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二章
(11)彼女の愛した国
しおりを挟む国境を超え、エルドヴィエの道をひたすら走るアネモネ一行。
敵を撒いたらしい。
「このあとは連絡を取っておいたエルドヴィエ軍ルーラ姫派の軍隊と合流する」
アネモネは言った。
「落ち合う場所は首都サンリエルの北方にある都市ラニカの集会所だ」
「ラニカ……」
ロゼッタが呟いた。
「私の生まれた街です」
「やっと帰れるのですね」
「あぁ……」
ジャックが頷いた。
「ラニカまでは4日ほどかかる」
アネモネが地図を見ながら言った。
「そこでお前たちとはお別れだ。私は戦闘員じゃないからな。付呪した武器は事前に渡しておくよ」
アネモネは言った。
「今日も野宿だ。見張りはより警戒してくれ」
一行は林道の外れに入り、なるべく目立たないように野宿した。
次の朝。一行は早めに出発した。
それからというもの、来る日も来る日も移動した。馬車は色々な道を走った。平野、林道、山道。
4日の間これといったことは無かった。食料はアネモネが事前に用意してたので、尽きることはなかった。
そして4日後、一つの街が見えてきた。ラニカである。
オレンジのレンガで作られた街で緑が所々にあり、花で彩られている、はずだったのだが、どこも花は枯れており手入されていなかった。
門をくぐり馬車を街道裏に停める。
アネモネ一行はフードを被って行動することにした。
街には活気がなく、いたるところに兵士達が歩いていた。
街を行き交う人々はほとんどいない。
「それは店のリンゴです。銅貨5枚になります」
街道沿いの店の外でお爺さんが兵士の男に言いすがっていた。
「なんだ貴様。国の軍兵士から金をとるつもりか?」
リンゴを手に取った兵士はお爺さんを睨みつけた。
「毎日、お金も支払わずに商品をとっていかれては困ります」
お爺さんはおずおずと兵士に言った。
「それは結構なことだろう……毎日利用して頂きありがとうございますだろうが!!」
兵士は店頭の商品棚を蹴り飛ばした。
果物などの商品が無残に地面に散乱した。
それを見てワナワナと怒りで震えるロゼッタ。
兵士の元に歩いていく。
「ここは、私達に」
レクセルがロゼッタを静止する。レクセルとジャックが兵士とお爺さんの元に向かった。
「おい!国に尽くす兵士がそんな態度でいいのか!!」
レクセルが怒鳴った。
「直せよ!散らばった商品!」
「はぁ?なんだ貴様ら……旅のものか?どこの街の者か知らんが兵士に逆らったらどうなるか分かってるのか?」
兵士はレクセルとジャックを睨みつけた。
「貴様にも体罰が必要のようだな!」
兵士は腰の剣を抜き、振り上げた。
その瞬間、ジャックは素早く懐に潜り込み兵士の腕を掴んだ。
そしてそのまま兵士の体を地面に向かって投げ飛ばす。
凄まじい音が響き渡る。
地面に背中を叩きつけられた兵士は一時的に息ができなくなっていた。
「貴様!!」
近くにいた兵士達も駆けつけてきた。
「今騒ぎを起こしたらマズい!逃げるぞ!」
アネモネが言った。
「お爺さん!店の裏に隠れていて!」
レクセルはそう言い、一行は街の路地裏へ逃げていった。
「もうここまでくれば大丈夫……」
ロゼッタは息を上がらせて言った。
「集会所を探さなければ」
地図を見ながら、アネモネが言った。
一行は兵士達から隠れながら集会所を探した。
すると先ほど助けたお爺さんが建物の影から出ててきた。
「先ほどはありがとうございました。何かをお探しですか?」
お爺さんは頭を下げながら言った。
「集会所までの道を教えて下さい」
レクセルが言った。
「お爺さん、教えて下さい。この国の兵士はずっと、こうなのですか!?」
ロゼッタが言った。
お爺さんは言っていいのか困った顔をしながらも細々と喋りだした。
「マリアンヌが政権をとってからずっとこうです。税金がうんと高くなり、圧政をしき、私達は兵士の横暴に毎日怯えている……」
「そんな……」
ロゼッタはショックを受けているようだった。そして、
「許せない」
と意を決したように言った。
「大丈夫。力に怯える日々ももうすぐ終わります」
ロゼッタは優しく語りかけた。
一行はお爺さんに道を教えてもらい、集会所まで辿り着くことができた。
集会所は教会風の建物であった。今回の集会は表向きには『生産者による開発能力向上評議会』ということになっていた。門の前に、人が二人居た。
アネモネが
『アネモネだ。姫様を連れてきた』と門番に耳打ちすると、門番はハッとして門を通してくれた。
中には広間があった。そこには300名ほどの人達が集まっていた。
人々は皆一般市民の格好をしていたが、面持ちは締まっており、ピリピリしていた。よく見れば武装をしている者もいる。ロゼッタ擁立派の軍兵士が一般人を装っているのだった。
皆アネモネ達4人に注目した。
フードを被ったロゼッタを見てみな動揺している。
「あれが本当にルーラ姫か!?」「本当に生きていたのか!?」
アネモネ達は壇上に案内された。そこには荘厳な顔をした初老の将軍風の男がいた。
