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伯爵家での生活④ ※注意

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「うげえっ」

 胃の内容物が一気に喉をかけ上がる。痛みを伴い噴き出した。

「ウィンティアさんっ」

「お嬢様っ」

 騒然となる周囲の音が拾えない。
 ただ、ただ、胃の内容物を吐き出そうとする身体が苦しい。椅子から転がり落ちて、だんご虫のように丸くなり、何度もおえおえと繰り返す。
 咄嗟にクロスを引いたみたいで、グラスやナイフが一緒に絨毯におとを立てて落ちる。
 苦しいっ、苦しいっ、苦しいっ。
 激しい痛みと共に頭にフラッシュバックする。

 泣いているウィンティアが。小さなウィンティアが。

 その小さな口にパンを押し込められ、苦しさに小さな四肢をばたつかせている。

 あついスープ皿に、顔を押し付けられて、テーブルクロスを必死につかんでいる。

 カビの生えた小さなパンを取り上げらて、空腹に耐えている。

 ずぶ濡れになりなが、雨水に手を伸ばして、喉を潤そうとしている。

 薬を含ませた水のせいで、激しい腹痛に襲われ、何度も吐いては、下している。

 虫が蠢くサラダを無理やり口に詰め込めれ、泣き叫ぶ小さなウィンティア。

 頭の中に流れた、場面、場面。
 ウィンティアが靄をかけて、思い出さないようにした記憶。
 食事を前にしての、不安な気持ちはこれか。
 小さなウィンティアに、なんて酷いことを。
 おそらく、これは記憶の一部。一部でも、二十歳の私は身の毛がよだつのに。
 小さなウィンティアに、なんて酷いことを。
 吐き気以外に沸き上がるのは、強烈な怒り。
 小さなウィンティアに、なんて酷いことを。
 小さなウィンティアに、なんて酷いことを。

「すぐに医師をっ、テーブルのものに触れないでっ、監視官を呼んでくださいっ」

 マルカさんが指示を出している。私のすぐ近くで。
 騒ぐ周囲の中にいる。
 あのメイドはパンを押し込めた、あのメイドは激しく嘔吐する姿を笑って見ていた。

 敵だ。 
 ウィンティアの敵だ。
 ウィンティアの、敵だ。

 目の前に転がるナイフを握りしめる。

 敵だ。

 口元が汚れて、コクーン修道院でもらったワンピースが汚れているが、ナイフを握りしめる。

 敵だ、ウィンティアの敵だ。

 メイド二人は血相を変えて、白いタオルを持ち、駆け寄ろうとしてきた。

 近付くな。
 ウィンティアに、近付くな。
 近付くな、近付くな、近付くな、近付くな、近付くな。

 ナイフを握りしめる。

「お嬢様?」

 ナタリアが戸惑いの声が、耳に響く。
 
 フラッシュバックした記憶の一部。
 全てを経験したウィンティアをどれだけ苦しめたんだ、こいつら。どれだけ、苦しめた。

 近付くな、ウィンティアに近付くな。

 ウィンティアの記憶が、私の記憶のような錯覚。
 あの時のように、押さえつけ、笑いながら傷つけるのか。
 私は、守らないと。
 ウィンティアを守らないと、私が、ウィンティアを守らないと。
 私が、私が、私が。
 身体中の血が逆流するってこうなんだ。

「私にっ、近付くなーっ」

 ナイフを振りかざす。
 だんご虫の体勢から、おきがったが、激しく嘔吐した身体は言うことは聞いてくれない。
 メイドは私がナイフを握って反撃してきたことに、反応できていたない。

「お嬢様っ」

 立ち上がろとした、ウィンティアをがっしり抱き締めてきたのは、ナタリアだった。

「お嬢様っ、お辛いでしょうっ、すぐに休みましょうっ、ねっ、休みましょうっ」

 必死に言い募るナタリアの声が、私の逆流した血が落ち着いてきた。

「お嬢様っ、ゆっくり、ゆっくり息をしましょう。ね、ゆっくりですよっ」

 ナタリアの声で、私は息をゆっくり吸い、ゆっくり吐き出す。
 手の力が抜けて、ナイフがすべり落ちる。

「さあ、お嬢様、お部屋に戻りましょうね」

 小さな子供に言い聞かせるようなナタリアの声。
 まだ十二歳のウィンティアの身体に、染み込んでいく。

「そうね…………」

 溢れ落ちるように呟く私。

「マルカ夫人、私はお嬢様をお部屋にお連れします」

「お願いしますね」

 頭がぼんやりしてきた。
 ウィンティアの身体が、思考まで拒否し始めたのかな。
 視界の端で、生物学上の両親が、ぼやけて見えた。
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