ミルクティーな君へ。ひねくれ薄幸少女が幸せになるためには?

鐘ケ江 しのぶ

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嘘つき⑤

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 レオナルド・キーファーは始めはどうしていいか分からない顔をしていた。なぜ、そこにいたのか、鉄柵の隙間から手を出すウィンティアを見て、一瞬止まった。

「助けて」

 もう一度、ウィンティアが掠れた声を出した。
 その時だ。
 淀んだような青い目が、息を吹き返すように色付いた。
 弾かれたようにレオナルド・キーファーはウィンティアの手を握った。

「どうしたのっ、バトレルッ、バトレルッ、来てくれっ、女の子がっ」

 レオナルド・キーファーが必死に叫んだ。
 だけど、結局は。

「いたぞっ」

 地下室から抜け出したウィンティアを探していた使用人達が、鉄柵にしがみついているウィンティアを引き離そうとした。

「助けてっ」

 その時のウィンティアの心境はすでにパニックだ。また魔窟のローザ伯爵家の、あの地下に閉じ込められる。それだけで、ウィンティアはやっと地上に出た安心と、知らない誰かに会えた安堵を消し飛ぶ十分に恐怖だった。
 ウィンティアは泣き叫び、レオナルド・キーファーの腕を掴んだ。必死に掴んだ。

「止めろっ、怪我をした子供に何をっ」

 レオナルド・キーファーはウィンティアを抱えようとした使用人の腕を叩く。鉄柵越しに、片手でウィンティアを抱きしめ、片手の拳を振るう。

 ガツンッ

 鈍い音がした。
 ウィンティアを抱き締めていた、レオナルド・キーファーが鉄柵の向こうに倒れた。
 次の瞬間、ウィンティアは乱暴に抱えられ、宙に浮く。視界の中で、鉄柵の向こうで、レオナルド・キーファーが顔を抑えていた。別の使用人が棒で、鉄柵の隙間からレオナルド・キーファーを突いたのだ。
 泣き叫び、必死に四肢をばたつかせる幼いウィンティア。レオナルド・キーファーはすぐに鉄柵の向こうで叫んだ。

「必ず助けるからっ、助けるからっ」

 そう叫んでいた。
 恐怖でパニックになっていたウィンティアには、理解する前に、再び地下室に放り込まれた。窓ひとつない、地下の倉庫に。
 真っ暗の中、耐えかねて意識を飛ばしたウィンティアが次に目を覚ましたのは、明るい治療院の一室だった。

 今なら分かる。
 レオナルド・キーファーが通報し、ローザ伯爵家に捜査のメスが入ったのだ。
 そして、ウィンティアは救助されて再びコクーン修道院に保護された。
 これがウィンティアとレオナルド・キーファーとの最初の接点。ここからどうして婚約という流れになったかは、分からない。
 右の眉上のキズが熱を持ち、痛み出す。

 そうだ。私が知りたくないって拒絶したんだった。
 あの顔合わせの時に、レオナルド・キーファーから聞いていたらと思うが、結局、テヘロン大使館で保護されるのは代わりない。
 だってその時すでに、キャサリンがディミア嬢の婚約者に、べたべたして、下地は出来上がっていたから。

 目の前で、死んだ魚のような青い目をした、レオナルド・キーファーがつらつらと言葉を繋いでいる。

「私は貴女に相応しくないようです」

 だから、この婚約は元々なかったことに。つらつらと淡々と言葉を出すレオナルド・キーファーを見て、私は直感した。

 この人、シルヴァスタ王国に行って、生きて帰って来るつもりがないんだと。

 セシリア・ウーヴァ女公爵が言った。

 あの子がかわいい、と。
 
 嘘ではない。

 ハインリヒ様が言った。

 かわいい息子だ、と。

 嘘ではない。

 アンジェリカ様が言った。

 弟だ、と。

 嘘ではない。

 あの人達は、レオナルド・キーファーに、生きて帰って来て欲しいから、私に頼んだんだ。
 おそらく、何もレオナルド・キーファー当人に言っただろうけど、効果がなかったから、私と言う手段に頼るしかなかった。
 かつて、助けを求めたウィンティアに刺激されて、息を吹き返したように、何を求めた。
 レオナルド・キーファーが息を吹き返す起爆剤として。

 ずきずき、とキズが痛む。

 堪らず、手を添える。

 どんな言葉が言いかなんて分からない。分からない。分からないけど、キズの痛みと今までのレオナルド・キーファーとの会話が私の頭を巡った。

「嘘つき」

 私の口から出たのは、きっと最低の言葉。
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