上 下
397 / 820
連載

道のり④

しおりを挟む
 オーガの巣の後、暑い日が続くも、大きなトラブルなくノワールは快調に進む。
 天候による休止や、ノワールの体調を見て休みを挟みながらだけど、問題はない。
 休みの日、散歩と言ってビアンカとルージュが仔達を引き連れて、何処かに行ったと思ったら、マジックバッグを膨らませて帰ってくる。やめて、なんで出てくる蛇。他には熊やら鰐やらサイズのおかしい虫やら。見なかったことにした。
「ん、いい感じやね」
 本日はノワールの休みでのんびりルームで過ごしている。私はカレーの具材を煮込み、いい感じで玉ねぎが透き通って来た。鷹の目の皆さんも本日お休みだ。ただ、ミゲル君はせっせと、母の手伝いでミシンを踏んでいる。チュアンさんも時々手伝っている。水にさらしたじゃがいも入れて、と。火が通ったら、ルゥを入れて完成。よし、本日の夕御飯だね。ご飯は時間があれば、炊いているから大量に晃太のアイテムボックス内にあるからね。後はどうしようかな。夕御飯まで時間あるから、久しぶりにソファーで昼寝してしまった。あはははん、魔の森で昼寝。普通はあり得ないやろうね。ルームの中は安全地帯だからね。
 短時間だけど昼寝してスッキリ。中庭に干してる洗濯物を取り込んで、と。
 早めに帰って来たビアンカとルージュ達に、水分補給をさせて、夕御飯前にディレックスでお買い物。エマちゃんが現在備品係なので、一緒に行く。メモ片手にお買い物。あ、洗顔フォームが少ないし、ティッシュと花のトイレのシーツと。エマちゃんも歯みがき粉やトイレットペーパー、2Lのペットボトル等々。
「重くない?」
「大丈夫、持てる」
 小柄なエマちゃん、両手にビニール袋を持つ。私も両手に色々持つ。
 買い物を片付けて、と。
 夕御飯前に、神様用に作っていた甘口と中辛カレーを上げてみると、無事に鍋が空っぽに。良かった、届いたね。
 あれだけ作ったカレーが綺麗になくなった。
 仔達ももりもり食べるが、ビアンカとルージュも大量に食べる。あーあー、元気の口元にカレーが。拭いていると、ペロペロされる。かわいかけど、窒息しそうやね。
 食器を片付けていると、母がカルーラ情報をくれる。レディ・ロストークも心配だしね。あれから報告はない。パーヴェルさんは無事に妊娠したら、報告してくれると。
「魔法馬の妊娠が分かるには、3ヶ月はかかりますからね」
 と、ホークさん。ならまだまだ先かあ。
「そうなんですね」
 かわいか子馬、みたかあ。
「気になります?」
「そりゃ。ノワールの子馬ですもん」
 男の子なら、ノワールみたく哀愁攻撃をする、戦闘大好きになるかな。それとも女の子ならレディ・ロストーク似で、美少女かな。うーん、鬣とかどっちの色になるんだろう。うーん、楽しみ。無事に生まれたらお祝いとかどうするんだろう。名前はどうするんだろう。
「みたいに、考えちゃいますもん」
 私の言葉に、ホークさんは微笑む。
「まるでユイさんの子供みたいですね」
 言って、あ、しまったみたいなホークさん。
「すみませんっ、つい」
「いえ、私が勝手に楽しみにしているだけです。実際に痛い思いして生むのはレディ・ロストークで、お世話するのはパーヴェルさん達なんですけどね。無責任に楽しみにしているだけなんですよ」
 私には、おそらく来ない話だろうしね。寂しくなるのは、気のせい。私だって、憧れた時期があった。
 自分の赤ちゃんを、抱く日を。
 向こうでも、うまく行かなかったし、こちらでもうまく行く気がしない。
 だって、もし、私が誰かと結婚したり、出産したりしたら、色んな問題が発生するはず。私が従魔にしているのは、誰もが恐れるようなフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガー。仔達だってすくすく成長している。これからの後々を考えると、後継者問題が出るはずだ。始祖神様のおかげで私の寿命は長いが、絶対に問題になるはず。私の生んだ子供が、私と同じような寿命とは限らない、そうなれば、子供を私が見送らなくてはならない。絶対にいやや。耐えられない。それに、後継者問題で、子供がとても困る状態になると思う。苦労させてしまうと思うと申し訳ない。
 誰かから聞いた訳ではないけど、何となく分かっていた。
 日本にいた頃に憧れた、従姉妹が、娘を抱き締めていたあの風景。
 もう、不可能なんやなあ。
「ユイさん?」
 黙ってしまった私に、ホークさんは訝しげな顔だ。
「いえ、なんでもないです。レディ・ロストークが体調が悪くならなければいいなって」
「そう、ですか?」
 私は誤魔化す。さ、明日はパンの日だから、お味噌汁じゃなくてスープだね。うーん、セレクトショップダリアのスープの素にしよう。簡単だし。
「ねえ優衣」
 ダイニングキッチン奥の部屋。格好よく言うとパントリーだね。そのパントリーにストックのスープの素の確認に行こうとすると、母が呼び止めた。
「何?」
「山風の皆さんに今日会ったよ、先週、他の皆さんと無事に到着したって」
「そ、そうな…………」
 答えたが、私は、必要以上に動揺してしまった。
 山風の皆さん、無事に到着したんや。うん、良いことや。やけど、動揺、少しだけね。
 一瞬思い出す、シュタインさんが、私の手に、ちゅ、ってしたことを。そして、好意以上の感情を抱いていると。だけど、あれこれ考えて、吊り橋効果と結論着けたのに、未だに動揺してしまうのは、私の情けない部分だ。情けない三十路女の、自意識過剰な、勘違い。
 私は、パントリーに入り、息を整える。ふー。ふー。うん、落ち着いた。落ち着いたら、最後に思い出すのは冷蔵庫ダンジョンからこぼれ落ちた熊で、負傷したシュタインさん。あの時は、たまたまエリクサーで繋ぎ、『神への祈り』がうまく行っただけや。
 もう一度息をすう。大丈夫やね。
 シェルフを確認、あ、これにしよ。ご贈答用のホテル監修スープの缶詰。人数分確保して、と。
 私はスープの缶詰を抱えてパントリーを出た。

