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確保と依頼⑩

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 いよいよ明日出発だ。
 まずは、朝早くお見送り。
 誰を? 山風や金の虎、蒼の麓の皆さんだ。たまたま昨日マルシェで買い物中にばったりハジェル君と会い、今日出発することを聞いた。彼らもカルーラで行われる大討伐に参加するためだ。もう一つCランクの冒険者パーティーがいる。これだけのランクの高いパーティーがただ移動するわけない。しっかり護送やら搬送やらで結構な大所帯だ。カルーラにはアルブレンを経由ではなく、北の国営農場経由すると。でも、私達の方が早く着く。なんといってもぶひひん特急ノワールがいますからね。
 色んな人達がお見送りに来ていた。ロッシュさんのご家族やラーヴさんのご家族に初めてお会いしたし。ご挨拶した。ロッシュさんの息子さん達、見事にミニチュアロッシュさんだった。
「あ、ユイさーんっ」
 わー、といつもの調子でマアデン君とハジェル君が来た。大丈夫かい? 後ろでロッシュさんがげんこつの体勢に入らないね?
「マアデン君、ハジェル君、気をつけてね」
「「はいっ」」
「おにぎり作って来たけど、荷物にならんかね?」
「「ありがとうございますっ」」
 はい、げんこつ。
 あいたた、といつもの調子や。それからハジェル君のポケット、元気がはみはみ。
「すみませんユイさん」
 と、ロッシュさん。
「いえいえ。お昼にでも食べてください」
「ありがとうございます」
 おにぎりは無事にロッシュさんが受け取ってくれた。中身は色々。レーヌサーモンの焼いてほぐしたのや、肉味噌を入れたのや、かしわご飯、波音の釜飯等々。
「私達も明日、アルブレン経由でカルーラに行くんですよ」
「そうなんですね。なら、ユイさん達が先に着いてますね。ノワール君、速そうですし」
「ビアンカとルージュもいますから」
 最強ですよ。
 穏やかに笑うロッシュさんの後方で、キラキラの青い目発見。アルスさんや。ぺこっ、とすると、アルスさんが、たたた、と来た。ちゃんと準備してますよおにぎり。包みを差し出すと、がっしりと来る前に、ホークさんが立ちはだかる。
『ユイ、あの童、敵意はないのです』
『そうね。ユイを慕っているようね』
 嬉か、未成年に慕われる三十路女。
「あ、ホークさん大丈夫ですよ」
 軽くにらみ会う2人に、私が言うと、しぶしぶホークさんが退く。
嬉しそうにアルスさんがおにぎりの詰まった袋を持つ、私の手を握る。そんなに嬉かね? もっと作ってくればよかったなあ。じーっと、私を見る青いキラキラの目、あはははん、お肌艶々、十代やあ。
「アルスさん、気をつけてくださいね」
「ユイちゃん、俺、やっぱり、むーっ」
 いつの間にか走ってきたファングさんとガリストさんが、アルスさんをあっという間に回収。
「テイマーさん、わざわざありがとうございますっ」
 あはは、とひきつった笑顔を浮かべるファングさん。勢いで、近くに来たリィマさんに包みを渡す。
「お昼にでも食べてください」
「ありがとうございます、テイマーさん」
 リィマさんが、フリンダさんとぺこりして、連れ去られたアルスさんを追う。
 なんやろ?
 バタバタしたが、ぼちぼち出発のようや。
 そんななか、お久しぶりのシュタインさんが私の元に。少しだけお話がと、言われて、なんやろ? と、続く。思い詰めていたから、何かしらの相談かなと思い、ホークさんには離れてもらった。シュタインさんなら安全だもんね。少し離れた場所にはシュタインさんのご両親らしき夫妻が。うちの両親よりは若そう。
「ユイさん、手を」
 思い詰めたようなシュタインさんが言う。
「はい?」
 何か、くれるのかな? 飴ちゃん? なわけないよね。
 私はそれでも手のひらを出すと、シュタインさんはそれをひっくり返し、手の甲を上にする。なんやろ?
「ユイさん」
「はい」
 シュタインさんの表情は変わらない。本当に何かしら、悩んでいるのかな? 私でどうにかできる問題ならよかけど。
「俺は」
「はい」
「貴女に」
「はい」
 周りが出発前でざわざわしているから、聞こえてないだろう。ビアンカとルージュには筒抜けだろうが、ざわざわがシュタインさんの声をかき消してくれる。
「ずっと、好意以上の感情を抱いてます」
 ………………………………………………………?
 はい? コウイ? あ、着替えるの更衣? え、着替える? ここで?
 シュタインさんの灰色の目が、見たことない程、切なげで鮮烈だ。間抜けな私の顔が、ばっちり写ってる。
「俺は貴女に、好意以上の感情を抱いてます」
 もう一度。シュタインさんが繰り返す。
 そして、手の甲に、ちゅ、とな。
 私の髪が、鬘だったら、吹っ飛ぶような衝撃が走る。
 いや、その、シュタインさんが、イケメンさんが、ちゅ、て。あ、外国のテレビや映画で見たことあるやつ。あれよ、あれ。あ、あれれれれ? あれ? え、繰り返すが、ちゅ、てしたよ。
 三十路行き遅れ女、水澤優衣、パニック。
 ひゃーっ、ひゃーっ、ひゃーっ。
 シュタインさんの顔が、まともに見れないーッ。あ、もしかしたら、こちらでも挨拶とかでするの? いや、今まで色んな人達とあったけど、これはなかったはず。なかったはず。うん、なかった。あ、これって、あまりよくないフラグ?
 日本人感覚の私には、理解できないこちらの文化なのかなっ。はい、パニックです。か、顔が、熱かーッ。
「やっと、言えた」
 シュタインさんは少しだけ、嬉しそうだ。え? なんでや? なんで嬉しそうなんやろ? え? これがしたかっただけ? あら?
なんで? 心臓がばくばくしてますけどっ。わずか数秒で心拍数がーッ。
 ロッシュさんがシュタインさんを呼ぶ。いよいよ出発だ。
 名残惜しそうに、私の手を離して、ロッシュさんの元に。
 それから、大所帯を見送ったが、私はよく覚えてない。

