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第二章 王都
中庭の告白
しおりを挟むそして私は今、さっきまで窓から見ていた中庭にいる。
青髪眼鏡男と共に。
この青髪眼鏡男は突然やって来て叫んだと思ったら、もの凄く早口で何かを捲し立て、私の腕を掴みここまで引き摺って来た。
控えの間を出る時に衛兵の方に視線で助けを求めたけれど、もの凄くバツが悪そうな顔をして首を横に振られた。
どう言う事? ダレコレ。
そうして青髪眼鏡男は今、中庭の四阿でずーーっと喋ってる。本当にずっと。
私に話しているんだろうけど、そもそも俯いていて視線も合わないし、早口過ぎて何を言っているのかひとつも分からないので、返事という名の合いの手を入れる事も出来ない。
ただ只管、私は青髪眼鏡男の旋毛を見つめている。
どうしようかと思って視線を彷徨わせると、離れた所に立つ騎士服の人がチラホラいてこちらを見ている。
じっと見つめると眉を下げて視線を逸らされた。
ああ、お察し。偉い人なんだろうな。レオニダスのこと呼び捨てだったし。
ぼんやり青髪眼鏡男の旋毛を眺めていると、突然ガバッと顔を上げた。
「そう思うだろう!?」
え、うそ泣いてる。何が? いつの間に?
「はい」
よく分からないままヨアキムさんの教えとおりに(とりあえず)返事をした。
すると、やっぱり!! と言って立ち上がると私の隣に移り両手をむんずと掴んでブンブン振り出した。
涙を流しながらやだ鼻水も出てますよ、私を見つめまた何か言っている。どうしよう、本当に何を言ってるのか分からない。
取り敢えず返事をしたのは正解だったってこと?
「ありがとう!」
そう言って青髪眼鏡男は突然私を抱きしめた。
はい!?
ぎゅーっと痛いくらい抱きしめられて、身動きが取れない。
誰か! 助けてー!! こわいこわいこわい、この人誰なの! 鼻水拭いてよー!
「ベアンハーートッ!!」
中庭に拡声器でも使っているかのような音量でもの凄く低い怒声が空気を震わせた。
青髪眼鏡男はハッとして顔を上げる。
いいからもう離してーーッ
レオニダスが悪鬼か魔王かという形相でもの凄くドス黒いオーラを纏いながら、ドスドス音を立ててこちらへ向かって来た。
周囲の騎士の方達は真っ青な顔をしている。
「レオニダス!」
青髪眼鏡男は涙と鼻水だらけの顔を上げてレオニダスに満面の笑みを向ける。
え、あんなこわい顔した人にそんな笑顔できるの凄いですね?
レオニダス! 助けて! この人汚い!
私は必死にレオニダスに無言で訴えた。だって変なこと言ったら何されるか分からないし!
レオニダスはあっという間に四阿に到着すると私と青髪眼鏡男をベリっと剥がした。ベリっと。
「何をしているんだお前は!!」
レオニダスは私と青髪眼鏡男の間に立ちマントを広げて私を自分の懐に隠した。
マントの中でぎゅーっと肩に腕を回して抱き締められる。
いや、外からは見えないかもしれないけどコレはどうなんですかね? 私、男の子の格好だし!
青髪眼鏡男はレオニダスの怒りなんて全く意に介さずメソメソとまた捲し立てだした。
「レオニダスが登城してるって聞いたから部屋に行ったんだけどいなくってでもこの子がいて侍女がこの子はレオニダスの従者だって言うけどただの従者を自分の控えの間に待たせるとか聞いたことないからよくよく観察するとちょっと違う色をしてると思ったし隠してるのわかったからきっと今回王都に来たのもこの子の素性を叔父上に見てもらう為なんだろうって思ったらこの子にちょっと興味が湧いて外で二人で話せば誰かに聞かれることもないからでも話してるうちに段々私の婚約者のことを思い出しちゃって色々聞いてもらってでもやっぱり私は戻らない方がいいだろうから意見を聞いたらはいって言ってくれてやっぱり立場が同じだとこの子もわかるんだなと思うと嬉しかったし理解してくれる人がいるっていうのは幸せなことなんだよだから」
「待て!!」
青髪眼鏡男はレオニダスの一声でピタッと話すのを止める。
わあ、レオニダス凄い。よく躾けてる。
「……べアンハート、お前本当に何を言ってるんだ?」
分かる、分かるよレオニダス。この人何言ってるのか全然分からないの。
「私の婚約者の話じゃないか!」
「いや、どの辺が!?」
「レオニダスも同じ考えだろう」
「だから何が!」
「君だってこの子をそばに置いておきたいから男の子の格好をさせているんだろ? 流石の私もそこまで思いつかなかったいやそれくらい彼女に夢中だった違う今でも夢中なんだよ」
「おい、べアンハート」
「でも君がもしかしてそういう趣味かもしれないと思って確かめるためにもまずはこの子と話を……っ」
そこでレオニダスが青髪眼鏡男の口……顎を、片手で鷲掴みにした。
ひぃっ、ギシッとかミキって音がした気がする!
