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閑話 金の虎の盾士
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アスラ王国の中規模の町で、ファングは生まれた。アスラ王国は獣人に対して、厳しい国だったが、国交を開いたユリアレーナ王国の影響か、住んでいた町の人達がそれを歓迎したのか、ひどい差別やいじめに合うこともなく育った。
成人して、見習いの警備になり、直ぐに幼馴染みと一緒になった。18になる前には父親になる。そして、見習いから正規の警備になる。しっかり一家の大黒柱になれる。
そう思っていた矢先。
「ファングッ、ファングッ、直ぐに教会へ行けっ、奥さんがっ」
いつも平静な上司が真っ青な顔で詰所に駆け込んできた。
それから、どうやって教会まで行ったか、覚えてなかった。
簡素なベッドに横たわる、大きなお腹の女性は、息をしていなかった。
眠るような顔。だが、いつも笑っていた温かい色合いの頬も、唇も、何もかも色を失っていた。真っ青になった手を握り締めて泣いているのは、妻が勤めていた、仕立て屋の中高年の女性だ。
その日、小雨が振っていた。女性は妻を近くまで見送った。何故、家まで送り届けなかったかと、涙ながらにファングと、駆けつけた妻の母親に謝る。昔の怪我のせいで、杖が無くては歩けない女性を、責めるような事が出来なかった。
ファングは膝から崩れ落ちてから、その先の記憶がまだらだ。
気が付いたら、喪服を着て、家にいた。
いつも温かい食事を作って待っていてくれた彼女がいない。
いない。いない。いない。いない。いない。
なぜ、いない?
発見された時、妻は既に息絶えていた。それでも発見者は一縷の望みをかけて、教会に走ってくれたが、既に手の施しようがなかった。
妻は階段の下で倒れていた。おそらく踏み外したのだろうと思われたが、初めての妊娠で慎重になっていたのに、階段を踏み外すなんて。誰かに、突き飛ばされたのではないか?
妻の母親と自分の両親もそう思ったようだが、結局、通らなかった。小雨の中、誰も目撃している者がいなかったからだ。
初孫を楽しみにしていた自分の母親は、風邪を引き呆気なく旅立ってしまい、父親も半年も経たずに後を追った。妻の母親とは、訴えを退けられてから疎遠になり、一人っ子のファングは、本当に一人になってしまった。
ファングは酒に溺れる生活になってしまい、警備の仕事もやめた。
町にいたら、思い出してしまうため、ファングはそれが辛かった。自然と町を出た。
町を出る時、どこで知ったか、妻の母親が来た。
「しっかりしなっ」
と、一言言って、去っていった。
俺に、どうしろってんだ?
ファングはやり場の無い気持ちになった。
酒に走り、金が無くなり、仕方なく冒険者やって、無茶をして、ケガをして、酒に走る。いつも顔色が悪く、頭がふらふらした。
数年間そんな生活を送っていたある日、安宿兼酒場で、いつものように安酒を飲んで、テーブルに突っ伏していた。
「やめてください……………」
掠れるような女の声を耳が捉えた。
ノロノロと顔を上げると、金髪の女性が、複数の男に絡まれている。金髪、妻と同じ髪。だが、似てない、妻と似てないが、妻の声が聞こえた気がした。
あの人、困っているわ、ファング、助けてあげて。
「「おい、やめろ」」
誰かとハモった。それがガリストだった。絡まれていたのはフリンダだった。
その場は、男達が引いたが、次の日も性懲りもなく、フリンダに絡んでいたのを、ファングが引き剥がした。それでも諦めない男達に絡まれていると、ガリストが加勢してくれた。
それからなし崩し的に三人で会う内に、パーティーを組んだ。ガリストは盾士、フリンダはヒーラー。二人ともソロだった。不思議と三人でいると、酒の量が一気に減った。無茶ばかりしていたが、周りの状況を見るようになった。
そしてお互いの事情を知らないままのパーティーの結成。リーダーはファングがすることになった。
お互いになんとなく、気が付いていた。それぞれが、それぞれに、キズを負っていると。
