銀の鬼神とかわいいお嫁さん

鐘ケ江 しのぶ

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今、排するべきか?⑤

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 ベルギッタ侯爵は、白髪の高齢女性だった。
 紫のドレスを纏い立ちはだかった。
 自分はモーリスまで斬り殺してしまったことで、一瞬止まってしまった。

「坊や、お止めなさい」

 そう言われて、頭に血が上る。
 自身の孫娘である令嬢が、地下牢で無残な姿となっていたのを、知らないはずはないのに。令嬢がどんな屈辱だったか、無念であったか、同じ女なのに、なぜそんなことを言うのか、分からなかったからだ。

 だが、立ちはだかるのであるなら、敵だ。

 その時の自分は、既に正気でない。
 長く支えてくれていたモーリスまで斬り殺してまで、止まれなかったのだ。

 華奢で高齢女性であるベルギッタ侯爵の体を、いとも簡単に剣が貫いた。しっかり柄が、ベルギッタ侯爵の腹部にぶち当たる。後は引き抜くだけ。

 剣が抜けない。
 
 何故?

 一瞬の戸惑い。

 次の瞬間、ベルギッタ侯爵の細い腕がしっかり自分の身体に巻き付いた。
 そして、広がる黄金の鎖。それはベルギッタ侯爵の身体から溢れだしていた。それが、自分とベルギッタ侯爵の身体を、音もなく包みだした。
 腹の奥底が、冬の強風が巻き上がる。生まれて初めて感じた。
 剣を抜こうも、黄金の鎖が雁字搦めにしてしまい、身動きが取れない。どんなに力を込めても、振りほどけない。大型の熊でも一撃殴れば殺せるだけの力があるのに。
 瞬きするような、僅か時間で。

「坊や、時間がないわ、よく聞きなさい」

 耳元で囁くようなベルギッタ侯爵の声。

「私には、加護があるの。時渡りの神チェーン・ディスティニーよ」

 聞いたことないぞ、そんな加護。

「坊やを、今から過去に飛ばすわ。それで全てを救って頂戴、誰も殺さないで、殺させないで」

 ベルギッタ侯爵の声が小さくなる。
 過去に、戻る? その時は、なんのことだが、分からなかった。だが、今なら分かる、なぜ、今日、未来が分かったのか。それはベルギッタ侯爵が、加護を使い、過去に飛ばしてくれたのだ。

「お願い、レイナを、救って…………」

 ああ、ベルギッタ侯爵の孫娘だ。カシアン王子の婚約者、レイナ・ベルギッタ侯爵令嬢。ベルギッタ侯爵は娘が一人いたが、馬車の事故で早くに亡くなっている。 その娘が生んだのが、レイナ嬢だったはず。
 ああ、やはり、孫娘を、この人は救いたいのだ。
 か細くなるベルギッタ侯爵の息で、もう長くないと直感。
 そりゃそうだ、剣に体を貫かれているのだから。
 自分とベルギッタ侯爵を包む、黄金の鎖が増えていく。

「ああ、坊や、ごめんなさい、思ったより、過去に飛ばせない」
 
 今にも消え入りそうなベルギッタ侯爵の声。

「私の残された寿命では、近しい過去にしか飛ばせない、ごめんなさい、私が、レイナの側にいたいと、願ってしまった」

 それは、謝る事ではないのに。
 残された孫娘ために、この人は、必死に生きていただろうに。
 おそらく加護の代償は、保持者の寿命なのだろう。寿命を削るのだろうが、本当にそんな加護聞いたことがない。自分の鎧神アーマーヘッドの加護ですら、代償なんてないのに。

「ならば、我らの寿命もお使いください」
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