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魔境①
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魔境を管理するエリアボスが言った。
少し騒がしいから、調べてくる、と。
自分の伴侶だけを連れて、行ったのは数日前。伴侶は直ぐに帰って来ると、激しいスキンシップをしてきたので、パンチを食らわせて、呆れるエリアボスの後を追わせた。
大きなお腹。
そして、母親になった。予定より早く、無事に母親になった。
だが。
エリアボスが鎮座する場所で、僅かにしか動けない我が子を守る。
出産後の体力、魔力の低下が著しいと聞いてはいたが、ここまでとは。
うまく、体が動かない、魔力が操れない。
なにもできない。
代わりに咆哮を上げて闘うのは、いつも鼻水垂らしている弟だ。
そして。
襲いかかるのは、黒い蜘蛛の集団。体長が何メートルもある巨大蜘蛛達。
出産した直後に、襲いかかられた。
迎撃している同族達。日頃から伴侶の馬鹿みたいな行進に、付き合っていた彼らは、蜘蛛程度で引けは取らない。
だがすでに丸3日、闘い続けている。
白い身体に、赤いラインを浮かび上がらせた弟。
戦場と化した、エリアボスの玉座の間で、走り回る。
こんな蜘蛛位、いつもなら自分だって蹴散らせるのに。
出産直後の疲労さえなければ、自分だって闘えるのに、頭を上げるのが精一杯。
どうして、蜘蛛がこれだけ大挙して押し寄せてくる? エリアボスは何故帰って来ない? なぜ、伴侶は帰って来ない?
何故?
森から一斉に蜘蛛達が襲いかかる。
弟が、炎をいくつも操り次々に蜘蛛を丸焦げにしていく。他も続くが、数が多すぎる。
小さな、悲鳴。
産まれたばかりの我が子が、糸にくるまり、空に上がっていく。
音がしなかった、気配を感じなかった。いくら弱っているとはいえ、この自分が分からなかった。巻き上げられていく我が子。その先には、巨大蜘蛛。あいつらは糸で巻き付けて、獲物を生きたまま食らう。
産んだばかりの我が子を。
身体が言うことを聞かない、魔力が操れない。
弟が悲鳴を上げる。四肢からおびただしい出血をしている。蜘蛛の糸が、弟の身体を切り裂いていく。いつもなら鼻水を垂らしているのに、鼻から口から血を噴き出しながらも、咆哮を上げ、糸を焼き切って行く。
我が子は、すでに蜘蛛の口元まで釣り上げられている。
我が子が、私の赤ちゃんが。
『ふんっ』
聞き覚えのある声は、魔力の刃を放ち、我が子を釣り上げた蜘蛛の首を切り飛ばす。
糸の束となった我が子が落ちてくる。
軽い跳躍で、それを咥えて確保したのは、忘れもしない。伴侶の妹だ。現在の魔境では恐らく最も美しく強い、フォレストガーディアンウルフの雌。
『さあ、お前の仔なのです』
そう言って糸を噛みきり、我が子が這い出してくる。急いで自分の腹に寄せる。
伴侶の妹は、次々に雷を放ち、蜘蛛を一撃で倒していく。そしてもう一体、伴侶の種族の違う妹。
『やはり、お前が兄と番になったのね』
閃光を放ち、次々に蜘蛛達を一撃。相変わらず、いっさいの狂いがない。
そんな混戦状況で、馬が走ってきた。背中に何か乗っている。
「ビアンカッ、ルージュッ、大丈夫ねッ」
生まれて初めて見た、あれが先代が言っていた人か? 自分達のように、牙も爪も毛皮も魔力もない。そこらの木よりも頼りない身体。今の自分ですら、一撃で命を奪えそうな弱い生き物だろうに、それなのに。
「私はケガの治療に回るけん、ビアンカッ、大丈夫やって言ってっ」
『分かったのですッ。皆、先代の娘である私が宣言するのですッ。ユイに、この人型に逆らわないのですッ。言うことに従うのですッ』
あの女が指示に従っている。先代エリアボスの娘として、この辺り一帯で雌個体としてはもう一体の雌と双璧を成すような強さを誇り、そのプライドもあったあの女が。
それからは怒涛の展開だった。
伴侶の妹達の強さは格段に以前よりも上がり、巨大蜘蛛達を蹴散らしていく。それから何処からか出てきた人型達は何か液体を、仲間達にかけていく。白い煙が上がるが、一様に驚いている。痛みが引き、傷が塞がったと。
必死に踏ん張り続けた弟はおびただしい出血をしながらも、炎を吐き出していたが、とうとう倒れ伏す。その弟に駆け寄った、ユイと呼ばれた人型は、声をかけながら、液体をかける。眉間に皺を寄せていた弟が、おかしな顔になっている。恐らく傷が塞がったのだろう。なんだ、あの液体は?
