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三度目の首都㉘

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 息を切らせて走ってきてくれた男性。ちょっとぽっちゃりしている。たぶんエドワルドさんと同い年よね? エドワルドさんは三十五歳だけど、とても若く見えるので、年相応な感じだ。
 男性、黒い喪服姿のトビアスさんは息を切らせて駆けてきて、オスヴァルドさん達に一礼する。ちら、と見てくるアレスにビクリ、としているが、私にも一礼。
「失礼しますっ」
 トビアスさんは床板だけになった馬車に登る。痛ましい姿の女の子に、泣きそうな顔になる。
「大丈夫だよ、見るだけだからね」
 その声のかけ方から、ああ、優しい人やなって思えた。
 父とトビアスさんが、女の子と床板をつなぐ鎖を見る。
 ピエロ感の増した聖女? 未だにイシスの放つ風圧の影響でもんどり打っている。
『臭いのですね、そうなのです。氷漬けにするのです』
『そうなのだっ、そうするのだっ、あの雌、臭いのだー、主よー』
「やめて、一瞬で心臓麻痺か窒息するやん。元気っ、ダメよっ」
 元気がぷりぷりと尻尾を振って、ピエロ感の増した聖女に向かっているので、釘を刺す。機能性の低そうな鎧の聖騎士達や成金神官達は、ほとんど青騎士団の皆さんがぐるぐる巻きにしている。
「こ、これはっ」
 鎖を見てくれていたトビアスさんが、信じられないと声が高くなる。
「分かりましたか?」
 おそらく父は分かっているだろうが、別の角度から鑑定しているはず。トビアスさんの第三者としての証言が必死だからね。父はずっと眉を寄せ、じっと見ているから。
「これはずっと昔に使用禁止された拷問用の魔道具ですよっ」
 ビシッ、と頭に血が上る。
「こんな小さな子供になんてものをっ」
 トビアスさんが声を上げるが、震えている。怒りと言うか、そんな魔道具を付けられている女の子に対しての思いやりだ。その声に私は、少し冷静になる。その時、父が視線を下げて眉間を押さえる。
「お父さん、どうしたん?」
「うん、大丈夫や。優衣、この鎖と枷は下手な手段で外せん」
「どういう事?」
「これは確かに拷問用の魔道具や、同時に呪いの魔道具や。表面上からは見えんけど、こん子の身体に根深く、全身に根付いとる」
 父は痛ましい視線を上げる。
「外すだけなら簡単な技術があれば出来るけど、この呪いを解除せんと、外しただけで、こん子には負担がかかり過ぎる」 
 父がおそらくと言葉を濁す。外した途端に、この子がどうなるか、わかってしまう。
「ではまず呪いをどうにかしよう。確かポーションがあったはずや」
 解呪のポーションが晃太が持っているはず。
「手持ちのやつは歯が立たんよ。エリクサーも対象外や、呪いだけならいけるけど。拷問作用が複雑に絡みすぎとる。これがつけられて日が浅ければどうにかなったかもしれんけど。この子は長くつけられ過ぎや」
「な、なら、どうしたらいいと?」
「解呪しながら、横からエリクサーをかけて、がいいやろうけど。高位の解呪魔法が使えんと無理や。それでも負荷がかかる」
 そこに会話に入って来たのは、ギルさんを彷彿させる牧師さん。
「でしたら、高位解呪魔法が使える司祭がおります。今、クレイ港の方にいますので呼び戻しますっ」
 牧師さんが別の人に指示を飛ばす。
「お父さん、高位解呪魔法が使える人が来たらどうにかなる?」
「うーん、その人のレベル次第やけどなぁ、できれば魔道具の解除も併用するのがベストやけど、そうなると相当繊細な作業になるし。最高位の解呪魔法やないとなあ」
『ねえ、お父さん、私に出来ないかしら?』
 黙って聞いていたルージュが、こちらを見ている。じーっ、と女の子を見ていたんだけど。
『解呪魔法は光の魔法よ。魔力の微量なコントロールなら、イシスにも負けないわ。この場に、私以上に繊細な光魔法を使えるものはいない。厄介なこの枷の解除もやってみせる、私がこの童を助けてみせるわ』
 ルビーのようなキラキラ輝く赤い目で言い切るルージュ。
「よし、ルージュに託そう」
「そうやな。ルージュ以上に適任者はおらんやろ」
 私と父が即決。
「あの、託すって」
 少しオロオロと鎖と女の子を見ていたトビアスさん。どうにかしようとしてくれていたのか、色んな角度から鎖と枷を見ていた。
「ルージュならどうにかできます。大丈夫よ、ルージュはね、すごい魔法を使うんよ」
 言葉の後半は震えている女の子に、優しくかける。それでも震えが止まらないのは、この子に蔓延る呪いの怖さと虐待と言う悲痛な記憶のせいか。
 大丈夫なんて、簡単に言ってよかったんかな? でも、これ以上の言葉がない。だって、ルージュの魔法は凄かもん。
「大丈夫よ、神様も見てくれているからね」
 神様、どうか、うまくいくように、お願いします。
 咄嗟に願うと、魔力がごっそり抜かれた。
 これは、久しぶりの感覚。
『神への祈り』が発動したんやっ。
 ルージュを見ると、ぶわわっと、白い毛が逆立ち、ルビーの様な赤い目が、かっぴらいている。
『やれるわっ』
 力強い断言。頼もしいっ。
『私はクリムゾンジャガー、血の轍を紡ぐもの』
「私はクリムゾンジャガー、血の轍を紡ぐもの」
 何故か、私はルージュの言葉を復唱する。震えていた女の子が私をやっと見てくれた。
『深き暗雲に迷いし者達を導く、私は光の道標』
「深き暗雲に迷いし者達を導く、私は光の道標」
 ルージュの白い身体を光り輝くマントが幾重にも現れる。それは明るい昼間であっても、存在感を示す。表現するなら、まるで神々しい光。残っていた人達から歓声が湧き上がる。
 女の子の視線が、私からルージュに移る。恐怖から、驚愕な色が浮かぶ。僅かに、希望が、滲んでいると、信じたい。
『調律モード 輝きの灯ファロ・グランツ
 ルージュの声が響き渡った。
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