 シュタインさんの、ちゅ、の衝撃が一瞬忘れる出来事が起こる。
 孤児院に両親を含めて、招待された。ふわふわした私は、着いていくだけ。どうしたん? と、母に聞かれたが、晃太がそっとしとき、と言ってくれた。ビアンカとルージュも心配してくれた。
『ユイが動揺しているのです』 
『どうしたの? あの雄、次は噛む?』
「恐ろしいこと言わんと、姉ちゃんには刺激が強すぎただけや。しばらくそっとしとき」
『そうなのですか?』
『心配だわ』
 すり寄ってくれる2人を条件反射でもふもふ。
 いつの間にか、私は孤児院の庭に設置された椅子に腰かけていた。ずらりと前に並ぶ子供達。院長先生がぺこり。
 そして指揮棒を取り出す。
 
 キラキラ光る

 と始まる歌。あ、そうや、今日は私達の送別会としてご招待されたんやった。
 聞いたことがばっちりある歌。ユリ・サエキ様が伝えた歌。
 あ、さっきの衝撃がぶっ飛ぶ。きちんと聞かんと、子供達が歌ってくれとる。歌ってくれとる。歌って、目が、目の奥が熱かーっ。こちらも僅か数秒。いかんっ、子供達が歌ってくれとるっ、最後まで、最後まで聞かんとーッ。目が、目がーッ。必死にこらえる。色んな事が頭の中で走り抜ける。ハジェル君がデニス君の事を教えてくれなければ、孤児院の現状なんて分からなかった。父が設計に携わった新しく綺麗に建て直された孤児院をバックに歌ってくれる子供達。訪れるとビアンカとルージュが悲鳴をあげる子供達。小さい子も、大きい子も歌ってくれとる。うっ、あ、いかん、目が、もたん、我慢我慢。最後まで聞かんと。胸の奥底から暖かくなる。私達がしてきたこと、間違ってなかったんやね。嬉しかあ。子供達歌ってくれとる。私達の為に、涙腺、頑張らんね。
 だが隣で母が既に号泣していて、私の涙腺も結局もたず、アイテムボックスからハンカチ引っ張りだした。あがあが、いかん、いかん、顔がひどか状況やーっ。
 子供達の心の籠った歌を聞いて、私と母の顔はひどい状況になる。
 すっかり元気なデニス君が、記念にと、皆で作ったドライハーブを代表して渡してくれる。あはははん、嬉かあ。鼻までまずい状況や。子供達は、いつも炊き出しをもってくる母に群がる。
「おばちゃん、いつ帰って来るのー」
「おばちゃーん」
「行かないでー」
「早く、帰って来てー」
「おばちゃん、おばちゃん」
 母は数年分、涙腺酷使したんやない? まあ、きっと私もやね。

