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第一章 辺境伯領

街と悪役と

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 アルベルトさんとクラウスさんに連れられて、初めて街にやって来た。

 レオニダスは仕事が沢山あるらしく一緒には来なかった。何か叫んでたけどアルベルトさんが扉を閉めたから分からない。
 あれ、レオニダスって偉いんじゃないのかな? 扱いが雑?

 ここは、凄く凄く長~~い壁にくっついている砦を中心に街が広がっている。こういうのなんて言うのかな? 城下町とも違うかな。
 街並みはヨーロッパのよう。雪に埋まっているけど、石造の家々に可愛らしい窓が並び、子供たちが外で遊んでる。
 邸でしか過ごしていなかった私は、レオニダスと離れて不安になっていたけれど、いつの間にかこの風景に気持ちが昂揚していた。
 お店のウィンドウに並ぶキラキラした雑貨、テーラーなのかな、紳士服とドレスが並ぶお店、パン屋さん、ハムやベーコンが吊るされた店先、カフェ。

 わー、行きたい! 可愛い!

 ついキョロキョロしてしまって足が止まっていた。
 アルベルトさんが気が付いて、さっきのキラキラした雑貨よりキラキラした笑顔で笑いかけてくる。うう、眩しい。

「ナガセ、街に来たの初めてだよね。今度美味しいケーキのあるお店に連れて行ってあげるよ」
「けーき」

 ケーキのこと? わあ、大好き!
 ナサニエルさんの作るデザートもとっても美味しいけど、外で食べるケーキもきっと美味しいに違いない。うん。
 アルベルトさんは、あはは、と大きく笑ってまた私の頭を撫でた。なんか扱いがペットに対するのと同じ気がするけど、男の子だと思われてるからなんとも反応し難い。
 ウルは今日も一緒に来てくれている。
 お散歩の気分なのか、ピンと尻尾を上に立てて、心無しか足取りも楽しそう。

「着きましたよ、ここです」

 クラウスさんが教えてくれたお店は、メイン通りから一本中に入った通りにある食堂のようなお店だった。でも違う、多分飲み屋とかだと思う。だって入り口の横で明らかに酔っ払いと思われる人が寝ているから。え、冬ですよ? 死んでるの?
 さっきの話からピアノを弾かせてくれるところに連れていかれると思っていたんだけど、違うのかな? 私は一体何をさせられるんだろう。

 まだお店は閉まっているのに、アルベルトさんは堂々とお店に入って行った。私もクラウスさんに促されてアルベルトさんに続く。
 窓から差し込む明かりだけの店内は薄暗く、椅子はテーブルに上げたまま。ほらやっぱり、営業時間前だよ? 勝手に入って大丈夫?
 ウルは入り口でお留守番。

「オーウェン殿、お久しぶりです」

 アルベルトさんがカウンターの奥に向かって呼びかけると、暫くして薄暗いカウンターの向こうにある入り口から男の人が現れた。

「……営業時間前だぞ」

 現れた長身の男性は白に近い金髪を後ろに撫で付け銀縁の眼鏡を掛けている。眉毛がない。いや、白っぽくて見えないのかな? 白いシャツを羽織り腕を組んで戸口から冷たい印象の細い瞳をじっとりとこちらに向けた。寒くないんですか? 前、開いてますよ。

「ええ、お忙しいところ申し訳ない。ちょっとお借りしたいものがあって」

 アルベルトさんはニコニコと笑顔を崩さない。でもクラウスさんは凄く緊張してるみたい。私の隣で微動だにせず姿勢良く立っている。

「借りたいもの?」

 オーウェンと呼ばれたこの人は眼鏡をつい、と中指で持ち上げ、顎を上げて私たちを見下ろした。大きい人だなぁ。

「無償で貸すわけない」
「まだ何も言っていませんよ」
「大方、そこのガキに何かさせろとかだろ」
「確かめたいことがあるだけです」
「レオニダスが黒い犬をまた拾ったって兵士たちの噂になってるが、そいつのことか」

 オーウェンさんは私を値踏みするように見据えた。うう、私まで緊張してきたよ、クラウスさん。

「ナガセは犬ではありません」

 笑顔のままだけど、アルベルトさんの雰囲気が何となく変わった。

「ふん、思い入れの強いことだ。何がそうさせるのか知らんが」

 頭をガリガリと掻きながらカウンターに肘をつき、近くにあったグラスにガバガバと茶色の液体を注いで一気に呷った。うん、映画のワンシーンのようデスネ。悪役が人のいない店内でロックのウィスキーを呷る、みたいな?

「いいだろう、何でも貸してやる。その代わり対価は必要だ」
「それは」
「見たところ、そのガキはどうせ自分のものなど何もないだろうから、身体で返せ」
「は?」

 クラウスさんが変な声を出した。

「働けってことだ。俺にそんな趣味はない」

 ジロリとクラウスさんを睨む。
 ひい、怖い。「はっ」と言ってクラウスさんは視線を下げた。なに、レオニダスよりえらい人?

「慈善事業じゃないんだ、そんな移民に一々親切心だけで手を貸すか」
「この子はまだ子供ですけど何をさせますか?」
「貴族様じゃないんだ、店の手伝いくらい出来るだろう」
「……そうですね」
「アルベルト殿……」
「必要なんじゃない? ナガセだってこれからどうなるか分からないしね、生活力がつくのはいいことだよ。それに」

 アルベルトさんは緊張している私に気が付いているのか、こちらを見てふっと優しく笑った。

「選択肢を与えるのは必要なことだし、ね」

 いつものキラキラ笑顔でオーウェンさんに向かって首を傾げる。凄い、この人本当にどこにいても眩しい。

「ふん」

 オーウェンさんはアルベルトさんの笑顔を一瞥してから、私に向き直って口端を片方、これでもかってくらい吊り上げて言った。

「オーウェンだ、ナガセ。早速働いてもらおうか」

 悪役登場って感じで。


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