ファングは身籠っていた妻を失っていた。
ガリストは結婚を控えていたのに、相手側の家の借金を理由に婚約者は父親より高齢男性の後妻として、売られるように嫁いでいった。ガリストは駆け落ちしようとしたが、女性は残される幼い三人の妹達のために、その手を振り切った。結果は無惨なものだった。二年後、女性は妊娠。不貞を疑われ、暴力を振るわれた。不貞の相手は、元婚約者のガリストだろうと罵られた。どうしたらそんな思考になるか、話を聞いたファングは分からなかった。その女性が嫁いだのは、馬車で何日も移動しなければならない町。しかも、ガリストは女性が嫁いでから自分が住む町を出ていないし、女性自身軟禁生活だったのに。結局、遺産問題や、新しい女を妻として迎えたかったから、女性に暴力を振るい、流産を狙った。それを理由に、離縁するつもりだったと。ガリストのいたサウザマーク王国は一夫一妻。第二夫人、愛人、妾なんて決して認められない。唯一例外は王族と侯爵以上の貴族のみ。それも、国会に申請、審議会を受けなければならない。離縁も難しい。特に子供がいると更に。だから、不貞を理由に暴力を振るい、流産されて、自己管理不足だといちゃもんつけて離縁を目論んだ。もともと借金で買ったガリストの元婚約者女性には、ある程度の金を渡せばいいと軽く考えたのだろう。女性は結局、流産。そして、出血多量で帰らぬ人に。当然、殺人となり、そいつは捕らえられた。処置したヒーラーや助産婦達に罪を擦り付けようとしたが、女性の身体中のアザが証拠となった。諦め悪く、ガリストと不貞していたと言ったが、通るわけ無い。何より、これを喜んだもの達がいたのに、ファングの怒りに火がつきそうだった。女性の両親が、慰謝料など、まとまった額を手に入れ、歓喜したそうだ。聞いただけでも、その両親を殴りたいと短気に思った。ガリスト自身、不貞を疑われたことより、身勝手な理由で身籠っていた彼女を暴行し殺した相手と、娘を売り飛ばして、その死に喪にも服さない両親に、生まれて初めて殺意を覚えた。話を聞いたガリストは冷静でいられなくなり、仕事に使う斧を持ち家から飛び出したが、父親と兄に止められた。そして、事情を話した警備にまで止められた。母に兄嫁に泣いて言われた。
彼女は、ガリストに犯罪者になってほしいと、思ってない
ガリストが冷静になるには時間がかかったが、あの時止めてくれた事を、感謝していると。そう思えるまで、実家の牧場の仕事以外は引きこもり、食事を受け付けなくなり、げっそりしていた。ガリストも町にいると彼女を思い出すし、家族に迷惑になると思い町を出た。ファングと出会った時も、まだ、頬が痩けていた。
話を聞いて、ふと、気になったのは。
「その三人の妹達はどうなったんだ?」
借金を理由に簡単に娘を売り、その死で得た金に歓喜した親だ。下の娘達にも同じことをするのでは?
「……………ファングは優しいな」
ガリストは呟いた。
三人の妹の最年長が15になった日に、下の妹二人を連れて家出。自分が意に添わない相手に、姉の様に売られる話を聞いてしまったから。妹達を残して逃げられないと思い、そのまま教会に逃げ込んだ。事情を聞いた牧師達が直ぐに保護をしてくれ、境遇に恵まれない女性達や犯罪に巻き込まれ自活出来なくなった女性を保護する修道院に入るように手続きしてくれた。
「一番上の子はシスターになったと聞いた。下の子は知らないが、サウザマークでも堅牢な修道院だ。無事だと思う」
そう、穏やかに言うガリストが、何か割りきっているんだと思った。亡くなった元婚約者の女性が、身を呈して守った妹達の安否が、そうさせたのか。自分はまだ、引きずっているのに。
「そうじゃないんだよファング。今でも後悔と安堵を繰り返しているんだ。あの時、彼女を連れて逃げなかった事に後悔している。きっと、一生な。それと彼女が守ろうとしたあの子達の安否を思うだけで、彼女の意思を守って貰えたっていう思い。もし、彼女を連れていったら、あの妹達がどんな仕打ちを受けたかという事や、あのまま斧を持って飛び出していたらって言う恐怖や後悔。一生、一生、一生、そんな気持ちに苛まれる。俺はそれを受け入れているだけだ」
