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変わらないもの③

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 倒れるように現れた子供は、父の言うように、狼の獣人なんやろう。
 だけど、それを表す耳、右がひどく損傷している。古いキズではない、赤く膿を持っている。そして元の顔が分からないくらい、腫れ上がり、左の瞼は目を覆うほどに腫れ上がっている。微かに見えた口内も、歯が欠けている。服もぼろぼろ、あちこちぼろぼろ。
 倒れた身体を私は抱き止める。細い、折れるように細い。先程の子供達と同じような強烈な臭いが鼻を付く。
 ひどくない? どうみても中学生くらいの子が、何で、こんな目に?
「ここで治療します」
 ケルンさんはすぐさま魔法を開始、チュアンさんもだ。
 きっと助かる、良かった、ああ、良かった。
 だけど、一向によくなる気配がない。顔は腫れたままだ。
 すう、とケルンさんが魔法を止める。
 え? 何で?
「ミズサワ殿、この子は、もう治療魔法に反応出来ないようです」
 …………………………え? え? え? 何で? 何で?
 罰の悪そうなケルンさんの顔が、視界の中で歪む。まだ、私の腕の中で、この子は息をしているのに?
 まだ、生きてるよ、この子。
 まだ、生きているんよ。必死に息をしているのに。
 私は咄嗟にアイテムボックスからエリクサーを取り出す。口で蓋を開けて、まず、いきなり口に突っ込めず、手のキズにかけてみたが、うんともすんとも言わない。
 ああ、どうしよう、どうしようっ。
「神様」
 私は子供を抱き締める。
「神様、神様」
 視界が歪み、目から、溢れる。
「神様、神様、この子を助けてください。魔法やポーションが効くくらいまででいいです」
 涙が、腫れ上がった顔に落ちる。
 まだ、生きようとしているこの子は、何か悪いことしたんやろうか? こんなに顔が腫れ上がる程になるまでな目に合わないといけんことがあったんやろうか? まだ、どうみても中学生くらいなのに。
 日本でも、こちらでも、まだ庇護下にある子供なのに。
「神様、この子を助けてください」
 ふわあっ、と魔力が流れ出す。
 あ、これは、『神への祈り』が発動したんやっ。
 キラキラ、キラキラ……………
 光輝く雨が、馬車内で降り注ぐ。
 
 今だけ、私の力を授けましょう

 ああ、雨の女神様の声や。
 ありがとうございます。
 私は少しでも金色の雨が当たるように、身体を動かす。
 金色の雨は、子供の身体に染み込んでいく。
 千切れたような耳の傷口が、赤みが取れ、膿が消えていく。腫れていた顔が、僅かだが生々しさが消えていく。
 光の雨が止まる。
 
 これで、そのエリクサーも効くわ

 ありがとうございます。
 確かに呼吸がしっかりし始めている。そして強烈だった臭いもましになってる。
 私はエリクサーを心配そうに見ていたチュアンさんに渡す。次に取り出したのは、以前使用したスポイト。
 ちゅっ、と吸い上げて、慎重に口の隙間に差し込む。ゆっくり、ゆっくり、エリクサーを入れていく。
 噎せないか、注意しながら、ゆっくり、ゆっくり。
 私はしっかり細い肩を抱き、ゆっくり、ゆっくり、繰り返す。
「ユイさん、代わります」
「大丈夫です、チュアンさん、そろそろ魔法が効くんやないですかね」
「試してみます」
 チュアンさんが治療魔法を開始、ケルンさんもだ。
 エリクサーと併用した為か、顔立ちがはっきりしてくる。おおっ、なかなか男前っ。白っぽい髪もキラキラやし、睫も長い。耳も綺麗に再生している。
 ピクッ、と睫が動く。
「あっ」
 瞼が上がる。うわあ、宝石みたい、アクアマリンみたいや。アルスさんとちょっと違うけど、キラキラや。
 顔の腫れがほとんど引いて、耳も完全に再生している。
「優衣」
 そっと名前を呼ばれる。馬車の入り口を見ると、父が入ってきた。入り口にはホークさんとエドワルドさんが立ち、外からの視線を遮断している。
「危機は脱しとるよ。身体の内臓や骨折は綺麗になっとる。後は自然治癒に任せたがよかろう」
 でも、まだ、少し腫れてるし。
「優衣、傷は身体だけやない」
 その一言で、私はエリクサーを運ぶ手を止める。
 そうや、身体の傷だけやない。
「こん子には辛いかもしれんが」
 傷と一緒に、向き合わんといかんのや。
 心の傷に。
 考え方次第や。このまま綺麗に治しても構わないかもしれんが、父の言う自然治癒に任せた方がいいって言うのには、理由があるはず。
「これ以上はこん子の体力は厳しかろう。どうやらちょっと特異体質みたいやし。まだ、衰弱があるけど、しっかり栄養管理されたら、よくなる。きっと、よくなる」
 父は優しく繰り返す。なら、そうしよう。
「分かった」
 私は、そっと男の子の顔を覗き込む。ぼんやりと、私を見ているアクアマリンの目。
「もう、大丈夫やからね。なんも心配いらんけん、ゆっくり、休み」
 アクアマリンの目に、うっすらと、涙が浮かんで閉じると、つー、と一筋流れ落ちる。男の子は、まるで私に身体を預けるように頭を寄せてきた。私は両手を使って優しく、身体に響かないように抱き締める。
 ああ、良かったあ。良かったあ。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
 ありがとうございます、雨の女神様。

