勘違いから始まりましたが、最強辺境伯様に溺愛されてます

かほなみり

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第二章 王都

落ちる

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「おい、これで」

 薄暗い店の中。人で溢れかえった店内は喧騒に包まれ、お互いの声もよく聞こえないくらい賑わっている。騒々しいホールを抜け店の奥に通じる細く長い通路を通り、店裏の出入口にいる男に金を見せる。

「……ほらよ」

 男は金額を確認すると、袖の擦り切れた薄汚い上着の内ポケットから小さな白い包みを掌で見えないよう金と交換する。

「おい、ふざけんな、これだけかよ」

 男を睨みつけ、震える拳を片方の手でなんとか押さえつける。

「値上がりしてんだよ、俺に言うな」

 ニヤニヤと下卑た笑いをしながら男は煙草に火をつけた。

「あんたさ、ヤバいんじゃない? ちょっとペース早いって言うか」
「お前には関係ない」
「そりゃそうだけど。上客には長生きしてほしいんだよね」

 ふーっと、長く紫煙を吐き出す。
 スポットライトのように天井から差すランタンの灯りがゆっくり立ち昇る紫煙の行方を照らす。

 人の気配がした気がして、バッと後ろを振り返る。
 だが、そこには誰もいない。

「なに、なんか追われてんの? ちょっと巻き込まないでよ」
「追われてない」
「ふうん……? なあ、上客のあんたにさ、ちょっと協力して欲しいことがあるんだけど」
「協力?」
「そそ。これさ、今お試しで製造してるらしいんだけど」

 男は別のポケットから、先ほどとは違う赤い小さな包みを取り出した。

「効果が違うんだって」
「効果?」
「恐怖心を無くして能力を最大限に引き出す、らしいよ」

 男は赤い包みを掲げて見せる。

「使った感想、教えてくんない? 金はいらないから」

 バッと引ったくるように包みを手にする。
 包みを受け取った姿を確認した男は、じゃあまたな、と店の外へ出て行った。



 ――あの、依頼に失敗した夜から暫くして。俺の元にまた依頼が来た。

 一回目の依頼は簡単なものだった。
 貴族から依頼があった、前金も受け取っている、お前の腕も知っているから一緒にどうだと声を掛けてきた。依頼内容は簡単なもの。

 ある屋敷から女を攫ってこい。
 攫った女は好きなだけ犯せ、と。
 前金の額も相当なもので、仲間と山分けしてもここ最近で一番の額だった。

 標的の屋敷には見覚えがある気がしたが、女を攫うだけの依頼にそれ程興味もなかった俺はただついて行っただけで、詳細を知ろうともしなかった。
 だが。あの夜。


 仲間はみんな殺された。俺たちは屋敷に入ることすら出来なかった。


 俺は下町の安宿まで、あちこち寄り道をしながら遠回りをして辿り着いた。

 誰かに付けられている。部屋に籠り、カーテンから外を伺った。宿の前を行く人間全てが疑わしく見える。
 暫くはろくに睡眠も取れず、剣を手放せない日が続いた。

 三日ほど経って、ノロノロと部屋を出た。
 何もないが、それでも見張られている気がする。神経が張り詰め、もう精神的に限界だった。

 俺の様子を見た宿の主人がとりあえず何か食えとすぐ側の店を紹介してくれた。飲まず食わずだった俺は久し振りに食事をして酒を飲み、店のカウンターからこちらを見ている女を買う。

 酒、女。

 だがどちらも俺の役には立たない。
 一時の快楽を得ても、すぐに蘇るあの夜、あので感じた、恐怖。

 そしてすぐに手を出した薬。

 そこまで落ちるのは簡単だった。
 あちこちの居酒屋で酒を飲み女を買い、薬を買う。次第に麻痺してくる感覚。金も底をつき掛け、そんな時。見計らったかのように届いた依頼、そして金。


『ブルネットの女を連れて来い、辺境の黒もあればなおよし』


 ――俺は震え上がった。

 辺境の黒だと? それはなんだ、どういう意味だ? 辺境など、もう関わりたくもないのに。

 調べるとあの夜、俺たちが襲撃をした屋敷はバーデンシュタイン伯の屋敷だった。バーデンシュタインと言えば王家の影。
 俺たちは、……俺は一体、何を相手にしたと言うのか。
 ガタガタと体が震え恐怖で涙が溢れてくる。心臓を見えない何かに掴まれているような恐怖。


 俺は依頼を無視した。

 だが、誰かに監視されているのは分かる。俺は金を受け取ってしまっているのだから。どうしたらいい、この金は誰のものだ? こんなものいらない、放っておいてくれ!

 食事も出来ず、薬も効かない。恐怖で魘され碌に眠れない日々。

 もう嫌だ、やめてくれ、俺は何故、どうして、嫌だ、なぜ俺はこんな所にいるんだ、誰か、誰か……。



「恐怖心を無くして能力を最大限に引き出す、らしいよ」



 そう言ってあの男が差し出した赤い包み。
 何も期待はしていなかったのだが。



 ――なんだこれは。
 この感覚は。

 頭がすっきりして視界が鮮明になる感覚。

 いや、

 夜だと言うのにまるで昼間のような視界。耳を澄ませば聴きたい音だけを拾える。あの遠くの街角で話している会話も、俺を監視している人間の息遣いも。

 身体が軽い。一蹴りで天まで飛べそうだ。
 近くにあったカップを握るとまるで砂のように粉々になる。だが、掌は無傷だ。

 力が漲る。
 身体の隅々まで力が滾り素晴らしい高揚感。今ならなんだって出来る。

 そうだ、俺を監視している奴ら……あいつらで力試しをすれば良い。

 何も怖いものなどないではないか。
 俺は一体何に怯えていたと言うのか。
 俺は俺だ。俺である限り、何者も俺を脅かすことなど出来はしない。



 ――ああ、俺は。

 俺は俺を取り戻したんだ。

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