43 / 89
第二章 王都
見届ける
しおりを挟むレオニダスは私を抱き起こし、上着を肩にかけた。
「遅くなってすまない…」
ギュッと抱き締め私の髪に顔を埋める。
私はレオニダスの首に顔を埋めた。温かい。
「大丈夫……来てくれるって、分かってたから」
レオニダスは大きな手で私の背中を摩り、頭を抱えるように撫でる。
「カレン、オッテとウル達を連れて獣医のところへ行けるか?」
両手で私の頬を挟み額にひとつ、唇にひとつ、キスをする。
「うん……、レオニダス、エーリクが」
「大丈夫だ、ほら」
「ナガセ!」
エーリクが駆け寄って来た。
「エーリク!」
ぎゅうっとエーリクを抱き締める。
「エーリク、エーリク大丈夫!? 怪我はない!?」
「大丈夫だよ、ほら」
両手を広げて見せるエーリク。
良かった…!!
レオニダスはエーリクの肩に手を置いた。
エーリクはレオニダスの顔を見上げ、力強く頷いた。
廊下を見ると、オッテを抱えた騎士の人もいた。血で濡れた体を外套で包んでいる。その足元でウルがずっとウロウロしている。
私はもう一度レオニダスにギュッとしがみついてから、エーリクとオッテの元に駆け寄った。
* * *
「落ちたものだな」
レオニダスの低い声が裏庭に響く。
目に見えるほど漏れ出ている殺気。
黄金に輝く瞳は全てを見透かすようにギラギラと輝く。
周囲の空気がビリビリと震え重く息苦しくなる。
瓦礫に半分埋もれた魔物の男はダラダラと涎を垂らし、灰色の濁った瞳をレオニダスに向けている。
「薬? 溺れているのは知ってたけど、お前、何したらそんな事になるの? それにこの匂い……僕達には随分と嗅ぎ慣れた匂いをさせてるね」
アルベルトの冷めた声。
他にも濃い闇と同じ色の外套を身に纏った男達が周りを取り囲み、皆、抜身の剣を手にしている。
「オマエたちに、オレ、コロセ、ない」
魔物の男はケタケタと笑い声を上げのっそりと立ち上がった。ガラガラと煉瓦や材木が音を立てて崩れる。
「オレが、オマエたちヲ、コロス、から」
魔物の男は落ちていた剣を取り大きく振りかぶった。
振り下ろされた剣は地面に食い込み土埃をあげ、周囲にいた男達は一斉に後ろへ飛び退き距離を取った。
アルベルトが素早い動作で懐に飛び込み喉へ剣を突き立てる。
瞬間、ギィンッと音を立て剣が折れた。
直ぐに後ろに飛び退き、ビリビリと痺れている手を振って舌打ちした。
「本当に身体強化だ。こいつのギフトは腕力なのに」
魔物の男は剣を構え周囲の男達に飛び掛かった。男達は剣を交えることはなくただ躱して行く。人外の速さで剣を振るうが、それも荒削りで力任せだ。躱すだけならば、剣技とも呼べない剣がこの場にいる人間に通用するはずもなく。
アルベルトは身を屈め素早く脚払いをして魔物の男の身体を倒す。魔物の男は地面に身体を打ち付け転がった。
レオニダスは腰の剣を音もなくスッと抜いた。
「お前のことは憐れだとも思わん。その身をもって罪を償え」
魔物の男は咆哮を上げるとレオニダスに向かって飛び掛かった。レオニダスは正面からその力を受け止める。
足元の地面が沈み、ミシリとひびが走った。
何度も剣を打ち込み押し付け、魔物の男は剣を叩きつけるように振り下ろす。レオニダスは全て剣で受け止めていたが、魔物の男が身体を回転して斜め上から渾身の力を込め振り下ろす剣を握った腕を、左手で掴んだ。
「ぐゔっ!?」
ミキミキと音がしてその腕の骨が砕ける音がする。
「ぐぁあああっ!!」
魔物の男が腕を振り払おうと後ろに下がるのをレオニダスは離さない。
腕を掴んだまま、レオニダスは魔物の男の身体を蹴り上げた。魔物の男は離れることも叶わず、ニ度、三度と何度もその身体に顔に蹴りを受ける。
口から血が吐き出され、膝をつきレオニダスを見上げるその顔は腫れ上がり、掴まれたままの右腕はおかしな方向に曲がっている。
それでもレオニダスの殺気は消えることはなく。
静かに剣を握っている右腕を振るった。
魔物の男の身体が後ろに蹌踉めき、レオニダスから距離を取った。腕を解放された男は不思議そうにレオニダスの手にあるものを眺めた。それは男の肘から先に見える。
レオニダスは左手に握っていた男の腕を地面に放り投げた。
切断された腕は剣を握ったまま地面でビタンビタンと跳ねている。
「本当に魔物そのものだな。最早正常な判断など出来まい」
レオニダスは一歩踏み込んで魔物の男を蹴り上げる。
大きく膨らんだ身体はおもちゃのように吹き飛び塀に激突した。
「ギャアアアアッ!!」
痛みからなのか怒りからなのか分からない叫び声を上げ、魔物の男はレオニダスに向かってきた。
