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第二章 王都
纏わりつく
しおりを挟むジジッと音を立て、街灯が小さくなり静かに消える。
灯りに集まっていた虫も姿を消し、辺りは静寂に包まれた。
暗闇の中、目的の扉を確認して後ろに控える男に頷くと男は真鍮の把手に手を伸ばす。
「触るな」
頭上から声が降ってきた瞬間、後ろに大きく身体が吹き飛んだ。
扉の前に暗闇と同じ色の外套を纏った男がゆらりと立ち塞がり腰の剣を抜く。
控えていた男は姿勢を低くし外套の男目掛け下から剣を薙ぎ払う。
ギインッと、剣がぶつかり合う音が響き火花が散った。
一瞬浮かび上がる暗闇色の外套を着た男の顔。薄い青色の瞳が全てを見透かすように細められた。控えていた男は身体を回転させ渾身の力で外套の男に剣を振るう。
だが、暗闇の中だというのに男の振るう剣は悉く躱される。男は外套の男を追うのをやめ、目的の扉に手を伸ばした。
その瞬間、強烈な衝撃に襲われ街路樹に身体を打ちつけた。腕が燃えるように熱い。
直ぐに起き上がり、扉の前に立ち塞がる外套の男を捉える。
「ここが誰の家か分かっているのか…?」
外套の男は、薄青色の瞳を闇夜に浮かべゆっくりと首を傾げ男を見据えた。
「この……っ」
男はもう一度剣を握りこみ……感覚がない事に気が付いた。
ボタボタと足元に水溜りが出来ている。闇の中で見える真っ黒なタールのようなそれは、足下にどんどん広がっていく。
「探しているのはこれか?」
外套の男は手に持っていた剣を投げて寄越した。
それは剣よりも重たい音を立て、ドサッと目の前に転がる。
あの剣は俺のだ。
では、あの剣を握っている腕はなんだ?
「ぐあぁっ…っ!!」
途端に熱かった腕に経験したことのない激痛が走った。男はベルトを引き抜き腕の止血をし、履いていたグローブを咥え歯を食いしばる。
「……ぐゔぅっ……っ、このっ」
血走った眼で外套の男を睨み付け、辺りを見回す。
仲間はどうした!?
「父上」
外套の男の隣に、スッと音もなくもう一人現れた。
「そっちは」
「五人。一人は泳がせて影が追っています」
「ふん、たった六人でやって来るとは、舐められたものだ」
外套の男はゆったりと前へ出る。
「一人泳がせれば十分だろう」
外套の男の動きがひどく緩慢に見えた。
汗なのか涙なのか、視界が滲み、心臓の音が耳元でガンガン鳴っている。
男には、外套の男が振り下ろす手に剣が握られているのも分からなかった。
* * *
二階の窓の明かりがつき、道路が照らされた。外套の男が、はっと顔を上げ窓を仰ぎ見る。
「テレーサ」
先程までの殺意はすっかり無くなり、何年経っても恋焦がれて止まない恋情が外套を纏った男の胸に湧き上がって来る。
「父上、ここはお任せください」
「ああ」
外套の男はそう言うと素早く邸へ駆けて行った。
「さて…」
アルベルトは剣を納め、影に後を任せた。
先程父が蹴り飛ばしそのまま無様にも逃げた男。あの男をアルベルトは知っている。
何も考えていないあの男は、易々と黒幕を教えてくれることだろう。後を追う影の報告を待つだけだ。だが、今夜のことが我が乳兄弟の知る所となれば、最早あの男に情けなど掛ける筈もなく。
何にせよ、あの男は真っ当に生きて行く事など出来る訳がないのだ。
ふと顔を上げ邸に灯る明かりを見る。
父も母という最愛の人がいる。
乳兄弟にも周りを顧みない程の愛を捧げたい人ができた。
だから自分は、彼等と彼等の愛する人を必ず守る。
(だって僕は、守れなかったのだから。せめて彼らを、彼らだけは)
* * *
「おはよう、レオニダス」
「……」
「何その顔。挨拶は基本でしょ?」
執務室に入ってきたレオニダスはアルベルトの姿を認めると、眉間に深く深く皺を刻んだ。
窓辺に立ったまま、にこやかに笑うアルベルトの金髪は朝日を浴びて輝き神々しいばかりだが、逆光で陰になっている笑顔は不穏な空気を纏っている。
「報告を」
レオニダスは短く告げ、執務椅子に背を預けた。ギシリ、と椅子が軋む。
オッテは何か感じるのか、いつものように窓際には行かず入り口の前で静かに座っている。
「昨夜遅く、我が家に奇襲があった。相手は6人。父と対処済みだけど一人泳がせて影に追わせてる。狙いは『ブルネットの女』。うちにそんな人間いないからさ、狙いは間違いなくナガセだね。逃げた男は少しは頭を使うようになったのか、真っ直ぐ雇い主の所へは行かず今は王都内の安宿に潜伏してる」
「知り合いか?」
「僕達のよく知る人物だよ」
アルベルトは美しく笑みを浮かべる。
「元、見習い騎士」
ミシッと執務椅子の肘掛が音を立てた。
「調べたら王都に戻された後、伯爵家から追い出されたみたいだよ。人望も人脈もなく誰も手を差し伸べてくれる人はいなくて、腕力を活かして破落戸みたいな仕事を請け負って生活してる。今回の件の標的となった人物を知っていたとは思えないけど」
「場所はどこだ」
「ダメ、レオニダスは行く所があるから」
握り締めている肘掛から、パラパラと木屑が落ちる。
一度ならず二度までも、カレンを襲うだと? そんな事が許される筈はない。
目の前が暗くなり、ギフトが溢れて来る。
鼓動が速くなり、今にもその男の元へ駆け出しこの手で殺したい衝動に駆られる。
レオニダスの殺気に反応しオッテが身体を低くして唸り声を上げた。
「レオニダス、これからナガセと出掛けるから、ギフトは抑えて」
アルベルトは窓辺から離れ、レオニダスの正面に立った。
「今朝、王弟殿下から連絡があった。これから教会に行くよ」
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