上 下
425 / 820
連載

合流⑤

しおりを挟む
 なんでか分からないが、私はショックだった。苦しくなるのは分からない。あの人とは、違う種類の。
 でも、ホークさんは真っ直ぐこちらをみてくる。
 あ、そっか。ホークさん、奴隷解放してほしいんや。ホークさんだってしっかりした成人男性やし、とてもいい人やし、そんな風に思える女性がいてもおかしくない。エマちゃんとテオ君を引き取って落ち着いた後に、その女性と一緒になりたかったんやないかな? 私が戦闘奴隷として契約してしまったから、それが出来ない。だから、改まってお願いしてきたのかな?
「い、いいんやないですか? きっと、素敵な」
 女性のはず。だって、エマちゃんやテオ君のことを理解して、受け入れているんやない。私はあくまでも、お祝いの表情を作るが、うまく行ってるかな?
「ユイさん」
 ホークさんが私の言葉を切る。
「俺は、家庭を築きたい」
 私の中から、得たいのしれない何かが、抉り取られる。何でやろう? 何でやろう? 何でやろう?
「やから、いいんやないですか?」
「貴女と」
 ホークさんの青みがかった目が、真っ直ぐに私をみる。その言葉に、私の思考が一瞬止まる。抉れた何かに、別の温かいなにかが溢れて来た。
「俺は、ユイさん。貴女と家庭を築きたい」
「……………え?」
 わ、私と? 何で? 心臓の音が耳に響き、胸の奥底から温かくなる。あ、エマちゃんとテオ君が私を母親のように慕ってくれているから? 冷静になったつもりだけど、わたわたと言うと、ホークさんは首を横に振る。 
「エマとテオは関係ありません。2人は兄の子供で、俺にとっては甥と姪です」
「じゃ、じゃあ、なんで?」
 エマちゃんとテオ君の為やないのなら、何や?
「分かりません」
「はい?」
 返って来たのは、そんな返事。
「理由は分かりません。ただ、俺は貴女がいい、ユイさんがいいんです」
 ぶわわわっ、と嬉しくなり、かっと頬が熱くなる。
「ユイさんがいいんです」
 もう一度繰り返すホークさん。
「エマと俺達の窮地を救ってくれた。だから、貴女に尽くそう、そう思っていました」
 だけど、と続けるホークさん。
「貴女は俺達を温かく迎え入れてくれた。奴隷だからといっても貴女は、変わらず優しかった。それが嬉しかったんです。心が、沸き立つように嬉しかった」
 私も心がぽかぽかしてるけど、すごく嬉しいけど。
「始めは側に仕えるだけで、満足でした。でも、どんどん足りなくなって、ユイさんの旦那だと間違われる度に、貴女の隣にいるだけで、どうしようもなく嬉しくなって」
 よく、マルシェで買い物してたら、間違いを受ける。エマちゃんとテオ君がいたら、完全に家族に見えるみたいだ。
「でも、ほら、ホークさん達は、その水澤家の一員やし」
 何を言い訳しているのか分からないが、私の口から出るのはそんなみっともない言葉。
「そうじゃないんですよユイさん。貴女がミズサワ家に俺達を受け入れてくれているのは、分かっています。感謝しています。だけど、これは違うんです」
 ホークさんの青みがかった目が、動揺して情けない顔を映し出す。
「奴隷の俺が、言ってはいけないことだとは分かっています。抱いてはいけない感情だとは分かっています。だけど、俺は貴女と家庭を築きたい」
 いつの間にか、ホークさんの大きくてカサカサした手が、私の頬を包んでいる。
「貴女を守って、貴女が笑っているのを見ているだけで、十分じゃなくなった。ユイさん、貴女を抱き締めたい、キスしたい」
 ダイレクトに来た言葉。私の抉れた何かが一気に満たされて、それ以上に溢れ返る。溢れて、溢れて、止まらない。
 私の脳裏に浮かぶ。私がおくるみを抱いて、ソファーに座っているのを。花を抱いた母が来て、晃太と父が覗き込む。ビアンカとルージュが後ろから顔出し、元気達がわーっと集まる。エマちゃんとテオ君が、ニコニコしながら私を見て、チュアンさんとマデリーンさんとミゲル君も笑っている。そして、おくるみを抱いていた私の手に、大きくてカサカサした手が添えられる。ホークさんが、私を優しく見ている。そんな光景。
 あれ? なんで、こんな有りもしない映像が浮かぶんやろ? なんで、なんで、なんで。なんで、ぼろぼろ涙が零れるんやろ? なんで、こんなに胸が暖かいんやろ?
「ユイさん。俺は、貴女を愛しています」
 嬉しい。
 ただ、その一言。ただ、ひたすらに嬉しい。嬉しい。嬉しい。
 さっき、胸を抉られるような思いも、この嬉しい思いも、勘違いじゃないと思いたい。ホークさんがいるとある、安心感、それから依存心。ドキドキしていた気持ちとか全部全部が綺麗にまとまっていく。あんまりにも近くに、側にありすぎて、当たり前のようにいてくれて。私だって、勘違いされて、嬉しくなる。勘違いされるのは必ずホークさんだけ。チュアンさんはそんなことは一度もない。ホークさんはいつも側にいてくれて、的確なアドバイスしてくれて、支えてくれて、ありがたいと思いながらも、当たり前にいてくれて。
 気がつかないふりをしていたのかな? あまりにも側に居てくれるから。ホークさんは私の奴隷だから、職務としていてくれているだけという、思い込みが、自分のホークさんに対する思いや考えをおかしくしていたのかな。
 ああ、どんどん胸が温かくなる。生まれて初めての感覚。看護師の国家試験が合格したとはまた別物だ
 ホークさんが、私の名前を呼ぶ。だけど、私は声がうまく出ない、だって、嬉し過ぎて。それに、口、塞がれてるから。
 何にって?
 察してください。