「ブヒヒヒーンッ」
普段なら獲物と認識する馬型魔物が跳躍。黒い身体に翠のラインを浮かび上がらせて。あの弟の身体を切り裂いた糸が、その身体を覆う何かまでは切り裂けず軽く絡まるだけ。馬蹄が、蜘蛛の頭を一撃、粉砕し、かろうじて動いている胴体を遠くに蹴り飛ばす。
黒い蜘蛛達が一斉に引き上げていく。ただ、一体だけ、一際巨大な蜘蛛だけが残り、追撃する伴侶の妹達の進路を防ぐ。
ああ、あれは、足止めだ。
同族を逃すために、自ら残った蜘蛛。
ふわっ、と影が差す。
ああ、やっとエリアボスが帰って来た。
「アルパカーッ」
「姉ちゃん、あれ、違う違うーッ」
人型達が騒いでいる。アルパカ? 聞いたことない魔物だ。
エリアボスは、足をもがれながらも、進路を塞ぐ蜘蛛
に向かって睨みを利かせ、一撃で仕留める。
同族の逃走のために、身を差し出した事に、敬意を、と。
どうにか、撃退した。エリアボスも帰って来たし、もう安全だ。
伴侶? あれがそう簡単に死にはしない。
案の定いろんな液体まみれになって帰って来て、そのままいつものスキンシップをしようとするから、疲れた身体でパンチをして離す。だって臭いからだ。気にならないのだろうか? 種族的に、鼻がいいのに?
産まれた我が子達を見たくて、ソワソワしているが、どこかの川か池に沈んでこいと言ったら、魚が欲しいのだなっ、と見当違いな受け取りかた。あまりにも汚いから、汚れを落とせと言う意味で言ったのに。
ため息をつく。
私は、ウルフ。
アーマークイーンウルフ。
先代エリアボスの息子、魔境でもトップクラスの強さを誇る、フォレストガーディアンウルフの伴侶だ。
少し騒がしいから、調べてくる、と。
自分の伴侶だけを連れて、行ったのは数日前。伴侶は直ぐに帰って来ると、激しいスキンシップをしてきたので、パンチを食らわせて、呆れるエリアボスの後を追わせた。
大きなお腹。
そして、母親になった。予定より早く、無事に母親になった。
だが。
エリアボスが鎮座する場所で、僅かにしか動けない我が子を守る。
出産後の体力、魔力の低下が著しいと聞いてはいたが、ここまでとは。
うまく、体が動かない、魔力が操れない。
なにもできない。
代わりに咆哮を上げて闘うのは、いつも鼻水垂らしている弟だ。
そして。
襲いかかるのは、黒い蜘蛛の集団。体長が何メートルもある巨大蜘蛛達。
出産した直後に、襲いかかられた。
迎撃している同族達。日頃から伴侶の馬鹿みたいな行進に、付き合っていた彼らは、蜘蛛程度で引けは取らない。
だがすでに丸3日、闘い続けている。
白い身体に、赤いラインを浮かび上がらせた弟。
戦場と化した、エリアボスの玉座の間で、走り回る。
こんな蜘蛛位、いつもなら自分だって蹴散らせるのに。
出産直後の疲労さえなければ、自分だって闘えるのに、頭を上げるのが精一杯。
どうして、蜘蛛がこれだけ大挙して押し寄せてくる? エリアボスは何故帰って来ない? なぜ、伴侶は帰って来ない?
何故?