だからな、ファング。
「引きずっているのは、悪くないことなんだよ。愛しているんだろう? それは今も。だから、一生、一緒にその気持ちを大事にして生きていかないと」
その言葉に、ファングの心に無数に引っ掛かった釣り針の様な痛みが、少しだけ取れた気がした。
成人して、見習いの警備になり、直ぐに幼馴染みと一緒になった。18になる前には父親になる。そして、見習いから正規の警備になる。しっかり一家の大黒柱になれる。
そう思っていた矢先。
「ファングッ、ファングッ、直ぐに教会へ行けっ、奥さんがっ」
いつも平静な上司が真っ青な顔で詰所に駆け込んできた。
それから、どうやって教会まで行ったか、覚えてなかった。
簡素なベッドに横たわる、大きなお腹の女性は、息をしていなかった。
眠るような顔。だが、いつも笑っていた温かい色合いの頬も、唇も、何もかも色を失っていた。真っ青になった手を握り締めて泣いているのは、妻が勤めていた、仕立て屋の中高年の女性だ。
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ファングは膝から崩れ落ちてから、その先の記憶がまだらだ。
気が付いたら、喪服を着て、家にいた。
いつも温かい食事を作って待っていてくれた彼女がいない。
いない。いない。いない。いない。いない。
なぜ、いない?
発見された時、妻は既に息絶えていた。それでも発見者は一縷の望みをかけて、教会に走ってくれたが、既に手の施しようがなかった。
妻は階段の下で倒れていた。おそらく踏み外したのだろうと思われたが、初めての妊娠で慎重になっていたのに、階段を踏み外すなんて。誰かに、突き飛ばされたのではないか?
妻の母親と自分の両親もそう思ったようだが、結局、通らなかった。小雨の中、誰も目撃している者がいなかったからだ。
初孫を楽しみにしていた自分の母親は、風邪を引き呆気なく旅立ってしまい、父親も半年も経たずに後を追った。妻の母親とは、訴えを退けられてから疎遠になり、一人っ子のファングは、本当に一人になってしまった。
ファングは酒に溺れる生活になってしまい、警備の仕事もやめた。
町にいたら、思い出してしまうため、ファングはそれが辛かった。自然と町を出た。
町を出る時、どこで知ったか、妻の母親が来た。
「しっかりしなっ」
と、一言言って、去っていった。
俺に、どうしろってんだ?
ファングはやり場の無い気持ちになった。
酒に走り、金が無くなり、仕方なく冒険者やって、無茶をして、ケガをして、酒に走る。いつも顔色が悪く、頭がふらふらした。
数年間そんな生活を送っていたある日、安宿兼酒場で、いつものように安酒を飲んで、テーブルに突っ伏していた。
「やめてください……………」
掠れるような女の声を耳が捉えた。
ノロノロと顔を上げると、金髪の女性が、複数の男に絡まれている。金髪、妻と同じ髪。だが、似てない、妻と似てないが、妻の声が聞こえた気がした。
あの人、困っているわ、ファング、助けてあげて。
「「おい、やめろ」」
誰かとハモった。それがガリストだった。絡まれていたのはフリンダだった。
その場は、男達が引いたが、次の日も性懲りもなく、フリンダに絡んでいたのを、ファングが引き剥がした。それでも諦めない男達に絡まれていると、ガリストが加勢してくれた。
それからなし崩し的に三人で会う内に、パーティーを組んだ。ガリストは盾士、フリンダはヒーラー。二人ともソロだった。不思議と三人でいると、酒の量が一気に減った。無茶ばかりしていたが、周りの状況を見るようになった。
そしてお互いの事情を知らないままのパーティーの結成。リーダーはファングがすることになった。
お互いになんとなく、気が付いていた。それぞれが、それぞれに、キズを負っていると。
ファングは身籠っていた妻を失っていた。
