上 下
2 / 51

思い出したのはお式の前②

しおりを挟む
 バルド・フォン。

 ミュンヘナー王国、フォン辺境伯当主。
 人と少し違ったのは、生れつきに『加護』を持っていた。
 種類は様々だが、バルドが授かった『加護』は『鎧神アーマーヘッドの加護』だった。防御力極振りの加護のお陰で、バルドはケガ一つしたことがなかった。多少風邪を引いたが、数日後にはケロッとしている。逆に、痛みが分からないまま成長し、それが人との関わりに興味を失せさせる原因となった。

 その人への興味を抱かせたきっかけを作ったのは、エミリアだった。
 断片的な記憶の中で、エミリアとの時間が、気づかせてくれた、きっかけとなった。

 エミリアはずっと傷ついて来たのだ。自分が無関心なばかりに、ここでも扱いに困り手を余す存在にしてしまった。
 主人である自分が無関心に適当に流せば、使用人達も対応に困ったはず。今なら両親の小言、モーリスを始めとした使用人達の苦言がよく分かる。

 妻として迎えた以上、尊厳を持ち、大切にしろ。

 まったくもってそうだ。

「バルド様、頭痛は?」

 結局、やってきた医師のマチル先生。還暦寸前の有能な女医だ。ああ、そうだ、彼女の助けが必要だ。自分ではない、エミリアが。自分は加護のお陰でケガ知らず、多少風邪を引いても数日で治る。

「マチル先生、自分はどうでもいいんです。これからはエミリアの主治医をお願いしたい」

「? バルド様、どうしました?」

 有能な女医が首を傾げる。

「私はこのように丈夫です。だが、まだ幼いエミリアはそうじゃない。私では痛みが分からない、だからマチル先生、もしエミリアに何かあれば」

「ど、どうしたんですかっ。昨日の遠征で変な茸でも食べましたかっ」

 モーリスと同じ反応が癪に触るが仕方ない。マチル先生はモーリスの伯母にあたる人だ。
 自分はそう言われる程、無関心な人間だから仕方ない。

「食べてません。マチル先生、エミリアの主治医お願いしますよ」

「ま、まあ、もちろんいいですよ。数日後に様子を見に来ましょう、環境が変わって体調を崩してないかね」

 マチル先生は礼をして退室する。
 そこからバタバタと、婚礼衣装を着せられた。
 姿見の中で、ボサボサの髪と髭、鍛え上げられた身体がその当時のものだと言っている。
 少しずつ思い出す。
 そうだ、支度がすんだ頃に報せが入る。

 コンコン

 控えめなノック、モーリスが確認する。おそらくメイド長のマギーだ。招待客が入り、エミリアの支度が出来たと、戸惑いながら。

「ご主人様、マギーさんです」

「入れ」

 直ぐにマギーが入ってくる。
 白髪の混じる髪を団子にしたマギーが入ってくる。

「招待客の皆様がお揃いになりました。それから花嫁様のエミリア様の準備が、その」

 珍しく歯切れが悪い、あの時はまったく気が付かなかった。

「何が不足だ?」

 今思えば、あの時の己の鈍感さを殴りたい。
 あの時のエミリアの花嫁衣裳の異常さ、を。

「ブーケもなく、その花嫁衣裳も、ベールも」

「は? 花嫁衣裳はベルド伯爵家が準備するからと」

 モーリスが、訳が分からないと言った顔だ。
 この婚礼には、バルド伯爵が持たせるエミリアの支度金がない変わりに、本来こちらが準備する花嫁衣裳をバルド伯爵家が持った。フォン辺境伯からは、家の格式にあった支度金を払った。
 それなのに、エミリアの花嫁衣裳は、無惨なものだった。

「モーリス、庭師のベンにブーケの代わりを」

「は、はいっ」

 突然の指示だが、優秀なモーリスが直ぐに動く。次にしたのは、近くのカーテンを引きちぎることだ。

「ぼっちゃま、何を」

 咎めるセバス。そうだな、最近変えたばかりのレースのカーテンを引きちぎったのだから。せっかく花嫁が来るからと、思いきって新しくしようと提言したのはセバスだった。
 そう、新しく、真っ白なカーテン。
 我がフォン辺境伯は比較的裕福だ。だから、カーテンも質がいい。

「マギー、ベールの変わりにしろ」

 僅かの間。

「お任せください」

 マギーはレースのカーテンを抱えて部屋を飛び出して行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

美しく優秀な次女がいるのなら、私は必要ありませんよね? 〜家を捨てた私は本当の姿に戻り、追いかけてきた皇子と街で暮らす〜

夜野ヒカリ
恋愛
アスラート帝国のカトル公爵家の長女リーナは、プラチナブロンドに青銀の瞳の美しく聡明な少女だったが、 母親と妹からの命令で、カツラを被り、肌を汚して生活していた。 そうしなければ暴力を振るわれたためである。 しかし、母親と妹はリーナの本当の姿も、自分たちが強制したことも忘れて、リーナを“醜い無能”と罵った。 自分の扱いに耐えられなくなったリーナは、ある決意をした。 ───── 「お父様、今日より私は、カトルの姓を捨て、平民として生きたく思います」 リーナの18歳の誕生日、リーナは父親である公爵にそう切り出す。 ───── リーナが公爵家を出た時、公爵家の財政管理、領地管理、他家との関係の保持─── ほとんどの仕事はリーナがしていたのだが…………。 貴族としての身分を捨て、街の食堂で働き始めたリーナはそこで幸せになれるのか!? 密かなにリーナに想いを寄せていて、リーナを追いかけて街に下りた皇子との恋の行方は!? 話、設定、登場人物の口調etc. 色々とブレブレですが、ご容赦くださいm(__)m 本編は最後まで執筆、公開予約済みです。本編完結後、のんびりと番外編を更新していく予定です! 3/18 : Hotランキング 60位→30位→15位→10位→6位 3/19~21 : Hotランキング1位 ありがとうございます!!

妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。 国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。 「もう無理、もう耐えられない!!」 イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。 「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。 そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。 猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。 表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。 溺愛してくる魔法使いのリュオン。 彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる―― ※他サイトにも投稿しています。

たまに目覚める王女様

青空一夏
ファンタジー
苦境にたたされるとピンチヒッターなるあたしは‥‥

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。

クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」 パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。 夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる…… 誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。

婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです

青の雀
恋愛
第1話 婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。

処理中です...