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白夜⑥
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息が苦しい。
ルームの外は想像以上に苦しい。
地面に陽炎が立つように熱をもち、空気が焼ける。
息を僅かでも吸ったら、喉が焼けそうや。
これはレッサードラゴンのブーツでなければ、下手したら足裏が焼けている。
そして、強烈な匂い。酒や血やなんやらで、脳を揺さぶられ、目眩を起こすような匂い。
まるで、地獄や。
私は何とか足を進める。
口を腕で覆いながら進む。
ルージュが駆けながら火を放っているが、私を見つけて、ギョッ、としている。
『ユイッ、何をしているのっ』
悲鳴を上げているが、私は手でルージュに待った、と手を合図をする。合図をするが、ルージュの息が上がっている。アレスと三日間魔境を走り回った時のように。もう、限界に近いんや。シヴァもまだ火を吐いているかま、今にも気絶しそうな顔や。
『主よっ、げふっ、下がるのだっ』
アレスがこちらに駆けてくるが、カクンッ、と膝が崩れそうになる。体力おばけのアレスが、疲労から、膝が崩れそうになっている。
『ルーム二入レッ』
イシスまで焦った声でこちらに来る。
私はアレスとイシスに待って、と手を出す。
抵抗していたヤマタノオロチが、私の存在に気が付いた。
辛うじて、無事な片目に私の姿を映す。
違う、映しているのは、私ではない。
私の首から下げた神秘の紫水晶(ミスティック・アメジスト)だ。焦点を合わせようとしている。さっきまで、激しい抵抗をしていたのに、ぴたり、と止まり、見てくる。
やっぱり、覚えているんや。
見てくるのはいいが、やっぱり、恐い。
恐いが、もう引けない。ルームから出てしまった以上、これは私の責任だ。
さっきの、神子様の言葉が蘇る。
どこまで、私に出来るかわからないが。
「ありがとう、こんなになるまで、守ってくれてっ」
私は何とか言葉を発する。
くっ、喉が痛いっ。
「ずっと、待っていてくれてっ」
言葉を発する度に熱が入ってくる。
ヤマタノオロチの残った黄金色の目が、左右に揺れている。
「私は役目を終えた。だからっ、行こうっ」
視界の隅で、シヴァが白目を向いて倒れ伏す。
「日の沈んだ先の、山の向こうにっ、一緒に行こうっ」
喉が、肺が痛い。次に出す言葉が最後や、限界や。
頭の中に、先ほどの神子様と呼ばれた女性の言葉が甦る。
あの子を救って、伝えて、あの子を
あの子。ヤマタノオロチ。
これは、私達の世界、日本神話の生き物であり、識別するための物だ。
本来の呼び名、本当の名前。
私が見たあの光景の中で、親しみを込めて呼ばれていた、名前。
「白夜」
神子様があの集落の人達が、そう白蛇を呼んでいた。あの見た光景が正しければ、白蛇は、そう呼ばれていた。時が経ち、白蛇はヤマタノオロチにトントン拍子に進化したのだ。
白夜。
神子様がそう言って、日の沈んだ先の世界に思いを馳せた。白蛇は大きな獲物を取ってきて、集落を守っていた。時に子供達を背中に乗せて、集落の人達から様、をつけられて敬愛されていた。
感染症で全滅した後も、白蛇は気が遠くなる程の年月を生きて、進化しながら、守っていたのに。
ただ、守っていただけなのに。
ずっと、ずっと、ずっと、待っていただけなのに。
神子様の言葉の意味が少しだけ、少しだけ、分かった。
もう、これ以上傷付いて欲しくない。もう、自分達はそこにいないのだから、と。
そうだろうと、思ったが、言葉に出すには、予測以上に熱がきつい。
喉が焼け付くように熱く、息が、肺が膨らまない。苦しい。
『ユイ、しっかり…………』
ルージュがよろよろと私の側に来てくれた。私が足が立たず、ルージュにもたれるように倒れる。だが、ルージュも限界の様で、私の重さに耐えきれずに倒れそうになる。そこに必死に駆けてきたアレスが、私とルージュの自身の身体を滑り込ませ下敷きにする。すう、と温度が下がる。きっと、アレスの魔法や。
『主よ、限界なのだ…………』
そう言って、アレスが目を伏せる。気絶したのだ、あの体力おばけのアレスが。
ふわっ、と影が指す。
イシスだ、私達の前に、ヤマタノオロチと対峙するように立つ。だけど、ふらふらや。
私は口元をおさえながら、ヤマタノオロチを見上げる。少し、様子が変わってきている。
ふらふら、ふらふら、と頭が不規則に揺れている。
あっ、ヒビが入ったっ。
ヒビが入ったと分かった瞬間、一気にヒビが広がり、黒岩のような鱗が剥がれ落ちていく。バリバリと、黒岩のような鱗が剥がれ落ちて現れた下には真っ白な鱗だ。
イシスが振り返る。
『終ワッタ』
ため息を吐き出すように呟くイシスの向こうで、白い鱗にヤマタノオロチが、光の霧となって霧散する。
あっという間に。
反射的に私は光の霧を掴もうと、手を差し出すと、光の霧は応えてくれたのか、私の手にすうっと溶けていった。
これで、良かったんやろうか?
てってれってー
わ、場違いな音が頭に響く。
【神霊魔法 ヤマタノオロチ 得ました】
? ? ? ? ?
