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1巻

1-2

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 ルームの中に入り晃太が花を下ろすと、真っ先に花はおもちゃ箱に頭を突っ込む。お気に入りのおもちゃを探しているようだ。まあ、しばらくはおもちゃに夢中になってるはず。
 私はドアの左の壁にある液晶画面を見る。


 レベル 5
 HP 19884
 残金 8530
 ルーム・スキル パッシブ 換気
         アクティブ 清掃(ゴミ破棄)
 異世間への扉 ・ディレックス
        ・手芸ショップ ぺんたごん


「オプションって、どうやるん?」
「さあ?」

 晃太に聞かれるも、私にも分からない。

「親父に鑑定してもらう?」

 父の鑑定はとにかく便利。知りたいと思うものを鑑定すると、知りたいことだけ教えてくれる。この『ルーム』のことも、父の鑑定で詳しく分かったからありがたかった。

「そうやね」

 答えながら、液晶画面のHPの部分に触れると、項目が増えた。


 オプション
  コンセント 500
  窓 拡大 2000
  照明(裸電球) 1000
  照明(LED) 3000
  トイレ(ボットン) 4500
  トイレ(水洗) 12000
  洗面所(小) 5000


「あ、出た」
「ほんとや」

 私と晃太が項目をチェック。

「水洗トイレは外せんな」

 晃太が言う。

「そうやね。これからのことを考えると」

 私達家族は今いる国から出ることを考えている。この一ヶ月で、この国と周辺諸国の状況を、教えてもらった。ここは異世界、やはり地球とは違う人種の人もいる。肌の色、目の色も様々だけど、ファンタジー定番のエルフやドワーフ、獣人、魔族と呼ばれる人達もいるのだ。ここディレナスから西側は、私達のような人族と呼ばれる人がほぼ占めているが。
 一度見てしまった、鎖に繋がれ、裸足はだしで歩く、獣人の人達を。まだ幼い子供まで繋がれて。彼らは罪を犯した犯罪奴隷。奴隷なんて言葉、歴史の教科書くらいでしか見たことないのに。しかも彼らは、直接罪を犯したわけではない。家族の誰かが犯罪奴隷になったので、犯罪予備軍として拘束されているらしい。犯罪も様々だ。もちろん重罪もあるが、人族が多いこの国では、その他少数種族は、ちょっとしたことでもすぐに重犯罪奴隷となってしまう。それを知った瞬間、この国の考えと、まったく合わないと感じた。ヒュルトさんはこの意識を改善するために何十年も前から取り組んでいるそうだ。だけど、長年の意識ってそう簡単に変わらないから難航しているみたい。
 助けてあげたい。あの、小さなうさ耳の女の子にサイズが合わなくても私の靴を履かせたい。ケガをしている、あの男性の傷を綺麗にして、薬を塗りたい。でも、私にはなんの権限もない、まったくの役立たず。これで、もし『聖女』とかの称号があれば、それを振りかざして待遇改善を叫べたかもしれないが、私にあるのは『行きおくれ』という役に立たない称号のみ。
 こうした意識の違いだけではない。この国を離れたい最大の理由は、華憐家族がなにかしらやらかして、それをうちになすり付けないか心配だからだ。
 国の重鎮は、やはり『聖女』である華憐の味方をするだろう。そうすれば私達に身を守るすべはない。どうにかして、ディレナスと関わりが薄く、追手が来ず、人種差別が酷くない国に逃げ出そうと思っている。そのために晃太が、毎日周辺諸国の勉強をしている。教えてくれるのは、はじめは護衛の騎士さんだったが、現在は専門の教師に代わっている。どうやら、晃太が求める情報は、専門家クラスでないと答えられないらしい。専門教師は、それは熱心に指導してくれている。晃太は優秀な生徒と思われたみたい。
 来る日の脱出のために、『ルーム』の検証も続けている。
 このルームは私が移動すると、一緒に移動する。ただ、必ず私が移動しないといけないから、私がルームに入ってしまうと動けない。だから、母や父、花にはルームにいてもらって、私が旅をするのが一番安全な案だった。私達は日本人で黒髪、黒目。こちらでも決して珍しくないが、私達は監視されている感がある。それに、花の存在は特に目立つ。この世界にも、犬がいないわけではないが、大型種がほとんどらしい。小型犬もいるが、稀少で、基本的にお貴族のペットとのこと。
 この世界には車なんてない。移動は馬車だ。乗り合い馬車。そうなると、長距離の移動で絶対に外せないのはトイレだ。

