上 下
29 / 338

ゲスな⑨ ※注意

しおりを挟む
 ざ、と読んだが、ほとんどゲーム内容と一致している。違うのはやはりウィンティアはローザ伯爵夫妻の実子だと言うこと。ティアラ・ローザという人は存在するが、ウィンティアが生まれるずいぶん前に亡くなっていた。病死だった。婚約者はいた、ただし名前はレオナルド・キーファーだった。そして、特別ルートなんてないこと。
 言えるのはキャサリンは『魅了』の力を持ち、ローザ伯爵夫妻や使用人達を先導して、レオナルドを奪った。そして、レオナルドも『魅了』状態だった事。王子の護衛騎士として『魅了耐性』の訓練を受けていたはずであるレオナルドでさえ、支配下に置いたキャサリンの『魅了』は強かった。
 何より違うのは結婚式だ。
 由緒正しき教会で式、そしてウーヴァ公爵家の庭でガーデンパーティーの予定だったが、トラブル発生。
 何処からか、喪服の集団が現れた。教会だから、当然お墓もあるが、その集団は純白のウェディングドレスとタキシードで身を包んだキャサリンとレオナルドに、一斉にトマトを投擲。

 人殺し、恥知らず、神よ許したまえ、ウィンティアを返せ、この結婚に、

 不幸を。

 喪服の集団はウィンティアの友人達、そして最後の時を過ごした修道院のシスター達だった。
 投擲されたトマトはほとんど届かなかったが、いくつかは命中して、純白の衣装を赤く染めた。まるで、血のように。

「それはウィンティアが流した血の涙よっ。この恥知らずっ、人殺しっ」

 人殺し、人殺し、人殺し。
 
 繰り返される、叫ぶ、呪いを込めた様な言葉。
 それで、レオナルド、軽度の魅力状態だった結婚式の参列者は目を覚ました。
 やっとそこで、キャサリンの『魅了』が発覚した。
 ローザ伯爵家は、次女ウィンティアに対するネグレクト。そしてキャサリンの為に抱えているセーレ商会の資金を長年に渡って横領していたことが明るみになり、爵位返上断絶。ローザ伯爵夫妻は長く『魅了』状態にあったために、その反動が厳しく、数年間苦しみそう抜いて死亡。持っていた伯爵時代の資金は、全てキャサリンの借金で飛んでいき、まともな治療環境になかったこともある。下層の貧民街で輝くような貴族夫妻の惨めな姿の末路を迎えた、と。
 前ローザ伯爵、ジェフリー・ローザは尋問が終わった次の日に、服毒自殺した、と。
 レオナルドは、護衛騎士を辞した後は行方不明。
 クラーラ元伯爵夫人の実家も影響を受けて、社交界から追放された。この実家、ランダ子爵は、ルルディ王国の辺境伯の元で要職についていたが、追われたと。ランダ子爵もキャサリンの『魅了』の影響で、ウィンティアに対して、存在を無視していたからだ。
 じつは被害者はウィンティアだけではなかった。キャサリンのせいで、いくつかの婚約が破綻。死者はこそでなかったが、令嬢達は悲惨な目に会っていた。修道院に行けるのはまだましだが、無一文で放り出され賊に襲われ、なぶりものにされて、奴隷として売り飛ばされている女性が数人。国が探しだしたが、すでに精神崩壊を起こして、保護したと。

 で、キャサリンだが、教会が強力な『魅了封じ』を行い、顔を薬品で半分焼かれた。喉は潰され、見事な金髪は根本から切られ、治療の為に髪が抜け落ちた子供達のために、かつらが作成された。そして、騎士団の『魅了耐性』訓練に使用される道具として扱われ、人として扱われることなく十六年後、寝床となっていた地下室で冷たくなっているのを発見される。遺体は森に捨てられ、森で獰猛な熊が出ていたので、腹に毒物を仕込んで放置した。
 これ程厳しい処置をされたのは、キャサリンが自分の『魅了』の力を十分理解し、それを使用してから事を起こしたからだ。それだけ『魅了』とは、分かっていて使用するのは悪質だとされた。
 もし、キャサリンが『魅了』の力に気付き、自ら適宜『魅了封じ』を受けていたら、処罰はずいぶん変わっただろう、と。

