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自分は⑩
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ウィンティアは二度目のローザ伯爵家本家では、警戒心の塊だった。
両親や祖父、使用人達も距離を掴みかねていた。
仕方ない事かもしれなかったが、ウィンティアの対応は前回とは打って変わっていた。明るい部屋は掃除が行き届き、肌触りの良い服に、温かい風呂、美味しい食事。久しぶりに会った両親には謝罪を受けたが、すぐに受け入れることができなかった。
ただ、以前と違うことだけは分かった。適宜国からの調査官が訪れてローザ伯爵家の様子をチェックしていった。2ヶ月後から少しずつ間隔が空くことになった。
ローザ伯爵家での対応は確かに変わっていたが。変わっていないのは、キャサリンの我が儘だった。
「あのドレス、見たことないっ、なんで私にはないのっ」
「そっちのケーキの方が大きいわっ」
「私の部屋のお花が小さいっ」
「おじいさまっ、どうしてあの子と同じお菓子なのっ」
エトセトラ。エトセトラ。エトセトラ。
キャサリンは自分が一番な性格は、変わっていなかった。とにかくウィンティアが来てるもの、食べてるものに難癖つけてきた。
八歳のウィンティアですら辟易した。コクーン修道院で、ウィンティアの世話をしてくれた年長の少女が、凄く大人びて思えてしかたなかった。
前回と違うのは、周りの大人達が、キャサリンの言うことを聞かず、両親は静かにキャサリンを叱責した。
そんなある日、ローザ伯爵家にもたらされた報せに、大騒ぎになった。
キャサリンが我が儘を炸裂させていたので、ウィンティアはかかわり合いを持ちたくなく、部屋に閉じ籠った。
両親がしばらく屋敷を空ける事だけ分かった。ウィンティアと距離を取っていた両親だったので、特に思うことはなかった。まだ、五歳の頃に受けた仕打ちを忘れていなかったからもある。
しかし、ここからウィンティアの記憶は曖昧だ。
思い出そうにも、靄がかかり、はっきり思い出せない。
気が付いた時には、ウィンティアは傷だらけの身体を引きずり、ローザ伯爵家の庭を走っていた。
伯爵家の敷地は鉄柵で囲まれていた。貴族の屋敷は基本的には鉄柵や壁に囲まれている。
ウィンティアは走った、いや、逃げた。
鉄柵を掴み、外に向かって、手を伸ばした。
「たすけて」
その手を掴んでくれたのは、茶色の髪の男性だった。
ウィンティアは再びコクーン修道院に保護された。
その辺りから、私、山岸まどかが同居を始めた頃だ。
(ウィンティア、貴女はどうしたいの?)
私は心に向かって問いかける。
きっと、まだウィンティアはいる。そう思いここ数日語り続けた。
昨日、やっと反応が分かるようになった。やっぱり、ウィンティアはまだ、この身体の中にいる。はい、か、いいえ、くらいしか分からないし、たまに判別不能があるし、何より反応がない時が多い。
私と入れ替わったきっかけは、ローザ伯爵家への帰還だ。勝手な推察だけど、あの靄がかかる記憶が原因のはず。ウィンティア自身が靄をかけて、思い出したくない記憶。
この右眉の傷も、その時のものだ。
私は数日かけてウィンティアと交信を続けた。
コクーン修道院に残るか、ローザ伯爵家に戻るか、学園に通うか、両親とどう接するか等々。
数日かけて、ウィンティアとの交信で、いくつかの事が決まった。
・祖母の墓参りに、自費で行くこと。
・あの森の屋敷で優しかったメイドや庭師に、自費で会いに行くこと。
・ローザ伯爵家の両親・祖父・使用人とは距離をおき、信用しない。
・ローザ伯爵家を信頼、社会的な地位を落としたい。
・あの我が儘長女キャサリンは姉と思わない。
・学園に通い、額に傷があっても、気にせず仲良くなれる友達を作る。
・あの茶色の髪の男性を探しだして、あの時のお礼を伝える。
以上七点。
自費と言うのには理由がある。
ウィンティアを世話してくれた年上の少女が、自立支援を受けてコクーン修道院出た後、手紙をくれた。
