上 下
197 / 338

舞台は整う⑧

しおりを挟む
「アンジェリカ様だわ」

 うっとりと誰かが呟く。
 騒ぎ立てていたアデレーナ達に集まっていた視線が一斉に階段に集まる。
 白いレースの着いたブラウスと、藤色の上品なスカート姿のアンジェリカ様が、優雅に階段を降りてくる。
 癇癪を起こした幼い子供のような伯爵令嬢アデレーナ嬢より、ルルディ王国筆頭公爵家ご令嬢が比べ物にぬらないくらいの存在感。あのメロンパンはいい匂いなんだよね。
 静まり返る店内。
 アンジェリカ様がゆっくり階段を降りて進むと、自然と道が開く。あれ、映画とかで海がわれたやつ。
 誰もが頭を下げてる。男性は胸に手を当て、女性はスカートを摘まんで。自然に、ね。
 ちら、とアデレーナを見ると、目が醜く歪んでいる。母親の腕に隠れているし、皆の視線はアンジェリカ様に集まっているから私しか見てないだろうけど。あれが、アデレーナの本性なんだな。
 アンジェリカ様はゆっくり進み、私達とアデレーナ達の間に立つ。

「他のお客様のご迷惑となります。その様な幼子しか信じない世迷い言を、声高に話されるのはお止めください」

 そう。
 アデレーナが宣う、キズが移るって言うのは、原本がある。絵本だけどね。性格の悪い顔にキズがある子供が、かわいい優しい女の子に嫉妬して、魔法でキズを移すって話。だけど、えらい魔法使いがそのキズを再び性格の悪い子供に倍にして戻す。そんな話。作り話だ。

「作り話じゃないわっ。あれは史実なんですのよっ」

 アデレーナが悲鳴の様に声をあげる。
 一斉に非難、戸惑い、バカじゃない? といった視線が集まる。
 この絵本は有名だけど、信じるのは小さな子供だ、自然と作り話だと気付く。サンタクロースは本当はいない、みたいにね。それとなく親が教えるものだし、間違った知識を持ったまま大きくなり、トラブルになったケースもあるため、この絵本を読み聞かせする場合は、きちんと作り話だと教えるのが暗黙の了解になってる。
 さ、と顔色が悪くなるのはティーシモン・バズル。母親ゾーヤ・グラーフはアンジェリカ様にたいして睨み付けるようかにしている。

「まあ」

 アンジェリカ様は頬に手を当てて首をかしげる。

「ずいぶん大きなお子様ね。なら御存じないのね、ルルディ王国では十歳を過ぎてから宝石をあしらった装飾品を身につける事ができてよ。あ、お母様の方でしたのね。家族仲良くお出でいただき感謝しますわ」

 アンジェリカ様の嫌みだ。アデレーナ達は宝飾品コーナー前にいた。しかもアデレーナの手には金色に光るバレッタが握りしめられている。あれ、商品よね? まさか、万引きしないよね。
 アンジェリカ様の嫌みは、アデレーナが図体だけデカイだけで中身は子供、きちんと作り話だと教えていない母親ゾーヤに対するね

「あら? バズル伯爵でなくて? まあっ、再婚なさいましたの? 存じ上げなくてごめんなさい。奥様ターリア様がお亡くなりになったのがつい最近のように思えますわ。嫌ですわ、時の流れが早くて」

 はい、いやみですよ。
 ティーシモン・バズルの妻は妊娠中毒でなくなった。この場合、死別とかの再婚なら喪は一年。最低限ね。ただ、貴族となると体裁うんぬんがある。女性の場合は一年でも許されるが、男性、特に流産などて妻を失った場合は三年は喪に伏すんだって。中には跡取り問題があったりするが、最低限の一年は厳守だ。
 一応、ティーシモン・バズルの奥様がなくなって一年は経過しているが、この二人は喪中でパーティーにでていちゃころしていて評判は悪い。

「こ、これはただの付き添いでして」

 弁解するよに、掠れるような声を出すティーシモン・バズル。

「ひどいわお父様っ、やっと家族だってがふっ」

 喚くアデレーナの口を慌て塞ぐのはティーシモン・バズル。
 アデレーナってバカなんだな。『やっと』なんて言葉は、以前からそれを望んでいたって事に捕らえられる。おそらく裁判でつつく材料なんだろうなあ。証人一杯いるし。

「ご家族の楽しいお買い物のお邪魔をして申し訳ありません。ただ、店内では良識あるマナーをお願いします」

 作り話を癇癪の様に話すなってことね。母親もやっと周囲の視線に怯む出した。
 アデレーナは必死に顔を振り、ティーシモン・バズルの手を払う。

「何よっ、いしお、がふっ」

 アデレーナの途切れた言葉は、店内の温度を一気に下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

私を追い出すのはいいですけど、この家の薬作ったの全部私ですよ?

火野村志紀
恋愛
【現在書籍板1~3巻発売中】 貧乏男爵家の娘に生まれたレイフェルは、自作の薬を売ることでどうにか家計を支えていた。 妹を溺愛してばかりの両親と、我慢や勉強が嫌いな妹のために苦労を重ねていた彼女にも春かやって来る。 薬師としての腕を認められ、レオル伯アーロンの婚約者になったのだ。 アーロンのため、幸せな将来のため彼が経営する薬屋の仕事を毎日頑張っていたレイフェルだったが、「仕事ばかりの冷たい女」と屋敷の使用人からは冷遇されていた。 さらにアーロンからも一方的に婚約破棄を言い渡され、なんと妹が新しい婚約者になった。 実家からも逃げ出し、孤独の身となったレイフェルだったが……

処理中です...