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キャサリンの最後⑥

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「そう、ラムダ子爵にご挨拶を」

「はい。わざわざ数日かけて来てくれましたし」

 ここからラムダ子爵が居を構えている町まで一距離ある。
 少し考える様子だが、生物学上の母親が口を開く。

「ウィンティアがお礼を言う程ではないのよ。ラムダ子爵はウィンティアの保護権を放棄したのだから」

「保護権?」

 それは、子供を育てる権利。親権とかみたいなやつね。例えば、両親を事故で亡くした子供を、親戚が引き取り場合に発生。子供を引き取り育てられるか、資金や人柄、貴族の場合、社会的な地位がしっかりあるか。建前だけど、これは貴族の場合必須だ。

「貴女が二度目のコクーン修道院に保護される前。国から確認が行ったのよ」

 それはある程度ウィンティアの治療が終えたら、ラムダ子爵で引き取るか、と。
 ウィンティアの近い親族はラムダ子爵しかいない。ジョージ・ローザは妹のティアラ・ローザを亡くしていた。近いのはクラーラ・ローザの実兄のみだった。

「ラムダ子爵は、当時は私の父が当主だったのだけど、その問いに返事をしなかったの。違うわね、手を子招いて、返事を先延ばしにしたのよ」

「どういう事ですか?」

「ラムダ子爵が使える辺境伯領は身内が強く結束しているわ。確かに有事の際はたよりになる。結婚式やお葬式なんて、頼む前に役割分担して、一丸となって対応するのよ。ただね、古くさい考えるもこびりついてて、結婚相手も、親戚一同集まってから決めるのよ。だから、誰かが拒否したら、どうしようもなくて、なくなく別の相手と結婚して泣いている人を何人もみたわ。私もユミル学園を高等部を出たら、相手を決められそうになったけど、そこでジョージに出会ったの」

 ふう、と息をつく生物学上の母親。

「まだ、ミッドナイト貧血について論文発表されて間もなくて、両親は反対したわ。家に戻って顔も見たこともない相手と結婚しろって。だから、私はラムダ子爵から抜けるつもりだったの。お義母様も、たとえ子爵令嬢じゃなくても、ジョージには私しかいないとおっしゃってくれて。実際に離縁届けを送ったわ、そこで本家の辺境伯がそこまでの覚悟があるのならと、私の結婚を認めてくれた」

 ふーん。

「辺境伯でのこういった婚姻や養子などは、必ず親族一同集まり話し合ってから決めるの。だから、国からウィンティアを引き取るか、と確認が来たとき、一同集まるはずだったのだけど、肝心の辺境伯が仕事で離れていて、すぐに帰ってこれなかった。古くさい考え持つ両親は、いつものように、辺境伯が帰って来てからと考えていたのでしょう。でも、辺境伯が帰って来る前に返事の期日を決められていたのに、ね。兄だけは、何度もすぐに返事をするべきだと言ったそうだけど、昔ながらのやり方を変えなかった。結局、辺境伯が帰って来たときには期日が過ぎてしまい、ラムダ子爵は、ウィンティア・ローザに対する保護権を放棄したと国は判決したわ。慌てて辺境伯が事情を説明したのだけど、十分考える時間を与えたはずだと、当然認められず。人から聞いた話によると、辺境伯は両親に激怒したそうよ。わざわざ国から期日を設けられていたのに、何もしなかったのか、と。虐待を受けた子供を引き取るのに、私が拒絶するような狭い心を持っていると思っていたのかと。それにこの事で、変に世間の噂が流れたの。辺境伯が、コクーン修道院に保護されるように追い詰められた子供を、見捨てた、とね」

 はあ、とため息をつく生物学上の母親。

「両親は責任を取るかたちで、兄に子爵を譲ったわ。二度と辺境伯の視界にも入るな、と言われて。それはつまり辺境伯の治める町からの追放だった。両親は離れた小さな町で隠れるように生きているわ。必死に訴えた兄には、温情を下したのだけど、やっぱり『魅了』に操られた経緯があるから、ウィンティアに不必要な接触は禁止されていたの。今回はこの裁判で必要な証人なので、わざわざボスザ弁護士が辺境伯に話をつけてくれたのよ」

 そうなんだ。

「なら、あまり接触しない方がいいって事ですか? 確かに考えさせられますが、わざわざ来てくれました。お礼の一言を伝えたいのですが」

 うーん、と考える生物学上の両親。

「ローザ伯爵、差し出がましいやも知れませんが、私がお側におります。おそらく向こうにも辺境伯からの監視役がいるはずです。懸念されるような事にはならないはず」

 と、付き添ってくれていたバトレルさんが。
 この人、先日の法廷内乱闘騒ぎで、数人の貴族の人達の前歯をへし折ってる。全く容赦しなかった。セシリア女公爵がある程度の荒事は対応できるって言っていたのはこれだ。
 結局、短い時間で、ラムダ子爵との面会となった。
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