初めは不安だったけど、毎日が大変で楽しいと締め括られていて、ウィンティアは憧れを持った。
自分の稼いだお金で、生活をしたい。
ウィンティアの夢だ。
だから、私が出来るだけの土台を作るだけ。
まずは不足している情報を得なければならない。
ウィンティアの身体で、山岸まどかが今を生きている。
(ウィンティアをよく知る人達に怪しまれないようにしなきゃ。こんな小さな子が、ショックで内に引きこもって、こんな小さな反応しか出来ないなんて異常よ。きっとそんなことになるまで、あのローザ伯爵家で酷い目に合ったんだ。絶対許せない。ウィンティア、私が貴女が帰って来れるようになるまで頑張るからね。あの人達をやっつけるからね)
胸の中で、小さな反応。「うん」だ。
私、山岸まどかは、あまり誉められた性格ではなかった。実の家族限定だったが、色々あって仲違いの末、私は赤い車に引き殺された。思い残すことはあるが、きっともうどうしようもない。
今、私がいるのは、12歳の少女、ウィンティアの身体を借りているだけ。
本来死んでいるはずの私が使わせてもらっているなら、いずれ返す事になる。きっと二十歳まで善行をしてこなかった山岸まどかに与えられた、最後のチャンスなんだ。
私はウィンティアが少しでも生きやすいようにしてあげるだけ。
きっと私はその為に、生きている。違う、生かしてもらった。
私は膝を叩く。
まずは情報収集だ。
今回、ウィンティアがローザ伯爵家に戻ると言う判断を提示した院長先生なら、すべての事実を知っているはず。
この額に残る傷、ウィンティアが無意識に靄をかける、ローザ伯爵家での扱い等だ。
今度、シスタースロウが来た時に、院長先生との面会を希望しなければ。
(でも、ウィンティアってどっかで聞いた名前なんだけどなあ。何処だったかなあ)
両親や祖父、使用人達も距離を掴みかねていた。
仕方ない事かもしれなかったが、ウィンティアの対応は前回とは打って変わっていた。明るい部屋は掃除が行き届き、肌触りの良い服に、温かい風呂、美味しい食事。久しぶりに会った両親には謝罪を受けたが、すぐに受け入れることができなかった。
ただ、以前と違うことだけは分かった。適宜国からの調査官が訪れてローザ伯爵家の様子をチェックしていった。2ヶ月後から少しずつ間隔が空くことになった。
ローザ伯爵家での対応は確かに変わっていたが。変わっていないのは、キャサリンの我が儘だった。
「あのドレス、見たことないっ、なんで私にはないのっ」
「そっちのケーキの方が大きいわっ」
「私の部屋のお花が小さいっ」
「おじいさまっ、どうしてあの子と同じお菓子なのっ」
エトセトラ。エトセトラ。エトセトラ。
キャサリンは自分が一番な性格は、変わっていなかった。とにかくウィンティアが来てるもの、食べてるものに難癖つけてきた。
八歳のウィンティアですら辟易した。コクーン修道院で、ウィンティアの世話をしてくれた年長の少女が、凄く大人びて思えてしかたなかった。
前回と違うのは、周りの大人達が、キャサリンの言うことを聞かず、両親は静かにキャサリンを叱責した。
そんなある日、ローザ伯爵家にもたらされた報せに、大騒ぎになった。
キャサリンが我が儘を炸裂させていたので、ウィンティアはかかわり合いを持ちたくなく、部屋に閉じ籠った。
両親がしばらく屋敷を空ける事だけ分かった。ウィンティアと距離を取っていた両親だったので、特に思うことはなかった。まだ、五歳の頃に受けた仕打ちを忘れていなかったからもある。
しかし、ここからウィンティアの記憶は曖昧だ。
思い出そうにも、靄がかかり、はっきり思い出せない。
気が付いた時には、ウィンティアは傷だらけの身体を引きずり、ローザ伯爵家の庭を走っていた。
伯爵家の敷地は鉄柵で囲まれていた。貴族の屋敷は基本的には鉄柵や壁に囲まれている。
ウィンティアは走った、いや、逃げた。
鉄柵を掴み、外に向かって、手を伸ばした。
「たすけて」
その手を掴んでくれたのは、茶色の髪の男性だった。
ウィンティアは再びコクーン修道院に保護された。
その辺りから、私、山岸まどかが同居を始めた頃だ。
(ウィンティア、貴女はどうしたいの?)