ルームの外は想像以上に苦しい。
地面に陽炎が立つように熱をもち、空気が焼ける。
息を僅かでも吸ったら、喉が焼けそうや。
これはレッサードラゴンのブーツでなければ、下手したら足裏が焼けている。
そして、強烈な匂い。酒や血やなんやらで、脳を揺さぶられ、目眩を起こすような匂い。
まるで、地獄や。
私は何とか足を進める。
口を腕で覆いながら進む。
ルージュが駆けながら火を放っているが、私を見つけて、ギョッ、としている。
『ユイッ、何をしているのっ』
悲鳴を上げているが、私は手でルージュに待った、と手を合図をする。合図をするが、ルージュの息が上がっている。アレスと三日間魔境を走り回った時のように。もう、限界に近いんや。シヴァもまだ火を吐いているかま、今にも気絶しそうな顔や。
『主よっ、げふっ、下がるのだっ』
アレスがこちらに駆けてくるが、カクンッ、と膝が崩れそうになる。体力おばけのアレスが、疲労から、膝が崩れそうになっている。
『ルーム二入レッ』
イシスまで焦った声でこちらに来る。
私はアレスとイシスに待って、と手を出す。
抵抗していたヤマタノオロチが、私の存在に気が付いた。
辛うじて、無事な片目に私の姿を映す。
違う、映しているのは、私ではない。
私の首から下げた神秘の紫水晶(ミスティック・アメジスト)だ。焦点を合わせようとしている。さっきまで、激しい抵抗をしていたのに、ぴたり、と止まり、見てくる。
やっぱり、覚えているんや。
見てくるのはいいが、やっぱり、恐い。
恐いが、もう引けない。ルームから出てしまった以上、これは私の責任だ。
さっきの、神子様の言葉が蘇る。
どこまで、私に出来るかわからないが。
「ありがとう、こんなになるまで、守ってくれてっ」
私は何とか言葉を発する。
くっ、喉が痛いっ。
「ずっと、待っていてくれてっ」
言葉を発する度に熱が入ってくる。
ヤマタノオロチの残った黄金色の目が、左右に揺れている。
「私は役目を終えた。だからっ、行こうっ」
視界の隅で、シヴァが白目を向いて倒れ伏す。
「日の沈んだ先の、山の向こうにっ、一緒に行こうっ」
喉が、肺が痛い。次に出す言葉が最後や、限界や。
頭の中に、先ほどの神子様と呼ばれた女性の言葉が甦る。
あの子を救って、伝えて、あの子を
あの子。ヤマタノオロチ。
これは、私達の世界、日本神話の生き物であり、識別するための物だ。
本来の呼び名、本当の名前。
私が見たあの光景の中で、親しみを込めて呼ばれていた、名前。
「白夜」
神子様があの集落の人達が、そう白蛇を呼んでいた。あの見た光景が正しければ、白蛇は、そう呼ばれていた。時が経ち、白蛇はヤマタノオロチにトントン拍子に進化したのだ。
白夜。
神子様がそう言って、日の沈んだ先の世界に思いを馳せた。白蛇は大きな獲物を取ってきて、集落を守っていた。時に子供達を背中に乗せて、集落の人達から様、をつけられて敬愛されていた。
感染症で全滅した後も、白蛇は気が遠くなる程の年月を生きて、進化しながら、守っていたのに。
ただ、守っていただけなのに。
ずっと、ずっと、ずっと、待っていただけなのに。
神子様の言葉の意味が少しだけ、少しだけ、分かった。
もう、これ以上傷付いて欲しくない。もう、自分達はそこにいないのだから、と。
そうだろうと、思ったが、言葉に出すには、予測以上に熱がきつい。
喉が焼け付くように熱く、息が、肺が膨らまない。苦しい。
『ユイ、しっかり…………』
ルージュがよろよろと私の側に来てくれた。私が足が立たず、ルージュにもたれるように倒れる。だが、ルージュも限界の様で、私の重さに耐えきれずに倒れそうになる。そこに必死に駆けてきたアレスが、私とルージュの自身の身体を滑り込ませ下敷きにする。すう、と温度が下がる。きっと、アレスの魔法や。
『主よ、限界なのだ…………』
そう言って、アレスが目を伏せる。気絶したのだ、あの体力おばけのアレスが。
ふわっ、と影が指す。
イシスだ、私達の前に、ヤマタノオロチと対峙するように立つ。だけど、ふらふらや。
私は口元をおさえながら、ヤマタノオロチを見上げる。少し、様子が変わってきている。
ふらふら、ふらふら、と頭が不規則に揺れている。
あっ、ヒビが入ったっ。
ヒビが入ったと分かった瞬間、一気にヒビが広がり、黒岩のような鱗が剥がれ落ちていく。バリバリと、黒岩のような鱗が剥がれ落ちて現れた下には真っ白な鱗だ。
イシスが振り返る。
『終ワッタ』
ため息を吐き出すように呟くイシスの向こうで、白い鱗にヤマタノオロチが、光の霧となって霧散する。
あっという間に。
反射的に私は光の霧を掴もうと、手を差し出すと、光の霧は応えてくれたのか、私の手にすうっと溶けていった。
これで、良かったんやろうか?
てってれってー
わ、場違いな音が頭に響く。
【神霊魔法 ヤマタノオロチ 得ました】
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