ガリストは結婚を控えていたのに、相手側の家の借金を理由に婚約者は父親より高齢男性の後妻として、売られるように嫁いでいった。ガリストは駆け落ちしようとしたが、女性は残される幼い三人の妹達のために、その手を振り切った。結果は無惨なものだった。二年後、女性は妊娠。不貞を疑われ、暴力を振るわれた。不貞の相手は、元婚約者のガリストだろうと罵られた。どうしたらそんな思考になるか、話を聞いたファングは分からなかった。その女性が嫁いだのは、馬車で何日も移動しなければならない町。しかも、ガリストは女性が嫁いでから自分が住む町を出ていないし、女性自身軟禁生活だったのに。結局、遺産問題や、新しい女を妻として迎えたかったから、女性に暴力を振るい、流産を狙った。それを理由に、離縁するつもりだったと。ガリストのいたサウザマーク王国は一夫一妻。第二夫人、愛人、妾なんて決して認められない。唯一例外は王族と侯爵以上の貴族のみ。それも、国会に申請、審議会を受けなければならない。離縁も難しい。特に子供がいると更に。だから、不貞を理由に暴力を振るい、流産されて、自己管理不足だといちゃもんつけて離縁を目論んだ。もともと借金で買ったガリストの元婚約者女性には、ある程度の金を渡せばいいと軽く考えたのだろう。女性は結局、流産。そして、出血多量で帰らぬ人に。当然、殺人となり、そいつは捕らえられた。処置したヒーラーや助産婦達に罪を擦り付けようとしたが、女性の身体中のアザが証拠となった。諦め悪く、ガリストと不貞していたと言ったが、通るわけ無い。何より、これを喜んだもの達がいたのに、ファングの怒りに火がつきそうだった。女性の両親が、慰謝料など、まとまった額を手に入れ、歓喜したそうだ。聞いただけでも、その両親を殴りたいと短気に思った。ガリスト自身、不貞を疑われたことより、身勝手な理由で身籠っていた彼女を暴行し殺した相手と、娘を売り飛ばして、その死に喪にも服さない両親に、生まれて初めて殺意を覚えた。話を聞いたガリストは冷静でいられなくなり、仕事に使う斧を持ち家から飛び出したが、父親と兄に止められた。そして、事情を話した警備にまで止められた。母に兄嫁に泣いて言われた。
彼女は、ガリストに犯罪者になってほしいと、思ってない
ガリストが冷静になるには時間がかかったが、あの時止めてくれた事を、感謝していると。そう思えるまで、実家の牧場の仕事以外は引きこもり、食事を受け付けなくなり、げっそりしていた。ガリストも町にいると彼女を思い出すし、家族に迷惑になると思い町を出た。ファングと出会った時も、まだ、頬が痩けていた。
話を聞いて、ふと、気になったのは。
「その三人の妹達はどうなったんだ?」
借金を理由に簡単に娘を売り、その死で得た金に歓喜した親だ。下の娘達にも同じことをするのでは?
「……………ファングは優しいな」
ガリストは呟いた。
三人の妹の最年長が15になった日に、下の妹二人を連れて家出。自分が意に添わない相手に、姉の様に売られる話を聞いてしまったから。妹達を残して逃げられないと思い、そのまま教会に逃げ込んだ。事情を聞いた牧師達が直ぐに保護をしてくれ、境遇に恵まれない女性達や犯罪に巻き込まれ自活出来なくなった女性を保護する修道院に入るように手続きしてくれた。
「一番上の子はシスターになったと聞いた。下の子は知らないが、サウザマークでも堅牢な修道院だ。無事だと思う」
そう、穏やかに言うガリストが、何か割りきっているんだと思った。亡くなった元婚約者の女性が、身を呈して守った妹達の安否が、そうさせたのか。自分はまだ、引きずっているのに。
「そうじゃないんだよファング。今でも後悔と安堵を繰り返しているんだ。あの時、彼女を連れて逃げなかった事に後悔している。きっと、一生な。それと彼女が守ろうとしたあの子達の安否を思うだけで、彼女の意思を守って貰えたっていう思い。もし、彼女を連れていったら、あの妹達がどんな仕打ちを受けたかという事や、あのまま斧を持って飛び出していたらって言う恐怖や後悔。一生、一生、一生、そんな気持ちに苛まれる。俺はそれを受け入れているだけだ」
だからな、ファング。
「引きずっているのは、悪くないことなんだよ。愛しているんだろう? それは今も。だから、一生、一緒にその気持ちを大事にして生きていかないと」
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