「まず、水洗トイレっと」

 液晶画面に触れる。


 トイレ(水洗) 12000
 よろしいですか?  YES NO


 私はYESに触れる。
 ぽよん、と音がして、部屋の奥に新たな茶色のドアが出現。

「ワンワンワンワンッ」

 音と突然現れたドアに花が吠える。

「花、トイレのドアたい」

 デレデレとしながら晃太が吠える花を抱っこしようとするが、捕まらない。ゴボウみたいな尻尾を振って走り回る。多分、遊んでもらえているって思っているんだね。晃太が追いかけるのをやめると、ピタッと伏せて待ち、晃太が手を出す仕草をすると、また尻尾を振って走り回る。
 かわいいなあ、花はこの世界の天使や。もう、かわいい。かわいい。
 私も加わって走り回る。本気で捕まえる気はないけどね。

「花ちゃん、花ちゃん、待てえぇぇ」

 でへへ、と私と晃太が六畳のフローリングを動き回る。

「捕まえたぁ」

 晃太が花を優しく抱っこし、深い茶色の毛並みに頬擦りする。私も頬擦り。ああ、かわいかあ、かわいかぁ。花はへっへっと舌を出し、尻尾をぶんぶん、晃太のあごをペロペロ。

『優衣、晃太、花ー、花ちゃーん』

 窓から声が聞こえる。母の声だ。この窓、外の様子が分かる。ルームに人を入れて私が移動すると、外の景色は私の視線の先が映される。そして声も聞こえる。逆にルームの音は漏れない。
 仕組みが分からない。父が鑑定したが、『時空神からの気まぐれスキルのため、これ以上の鑑定は不可能』だったので、深く考えないようにした。
 ドアを開ける。部屋の外には、驚いた顔の母と父。
 ルームは使用中に私が中にいると、完全に外からは分からなくなる。

「なんね、ルームにおったね」

 驚いた顔の母。私の足の間から、花がすり抜けるように出ていき、母の足に体を擦り寄せる。

「花、お花、お母さん帰ってきたよ。なんね、ちょっと買い物してきただけやん」

 花はお腹を出して、尻尾でパタパタ床を叩く。母は満面の笑みで撫でる。花は次に父に撫でられに行く。家庭内序列よ、序列。

「お母さん、ちょっと来て」

 父と、花を抱き上げた母を、ルームに入れる。

「あ、広くなっとる」

 母が再び驚く。

「レベルが上がってオプションが追加できるようになってね。勝手やけど、水洗トイレだけは付けたんよ」

 水洗トイレのドアを開け、そっと覗くと、普通のトイレだった。

「これで、ようやく移動できるね。さ、作戦会議や」

 花のクッションやトイレシートの位置を整える。晃太がアイテムボックスから折り畳みのテーブルを出して部屋の中央に置き、隅に置いていた座布団を並べる。
 花はおもちゃの骨をくわえて遊んでいる。
 一応、私達全員アイテムボックスを使えるが、晃太のものが最大容量だ。さりげなく、お城勤めしないかと打診を受けたそうだが、すっぱり断っている。なんでも、晃太のアイテムボックスSSSは数百年前の勇者が持っていたのが最後で、それ以降は確認されていないらしい。ちなみにE~Cのクラスは珍しくない。時間停止があればレア度が増す。Bクラス以上になると、一気に保持者が少なくなり、城勤めも有利になるし、商会などでは重宝されるそうだ。晃太の『SSS 時間停止』が出た時は、みんな目が飛び出すかと思うほど驚いていた。

