
 でもレオニダスはずっと身体を私の方に向けて指を絡めて繋ぎ片方の手で私のピアスを弄ってる。

 今日のピアスはガラスでできた青いパンジーのピアス。
 時々意味ありげな手つきで耳を触る。擽ぐったくて肩を竦めてしまう。
 もう! 擽ぐったい!

「……私が、こ、子供だから、だと思います……」

 消え入りそうな声でスミュール嬢が答えた。

「それは……っ」

 グッと息を呑むべアンハート殿下。
 え、何、本当に会ってなかったの? 顔合わせなしで婚約したの!? 文通? 文通でもしてたのかな?

「お二人は好き合って婚約したのだとお聞きしたのですが…」
「「…す……っっ!!」」

 同じリアクションをしてまた俯いてしまった。
 もう何これ……私何させられてるの。
 横にいるレオニダスを見上げると帽子で目元が影になっているけど、ニコニコ笑って私の唇をそっと押した。

 もう! 人前なんだからダメ!
 睨みつけてもレオニダスはニコニコしてる。
 
「では政略結婚ですか?」
「違う!!」

 そこは全力でべアンハート殿下が否定した。
 うん、よく出来ました。スミュール嬢が驚いた顔で殿下を見る。

「殿下、そろそろはっきりお気持ちをお話しになられてはいかがですか? 不安そうにしているスミュール嬢の為にも」

 そう言うと殿下はまた俯いて、むぐ、とかもが、とか言いながら指でくいっとメガネを押し上げた。
 青い髪から覗く耳が真っ赤になっている。

「……私が、年齢のことを話さなかったので、その、お怒りになられたのだと…」

 スミュール嬢が小さな声で殿下に語りかけた。

「……ね、年齢のことは確かに驚きました。その、もうすぐ…け、けけ結婚できる、ものと、思っていたので…」
「……申し訳…」
「違う、違うのです、その、貴女が謝ることではない。私が情けないばかりに、……貴女から、逃げてしまったのです」

 スミュール嬢が不安気な表情を見せる。

「貴女が……許してくれないかも、しれないと。自信がなかったのです…貴女が成人を迎えてもまだ、こんな…私のような年上の男と、けっ、けっこ……結婚、をしてくれるのか、と」

 貴女は素敵な女性だから、とそれはもう消え入りそうな声で呟いた。
 でもそれはしっかりスミュール嬢の耳に届いたらしく。儚気な美少女はみるみる真っ白な肌を赤く染めた。

「私にとって、貴女はやはり素晴らしい女性です。分かり合える事も含め、同じギフトを持つ者同士、尊敬に値する」

 顔を上げキリッとスミュール嬢を見つめるべアンハート殿下。眼鏡は曇ってるけど。見えてるのかな。

「はじめから私は貴女の類まれなギフトと、気持ちが分かり合える、通じ合える喜びに心が震えました。そして、優しい貴女に心を奪われました。年齢など関係なかった。…それを、思い出したのです」
「べアンハート様……」
「クラリッセ、どうか私に、貴女が成人するまで待つ事を許してもらえないだろうか」
「……」

 涙ぐんだスミュール嬢は、こくんとひとつ、小さく頷いた。

 えっと……何なのかな、結局何を見せられたんだろう、私。

 好き合ってる二人が言葉が足りないまま不安になっていただけのことね?
 年齢の事は知らなかったと。ほぼ会わずにどうして婚約まで行ったのかはもう深くは追求しない…。
 どっと疲れが押し寄せる。

 レオニダスが立ち上がり、私を立たせた。

「後は二人で今後を話せばいい」

 え、いいのかな二人っきりにして。騎士はいるけども。
 殿下がなにやらワタワタ慌てた様子を見せたけど、レオニダスは全て無視して私の腰を引き寄せると中庭を後にした。


 え、何、今の時間はなんだったの!?
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