銀の鬼神とかわいいお嫁さん

鐘ケ江 しのぶ

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思い出したのはお式の前②

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 バルド・フォン。

 ミュンヘナー王国、フォン辺境伯当主。
 人と少し違ったのは、生れつきに『加護』を持っていた。
 種類は様々だが、バルドが授かった『加護』は『鎧神アーマーヘッドの加護』だった。防御力極振りの加護のお陰で、バルドはケガ一つしたことがなかった。多少風邪を引いたが、数日後にはケロッとしている。逆に、痛みが分からないまま成長し、それが人との関わりに興味を失せさせる原因となった。

 その人への興味を抱かせたきっかけを作ったのは、エミリアだった。
 断片的な記憶の中で、エミリアとの時間が、気づかせてくれた、きっかけとなった。

 エミリアはずっと傷ついて来たのだ。自分が無関心なばかりに、ここでも扱いに困り手を余す存在にしてしまった。
 主人である自分が無関心に適当に流せば、使用人達も対応に困ったはず。今なら両親の小言、モーリスを始めとした使用人達の苦言がよく分かる。

 妻として迎えた以上、尊厳を持ち、大切にしろ。

 まったくもってそうだ。

「バルド様、頭痛は?」

 結局、やってきた医師のマチル先生。還暦寸前の有能な女医だ。ああ、そうだ、彼女の助けが必要だ。自分ではない、エミリアが。自分は加護のお陰でケガ知らず、多少風邪を引いても数日で治る。

「マチル先生、自分はどうでもいいんです。これからはエミリアの主治医をお願いしたい」

「? バルド様、どうしました?」

 有能な女医が首を傾げる。

「私はこのように丈夫です。だが、まだ幼いエミリアはそうじゃない。私では痛みが分からない、だからマチル先生、もしエミリアに何かあれば」

「ど、どうしたんですかっ。昨日の遠征で変な茸でも食べましたかっ」

 モーリスと同じ反応が癪に触るが仕方ない。マチル先生はモーリスの伯母にあたる人だ。
 自分はそう言われる程、無関心な人間だから仕方ない。

「食べてません。マチル先生、エミリアの主治医お願いしますよ」

「ま、まあ、もちろんいいですよ。数日後に様子を見に来ましょう、環境が変わって体調を崩してないかね」

 マチル先生は礼をして退室する。
 そこからバタバタと、婚礼衣装を着せられた。
 姿見の中で、ボサボサの髪と髭、鍛え上げられた身体がその当時のものだと言っている。
 少しずつ思い出す。
 そうだ、支度がすんだ頃に報せが入る。

 コンコン

 控えめなノック、モーリスが確認する。おそらくメイド長のマギーだ。招待客が入り、エミリアの支度が出来たと、戸惑いながら。

「ご主人様、マギーさんです」

「入れ」

 直ぐにマギーが入ってくる。
 白髪の混じる髪を団子にしたマギーが入ってくる。

「招待客の皆様がお揃いになりました。それから花嫁様のエミリア様の準備が、その」

 珍しく歯切れが悪い、あの時はまったく気が付かなかった。

「何が不足だ?」

 今思えば、あの時の己の鈍感さを殴りたい。
 あの時のエミリアの花嫁衣裳の異常さ、を。

「ブーケもなく、その花嫁衣裳も、ベールも」

「は? 花嫁衣裳はベルド伯爵家が準備するからと」

 モーリスが、訳が分からないと言った顔だ。
 この婚礼には、バルド伯爵が持たせるエミリアの支度金がない変わりに、本来こちらが準備する花嫁衣裳をバルド伯爵家が持った。フォン辺境伯からは、家の格式にあった支度金を払った。
 それなのに、エミリアの花嫁衣裳は、無惨なものだった。

「モーリス、庭師のベンにブーケの代わりを」

「は、はいっ」

 突然の指示だが、優秀なモーリスが直ぐに動く。次にしたのは、近くのカーテンを引きちぎることだ。

「ぼっちゃま、何を」

 咎めるセバス。そうだな、最近変えたばかりのレースのカーテンを引きちぎったのだから。せっかく花嫁が来るからと、思いきって新しくしようと提言したのはセバスだった。
 そう、新しく、真っ白なカーテン。
 我がフォン辺境伯は比較的裕福だ。だから、カーテンも質がいい。

「マギー、ベールの変わりにしろ」

 僅かの間。

「お任せください」

 マギーはレースのカーテンを抱えて部屋を飛び出して行った。
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