上 下
50 / 89
第三章 祝祭の街

言葉の足りない恋する二人

しおりを挟む


 さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、今は長い沈黙が流れている。


 私たちは取り敢えず場所を移しホテルの中庭にある四阿でお茶をいただいている。
 遠くからお祭りの賑やかな音楽や笑い声、屋台の掛け声が聞こえて来て一体何故ここにいるのだろうとぼんやりしてしまう。
 シェフの作った可愛らしいスイーツがみるみるスミュール嬢の口の中に消えていく様をレオニダスは面白そうに眺めていた。
 そしてスイーツが綺麗になくなると同時に訪れた沈黙。
 二人とも俯いたまま何も話さない。

「で? 分かり合えたんじゃないのか?」

 隣に座るレオニダスは私の指を弄りながら興味なさそうに聞く。
 そうなのよ、どうしてまた黙っているのかな。
 さっきの話し合いで終わったんじゃないの? 不完全燃焼だった?

 べアンハート殿下は口を開いては閉じ、開いてはまた閉じて、なんだか眼鏡が曇り出した。
 スミュール嬢はじっと膝の上の手を見つめている。

 うーん……。

「あの……お二人は婚約者同士、なんですよね?」

 恐る恐る訪ねると、

「「勿論」ですわ」

 と、同時に返事が返って来た。
 うんうん。

「あの、では今回は何故、べアンハート殿下は黙って帰国されたんでしょうか?」

 まさかそれも言わなくても分かる的なこと? もしそうならちょっと説教させて貰いますけど。殿下。

「それは、その……」

 べアンハート殿下は縋るような目でレオニダスを見る。
 でもレオニダスはずっと身体を私の方に向けて指を絡めて繋ぎ片方の手で私のピアスを弄ってる。

 今日のピアスはガラスでできた青いパンジーのピアス。
 時々意味ありげな手つきで耳を触る。擽ぐったくて肩を竦めてしまう。
 もう! 擽ぐったい!

「……私が、こ、子供だから、だと思います……」

 消え入りそうな声でスミュール嬢が答えた。

「それは……っ」

 グッと息を呑むべアンハート殿下。
 え、何、本当に会ってなかったの? 顔合わせなしで婚約したの!? 文通? 文通でもしてたのかな?

「お二人は好き合って婚約したのだとお聞きしたのですが…」
「「…す……っっ!!」」

 同じリアクションをしてまた俯いてしまった。
 もう何これ……私何させられてるの。
 横にいるレオニダスを見上げると帽子で目元が影になっているけど、ニコニコ笑って私の唇をそっと押した。

 もう! 人前なんだからダメ!
 睨みつけてもレオニダスはニコニコしてる。
 
「では政略結婚ですか?」
「違う!!」

 そこは全力でべアンハート殿下が否定した。
 うん、よく出来ました。スミュール嬢が驚いた顔で殿下を見る。

「殿下、そろそろはっきりお気持ちをお話しになられてはいかがですか? 不安そうにしているスミュール嬢の為にも」

 そう言うと殿下はまた俯いて、むぐ、とかもが、とか言いながら指でくいっとメガネを押し上げた。
 青い髪から覗く耳が真っ赤になっている。

「……私が、年齢のことを話さなかったので、その、お怒りになられたのだと…」

 スミュール嬢が小さな声で殿下に語りかけた。

「……ね、年齢のことは確かに驚きました。その、もうすぐ…け、けけ結婚できる、ものと、思っていたので…」
「……申し訳…」
「違う、違うのです、その、貴女が謝ることではない。私が情けないばかりに、……貴女から、逃げてしまったのです」

 スミュール嬢が不安気な表情を見せる。

「貴女が……許してくれないかも、しれないと。自信がなかったのです…貴女が成人を迎えてもまだ、こんな…私のような年上の男と、けっ、けっこ……結婚、をしてくれるのか、と」

 貴女は素敵な女性だから、とそれはもう消え入りそうな声で呟いた。
 でもそれはしっかりスミュール嬢の耳に届いたらしく。儚気な美少女はみるみる真っ白な肌を赤く染めた。

「私にとって、貴女はやはり素晴らしい女性です。分かり合える事も含め、同じギフトを持つ者同士、尊敬に値する」

 顔を上げキリッとスミュール嬢を見つめるべアンハート殿下。眼鏡は曇ってるけど。見えてるのかな。

「はじめから私は貴女の類まれなギフトと、気持ちが分かり合える、通じ合える喜びに心が震えました。そして、優しい貴女に心を奪われました。年齢など関係なかった。…それを、思い出したのです」
「べアンハート様……」
「クラリッセ、どうか私に、貴女が成人するまで待つ事を許してもらえないだろうか」
「……」

 涙ぐんだスミュール嬢は、こくんとひとつ、小さく頷いた。

 えっと……何なのかな、結局何を見せられたんだろう、私。

 好き合ってる二人が言葉が足りないまま不安になっていただけのことね?
 年齢の事は知らなかったと。ほぼ会わずにどうして婚約まで行ったのかはもう深くは追求しない…。
 どっと疲れが押し寄せる。

 レオニダスが立ち上がり、私を立たせた。

「後は二人で今後を話せばいい」

 え、いいのかな二人っきりにして。騎士はいるけども。
 殿下がなにやらワタワタ慌てた様子を見せたけど、レオニダスは全て無視して私の腰を引き寄せると中庭を後にした。


 え、何、今の時間はなんだったの!?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

【R18】純情聖女と護衛騎士〜聖なるおっぱいで太くて硬いものを挟むお仕事です〜

河津ミネ
恋愛
フウリ(23)は『眠り姫』と呼ばれる、もうすぐ引退の決まっている聖女だ。 身体に現れた聖紋から聖水晶に癒しの力を与え続けて13年、そろそろ聖女としての力も衰えてきたので引退後は悠々自適の生活をする予定だ。 フウリ付きの聖騎士キース(18)とはもう8年の付き合いでお別れするのが少しさみしいな……と思いつつ日課のお昼寝をしていると、なんだか胸のあたりに違和感が。 目を開けるとキースがフウリの白く豊満なおっぱいを見つめながらあやしい動きをしていて――!?

溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
旧題:泣き寝入りして目覚めたらマッパでした~溺愛三公爵と氷の騎士~ 恋愛下手な「私」がやっと好きになった人に誤解され、手酷く抱かれて、泣きながら眠り、起きたら知らない部屋の寝台の上。知らない男、知らない世界。確かに私、リセットしたいと思いながら寝たんだっけ。この夢、いつ覚めるんだろう?と思いつつ、結局また元いた世界と同じ職業=軍人になって、イケメンだけれどちょっとへんな三人の公爵様と、氷の美貌の騎士様とで恋したり愛したり戦ったり、というお話。プロローグはシリアスですが、ご都合主義満載、コメディシリアス行ったり来り。R18は予告なく。(初っ端からヤってますので)

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。