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第二章 王都

憂い

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 ――王都の下町。
 華やかな街には影の部分も存在する。

 深夜、家々の明かりも消えた時間。外套のフードを目深に被り灯りのない狭い道を行き前を行くアルベルトに声をかける。

「吐いたか」
「まあ、大体は」

 アルベルトは入り組んだ道を迷いなく進む。
 でもねぇ、と小さく呟いた。

「ローゼンスキールとの繋がりしか出てこないんだよね」
「巧妙だな」
「だね……辺境の黒の意味も分かってないし、あの男からはもう何も出てこないだろうな」
「……」
「他の貴族や教会の勢力はこれまで通り監視に留めてるけど」
「それでいい。養子とは言え、バーデンシュタインの後ろ盾を持ち俺との婚約も発表する。そう簡単にはナガセに手を出さないだろう」
「でもさ、次期教皇と名高いハインリク枢機卿とその甥であるバルテンシュタッド伯がナガセのことで秘密裏に会った、なんて良からぬ憶測を呼ぶだけだと思うけど」
「言わせておけ。俺は王位になんぞ興味はないし、ナガセは聖女ではない。叔父上もその点については近いうちに公の場で発言するそうだ。大体、覇者のギフトでもない俺が王になどなれる訳がないだろう」
「そうだけどね。でもその噂を払拭するこっちの身にもなって欲しいなぁ」


 下町の小さな家々がひしめき合う路地裏を抜け、一軒の家に辿り着く。
 入り口には外套を纏った男が二人。
 横をすり抜け中に入ると、薄暗い居間の足元には地下へ続く階段がある。

 地下にはユラユラと不安定に揺れるランタンに照らされたずぶ濡れの男が一人、部屋の中央の椅子に縛り付けられガタガタと震えている。その周囲をフードの男たちが遠巻きに囲んでいた。

 アルベルトは気安い調子で「お疲れ様」とフードの男の肩を叩き、部屋の隅から椅子を持ち出し男の前に置いた。

「さて、と。じゃあ繰り返しになるけど、一回目の指示について話そうか」

 アルベルトは椅子の背面を前にして跨ぐように座り、背もたれに乗せた腕の上に顎を置いて男にニコニコと笑顔を向ける。
 男はアルベルトの姿を認めると更にガタガタと身体を震わせた。

「お、おんなを……っ、連れて、こい、と、へ、部屋に、てが、手紙が来る、の、を……っ」
「ほら、もっと具体的に」
「こ、濃い、ブルネット、の髪の女……背が、高く…ほ、細い…」
「どこに連れてくの?」
「しっ、し下町、の空き家……っ、に、お、女を、好きにしろ、お、女がっこ、壊れるま、で、まわ……せ、と」

 足元の石床が三尻と音を立て室内の空気が重くなった。ずぶ濡れの男がひいっと悲鳴を上げさらに顔色を悪くする。

「ち、ちがう! おっおお、おれは、何もし、しししていない! で、伝言をバラバラに、して、つっ、伝えただけでっ」
「うんうん、それで? 二回目は?」
「い、一回、目と同じ、ブルネットの女を、つ、連れて、来い、と、へ、辺境、の黒、も」
「……も?」

 それまで壁に寄りかかり聞いていたが思わず前へ出た。
 アルベルトがチラリとこちらを振り返る。顎で示し、地下室を出た。

「……別人の扱いだ」
「……ブルネットと、黒
「二回目の指示がローゼンスキールではないとして、だ。今は殆どの貴族が髪色は違えどナガセがあの演奏会の夜のブルネットの女性と同一人物だと分っている。こちら側も否定していない」
「あの指示は古い」
「ああ。指示を出したタイミングが少しズレている。この指示は演奏会の夜にいたブルネットの人物と辺境の黒と呼ぶ人物を別々に考えている。これは婚約が発表される前に指示しているな」

 深淵の森で黒髪の子供を保護したという話を知る者はいるが、噂話のようにしか伝わっていない。そもそも、深淵の森で子供を保護するということ自体が信じ難い話なのだ。ましてやそれが女性で俺の従者から婚約者になったなど、そんな考えに至るものはいないだろう。

 ――だが、あの男。
 
「その後の接触は」
「ないね」
「あの元見習いは切られたとみていいだろうな」

 指示の内容が更新されていないのなら。
 アルベルトは手袋をした手を顎に当てる。

「今のままじゃ坊やがしくじっても、引きずり出せるのはローゼンスキールだけだね」

 グッと眉間に力が入る。

 その通りだ。
 今回の伯爵家の養子と婚約の発表、この二つを同時に行ったのは牽制の意味が強い。
 出自のはっきりしない珍しい黒髪のカレンを聖女の物語に当て嵌め、都合よく祀り上げようと企てる不埒な輩を先に牽制するためのもの。
 婚約には陛下の許可がいるため、早々に婚約を結べば王家が認めた婚約だと印象付ける事ができる。

 更にアルベルトの家、バーデンシュタイン家は表面上は文官として代々出仕していることになっているが、その実、秘密裏に国内外を飛び回り様々な情報を収集する王家の影だ。
 王家の影の娘。下手に手を出しては己の足元を掬われかねない。
 教会の派閥争いだけではなく、王族に連なろうとする者達の動きも封じるものであったのだが、違う角度から横槍が入った。

 動機は何か。
 あの男のことだ、ただ珍しいからという理由だけなのかもしれない。
 カレンに愛を伝えたあの夜。あの男は確かにカレンが黒髪である事をしっかりと目にした。そしてカレンが気紛れで手を出せるような人物ではないと理解した筈だ。

 では、あの男はどう動くのか。
 カレンを手に入れたい理由がただ珍しいからというだけだったのならば、このまま諦めるだろう。
 だからこそ元見習いを切った筈だ。

 だが何か嫌な感じがする。
 あの男がこのまま大人しく引き下がるだろうか。


「アルベルト、引き続きボーデンの監視を」
「分かった」
「それと」

 懐から書簡を取り出しアルベルトに渡す。

「今回の件を陛下は憂慮している」

 アルベルトは書簡に押された印璽を確認すると、楽しそうに笑った。

「癇癪持ちのお嬢さんにはお灸を据えてあげなきゃね」
「アルベルト」
「分かってる」

 書簡を懐にしまい、アルベルトはフードを深く被り直す。

「坊やも回収するよ」


 そうだ、憂いはひとつも残したくない。
 カレンのために。

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