「簡単に死ねると思うな!!」
レオニダスは魔物の男を躱し左手で頭を鷲掴みにすると地面に叩きつける。地面に顔がめり込みグシャリという音がした。すぐにそのまま持ち上げ、また塀に叩きつける。
魔物の男はまた直ぐに立ち上がり、今度はレオニダスではなく塀の外へ向かって走り出す。
レオニダスはすぐに剣を振るい、今度は右脚を両断する。
男の身体から離れた脚がバタバタと暴れ土埃を上げる。魔物の男はバランスを崩し地面でのたうち回った。
周囲の男達も集まって来た騎士達も、その様子を黙って見つめている。
魔物の男は身体を起こし、レオニダスを見ながら肘をついてズルズルと後退する。その口からは笑い声が漏れた。
「ハハ、ハ、オレは見てタぞ、オマエとあの黒イオンナ」
口からはダラダラと血とも涎とも判別のつかないものが流れ続ける。
「アレは穢れてる、アレはクロい、ははハ、ハ、オマエ、アノ黒イ、オンナと、ネタノカ」
ごぼっと音を立てて口から泡が吹き出た。
「オレがマモノ、だと? ……ごぶっ、ナラば、アノオンナは何ダ、あの黒い、アイツのセイデ、俺、ぐふっ、ぐっ、…オレは、こんな……」
周囲にいる外套の男達も騎士達も誰も動かない。
ギリギリと剣を握り締めただ黙って魔物と成り果てた男を睨みつける。
「アレこそ、マモノダ!! 黒い、クロ、黒ダ、あの、ケガレタ、醜イ、黒いオンナ……ッ!!」
男の声はそれ以上、発せられる事はなかった。
* * *
獣医の元で治療を受けたオッテは一命を取り留めた。
貫通した短剣は少し内臓を傷つけたけれど、ちゃんと療養すればまた元の通り元気になると。
それを聞き、私とエーリクは抱き合って喜んだ。
ウルも身体はどこも怪我をしていなかったのでアンナさんはウルに赤ちゃんを託し、ウルはうとうとしながら授乳している。
よかった。
私は護衛に頼んでまた、タウンハウスに戻った。
エーリクには反対されたけれど、どうしても、見届けたかったから。
タウンハウスの裏庭へ行くと、動かなくなった魔物の男の身体を取り囲むように闇色の外套を着た人達が見下ろしていた。
お義兄様が指示を出している彼等は口元まで顔を隠し、普段見る護衛と明らかに様子が違う。
ザイラスブルクの騎士達もレオニダスへ報告をする人、怪我人を支えている人もいる。
通りからは人々の騒めきが聞こえてきた。騒ぎを聞きつけて人が集まり出したのだろう。
でも私は、あの魔物の男から目が離せなかった。
「カレン」
レオニダスがいつの間にか目の前に来てこちらを見下ろしている。
「レオニダス」
ぼんやりと見上げるその瞳は、まだ黄金に揺らめいて。
「レオニダス……来てくれて、助けてくれて、ありがとう」
「……怖い思いをさせた」
ふるふると頭を横に振る。
レオニダスはあの魔物の男が視界に入らないよう私の前に立った。
「レオニダス、オッテは大丈夫だったよ」
「ああ。あいつはそんな柔じゃないんだ」
「ウルも……今日、赤ちゃんを産んだばかりなのに、助けてくれたの」
「あいつらはカレンのことが大切だからな」
ふわりとレオニダスが微笑む。
その笑顔を見て、急に泣きそうになった。
「……あの、人。私のこと知ってた。バルテンシュタッドで……」
「ああ。だがもう、心配ない」
「……みんな、大丈夫? 騎士の人達は」
「大丈夫だ。怪我をした者はいるが皆無事だ」
「そう、良かった……」
「カレン」
レオニダスは私の頬を優しく撫でる。
「送ろう。今日はもう……」
「レオニダス」
レオニダスの言葉を遮る。
涙がぶわりと目に溢れてきた。溢れないようにぐっと息を止める。
レオニダスは黙って私の次の言葉を待ってくれて。
分かってる。
きっとこの後、事後処理とか色々あるよね。レオニダスは指示を出す立場の人だから。みんな、レオニダスの指示を待ってる。
きっと今も。
分かってる。
分かってる。
――でも、
「…………一緒にいたい……」
唇が震えるのが自分でも分かった。
口にすると、ポロポロと涙が溢れてしまった。
小さな声はそれでも、レオニダスにちゃんと届いてくれて。
レオニダスはお義兄様から上着を受け取ると、私の頭をすっぽりと覆い隠して抱きかかえた。
「アルベルト、後は頼む」
「分かった」
私は暗くなった視界の中、大好きな匂いと熱に包まれて、ポロポロ、ポロポロといつまでも涙が止まらなかった。
34
お気に入りに追加
1,400
あなたにおすすめの小説
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。