「これが真実ですよ。ティーナが動かなかった場合のね」

「ティーナ、ウィンティアのお婆ちゃん」

「そうです」

 神様が頷く。

「何故、ティーナに魅力が効かなかったか、分かります?」

「いいえ」

「ティーナには神官となる素質があり、生まれつき魅力のような精神に作用する力に対して、耐性を持っていました」

 それで、ティーナ夫人だけは、キャサリンの『魅力』から逃れて、ウィンティアを救いだしたのか。

「そして、この本の存在を予見した。ごく一部ですけどね。この予見の力はこの時にしか作動しなかった」

 私は赤い表紙に視線を落とす。

「ティーナには断片的にしか分からなかったけど、ウィンティアを守ろうとこれとは異なる行動を起こした。それがあの別荘での五年です」

 あの森に囲まれた、赤い屋根の屋敷での生活は、ウィンティアの幸せな記憶。

「ただ、予想外な事が起きて、ティーナは死に直面した。最後の力を振り絞り、ウィンティアに守りの力を付けた。未来がどうなるか分からなかったからです」

 神様はため息。
 予想外な事。毒の事だよね。

「この守りの力が必要ないことを願いながら、ティーナは私の元に来ました。だけど、守りの力が必要となってしまった。ウィンティアは身体ではなく、精神的な死に直面してしまったのです」

 まさか、私がウィンティアの中に同居を始めた頃?

「そうです。ウィンティアの心の崩壊を防ぐために守りの力が発動しました。肉体を失い、漂っていた貴女、山岸まどかの心を掴まえて、ウィンティアの中に入れた。それにより、ウィンティアは心を繋ぎ止め、延命したのです」

 なんだか、私の存在も役に立ったのかな。それならいいけど。
 コクーン修道院では、穏やかにウィンティアは生きていた。
 しかし、僅か八歳の女の子が心の崩壊って、何があったの? もし何もなければ、私はウィンティアの中で、温かく揺蕩っていた。何も考えずに、ね。

「今回、ローザ伯爵家に戻るという事は、ウィンティアの古傷を抉り出す結果となり、内側にいた貴女が出てくる事になりました」

「これって、良くある事ですか?」

「いいえ」

 首を横に振る神様。

「これは奇跡なんですよ。ティーナに神官の素質があること、そして、貴女とウィンティアの心の波長が合わないと不可能なんですよ」

 そうなんだ。

「いつ、内側のウィンティアが出てきます?」

「ノーコメント」

 何故にっ。

「では、この本はいつ発行されます?」

「半世紀後ですね」

 大分先っ。なら、未来の話だけど、話が異なってきているはず。

「そうです。既にこの本の内容とは、異なる様相になってきています。貴女の行動次第で変わる未来があります」

「私が自殺しなければいい話ですよね?」

「そう簡単ではないのですよ」

 神様は指先で示した、被害者の名前が変わっている。リリーナ・エヴァエニス、毒杯、享年二十三。
 ちょっと待った、被害者出るのっ。ど、毒杯って何よ。

「この被害者は変わり続けます」

 そんな。
 このリリーナって子をどうにか出来ても、別の女性が被害者の名前に上がるの? どうにか出来ないかな? もしかしたら、あのキャサリンってのを。私に? まさか、まさか。
 まさか。

「貴女に人は殺せない」

 ギクッ。

「ウィンティアも誰も望んではいません」

 なら、どうしろって言うんだ、私に。

「私に何をしろと?」

「貴女とウィンティアが立てた七つの願い」

 あ、コクーン修道院で立てた。

「まずはそれを叶えるように動きなさい。何かしらの分岐点に差し掛かれば、また、会いましょう。この事例七が消えた時、私は貴女の望みを叶えましょう。私が出来る範囲でね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

酷い扱いを受けていたと気付いたので黙って家を出たら、家族が大変なことになったみたいです

柚木ゆず
恋愛
 ――わたしは、家族に尽くすために生まれてきた存在――。  子爵家の次女ベネディクトは幼い頃から家族にそう思い込まされていて、父と母と姉の幸せのために身を削る日々を送っていました。  ですがひょんなことからベネディクトは『思い込まれている』と気付き、こんな場所に居てはいけないとコッソリお屋敷を去りました。  それによって、ベネディクトは幸せな人生を歩み始めることになり――反対に3人は、不幸に満ちた人生を歩み始めることとなるのでした。

私を追い出すのはいいですけど、この家の薬作ったの全部私ですよ?

火野村志紀
恋愛
【現在書籍板1~3巻発売中】 貧乏男爵家の娘に生まれたレイフェルは、自作の薬を売ることでどうにか家計を支えていた。 妹を溺愛してばかりの両親と、我慢や勉強が嫌いな妹のために苦労を重ねていた彼女にも春かやって来る。 薬師としての腕を認められ、レオル伯アーロンの婚約者になったのだ。 アーロンのため、幸せな将来のため彼が経営する薬屋の仕事を毎日頑張っていたレイフェルだったが、「仕事ばかりの冷たい女」と屋敷の使用人からは冷遇されていた。 さらにアーロンからも一方的に婚約破棄を言い渡され、なんと妹が新しい婚約者になった。 実家からも逃げ出し、孤独の身となったレイフェルだったが……

処理中です...