「べアンハート、黙れ」
「……」
青髪眼鏡男……べアンハートと呼ばれたこの人は、違う涙を浮かべて動きを止めた。
「いいか、これ以上俺の従者について余計なことを言ってみろ。お前の顎など握り潰して二度とお前の婚約者の前に現れることが出来なくしてやるからな」
わあ、よく分からないけどすっごく不穏な事を言ってる気がする。早口うつってない?
べアンハートはむごっとかうげっとか返事なのかよく分からない声を出して頷いた、ような気がする。
レオニダスは乱暴に手を離して「何の話なのかさっぱり分からん」と言いながら私を抱く腕に力を入れた。
「……羨ましいよ」
べアンハートはメソメソしながらまた四阿の椅子に腰掛け項垂れた。また旋毛が丸見えだ。
そう言えばレオニダスの旋毛って見たことないなあとかちょっと現実逃避をしながら顔を上げてレオニダスを見ると、帽子で目元が暗くなっているレオニダスの眉間にいつもの皺。
でも、最近時々見る碧い瞳に金色が揺らめいて輝いていて、すごく綺麗でじっと見つめているとレオニダスがこちらに気が付いた。
私を見下ろし目が合うと、ふっ、と口元に笑みを浮かべて肩を抱いていた手で私の頰をスッと撫でる。
顔が一気に熱くなる。
「君だって我慢できないからこの子を従者にしたんだろう? 私だって初めに聞いていればその位はしたんだ!」
「……婚約者を従者にするのか?」
「いくらでも手はある!」
「従者より婚約者の方がいいに決まってるだろう」
「いくらでも愛でられる!」
「婚約者を愛でろ! 人を変態みたいにいうな!」
「愛でられないことが分かったから苦しんでるんだろ!」
「はあ?」
「私だって犯罪者にはなりたくない!!」
「話が見えん、何故婚約者を」
「だって未成年だぞ!」
「……は?」
「私の婚約者!」
「……」
「あと二年なんて!」
「二年?」
「そうさ! まだ十四歳だったんだ!」
「…………」
「なんだよ」
「……いや、政略結婚なら未成年のうちに婚約する事はあるだろう」
「政略結婚じゃない」
「……お前もうそれは犯罪者になっ」
「違う! 何もしてない!! てててて手だって握ってないしそもそも顔を合わせることも殆どなかったんだよ! それでも素晴らしい解析のギフトで私とあんなに話の合う人間に会ったことなかったから嬉しくてだから」
「婚約を打診したのか」
「そうだよ! まさかそんな若いとか思わなかった……んだ、よ……うぅっ、きっとこんなおじさんで彼女も困惑してるんだ……」
「そもそも何故今の今まで年齢が話題にならなかったんだ」
「そんなもの関係ないとお互い思っていたから……もうすぐ思う存分一晩中だって語り合えると思っていたのに! 辛いんだよ、あと二年とか……うう、どうしたらいいんだ」
「……語り……いや、うん、今までとおり接するしかないだろう」
「無理だよ無理、もう無理。あと一歩の所でお預けとか君に理解できるか? この辛さ!!」
「分からんではないが」
「本当に!? あの百戦錬磨のザイラスブラク卿がお預けとか分かるのかい!? お預けの意味分かってるのか!?」
「おい、何の話だ、馬鹿にしてるのか何なのか分からんぞ」
「側にいるのも辛いんだよ……」
「殆ど会わないんだろう」
「同じ国にいる事ができない……」
「……」
珍しい、レオニダスが遠い目をしてる。
ところで私、いつまでマントの中にいるのかな。全然話が分からないんだけど。
はあ、とレオニダスはため息を吐いた。
「いいか、べアンハート、お前は勘違いをしている」
「してない」
「してるっ! まず、俺の従者は子供ではない」
「未成年だろ?」
「違う! お前本当……俺を犯罪者にするなっ」
「え、本当に男の子だったのか?」
「それも違う! 男の子でも子供でもない!」
「は?」
べアンハートが目を丸くしてこちらを見た。
あ、私の話をしてるのね?
まじまじと私を頭のてっぺんから爪先まで観察して、またテーブルに突っ伏した。
「もう……分からない、分からないよ、レオニダス……私のギフトは一体どうなってしまったんだっ」
「ギフトじゃなくてお前の目がおかしいんだろ」
「……運命の女性だと思ったんだ」
「だったら大事にしろ! どうせ黙って飛び出して来たんだろう、もっと大人の男らしく接しろ。未成年だから嫌だというならそんなものは運命などではない、お前の独りよがりだ」
付き合ってられない! とレオニダスは私の腕を掴んで四阿から歩き出した。
青髪メガ……べアンハートは、突っ伏したまま動かなかった。
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