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閑話 特別な子供達③

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 宿に戻ると、アルストリアはぐっすりと眠り、疲れていたリィマも同じベッドで眠っている。部屋は四人部屋だ。
「お疲れ様」
 小声でガリストが告げる。ベッドサイドではフリンダが優しい眼差しで姉弟を見守っている。
「どうだ?」
 扉を閉めてファングが確認。
「パンとスープを食べさせたら、直ぐに眠った。やはり姉の方はあちこちケガがあったが」
 ガリストが声を潜める。
「僅かだが、服にオイルランプの臭いがした」
「オイルランプ? 火傷は?」
「いいえ、そう言ったケガはなかったわ」
 答えたのはフリンダだ。土で汚れていたリィマの世話をしたフリンダが、さりげなく他にもケガがないか確認している。
「そうか。事情は、話してくれるとは思えんが」
 ファングがこれからどうしたいか聞いた時に、リィマは逃げたいと迷いなく言った。
 なら、そうできるようにしてやるのみ。
 ファングから提案したのだから。
「ガリスト、フリンダ。俺はこいつらをユリアレーナまで送り届ける。いいか?」
「構わない」
 即決したのはガリスト。
「待って」
 それに反対するように声を上げたのは、フリンダだ。
 思わず振り返る。
「それだけじゃ足りないわ。ユリアレーナに行けても、この子達の生活はどうなるの? 行きました、はい、路上生活なんてあんまりだわ」
「まあ」
「そうだな」
 いつも控え目なフリンダから、予想できないほど、ハキハキと話している。それに、少し呆気にとられるファングとガリスト。
「まだお姉ちゃんは何処かで雇ってもらえるかもしれないわ。でもこの坊やを抱えてなんて、住み込みかそういった預り所でもないと無理よ」
 子供連れの住み込み可能なんてそうない。あっても、きちんと自分の事が自分でできる歳と限定されている所がほとんどだ。預り所は、こちらで言う保育園だが、昨今の日本の保育園事情と比にならないほど、入所困難だ。しかも割高な所が多い。ギルドにも安価な保育園はあるが、常に定員オーバーで、空き待ちの状況。もちろん、利用するには、住民票の取得が必要。
 つまり、この姉弟2人で、ユリアレーナですぐに生きていくには、厳しいということ。
 女が、子供を抱えて十分な稼ぎのある職業なんて、限られている。ギルド職員なら、優先的にギルドの保育園に入れてもらえるが、かなり狭き門だ。工房や商会の事務職は人気職で、見習いの年齢から入るため未経験はなかなか雇ってもらうない。針子などの技術者もあるが、まだ15のリィマにそれだけの技術があるか。
 最後は、女は身体を売れる。
 ファングは頭を振る。ガリストもわかったのか硬い表情だ。
「そうだな、フリンダの言う通りだ。手を貸すと言った以上は、この2人が生活できる場所を見つけるまでは連れていこう」
 いいか、と確認すると、ガリストとフリンダは頷いた。

 それから、どうやって国境を越えるかだ。
 ファングは悩んだが、フリンダがあっさりと解決策を提示する。
「そんなに悩む必要ないわ。リィマちゃんはまだ14歳って事にするのよ。未成年でしょ? それでファングの親戚の子ってすればいいわ」
「そうかもしれないが、疑われたら……………」
「両親に虐待されていて、ファングが見てられずに連れ出したって事にすればいいわ。リィマちゃんにはまだ顔に内出血の痕があるし、坊やの頭にはまだ傷痕残っているんだから。名目は保護よ。それからその両親から逃れるために、一刻も早く出たいって体裁にするの」
 本当にあの控え目なフリンダはどこに行ったのか。
 ルーティに着いた次の日、必要な物をピックアップして、てきぱきと買い物している姿は、いつもから想像できない。
 運良く、2日後の馬車に乗れることになり、その間に依頼報酬や、移動する手続きをした。リィマとアルストリアは、心配したが、フリンダの作戦があっさりと通った。理由として、やはり生々しいアルストリアの頭の傷痕だ。身分証がない2人がいたため、ギルド職員が対応した。高齢の女性職員だった。