森から一斉に蜘蛛達が襲いかかる。
弟が、炎をいくつも操り次々に蜘蛛を丸焦げにしていく。他も続くが、数が多すぎる。
小さな、悲鳴。
産まれたばかりの我が子が、糸にくるまり、空に上がっていく。
音がしなかった、気配を感じなかった。いくら弱っているとはいえ、この自分が分からなかった。巻き上げられていく我が子。その先には、巨大蜘蛛。あいつらは糸で巻き付けて、獲物を生きたまま食らう。
産んだばかりの我が子を。
身体が言うことを聞かない、魔力が操れない。
弟が悲鳴を上げる。四肢からおびただしい出血をしている。蜘蛛の糸が、弟の身体を切り裂いていく。いつもなら鼻水を垂らしているのに、鼻から口から血を噴き出しながらも、咆哮を上げ、糸を焼き切って行く。
我が子は、すでに蜘蛛の口元まで釣り上げられている。
我が子が、私の赤ちゃんが。
『ふんっ』
聞き覚えのある声は、魔力の刃を放ち、我が子を釣り上げた蜘蛛の首を切り飛ばす。
糸の束となった我が子が落ちてくる。
軽い跳躍で、それを咥えて確保したのは、忘れもしない。伴侶の妹だ。現在の魔境では恐らく最も美しく強い、フォレストガーディアンウルフの雌。
『さあ、お前の仔なのです』
そう言って糸を噛みきり、我が子が這い出してくる。急いで自分の腹に寄せる。
伴侶の妹は、次々に雷を放ち、蜘蛛を一撃で倒していく。そしてもう一体、伴侶の種族の違う妹。
『やはり、お前が兄と番になったのね』
閃光を放ち、次々に蜘蛛達を一撃。相変わらず、いっさいの狂いがない。
そんな混戦状況で、馬が走ってきた。背中に何か乗っている。
「ビアンカッ、ルージュッ、大丈夫ねッ」
生まれて初めて見た、あれが先代が言っていた人か? 自分達のように、牙も爪も毛皮も魔力もない。そこらの木よりも頼りない身体。今の自分ですら、一撃で命を奪えそうな弱い生き物だろうに、それなのに。
「私はケガの治療に回るけん、ビアンカッ、大丈夫やって言ってっ」
『分かったのですッ。皆、先代の娘である私が宣言するのですッ。ユイに、この人型に逆らわないのですッ。言うことに従うのですッ』
あの女が指示に従っている。先代エリアボスの娘として、この辺り一帯で雌個体としてはもう一体の雌と双璧を成すような強さを誇り、そのプライドもあったあの女が。
それからは怒涛の展開だった。
伴侶の妹達の強さは格段に以前よりも上がり、巨大蜘蛛達を蹴散らしていく。それから何処からか出てきた人型達は何か液体を、仲間達にかけていく。白い煙が上がるが、一様に驚いている。痛みが引き、傷が塞がったと。
必死に踏ん張り続けた弟はおびただしい出血をしながらも、炎を吐き出していたが、とうとう倒れ伏す。その弟に駆け寄った、ユイと呼ばれた人型は、声をかけながら、液体をかける。眉間に皺を寄せていた弟が、おかしな顔になっている。恐らく傷が塞がったのだろう。なんだ、あの液体は?
「ブヒヒヒーンッ」
普段なら獲物と認識する馬型魔物が跳躍。黒い身体に翠のラインを浮かび上がらせて。あの弟の身体を切り裂いた糸が、その身体を覆う何かまでは切り裂けず軽く絡まるだけ。馬蹄が、蜘蛛の頭を一撃、粉砕し、かろうじて動いている胴体を遠くに蹴り飛ばす。
黒い蜘蛛達が一斉に引き上げていく。ただ、一体だけ、一際巨大な蜘蛛だけが残り、追撃する伴侶の妹達の進路を防ぐ。
ああ、あれは、足止めだ。
同族を逃すために、自ら残った蜘蛛。
ふわっ、と影が差す。
ああ、やっとエリアボスが帰って来た。
「アルパカーッ」
「姉ちゃん、あれ、違う違うーッ」
人型達が騒いでいる。アルパカ? 聞いたことない魔物だ。
エリアボスは、足をもがれながらも、進路を塞ぐ蜘蛛
に向かって睨みを利かせ、一撃で仕留める。
同族の逃走のために、身を差し出した事に、敬意を、と。
どうにか、撃退した。エリアボスも帰って来たし、もう安全だ。
伴侶? あれがそう簡単に死にはしない。
案の定いろんな液体まみれになって帰って来て、そのままいつものスキンシップをしようとするから、疲れた身体でパンチをして離す。だって臭いからだ。気にならないのだろうか? 種族的に、鼻がいいのに?
産まれた我が子達を見たくて、ソワソワしているが、どこかの川か池に沈んでこいと言ったら、魚が欲しいのだなっ、と見当違いな受け取りかた。あまりにも汚いから、汚れを落とせと言う意味で言ったのに。
ため息をつく。
私は、ウルフ。
アーマークイーンウルフ。
先代エリアボスの息子、魔境でもトップクラスの強さを誇る、フォレストガーディアンウルフの伴侶だ。
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