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第一章 辺境伯領
ギフト
しおりを挟む執務室で書類にペンを走らせていたレオニダスは、ふと窓の外に目をやった。窓の外はまだ雪の残る色のない森が広がっている。
ナガセとエーリクはすぐに打ち解けて、エーリクはナガセの手を引いて邸の中を連れ歩き、あれこれと身振り手振りで教えていた。
エーリクの勉強している本やノートを見せて、兄のように振る舞う甥の姿は可愛らしかったし、エーリクの教えてくれる言葉を懸命に何度も繰り返しているナガセも素直で可愛いと思った。
ウルが随分とナガセに懐いていたので好きなようにさせると、邸にいる間、片時もナガセから離れなくなった。日中は勿論、寝る時も一緒にいるようだった。
ナガセはまだ不安な様子が見られることもあるが、ウルを可愛がりそばに置くので、安心材料になればと思っている。
「なーにニヤニヤしてるの?」
アルベルトが追加の書類を手に執務室へやってきた。
「ノックぐらいしろ」
「仕方ないでしょ、書類で手が塞がってるんだからさ」
「そこに置け」
レオニダスが顎で示した場所にはまだ書類が山になっている。アルベルトは遠慮なくその上に書類を追加した。
「あれから一週間だけど、どう? ナガセとエーリク、上手くやってる?」
「随分と気が合うようだぞ。エーリクがべったり張り付いてあれこれ世話を焼いているが、ナガセは喜んでエーリクの後をついて回ってる」
「兄弟ができたみたいな?」
「……いや、どちらかと言うと飼い主とペットだな」
「ふふっ、かーわいいなぁ。お父さんよかったねぇ」
「やめろ」
クスクス笑いながら、アルベルトは執務室にあるワゴンの前でお茶を淹れる。
この男の淹れるお茶は美味い。
お茶を淹れたカップを優雅な仕草でレオニダスの執務机に置いて、自分はカップを手にソファでゆったりと足を組む。
そうか、手伝う気はないんだな、とレオニダスは横目でアルベルトを睨んだ。
「クラウスが昨日から出入国の記録を調べてるけど、ナガセのような外見の人物は見当たらないね」
「だろうな。あの見た目で真っ当に入国していたら目立つ」
「随分とゆったり構えてるね」
「焦っても仕方ないことだろう」
「そうだけど。まあ、ナガセもまだどうしたらいいのか分からないだろうからね。せめてどこの国か分かればいいんだけど、言葉が通じないなら難しいなぁ」
「………」
「なに?」
「……このままどこの人間か分からなかったら、ここで暮らせるよう手助けするだけだ」
「レオ、森で拾った子をいちいちそうやって親身に助けるの? 慈善事業じゃないんだよ。入れ込みすぎ」
「分かってる」
「本当に? 分かってる? 一人だから面倒見れるんだよ。オッテやウルを拾うのとは訳が違うでしょ。ナガセだから良かったものの、怪しいやつだったらどうする?あれが全部演技だったら? 邸に一緒にいるエーリクは? 酷い裏切りにあってしまったら?」
「アルベルト!」
乱暴にペンを置き、アルベルトを睨みつける。アルベルトは音を立てずにカップを置き、ひとつ息を吐いた。
「……で、どこで拾ったの?」
レオニダスの目をまっすぐ見つめ、アルベルトは迷いなく問う。
「孤児でも犯罪の被害者でもないって確信してるでしょ。確信があるからこそ自分で面倒見たいんだよ、我が乳兄弟は」
「………」
「ナガセを信用している、その根拠は何?」
いつもの柔らかな笑顔を消し、宝石のようなオッドアイを鋭く細めてヒタリとレオニダスを見据える。
「レオニダス、いい加減にしなよ。僕のギフトを欺けると思うな」
「……ふん、お前のギフトは視力だろう」
「そうだよ。レオの顔色くらいギフトがなくても読めるけど」
鋭さを消したアルベルトは諦めたように立ち上がり、ふふっと自嘲気味に笑った。
「分かりやすい人間だな。そんなにムキになって言わないなんて」
「……」
「レオのそういう素直なところが僕は昔から好きだよ。そのまま大人になってくれて僕は嬉しい」
「お前は真っ黒い大人になったな」
「そうじゃないと大公閣下の補佐なんてできないから!」
アルベルトはあははと大きく笑い、まあいいさ、と呟いた。
「落ち着いたらちゃんと教えてよね。じゃないと、一生懸命調べてるクラウスがかわいそうだよ」
そう言うとアルベルトはヒラヒラと手を振って執務室を後にした。
この世界の人間は、ギフトを持って生まれてくる。
それは特別なことではなく、ただ他の人間よりも得意なことがあると言う程度。
耳がいい者もいれば、鼻がきく者、足が速い、声が大きい、握力が強い、様々だ。
殆どの者がそのギフトを鍛錬し、個性としてだけではなく自らの能力として活かし生きる糧を得ている。
ただ稀に、得意な程度では済まされない、異能のギフトを持って生まれてくる者がいる。
特に王族はその異能が顕著に現れ、他者との違いを圧倒的なギフトで知らしめている。
アルベルトは王族ではないが、視力がいいだけではなく、遠くのものや見たいものを見ることができる特異なギフトを持って生まれた。
普段はそのギフトを制御し、見たいものがある時は小さな望遠鏡を使い紫の瞳で覗く。
他の者がその望遠鏡を見ても何も映らない。何も映さないただのガラクタだが、アルベルトのスイッチだ。
見るべきものを見るためのスイッチ。
見たくないものを見ないようにするためのスイッチ。
生まれた時から一緒に過ごすあの乳兄弟は、多分、分かっている。
何か見たのかもしれない。いや、見えなかったのか。だが、認めたくないのだろう。だからレオニダスの言葉を待つ。
そして言外に問うのだ。
ナガセがどこから来たのか、お前は知っているのだろうと。
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