 後は寝るだけ。
 だけど、妙に寝付けなくて。
 日が落ちて、寝る時間だけど、中庭でぼーっとする。
 あー、そろそろ寝らんとなあ。
 ビアンカとルージュの話なら、かなり険しい岩山付近になるそうだ。その為、仔達もルームで待機。
 私はぼんやりと夜空を見上げる。綺麗な星空や。うん、明日は天気よさそう。
 今頃、カルーラで、山風の皆さん寝てるのかなあ。金の虎の皆さんもそうかなあ。大討伐に参加するんやろうなあ。
 ……………………………………………駄目や、変に考えそうだし、引きずりそう。自分の中で、ちゃんとしたはずなのに。
 あの時みたいや。ぐずぐずして、情けない。
「あー、情けない」
「何がですか?」
 心臓が口から飛び出さんばかりの驚きッ。振り返ると、何故かもへじ生活のひんやりパジャマのホークさん。心配そうな顔だけど、危ない人を見る目なのは気のせい。
「いえ、あの、はい、ナンデモナイデス」
 片言でごまかす。視線を外して誤魔化す。
「そうは見えませんが」
「イエ、ホントウニ」
 誤魔化す。だって、自分の中で解決しているはずの案件に、今さらぐずぐずしていますなんて言えない、恥ずかしい。
「ユイさん、本当にどうしました? ノワールの話をした頃からおかしいですよ。いつもならちゃんと俺の目を見て、話してくれるのに」
 うっ、よくお分かりで。確かにその辺りからぐずぐずしてて、とどめに山風のニュースだ。いや、山風の皆さんが無事に到着したのはいいことなんやけど、私があれを思い出して、勝手に動揺しただけ。
 なんだか、色々思い出す。向こうにいた頃に、けじめを着けた思いや、それまでに至った辛さや、誰にも言えずに内に閉じ込めていた苦しさや。今回のシュタインさんのちゅ、は、違うけど、封じ込めていたあの頃の惨めな自分を思い出す。だから、ああ、いやや。
「ユイさん」
 そんな風に考えていると、ホークさんが私の前で膝をつく。
「何か悩んでいるのなら、明日の出発を伸ばしましょう」
 ホークさんに、心配されてしまった。
「いや、そこまでではないんですよ。明日には元通りですよ」
 私はできるだけ明るく言う。なんでもない事ですよって、伝えないと。
「………………分かりました、ユイさん」
 しばらく無言でホークさんと向き合うが、向こうが引いてくれた。きっと分かってくれた。本当にこういう時に、ホークさんに気を使わせてしまって申し訳ない。
 わざわざ部屋まで着いてきてくれたホークさんに、お礼を行って、私はベッドに潜り込む。
 暗い天井を見上げながら、私はぼんやり思う。
 いつか、誰かに、昔さ、こんなこんなで、こんな感じだったんだよ、と話せる日が来るだろうか。笑い話として、話せるだろうか。
 来るなら、来てほしい。そんな日が。
 ふいに思い出すのは、時々お茶していた従姉妹の笑顔。彼女なら、真摯に私の話をずっと聞いてくれて、傍にいてくれそう。
 あの人を諦めた時、一番感情的になっていたのは彼女だ。両親に心配させたくなかった私が、溜め込んでいた愚痴を溢してしまった時に、彼女は半泣きだった。私の為に、怒ってくれた、それだけで、救われた気がした。あの後、なんだかんだと忙しくしていて、思い出さなかった。こちらに来て、日本にいた頃を懐かしく思うことが多く、ちょいちょい思い出してしまう。
 彼女は、元気だろうか? 私達がいなくなったせいで、日常生活に影響が出ていないだろうか? それだけが心配だ。
 思い出す、頼りになる従姉妹であり親友の彼女を。
 あ、何となく、思い付く。
 彼女とホークさん、何となく似てる。顔とかじゃない、纏う空気が。いつも、どんな時も私の味方だった彼女。高校生の時、華憐に流された妙な噂だって、彼女が真っ向から否定して守ってくれた。両親に相談できなくて、きついと思った時だって、傍にいてくれた。彼女は私のヒーローだった。そのおかげで、華憐の噂は噂でしかなくなり、誰もあいつの言うことは信じないようになるのに、時間はかからなかった。あまりにも根も葉もない事を言いふらしすぎた為もあるし、学校側からも再三の注意が行ったからだ。
 ホークさんは、フェリアレーナ様の襲撃の時、あの時、支えてくれた。無理することないって、事故に遭遇しただけだって。どれだけ、私の心にのし掛かった重りが軽くなったか。もちろん晃太の支援魔法や、両親が気遣い、ビアンカとルージュの優しさもあった。ホークさんの言葉は、更にそれらを押し上げてくれた。
 そっか、私はホークさんに依存しているんやな。ヒーローだった彼女に、頼っていたように。ノワールの件だけではない、色んな事で相談し、時には指摘してくるホークさんに。
 いつか、戦闘奴隷契約を解除するけど、その後、いい友人でいてもらえないかなあ。彼女のように。
 ホークさんの人の良さにつけ込むようで、逆に申し訳ない感情に苛まれるのに、時間はかからなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。