「では、まず、必要なものは?」

 私が議長です。ルームの保持者ですからね。

「まず、先立つものやない? あのヒュルトさんからもらった金は、いくらしゃりょうって言われても使えんばい」

 晃太が最初の意見を出す。ヒュルトさんはこの国のなんとか副大臣で、今、私達が住む家を手配してくれて、王子の衣装代から出したというお金を渡してくれた。今住んでいる家はヒュルトさんの持つ不動産の一つで、私達は働いて家賃を払うつもりだったが、向こうに受け取る意思はなかった。なんでも、あの金髪王子が、こそこそ動いていたのは、なんとなく察していたが、甘く見て、こんなことになったから申し訳ないと。ヒュルトさんが責任を感じることではない気がするんだけどね。私達も厚意に甘えていられないので、働き口を見つけて自活できるようになったら、すぐに出ていくと伝えている。
 そのヒュルトさんがしゃりょうとしてくれたのは、金貨百枚。百万ゴールドだ。ちなみにここは王都で、四人家族で家(ここよりぐっとグレード下げた)を借り、一ヶ月生活するのに必要な費用は、大体十六万から十八万ゴールド

「元はこの国の人が働いて納めた税金や、使えんばい」
「その点は大丈夫や」

 父の言葉に、全員が視線を向ける。

「カセットコンロが特許取れたんよ。それを売れば少なくとも一千万以上にはなるって」

 だてに業務用台所製品の設計図を四十年も描いてないね。
 こちらに召喚されて一週間後、私と父は紹介された職場に就職。父は日本で得た知識を買われ、こちらでは魔道具と呼ばれる電化製品のようなものの開発機関に勤めている。私は治療院――こちらで言う病院に就職。母は花を置いてきぼりにできないし、家事もあるからと今までどおり主婦として、私達の生活を支えてくれている。アイテムボックスがSSSの晃太は城から何度もお誘いがあったが、向こうに取り込まれて逃げ出せなくなる可能性があるので、断固拒否。周辺諸国の勉強に専念している。

「なら、金銭面は大丈夫かね。売ったらすぐにお金もらえるん?」
「そんな大金が入ることになったら、怪しまれんね?」

 晃太の言葉に母から待ったがかかる。

「大丈夫やない。家を買って家財道具一式揃えんといかんから、それを買うって言えば」

 私が言うと、なるほど、と頷く三人。

「あんた、こういうことには頭回るね」

 母が感心したように言う。

「余計なお世話たい。で、お父さん、すぐにもらえるん?」
「すぐやないみたい。手続きとかで少なくとも二週間はかかるらしい」
「そう、とにかく特許権についてはお父さん頼むね。では、次はなにが必要かね?」
「移動の時のことかね? 花はルームに入れて移動せんと目立つけん、誰かルームん中におらんと花がかわいそうや。あと、ここは日本やないんや、あんた一人で移動させるのは怖いけん、お父さんか晃太が一緒やないと」

 母が、深い茶色のわがままボディを撫でる。そう、花はちょっとぽっちゃりなのだ。はい、飼い主の責任です。だけど、花は最近は体重も多少は減っているはず、母が毎日特製ダイエットメニューを作っているから。

「お母さんはルームにおって。馬車の揺れは膝と腰に来るけんね。そうやね、晃太、一緒に移動して。お父さんもルームね。人数は少ない方が目立たんし。行き先はユリアレーナでよかかね?」

