上 下
198 / 338

舞台は整う⑨

しおりを挟む
 アデレーナが叫ぼうとした言葉。
 
 石女。

 ルルディ王国で、子供が産めない女性に対する侮蔑する言葉。子供ができないのは、女性だけが原因じゃないだろうに。
 アンジェリカ様はすでに結婚して長いがお子様はいない。理由は私には分からないけど、そんな夫婦はたくさんいるはずなのに、なぜか女性側が非難される。
 あ、ちなみに、アンジェリカ様みたいに地位の高い女性にこれ言うと、すっごい迷惑料を要求される。まだアンジェリカ様が令嬢だけど、もしウーヴァ公爵に着いていたら、迷惑料なんてかわいいものでは済まない。

「あら? いしお、何かしら?」

「申し訳ございませんっ。お騒がせしましてっ。我々はこれで失礼致しますっ」

 凄みを浮かべたアンジェリカ様にたいして、ティーシモン・バズルが焦った顔で答える。

「まあ、ずいぶん親しいのね。ただの付き添いの方が謝罪なさるなんて」

 ちら、とゾーヤ・グラーフに視線を走らせる。
 実の親が謝れよ、そんな感じかな?
 ゾーヤ・グラーフは、ティーシモン・バズルから必死に目配せをして、しぶしぶ掠れるように、申し訳ありません、と呟く。本当にしぶしぶだ。

「あら。お帰りになるの? お客様がお会計してお帰りよ、お見送りしてちょうだい」

 近くにいた、ベテランそうな男性社員に指示する。アデレーナが金色のバレッタ握りしめられているからね。

「さあ、ウィンティア嬢、お待ちしていましたわ」

 と、アンジェリカ様が私に向かって手を差し出してきた。ここは手はず通りに。

「お招きありがとうございます」

 昨日、びしばし教えられたカーテシー。そして、私はアンジェリカ様の手をとる。うん、連行される宇宙人の気分。
 ひそひそと、囁かれている。
 
 あのご令嬢はどちらの家の?
 見たことない令嬢よ。
 アンジェリカ様自らお出迎えなんて。
 どちらのご令嬢だ?

 パンダになった気分。
 階段の方に移動する。
 少しだけ、ほっとした。
 アデレーナ達がナタリアを攻撃しないか心配だったし。
 ナタリアが大好きな父親の件で謂われなく攻撃されるのは、私が嫌だったし。
 でも。
 メイド服とはいえ、ナタリアの存在に気がつかないのもどうかと思うけど。ほら、気がついて、あ、みたいな顔をしないかと思ったけど、完全に気がついてなかった。それはそれでどうかと思うけど。
 階段を登っていると、再びざわめき。
 ティーシモンの制止の声をあげてる。

「なぜお前がここにいるっ」

 ゾーヤ・グラーフの金切り声が響いた。
 やっぱり避けられなかったか。でも、今頃気がついたわけ?
 振り返ると、ゾーヤ・グラーフが階段に向かって突進の勢いでやって来た。すぐ後ろにいたナタリアの顔が僅かに強ばる。
 この階段は二階に通じている。アンジーの二階は完全予約制で、予約なしでは上がれない。
 ざっ、とゾーヤ・グラーフの前に立ちふさがるのは、階段前にいたガードマンね。スーツ姿だけど、屈強な男性だ。
 ゾーヤ・グラーフの行く手を塞ぐ。

「お二階には、予約のお客様のみしかお通しできません」

 と、ゾーヤ・グラーフを制止する。

「私の予約を断っておきながらっ。なぜあの子がっ」

 うわあ、大の大人がみっともない。喚くゾーヤ・グラーフ。
 
「あの子はねっ、犯罪者の子供よっ」

 と、ナタリアを指差す。
 ああ、やっぱりちょっかいかけてきた。しかも最悪な形で。キリール・ザーデクは事故死として処理された。世間一般にはそう伝わっている。酔って頭を打ったとして不名誉な死に方をしたと。
 決して犯罪者ではない。

「あら? 私が何も知らずに二階にあげると思ってらっしゃるのかしら?」

 アンジェリカ様が当然のように切り返すと、連動して回りの視線がゾーヤに対して冷たい。

「あれの父親はっ」

「存じ上げていますわ。騎士団でも僅か三人しかいない、上級教官と指揮官の資格を持つ優秀な方であると」

「知らないんですかっ、キリールはっ」

 叫ぼうとするゾーヤを、ティーシモン・バズルが必死に引きずる。

「やめろゾーヤッ、申し訳ございませんっ」

 アデレーナも醜く喚いているが、ティーシモン・バズルの治からに勝てず、店から退散していった。
 嵐の後の静けさってやつね。
 でも、さっきのぶわわわ、なんだったんだろう?

「皆様、お騒がせしました。細やかですか、奥に冷たい果実水の準備がございます。どうぞごゆっくり」

 アンジェリカ様が階段を上がりきってカーテシーをすると、連動して、一階にいた全員がお辞儀した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...