「あのままにしておけなかったんだ。いつか殺されるんじゃないかって思って、それで」
「そうでしたか……………」
 必死に言うファングに、高齢女性職員は、微笑んだままファングだけを別室に連れていった。
「あんたがリーダーだね?」
 途端に鋭い表情になる高齢女性職員。
「そうだ」
「本当に、親戚の子、なんだね?」
 念を押す高齢女性職員。
「そうだ」
 ファングはどうにか乗り切ろうと、ハッキリ言いきった。
 高齢女性職員はため息。
「もし2人が未成年で届けがあれば、あんたが誘拐したとされる」
 確かに、本当にそうなら、ファング達がしているのは誘拐だ。
 だが、あの商会の獣人達の様子から、それは考えにくいと結論つけた。
 秘密裏に見つけ出したい、もし、ばれたら面倒になるから、ファング達にあの金を押し付けたはず。
 それはあくまで可能性の問題。もし、届けを出されたら、ファング達は社会的に終わる。
「覚悟の上だ」
 それでも、押し通す。すべての責任は、自分が取るつもりで。どうしても重なってしまう。アルストリアを守ろうとするリィマの姿が、かつて愛した妻の姿に。
 だから、どうしても、守りたかった。
 後悔、したくなかった。
 高齢女性職員はさらにため息。
「はあ、そこまで覚悟があるなら、あの子達は虐待を受け、生命の危機に晒されていた。あんたが保護をしなければならなかった、ということにするよ」
 その言葉に、ファングはホッとする。
「呪い持ちの坊やは、一刻も早くアスラ王国を出た方がいいしね」
 高齢女性職員の言葉にファングは固まる。
 なんとなく、分かっていた。
 呪い持ち。
 獣人特有の病気。
 ある年齢から精神が成長を止める。人とのコミュニケーションが取りにくく、生活においては誰かの援助が必要で、短命。それは恥と認識されることが多く、発覚後人知れず始末される。過激な所では呪い持ちを産んだ母親や、その呪い持ちの姉、もしくは妹まで抹殺対象にする所もある。一昔前の話だが、アスラ王国、そして西方面では現在も密かに行われているのをファングは知っている。
 ちなみにユリアレーナは呪い持ちだからと、害したら、仕方ないと言う対応はない。相応の対応がされる。特に症状が発覚するのが幼い為に、アルストリアの様に幼い子供に害をなしたら、容赦ない対応される。
 なんとなくだが、ファングは言葉を発せず、反応の乏しいアルストリアに疑問に思っていた。きっと怖い目に遭ったからだと思うようにしていた。
 呪い持ち。
 ファングも思うところはあるが、アルストリアを抱えて逃げていたリィマの姿が脳裏に浮かぶ。
「そうだな」
 反射的にファングが答える。
 呪い持ちとか、どうでもいい。あの姉弟が安心して暮らせるまでは、見守っていこうと決めている。
 高齢女性職員はそんなファングを見て、言葉を続ける。
「今、呪い持ちに関した、法案が上がっているのは知ってるかい?」
「ああ、保護法と罰則、だったな」
「そう」
 呪い持ちを抹殺した場合。もちろん殺人になるが、他に比べたら、軽く取られる場合が多い。呪い持ちなら仕方ない、と。それを上手く使い罪を逃れる者が少なくない。それを防ぎ、そして呪い持ちだからと命を軽く取る意識を改善し、罪には罰を受けるのだと知らせしめる為に。
 前から草案が上がり、反対されて、立ち消えを繰り返しているが。
「王太子殿下と妃殿下がこれに関わる事になったが、後数年かかる。だけど、必ず施行される。それまではアスラ王国に帰って来ない方がいいだろうね」
 そこでファングはやっと幸運だと思った。この高齢女性職員は、呪い持ちに対して、辛辣な感情を抱いていないことに。
「ああ、分かった」
 ファングは高齢女性職員と身分証のないリィマとアルストリアの保証人となり、手続きを終えた。
 そして、無事にルーティを出て、カルーラに数日後到着した。
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