 ユリアレーナ。ここディレナスの東にある大きな国。ディレナスとはマーランという国を挟んでいるが、これといって仲良くもなく、悪くもなく、マーランを挟んでのお付き合い程度しかない。
 ただ、私達が求めている国の条件を最も満たし、移動距離が現実的だったのが、このユリアレーナだった。もし、このユリアレーナが無理そうなら、ユリアレーナの東南に接する、ドワーフの王様が治めるシーラを考えている。ただ、シーラは距離がありすぎる。下手したら年単位の移動になる。そうなると、還暦超えの両親にはきついはず。

「よかよ」

 晃太は軽く言う、多分こうなるって分かっていたと思う。うちの母は膝と腰があまりよくない、父も膝が痛いようで日本にいた頃から軟膏なんこうを塗っている。ルームは振動が伝わらないからね。

「あとはなにかあるかね?」
「最大の問題があるやん。ディードリアンさん。あの人からどうやって逃れるかやね」

 父の言葉で思い出す。ディードリアンさんは私達の護衛兼必要な知識の提供役兼見張りの騎士さんだ。三十歳過ぎの、どこぞの大国の映画に出てきそうなイケメンさんだが、真面目に私達を見張っている。悪い人ではないと思うけどね、花のこともたまにこっそり撫でているから。

「確かに。あの人をどうにかせんとね」

 おそらく、この国は私達の存在を隠したいんだと思う。私達の存在がバレれば、当然『聖女召喚』についても明らかになるから。とはいえ、周辺国にはいずれ『聖女召喚』は知られるだろう。その際に軍事力強化のために呼んだと思われないよう、華憐が慈愛あふれる聖女に見えるよう、指導しているらしい。はっ、て感じだ。どうせ上手く行きっこない。ワガママで飽き性で面倒なことからすぐ逃げて、自分ではなんにもしないくせに人のせいにする。しかも、自分で考えない、人の言うことは聞かない、質問するくせになにもしない、言い訳ばかり。そんな華憐が『聖女』教育に耐えられるわけがない。華憐家族はみんなそんな感じだ。きっと大変だろうな、教育担当の人。お気の毒。
 あ、そうそうディードリアンさん。どうしたものか?

「そういえば今日は来とらんね」

 私達が市場に食料品を買いに行く時や外出する時、必ず騎士と分からないように軽装で付いてくるのに。腰に剣をぶら下げて。多分、わかる人はわかると思うけどね。なのに、今日は初めて見る人を連れてきた。若い女性騎士だ。スタイル抜群で美人さんだった。今日は母と父がその美人さんと市場に食料品を買いに行っていた。もちろん父の鑑定SSSを使いながらだ。だって異世界だし、私達日本人が食べても大丈夫か分からないしね。今のところ変な食料品はない。本当にこの鑑定って便利。一番新鮮で美味しいのって念じると、父にはそれが光って見えるらしい。

「なんかね、ディードリアンさん、お城に呼ばれてるって」

 え? なんかやな予感。晃太もそう思ったみたいで、口をへの字にしている。

華憐あれ、関係かね?」
「さあ、どうやろう」

 母も、うーん、な顔だ。

「とにかく、ディードリアンさんについてはちょっと様子をうかがうしかなくない? 必ず機会があると思うんよね。まずは先立つものの確保や、それがないと動けんしね」

 私の締めの言葉でそうやな、とまとまった。
 それからHP(部屋ポイント)をどう使うか話し合い、結局、コンセントと洗面所(小)をつけることになった。
 私は壁に付いている液晶を取り、テーブルにのせる。タブレットみたいだ。私にしか取り外せない。花が興味津々でテーブルに前脚をかけるが、母が優しく膝に抱っこする。ペロペロ。