 それから、どうしたか。
 ぼんやりとベンチで、ホークさんに抱き寄せられてじっとしていた。温かい。
「ユイさん。冷えますから、部屋に戻りましょう」
 さっきの私のセリフなんなけど、色々恥ずかしくて、ホークさんの顔が見れない。手を引かれて部屋に行く途中、従魔の部屋からビアンカとルージュがこちらを見ていた。ものすごくびっくりした。真っ暗な中で、特にルージュの赤い目は目立つからね。だけど、2人は私を見て、従魔の部屋に戻っていく。なんやったんやろ? そして、ホークさんの額に汗浮かんでいるのは気のせいかな?
 自室まで連れられる。なんやろ。ドキドキ。
「ユイさん」
「あ、はい、はい」
 ドキドキッ。ホークさんのいつもの声が、心臓に響く。
「さっきのこと、忘れてください」
「…………………………え?」
 な、なんで? 一気に、頭から血が落ちる。
「本来、あんなこと言ったり、したりしたら、俺は処罰対象なんです。ユイさんが望めば俺は受けます」
「処罰って? なんで?」
「俺は主人である、貴女に手を出した」
「いやいや、本格的に何もしてないやないですか」
 ほら、ちょっとだけやん。処罰ってなに? なんや、すごく嫌な響き。
 確か、契約の時にそんなこと聞いたようなないような。
「それは、主人に対してのことやないですか?」
「ユイさん。それは男の主人と、女の奴隷に対してのものですよ。ユイさんは女で、俺は男だ。俺が処罰対象なんです」
「処罰って」
 嫌な響きや。すごく嫌な。
「わ、私はそんなの望みません」
「ありがとうございます」
 ホークさんがほっとした、少しだけ残念な顔。
「でも、忘れません」
「ユイさん」
 ホークさんが顔を上げる。だって、いややもん、忘れるとか。あんなに嬉しい気持ちになったことなかった。だから忘れたくない。大事にしたい。
「もし。ホークさんが忘れても、私は覚えてます。ホークさんが嘘であんなこと言ったなら、考えますけど」
 そんなことないと分かっている。真面目なホークさんが、あんな事を私を騙すような事を言うわけない。分かっているけど、私は意地になってた。忘れろ、なんて無理、私には絶対無理。だって嬉しかった、ものすごく嬉しかった。あの嬉しい気持ちを忘れたくない。
「嘘? 俺が、ユイさんに?」
「そうです」
「言うわけないでしょう」
 ぶわわわっ、と嬉しくなる。
 ホークさんの顔がぐっと近くに、頬に、ちゅ。くわあっ、これはこれで恥ずかしくて嬉しいかっ。だけど、ほら頑張れ私の足っ。
「嘘偽りはありません。俺は貴女を愛しています」
 くわあっ、恥ずかしくて嬉しかっ。
 私は小さくありがとうございますと言うしかない。
「貴女に相応しくなって見せます。それまでは」
「あ、あ、内緒ですねっ、はい、内緒にしますっ」
 私は壊れた人形のようにカタカタ頷く。
 ホークさんは、静かに微笑んでる。なんでこの人こんなに余裕があるんやろ。私の中の私はさっきから大パニックなのに。
「それから」
「まだあるんですか。もうお腹いっぱいなんですがっ」
 満腹通り越してますよ。
 私の様子に、ホークさんは、くすり。
「以前ユイさんが俺に言いましたよね。『全てを委ねます』って」
「えーっと、ああ、山越えの時の?」
 魔境に入る前のロッククライミングね。
「あれは絶対に他の男の前では、言わないでください」
「え?」
 なんで?
 だってホークさんば頼りにしてますって、意味で言ったんやけど。
「やっぱり分かってなかったですね。あの言葉は、女性が男性に対しての口説き文句みたいなものですよ。特に『委ねます』って言葉は」
「…………………………え?」
「ですから『全てを委ねます』って事は、そういう関係になることを了承するって言うか………………」
 ホークさんが口ごもる。
「まあ、そういうことです」
 誤魔化した。誤魔化したけど、はい、理解しました、あの時のホークさんのびっくり具合がっ。ホークさんは地域によって違うと思いますが、なんて続けてる。ユリアレーナやその付近の国では、そう取られるニュアンスなんだって。ただ、『委ねます』の前に置く言葉で、全く意味が異なる。例えば何かしらの判断を任せる時に『判断を貴方の考えに委ねます』って使うと、下された決定に反論も出来ない。皆ちゃんと分かって使っているそうだ。
 私の頭が、桜島の様に噴火する。
 し、知らなかったとは言え、なんて恥ずかしいっ、恥知らずな事をーッ。
「ユイさんはまだこちらに来て間もない事だからと思ってました。ですから、他の男に言ってはダメですよ」
「き、肝に命じます」
 かっかっする顔を俯かせて返事をする。
「ユイさん」
「はい」
 再び、頬に、ちゅ。
 なんや恥ずか、嬉か。
「お休みなさい」
「は、はい……………」
 ぱたん、とドアを閉める。
 ………………………明日から、どんな顔しよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。