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閑話 労働基準
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「では、君達は、レオナルド・キーファーは労働基準を甚だしく逸脱した勤務に着いていたのにも関わらず、強引に夜勤をさせ、提出期限が先の書類作成を強要させた、で、いいね」
ハインリヒ・ウーヴァは、にこやかに三人の護衛騎士を前に書類を出す。
「慣例で最年少の者から書類の提出になっておりますので」
四角四面に答えたのは、護衛騎士を纏める隊の副隊長の黒髪の護衛騎士。
「慣例? へー、慣例。その日、本来ならレオナルド・キーファーは休みのはず。なのになぜ、こんなに長く拘束をした? 提出期限は二週間も先の書類をしかも残業までさせて」
「その場にいたので提出させました。キーファーが提出しなければ、他の騎士が提出出来ないので」
「それは正式な規則なのか?」
「慣例です。今までそうでした」
「次の日に提出にしなかったのは何故だ?」
「他の騎士が提出出来ないので」
「君がその騎士から受け取れば良かったんじゃないか?」
「提出は最年少からとなっていますので」
「それはきちんと決まった規則か?」
「今までそうでした。問題はないはずです」
四角四面に答える副隊長は、表情を変えない。今までまさにそうやって書類関連は受け取ってきたから、それが正しいやり方だからと自負していた。何も指摘されるような事ではない。
「ならば改めよ」
穏やかに聞いていたハインリヒの声が、凍結したように冷たくなる。
ハインリヒが机の上に今日の朝刊を投げる。
護衛騎士の闇。労働基準を逸脱した勤務実態。十分に人数が足りていると思われるが、実際に稼働している騎士は半数以下、新人やまだ若手騎士に業務を押し付け…………………
「こ、これは違いますっ、出鱈目ですっ」
副隊長は朝刊を見て否定する。
「我々護衛騎士はっ」
「今はそれはどうでもいいんだよ」
ハインリヒが副隊長の言葉を強引に遮る。
「レオナルド・キーファーに仕事を押し付け、不必要な残業をさせた事実だ」
黙ったままの残り二名を一瞥。
「あの日、レオナルド・キーファーに夜勤を押し付けた君達には相応の罰が下る。当然だな、君達はある酒場で飲んでいたんだから。確認は取れているし、ちゃんとお宅の隊長には連絡している」
さー、と青ざめる二名。
信じられない顔をするのは副隊長。
「お、お前達まさか…………」
「それは部屋の外で、後でやってくれる? 今はこっちだ。君は副隊長でいながら人身掌握出来ていない。労働状況の把握も出来ていない。護衛騎士隊の隊長の補佐として、不可欠な能力が欠如しているとみなし、階級降下を申請する。判断は隊長にあるが」
ハインリヒはツンツンと新聞をつつく。
「カンカンだったよ。まるで鬼のように」
現在の護衛騎士を束ねる隊長は、現場叩き上げの猛者だ。多忙にわたる護衛騎士の仕事の補佐、業務を振り分ける為に、三人の副隊長がいる。内一人が四角四面の副隊長だ。それでも信頼していた。四角四面、裏を返せば、真面目で規則正しいこの副隊長を信頼していたから。
「この後、隊長執務室に行くこと。さあ、僕からの話は終わり。それとこれは独り言」
ハインリヒは意地悪な笑みを浮かべる。酒場で飲んで夜勤をレオナルド・キーファーに押し付けた二人に向かって放つ。
「コネで入ったヤツは気楽でいいよなー。大した苦労もしてないんだからさあー」
それは酒場での、酒のつまみの話。
「そう言えば、君達もコネだよね? 父親が文部省の文官と騎士団の事務官だっけ? えーっと君が伯爵で君が子爵。ふーん、よく公爵家後見があるレオナルドに嫌がらせできたね、素晴らしい度胸だよ。うちの奥さんもヤル気満々だよ。受けてたつってさ」
ハインリヒの妻は、ルルディ王国貴族の頂点に立つ、女傑セシリア・ウーヴァだ。ウーヴァ公爵がその気になれば、伯爵、子爵を一つ潰すのは朝飯前だ。
ハインリヒは妻を愛していた。並大抵の事では動じない妻が、今回の件で体調をくずした。もちろん誰にも気付かれないようにしているが、ハインリヒには分かる。
よくもうちの大事な奥さんの体調崩しやがったな。
ハインリヒは笑っているが、目だけ、カンカンに怒っていた。
「お待ちくださいっ、家は関係ないことですっ。私のっ、私の独断なんですっ」
「そうですっ。自分が全部悪いんですっ」
「あ、そう言うのいいから、早く行きなさい。待ってるよ、お宅達の隊長が」
す、とハインリヒの顔から表情が消える。
「連れていけ」
外で待機していた騎士が三人を部屋から引きずり出す。
「二度と顔を合わせないだろうけど」
ハインリヒは静かなった部屋でため息をつく。
「あの様子なら、レオナルドがなんで護衛騎士に抜擢されたか、気がついてないな」
レオナルド・キーファーが護衛騎士に抜擢されたのは、当時十八だった。
護衛騎士始まって以来の十代での登用には、裏がある。護衛騎士の中には、感づいているものはいるが、まさか副隊長であるあの男が分かっていないとは。
ハインリヒは深くため息をついた。
しばらくして、文部省に勤める伯爵と、騎士団の事務官の子爵が自ら閑職への配置換えを望んだ。
ウーヴァ公爵から、何かされる前に、責任を取っているとパフォーマンスの為に。閑職に着いたとしても、爵位を脅かされるよりはましだからと。だが、社交界から干されるのは避けられなかった、と。
