ミルクティーな君へ。ひねくれ薄幸少女が幸せになるためには?

鐘ケ江 しのぶ

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婚約者と被害者⑩

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「申し訳ございませんっ、妹はまだ礼儀も知らない、世間知らずでございますっ、どうかお許しくださいっ」

 突き飛ばしたのはキャサリンだ。
 大袈裟にウーヴァ公爵夫人の前で、手を組んで謝まっているが、私はグギッとなった左の足首が痛い。

「ウィンティア嬢っ」

 立ち上がれない私に異常を感じたのか、紙面上の婚約者が手を出そうとしてきた。親切なのか、違う、パフォーマンスよね。

「一人で立てますっ」

 私は差し出された手を無視。痛む左足を庇いながら立ち上がる。よろよろしてしまうが、これ、結構痛いもんっ。
 なんとか立ち上がると、キャサリンがドレスの裾を翻しながらやってくる。
 そして、振りかざす手。
 叩く。叩かれる。
 散々、ローザ伯爵家で受けてきた痛みが甦る。反射的に身体が強ばる。
 キャサリンの整った顔に浮かぶのは怒りではない、いたぶるのを喜ぶような、歪みを持った醜いもの。
 叩かれる。
 だけど、キャサリンの手は、私には届かなかった。

 強ばった私の目は、紙面上の婚約者が、振り下ろされたキャサリンの手を掴んでいた。

「ローザ伯爵、ウィンティア嬢は左足を負傷しています。直ぐに手当てを」

 レオナルドを見て、頬を染めて何か言い出そうとするキャサリンの前に、紙面上の婚約者が、生物学上の父親に告げる。
 で、ひょいっ、と抱っこ。
 ……………………はい?
 ……………………………………はいぃっ?
 なんで、お姫様抱っこーっ、ぎゃーっ。

「おっ、下ろしてくださいっ」

 ぎゃーっ、肩をぽかぽか叩く。
 かった、肩、かった、筋肉の塊っ。
 十二歳の女の子が、現役バリバリの護衛騎士に勝てっこない。私のぽかぽかは徒労に終わる。

「じっとしてください」

 困った顔されたが、こっちはいきなりお姫様抱っこに、混乱している。こんなに男性が近いのは、父親、山岸まどかの父親以外はない。つまり、免疫がない。
 応接室のソファーに下ろされる。
 は、恥ずかしいっ。
 やっと解放されて、ほっとしたけど。
 なんと流れるように、私の左の足首に手を添えて見ているのは、紙面上の婚約者。
 は? 今日初顔合わせの婚約者の足、触ってるの?
 ぼっ、恥ずかしいっ。
 咄嗟に私は足を引き上げ、ソファーの上で膝を抱えるような体勢になる。

「あ、失礼、癖で」

 本当に申し訳って顔していたけど、私を運んだのは事実だし、ぽかぽかしたし。
 パフォーマンスとしては、これはちゃんと言わないとね。

「あ、ありがとうございます……………」

 抱えた膝を見ながら呟く。
 よし、ちゃんと言えた。

「いいえ、ウィンティア嬢、あ、紙面上の婚約者殿」

 ふう、と言い直す紙面上の婚約者。

「この婚約については相互の行き違いがありますが、私は貴女と誠実に向き合いたいと思っています」

 思いっきり疑いの眼差しになる。
 はは、と乾いた笑みを浮かべている。

「せめて、名前を呼んで頂けるように。お大事に」

 そう言って立ち上がり、扉の向こうに。
 なにやら、キャサリンが騒がしいけど、知らない。
 ウーヴァ公爵家が帰った後、ローザ伯爵家も大騒ぎだったけど、私は足が痛い。生物学上の父親が、やんわりと注意してきて、明日にもきちんと説明するって言ったが。

「もう結構です。知りたくありません」

 バサバサバッサリ。遅いって。
 私の足は折れてはないけど、捻挫だってさ。結局ナタリアに支えてもらって部屋に戻った。
 こうして、婚約者との初顔合わせは終わった。

 私の左の足首は数日腫れ上がった。
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