「ようこそ。ようこそおいでになられた。アネモネ」
「我らはルーラ姫擁立派でありますが、ルーラ姫擁立軍と呼ぶのはなんとも締まりますまい。今は幽閉されているアルフォンス・ヴァンラーレ・エルドヴィエ王の名から取ってアルフォンス軍、または単に真王国軍と呼んでいます。」
「私はその将をしていたフォーレスと申す者。そこなフードを被った女性が本当にルーラ姫であったなら、彼女こそがこの軍の真の将。さぁお顔を見せてくだい」
フォーレスと名乗る男は、そう言って壇上の前の群衆からよく見える位置にロゼッタを手招きした。
ロゼッタは群衆の前に立つと、両手でフードをゆっくり外した。彼女の顔が顕になる。
群衆がどよめいた。「ルーラ様だ!」「あの銀髪間違いない!」「よくぞ戻られた!」
ロゼッタは皆の前に進み、胸を張って静かに話し始めた。決して話し声は大きくはないが、話し方に威厳があり、聴衆の胸に深く染み入った。
「私は恥ずかしながら数年ぶりに祖国に帰って来ました。しかし、ここは本当に祖国と言えるでしょうか?私の知ってる祖国はどこにもない!皆に心配かけたこと、心苦しく思っています。しかし、安心して下さい。私には頼もしい仲間達がついてくれています。そして、ここに私の帰りを信じて待ってくれていた人達がいます。皆で本当の祖国を奪還しましょう!」
ロゼッタの演説にアルフォンス軍から拍手が巻き起こり、兵の中には涙を流す者もいた。
拍手の脇で、フォーレスはアネモネに言った。
「民衆にもルーラ姫が帰還されたことは知れ渡りましょう。我らが呼びかければ決起するかもしれません。しかしマリアンヌ討伐及び首都奪還は我らで行います。それはそれにして……」
フォーレスは渋い顔をした。
「少数精鋭でルーラ姫を連れてくるとは聞いていましたが、まさか二人とは……」
「しかも一人は子供、もう一人は青二才のジャックではないですか……」
フォーレスは心底がっかりしたようだった。
「居てくれて本当に良かったと思うようになりますよ」
アネモネは笑みを浮かべながらそう言った。
「まぁいいでしょう。もともと戦力としては期待していません。無事に姫を送り届けてくれただけでも良かった」
フォーレスは言った。
一方ジャックは、久々に仲間たちに会えて嬉しそうだった。
「ジャック。お前もよくぞ生きていたな」
などと声をかけられたりもしていた。
「さっそくだがブリーフィングに入ります。ルーラ姫とアネモネ殿達もよく聞いていて欲しい」
フォーレスは皆に語りかけた。
「3日後、首都サンリエルに攻勢をかけます。我らの軍勢で守りを突破し、一部の精鋭で城に突入する。そして敵将を討つ。城を奪還する」
「突入する精鋭はアルフォンス軍の騎士達にやってもらいましょう。騎士達よ前へ。」
フォーレスがそう呼びかけると群衆の中の一部の人達が立ち上がり、前に並んだ。その数は15人。
皆、死線を何回かくぐったことがあることを伺わせる荘厳な顔をしていた。
「このうちの2名はルーラ様に付き、このラニカで戦が終わるまで待機して頂きます」
フォーレスは言った。
「いいえ。私の護衛の騎士はもう決まっています。レクセルとジャックです」
ロゼッタは言った。
「そして、彼らと共に城に突入します」
ロゼッタは真っ直ぐな瞳でそう言った。群衆からもどよめきが上がった。
「馬鹿な……!どれだけ危険か分かっておいでか!?」
フォーレスは狼狽して言った。
「私のことは私が決めます。私はこの軍の将。後方待機なんてできない。私はマリアンヌと対峙すると決めているのです」
「しかし、貴方を、失えば我々は終わりなのですよ!」
「私は私の騎士がいる限り死ぬことはありません。そう信じています」
ロゼッタはレクセルとジャックを見て言った。二人は頷き返した。
「戦が始まったらラニカも安全ではありません。我ら騎士達と一緒に居たほうが安全やもしれぬ」
騎士の一人が言った。
「分かりました。但しレクセル殿とジャックだけとは言わず、騎士全員に守られて下さい」
フォーレスは言った。
「そして、我らが突入する際に最も気をつけなければならないのが、ルドウィックの存在です」
「ルドウィック?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるレクセル。
「ルドウィック……マリアンヌの不倫相手であり、エルドヴィエ最強の騎士」
ジャックが言った。
「魔剣と呼ばれる男です。奴には騎士全員で戦って勝てるかどうかというところ。奴を見たらレクセル殿、ジャック。奴が仕留められるまで姫を連れて後方へ下がり待機するのです」
フォーレスは言った。
「そして無事ルドウィックを仕留められれば我らの勝利はほぼ確定的になります。その時はアルフォンス軍は全力を持って首都奪還に動いて下さい」
「「「了解」」」
アルフォンス軍は皆、一斉に敬礼した。
「では作戦開始は3日後!それまで各自準備を怠らぬように!」
こうしてアルフォンス軍とレクセル、ジャック、ロゼッタの戦線の準備は整った。
決戦の日は近い。
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