私は心に向かって問いかける。
きっと、まだウィンティアはいる。そう思いここ数日語り続けた。
昨日、やっと反応が分かるようになった。やっぱり、ウィンティアはまだ、この身体の中にいる。はい、か、いいえ、くらいしか分からないし、たまに判別不能があるし、何より反応がない時が多い。
私と入れ替わったきっかけは、ローザ伯爵家への帰還だ。勝手な推察だけど、あの靄がかかる記憶が原因のはず。ウィンティア自身が靄をかけて、思い出したくない記憶。
この右眉の傷も、その時のものだ。
私は数日かけてウィンティアと交信を続けた。
コクーン修道院に残るか、ローザ伯爵家に戻るか、学園に通うか、両親とどう接するか等々。
数日かけて、ウィンティアとの交信で、いくつかの事が決まった。
・祖母の墓参りに、自費で行くこと。
・あの森の屋敷で優しかったメイドや庭師に、自費で会いに行くこと。
・ローザ伯爵家の両親・祖父・使用人とは距離をおき、信用しない。
・ローザ伯爵家を信頼、社会的な地位を落としたい。
・あの我が儘長女キャサリンは姉と思わない。
・学園に通い、額に傷があっても、気にせず仲良くなれる友達を作る。
・あの茶色の髪の男性を探しだして、あの時のお礼を伝える。
以上七点。
自費と言うのには理由がある。
ウィンティアを世話してくれた年上の少女が、自立支援を受けてコクーン修道院出た後、手紙をくれた。
初めは不安だったけど、毎日が大変で楽しいと締め括られていて、ウィンティアは憧れを持った。
自分の稼いだお金で、生活をしたい。
ウィンティアの夢だ。
だから、私が出来るだけの土台を作るだけ。
まずは不足している情報を得なければならない。
ウィンティアの身体で、山岸まどかが今を生きている。
(ウィンティアをよく知る人達に怪しまれないようにしなきゃ。こんな小さな子が、ショックで内に引きこもって、こんな小さな反応しか出来ないなんて異常よ。きっとそんなことになるまで、あのローザ伯爵家で酷い目に合ったんだ。絶対許せない。ウィンティア、私が貴女が帰って来れるようになるまで頑張るからね。あの人達をやっつけるからね)
胸の中で、小さな反応。「うん」だ。
私、山岸まどかは、あまり誉められた性格ではなかった。実の家族限定だったが、色々あって仲違いの末、私は赤い車に引き殺された。思い残すことはあるが、きっともうどうしようもない。
今、私がいるのは、12歳の少女、ウィンティアの身体を借りているだけ。
本来死んでいるはずの私が使わせてもらっているなら、いずれ返す事になる。きっと二十歳まで善行をしてこなかった山岸まどかに与えられた、最後のチャンスなんだ。
私はウィンティアが少しでも生きやすいようにしてあげるだけ。
きっと私はその為に、生きている。違う、生かしてもらった。
私は膝を叩く。
まずは情報収集だ。
今回、ウィンティアがローザ伯爵家に戻ると言う判断を提示した院長先生なら、すべての事実を知っているはず。
この額に残る傷、ウィンティアが無意識に靄をかける、ローザ伯爵家での扱い等だ。
今度、シスタースロウが来た時に、院長先生との面会を希望しなければ。
(でも、ウィンティアってどっかで聞いた名前なんだけどなあ。何処だったかなあ)
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