ミルクティーな君へ。ひねくれ薄幸少女が幸せになるためには?

鐘ケ江 しのぶ

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自分は④

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 ウィンティアのローザ伯爵家での生活は、幽霊のような扱いだった。使用人用の部屋は、隅っこで、日中でも薄暗かった。食事も空腹を訴えないと与えて貰えず、しかも、いやいや舌打ちされながら渡されるのは、硬いパン。たまに、気まぐれに具材のないスープを出されるが、冷えて脂が固まっていた。風呂もいれて貰えず、着替えもろくにない。あの森の屋敷から僅かに持ってきたものだけ。洗濯というのを知らないウィンティアは、あっという間に体臭を纏うことになる。祖母と暮らした温かい生活と駆け離れた本家での生活。たまに、両親とお人形さんの長女が、綺麗な花で囲まれたガーデンで、笑いながらお茶をしているのを見て、悲しくて辛くて泣いた。両親はまったくウィンティアに関心がなかった。父親は視界に入れようものなら、侍従に連れ出すように指示し。母親は嫌そうに眉を寄せる。そして二人が決まって言うのが、
「腐ったどぶの様な髪」
 と、吐き捨てた。
 ウィンティアは何度も、あの森に囲まれた家に帰りたかった。逃げ出しても、子供の足、本家から出られず連れ戻される。そして、倉庫のようや小屋に閉じ込められた。
 毎日毎日、寂しく、辛くて、悲しかった。
 時折祖父と言う人が来たが、ウィンティアに一瞥しただけで、無視した。そして、お人形さん、長女のキャサリンにだけ、沢山のプレゼントを持ってきた。キャサリンはいつも違うドレスを着て、ふわふわの金髪には毎日違うリボンで飾り付けていた。手入れと栄養が行き渡り、すべてが艶やかだった。あれが欲しい、何がしたいと言えば、何でも手にはいる。両親と祖父がそれを叶えた。使用人達も、キャサリンを宝物のようにしていた。まるで、お話に聞く、お姫様だ。
 対してウィンティアは日を追う毎にくすんでいった。食べ物でさえ、訴えないと貰えない日々。薄い部屋。見せ付けられる、長女との扱いの差。ウィンティアは、外面だけではなく、内面もくすんでいった。
 ある日、祖母の友人が訪ねてきた。
 ウィンティアを訪ねて来たらしいが、両親が面会を拒否。激しい口論の末に、ウィンティアは祖母の友人の前に引きずり出された。まさに、引きずりだされた。父親に引きずられ、突き飛ばされて、よろよろと祖母の友人の前に倒れた。母親は相変わらず、汚いゴミでも見るような目で見ている。そして、メイドにキャサリンを部屋から出さないように言った。ウィンティアと同じ所にいると、腐ったどぶの臭いが移るからと。
 すっかりくすんだウィンティアは、黙ったまま床に踞った。もう、泣く体力もなくなっていた。
 祖母の友人が声をあらげて、両親と再び口論を始めた。
 幼いウィンティアには分からない言葉が飛び交う。当時の記憶の断片を繋ぎ合わせて今なら分かる事。
 祖母、つまり先代ローザ伯爵夫人の葬儀を行わず、すぐに埋葬したこと。貴族夫人として生きてきた祖母は、それなりの交友関係があった。また抱えている商会の事務職を長年こなして、商会内でも人望があり、その繋がりがあった。引きこもりでなければ、そういった貴族夫人が亡くなれば、あちこちに連絡して、お別れ会的な事をしなければならない。ウィンティアの両親、元ローザ伯爵夫人の息子夫婦は、それをしなかったのを咎められた。理由はキャサリンの誕生日会の数日前で、お別れ会なんてしたら、中止を余儀なくされるからと。聞いた祖母の友人は更に声をあらげた。
 祖母の友人は、別荘に残っていたメイドからの手紙で、祖母の死を知り、本家に引き取られたウィンティアを心配してやって来たのだ。そしてすっかりくすんでしまったウィンティアを見て叫んだ。

「実の娘になんて仕打ちをするのですかっ、この子の世話をしないなら、手放しなさいっ。私が引き取るか、しかるべき家に養子にしますっ」

 その言葉にウィンティアのくすんだ心が浮上する。
 ただ、色々諸事情や手続きがあり、祖母の友人はその場でウィンティアを連れて帰れなかった。
 祖母の友人は、涙を流しながら、ウィンティアを抱き締めた。

「必ず迎えに来ますからね」

 それが、ウィンティアの支えとなった。



 だが、次の日。
 ウィンティアは初めて両親と姉と出かけることになった。黄色のドレスを着せられたが、まともな栄養も与えてもらえず、風呂もはいれず、髪もとかしてない為に、浮いていた。

「お母様っ、どうして私のドレスを着ているのっ。あのドレス、お気に入りだったのにっ」

 キャサリンは癇癪を起こす。三歳も年上の姉には、明らかにサイズアウトしている黄色のドレス。

「ごめんなさいなさいねキャサリン。あれを世話してますって証明しなくてはないのよ。私もあんなのに貴女の大事なドレスを着せたくなかったわ。でも、どうしても必要なの。あれが持ってきた服はどれも汚いのよ、あんなの着せて歩けないの」

 母親は申し訳なさそうな顔で、キャサリンに謝る。まるで、ドレスを着せられたウィンティアが悪いように解釈されるような言い方。一度もウィンティアを風呂に入れず、洗濯すらさせなかったのに。

「キャサリン。今日の感謝祭が終わったら、新しいドレスを仕立てよう。もちろん、靴や帽子も揃うよう」

 ぐずぐずと泣くキャサリンに、膝を付き、視線を合わせて優しく言う父親。

「お父様、本当?」

「ああ、本当だとも。どんなドレスがいい?」

 父親の言葉に、ぐずぐずと泣いていたキャサリンが
ぱぁっ、と顔を輝かせる。

「マダム・ガーヤのドレスがいいわっ」

「ああ、帰りにマダム・ガーヤの所に行こう」

「約束よっ、お父様っ」

 ウィンティアそっちのけで話が進む。離れた場所で、三人のやり取りを眺めているしかない。そしてその周りをがっちり伯爵家の使用人達が囲み、ウィンティアの入り込める隙間はなかった。笑うキャサリン、それを温かい眼差しで見守る両親と使用人達。
 それは家族の絵。
 除け者にされたウィンティアは、ただ黙って眺めているしかなかった。
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