 オプション コンセント
 よろしいですか?  YES NO


 YESに触れる。ぽんっと音がして、部屋の隅にお馴染みのコンセント。

「ワンワンワンワンッ」
「花、コンセントたい」

 母がデレデレと花を撫でる。晃太も花を撫でる。

「次、行きまーす」
「どうぞー」

 私が声をかけるが、デレデレの二人は興味なし。


 オプション 洗面所(小)
 よろしいですか?  YES NO


 YESに触れる。ぽんっと音がして洗面所が現れる。

「ワンワンワンワンワンッ」
「洗面所たい」

 花が音に興奮している。良かった、ルームの音が外に漏れなくて。
 普通の洗面所だ。うん、独り暮らししている私の寮と同じサイズ。だけど、オプションの位置って指定できないんだね。

「水、出るんね?」
「どうやろ」

 父に聞かれ、私は洗面所の蛇口を捻る。無事水が出た。

「あ、出た、良かった。水は大丈夫ね?」
「ええっと、某島国のF県の水。下水道もF県の下水道と繋がって安心。使用料は月末に残金から徴収」

 父の鑑定発揮。F県って、まさかね。

「光熱費やね。少し残金補充しとく? お母さーん」
「どうぞー」
「いや、お金ちょうだいよ」

 我が家のお財布は母が握っている。父も私も晃太も持ってはいるが、お小遣い程度。日本なら困る金額だが、こちらではあまり使う機会がない。やはり日本の生活水準は高いから、なかなか欲しいと思えるものがないのだ。たまに屋台で買い食いするくらい。ここは、一昔前のヨーロッパ風だ。多分、この国の王都だし、最先端なんだろうけどね。
 母から金貨を三枚もらって残金の文字に触れると、かわいい鯰型なまずがたの黒いがま口が現れて、ぱかりと、口が開く。中は真っ暗だ、底がない。私は金貨を入れる。少し待つと口が閉まって消える。私は液晶画面を確認。


 レベル 5
 HP 2384
 残金 38530
 ルーム・スキル パッシブ 換気 電気 上水道 下水道
         アクティブ 清掃(ゴミ破棄 トイレ清掃)
 異世界への扉 ・ディレックス
        ・手芸ショップ ぺんたごん


 オプションを増やしたからか、『ルーム』のスキルが増えている。まあ、使用するから、光熱費がかかって当然かな。電気が使えるならいろいろできそう。そう、電子レンジに炊飯器に冷蔵庫。レンジがあれば冷凍食品なんかもいけるね。

「優衣、ぺんたごんでミシン買えるかね?」

 母が花を晃太に渡して聞いてくる。ぺんたごんは実家の近くにあった手芸屋さんだ。同じくディレックスも実家近くのスーパー。『異世界への扉』というスキルでそのお店に買い物に行けるのは検証済。といっても店員さんも他のお客さんも誰もいない不思議空間なんだけど。

「確かあったけど、どうするん?」
「移動するなら、旅の人が着とる、ほら、あれ、あれたい」
「マント?」
「そうそれ。日本の上着は目立つけんね。それっぽく作ろうと思って」
「できるん?」
「できるよ」

 軽く言う母。

「ここのマントをばらして型紙を作れば」
「さすが」

 そう、母は洋裁が得意。内職でポーチを作ったり、学生服の裾あげをしたり。プロなのです。小さい頃は母が作った服を姉弟揃ってよく着ていた。

「ミシン、結構いい額よ。種類もなかったし」
「仕方なかよ。縫えればいい」
「じゃあ。今からぺんたごんに」

 そんな話をしていると、花が急にそわそわし始める。晃太が床に下ろすと、ドアの前で尻尾を振りながら吠えた。

「クンクン、ワンッ」
「どうしたん、花?」
「クンクン、ワンッ」

 あ、もしかしたら。

「あ、誰か来たんやない? ディードリアンさんかもしれん。ルームから出よう」

 母の号令で、私はルームのドアを開ける。花が飛び出し、母が続く。私は液晶画面を壁に戻して、最後にルームを出た。ルームを閉じると、私達が借りている家のドアノッカーが鳴る。