 それからバタバタだ。
 結局、男の子はチュアンさんが運んでくれた。いくら細くても私では無理だし。
 馬車の外では、治療の間に色々行われていたようだ。この子供達はどうなるんやろ?
 私は男の子を抱えたチュアンさんに張り付く。
 ラソノさんが慌ただしく駆けてきた。
「ミズサワ様っ、その子が最後ですか?」
「はい、14人揃っていれば。ラソノさん、この子達はどうなります?」
「まずはギルドの治療院で対応します。まずはそれからです。その少年も預かります」
「あ、お願いします。ゆっくり、ゆっくり運んでください」
「勿論」
 男の子は治療院の人達が、丁寧に担架に乗せて運んでいった。
 さて、次。
 木箱が次々に開けられて、中身を書類で確認している。聞くと、違法奴隷を積んでいただけあって、十分に他の荷も疑わしいものだって。それはお任せしよう。
 で、ぐるぐる巻きのこん人達はどうするかな? 子供達をあんな目に合わせて、知りません、じゃあ、通らない。
「待ってくれっ。俺たちはなにも聞かされていないっ」
 必死に護衛の人達が叫ぶ。本当に必死な形相や。
「おそらくあん人達では、中に子供達がおったの知らんやったんやないかな」
「そうかもね。ビアンカとルージュですら、はっきり分からないような阻害系魔法かけられていたし」
 あくまで、そうかなって、思う。
 見ていると、リーダー格らしき男性が重々しく口を開く。
「知らなかったとは言え、違法奴隷を乗せていた馬車護衛をしたんだ。咎は受けないといかんだろう」
「そんなっ、リーダーっ」
 悲鳴をあげる護衛の皆さん。なんやろう、鷹の目の皆さんにダブってきた。
「ねえルージュ」
 ルージュは黒い触手を解除し、商人達を警備の人達に、ぽいっ。
『どうしたのユイ?』
「あん人達はさ、子供達がいるの、本当に知らんかったんかね?」
『そうね、もう一度、あいつらに話をさせてくれる? 判断するわ』
「分かった」
 私は手荒に縛られた護衛の皆さんの元に。ホークさんとチュアンさんが私に張り付く。
「あの、皆さん」
「はぁ………」
 見上げる目には絶望が浮かんでいる。
「確認ですが。本当に知らなかったんですか?」
 聞くも、意気消沈して、閉口する。だが、リーダー格だけが、言葉を絞り出す。
「俺たち、何もしらない。ただ、アスラ王国とユリアレーナ王国の大事な架け橋になる荷の護衛だから、と」
 ルージュをちらり。
『嘘ではないわね』
 そうね。なんや、本当に鷹の目の皆さんと、同じ被害者やん。
「警備の方」
「はいっ、テイマー様っ」
 きりっ、と返事をしたのはまだ若そうな警備の男性。
「その護衛の人達は、荷の事は知らされていなかったはずです。それを踏まえて、対応してください」
「えっ」
 さー、と周りから音が消える。
「いやっ、しかしっ。彼らは数日間ですね…………」
 確かにそうかもしれないが、ルージュが偽りを言うわけないし。
「彼らは知らされていなかったはずです」
「し、しかし、その証拠は?」
「うちのルージュが、この人達の言葉には嘘はないと。私は、ルージュを信じていますので」
 再び、音が消える。
 そして、ざわざわ、ざわざわ。
「ほ、本当に? 本当に知らなかったのか?」
 警備の人がリーダー格に確認すると、リーダー格は重い口を開く。
「はい。知らされていませんでした」
「う、うーん。とりあえず、来てもらって、話を聞こう。テイマー様、失礼します」
 さっきはかなり手荒にされていたが、拘束された護衛の人達は、ゆっくり歩いて連れていかれた。
 ふいに、「そんなっ、リーダーっ」と叫んだ男性が振り返る。
「あのっ、ありがとうございますっ、信じてくれてっ」
「ほら、歩け」
 もう一度、男性はありがとうございますと叫ぶ。
「ユイさん、どうして?」
 そうホークさんが聞く。
「だって、まるでホークさん達を見ているような気がして。ほおっておけんかったんです」
「そうですか」
 それを聞いて、ホークさんは静かに微笑んでいる。
 色々バタバタだったけど、ラソノさんから帰宅オッケーもらい、やっとパーティーハウスへ。
 ケルンさん達に挨拶して帰り付くと、どっと疲れが出てしまった。
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