夜勤を押し付けた二名の騎士は、地方に飛ばされた。副隊長は、モニカ妃殿下の護衛騎士の下端に配置された。
ハインリヒ・ウーヴァは、にこやかに三人の護衛騎士を前に書類を出す。
「慣例で最年少の者から書類の提出になっておりますので」
四角四面に答えたのは、護衛騎士を纏める隊の副隊長の黒髪の護衛騎士。
「慣例? へー、慣例。その日、本来ならレオナルド・キーファーは休みのはず。なのになぜ、こんなに長く拘束をした? 提出期限は二週間も先の書類をしかも残業までさせて」
「その場にいたので提出させました。キーファーが提出しなければ、他の騎士が提出出来ないので」
「それは正式な規則なのか?」
「慣例です。今までそうでした」
「次の日に提出にしなかったのは何故だ?」
「他の騎士が提出出来ないので」
「君がその騎士から受け取れば良かったんじゃないか?」
「提出は最年少からとなっていますので」
「それはきちんと決まった規則か?」
「今までそうでした。問題はないはずです」
四角四面に答える副隊長は、表情を変えない。今までまさにそうやって書類関連は受け取ってきたから、それが正しいやり方だからと自負していた。何も指摘されるような事ではない。
「ならば改めよ」
穏やかに聞いていたハインリヒの声が、凍結したように冷たくなる。
ハインリヒが机の上に今日の朝刊を投げる。
護衛騎士の闇。労働基準を逸脱した勤務実態。十分に人数が足りていると思われるが、実際に稼働している騎士は半数以下、新人やまだ若手騎士に業務を押し付け…………………
「こ、これは違いますっ、出鱈目ですっ」
副隊長は朝刊を見て否定する。
「我々護衛騎士はっ」
「今はそれはどうでもいいんだよ」
ハインリヒが副隊長の言葉を強引に遮る。
「レオナルド・キーファーに仕事を押し付け、不必要な残業をさせた事実だ」
黙ったままの残り二名を一瞥。
「あの日、レオナルド・キーファーに夜勤を押し付けた君達には相応の罰が下る。当然だな、君達はある酒場で飲んでいたんだから。確認は取れているし、ちゃんとお宅の隊長には連絡している」
さー、と青ざめる二名。
信じられない顔をするのは副隊長。
「お、お前達まさか…………」
「それは部屋の外で、後でやってくれる? 今はこっちだ。君は副隊長でいながら人身掌握出来ていない。労働状況の把握も出来ていない。護衛騎士隊の隊長の補佐として、不可欠な能力が欠如しているとみなし、階級降下を申請する。判断は隊長にあるが」
ハインリヒはツンツンと新聞をつつく。
「カンカンだったよ。まるで鬼のように」
現在の護衛騎士を束ねる隊長は、現場叩き上げの猛者だ。多忙にわたる護衛騎士の仕事の補佐、業務を振り分ける為に、三人の副隊長がいる。内一人が四角四面の副隊長だ。それでも信頼していた。四角四面、裏を返せば、真面目で規則正しいこの副隊長を信頼していたから。
「この後、隊長執務室に行くこと。さあ、僕からの話は終わり。それとこれは独り言」
ハインリヒは意地悪な笑みを浮かべる。酒場で飲んで夜勤をレオナルド・キーファーに押し付けた二人に向かって放つ。
「コネで入ったヤツは気楽でいいよなー。大した苦労もしてないんだからさあー」
それは酒場での、酒のつまみの話。
「そう言えば、君達もコネだよね? 父親が文部省の文官と騎士団の事務官だっけ? えーっと君が伯爵で君が子爵。ふーん、よく公爵家後見があるレオナルドに嫌がらせできたね、素晴らしい度胸だよ。うちの奥さんもヤル気満々だよ。受けてたつってさ」
ハインリヒの妻は、ルルディ王国貴族の頂点に立つ、女傑セシリア・ウーヴァだ。ウーヴァ公爵がその気になれば、伯爵、子爵を一つ潰すのは朝飯前だ。
ハインリヒは妻を愛していた。並大抵の事では動じない妻が、今回の件で体調をくずした。もちろん誰にも気付かれないようにしているが、ハインリヒには分かる。
よくもうちの大事な奥さんの体調崩しやがったな。
ハインリヒは笑っているが、目だけ、カンカンに怒っていた。
「お待ちくださいっ、家は関係ないことですっ。私のっ、私の独断なんですっ」
「そうですっ。自分が全部悪いんですっ」
「あ、そう言うのいいから、早く行きなさい。待ってるよ、お宅達の隊長が」
す、とハインリヒの顔から表情が消える。
「連れていけ」
外で待機していた騎士が三人を部屋から引きずり出す。
「二度と顔を合わせないだろうけど」
ハインリヒは静かなった部屋でため息をつく。
「あの様子なら、レオナルドがなんで護衛騎士に抜擢されたか、気がついてないな」
レオナルド・キーファーが護衛騎士に抜擢されたのは、当時十八だった。
護衛騎士始まって以来の十代での登用には、裏がある。護衛騎士の中には、感づいているものはいるが、まさか副隊長であるあの男が分かっていないとは。
ハインリヒは深くため息をついた。
しばらくして、文部省に勤める伯爵と、騎士団の事務官の子爵が自ら閑職への配置換えを望んだ。
ウーヴァ公爵から、何かされる前に、責任を取っているとパフォーマンスの為に。閑職に着いたとしても、爵位を脅かされるよりはましだからと。だが、社交界から干されるのは避けられなかった、と。
夜勤を押し付けた二名の騎士は、地方に飛ばされた。副隊長は、モニカ妃殿下の護衛騎士の下端に配置された。
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