「はい」

 母が声をかける。

「ディードリアンです。申し訳ありません、少し報告がありまして」

 母がドアを開けると、花がちょろっと出る。ドアの向こうには、映画に出てきそうなイケメン騎士のディードリアンさん。うーん、私が好きな俳優さんの若い頃って感じ。

「クンクンクンクン」

 花がお尻を下げて尻尾を振りながら、興奮した様子でディードリアンさんの足下を回り、お腹を出して尻尾をパタパタ。

「あ、今日は市場に同行できず、申し訳ありません」
「大丈夫ですよ」
「クンクン」

 花が自己主張。母が目で、どうぞとうながす。ディードリアンさんがお腹を出した花を触ると、パタパタが激しくなり、撫でていた手をはみはみ甘噛み。
 花が落ち着いたところで、ディードリアンさんが言いにくそうに報告を始める。

「今日、城に呼ばれまして。その『聖女』様が……」

 あ、やっぱり、嫌な予感的中だよ。私は花を抱き上げた母と立ち位置を変わる。

「あのディードリアンさん、最初に言いましたけど、私達はもう華憐達とは関わりを持たないって」
「そうですよね……」

 ディードリアンさんのイケメンな顔に疲労が浮かぶ。

「一応聞きますが、なんのワガママを言ってるんですか?」
「城の料理に飽きたから、母君になにか作ってほしいと。確かハンバーガーとか、カレーとか」
「はあぁぁぁぁ、あいつ、そんなこと言っているんですか? 作ってもらっているくせに」

 私は呆れた声を出す。お城の料理人さんに失礼だと思わないんかね。だが、いいところに目をつけている。うちの母の料理は、美味しいんだ。学生時代、よくお弁当のおかずを無心された。けど、華憐のワガママに母を貸し出すわけがない。

「でも、このまま手ぶらで帰ったらディードリアンさんが怒られますね。あ、そういえば、華憐はSNSで料理作りました、みたいな写真をアップしていたはず」
「え、えすえ?」
「SNSです。まあ、広告みたいな感じで、華憐は自分で料理したって自慢していたんです。だから、そんなに食べたいなら自分で作れって言ってください。母は絶対貸し出ししませんから」

 私はSNSはしていないが、華憐関連で被害を受けた人がイライラしながら話していたのだ。彼女は付き合っていた相手を華憐に取られたらしい。寝とられだ。当然破局したが、その彼氏も二ヶ月も経たずに華憐に捨てられた。彼女は元気かな? あの頃は彼女も精神的に不安定だったけど、その後出会った人と最近無事ゴールインした。

「分かりました。そのように。では、明日、治療院には私がお供しますので」
「お願いします」

 母が、白いハンカチに包まれたものを差し出した。多分、中身はわっぱのお弁当箱だ。

「ディードリアンさん、これ、娘さんと食べてください」
「いや、いただけません。この前もいただいたのに」

 首を横に振るディードリアンさんには、娘さんが二人いる。十一歳と七歳らしい。奥さんは二年前の出産時に亡くなり、赤ちゃんも助からず、それからは父子家庭。この世界の医療水準は低い。魔法やポーションに頼る傾向が強いためだ。家ではその幼い二人の娘さんが協力して家事をしていると聞いて、母が感動。

「そんな小さいのに、家事をして家を守っているんね。あんたよりすごか」

 私は家事は苦手だ、自覚があるので反論しない。母はそれからちょこちょこお惣菜を作っては、ディードリアンさんに渡している。

「いいからいいから、娘さん待ってますよ。今日中に食べてくださいね」

 標準語で母は強引に押し付ける。

「あ、ありがとうございます。娘達も喜びます」

 うん、喜んでもらえるとこちらも嬉しいね。
 深く礼をして、ディードリアンさんは帰っていった。

「今日の中身はなんなん?」
茄子なすと豚肉の味噌炒めと卵焼き」
「うちらの夕飯も味噌炒め?」
「そうよ」

 よし、やった、あれ、美味しいんだよね。


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