 その日の夜。
 また、ふわふわとした私は、1人になって今日の事を考え直す。
 夕御飯の時、鍋を吹かしてしまいそうになり、危ない危ない。ホークさんが何か言いたげだが、黙って見守ってくれた。両親もおかしい私には、晃太のそっとしとき、で見守ってくれた。ビアンカもルージュもだ。ありがたい。
 自室に籠り、私はもんもんとする。このルームの中の個室は、ドアをきちんと閉めたら、外に気配がもれない。ビアンカとルージュがまったく分からないから、そうなんだろう。鼾かいてもへっちゃら。
 シュタインさん、なんであんなこと私に言ったんだろう? 素直に考えたら、そうなんだろが、よくよく考えたら私は何かが引っ掛かる。あの時年甲斐もなく興奮していたが、今は冷静に考える。うーん。うーん。何かが、引っ掛かる。シュタインさんは、私の知る限り、ふざけてあんなこと言う人やないし。うーん。何か、引っ掛かる。
 ふと、私は箪笥の上にある鏡の中の自分と視線があう。ホークさんからもらった、螺鈿細工の鏡。
「あ、分かった」
 この引っ掛かった感じ。そうや、あれや。きっとあれ。
 吊り橋効果や。
 シュタインさんはあの熊の件で、私に対して勘違いしとるんや。だってシュタインさんを救ったのはエリクサーであり、駆け抜けたビアンカとルージュであり、『神への祈り』である。私が助けたわけやない。だけど、エリクサーの所有者は私やったし、ビアンカとルージュの主人は私であり、『神への祈り』なんて説明してないから完全に勘違いや。
 ああ、なんや、そうなんやなあ。
 鏡の中の私が言う。
 シュタインさんみたいなイケメンさんが、好意を抱くわけない。だって顔、私の顔、丸い顔に団子っ鼻、甘味が詰まったどこぞのヒーローみたいな顔。誰が好きになる?
 鏡を持ち、まじまじと自分の顔を見る。うん、甘味が詰まったヒーローや。もやもやした気持ちが、綺麗にパズルが嵌まるように落ち着いてきた。
 あれだけ興奮していた気持ちが氷水の様に冷えていく。ちょっとだけ、いや、ちょっとくらいじゃないくらい嬉しいと感じたのは嘘ではないのに。今はそれが恥ずかしくて仕方ない。そんな風に感じた自分が恥ずかしい。
 いつか、シュタインさんも気が付くはず。
 かつて、私と付き合いそうになったあの人のように。あの時、華憐があの人に色々言ったから、離れたなんて思い簡単に諦めた。従姉妹が「何でなにも言わないの?」って言ったけど。私が諦めた理由は別にもある。
 私は鏡を見る。
 そう、私は自分に自信がない。
 甘味が詰まったヒーローみたいな顔、ちょっとぽっちゃりみたいな体型、特に腰周りね。肌だってきめが細かく、白くもない。髪だってクリーム塗らないとバサバサ。化粧なんてしたら、おかしい顔だし。何か家庭的なことで飛び抜けているものはない。料理のバリエーションもないし、掃除もそこまで得意ではないしね。
 私は自分に自信がない、女として、自信がない。
 だから、繋ぎ止めておけるなんて思えなかった。少し、距離を置かれただけで、引いた。ぐいぐい行っても、絶対無理だと思って。
 だから、シュタインさんはいつか気が付くはず。その時、あの人みたいな目で、私を見るのだろうか? いや、もう華憐はいないから、気まずそうに私を見るのだろう。
 だから、私はその時、笑わないと。シュタインさん、やっと、気が付きましたって。笑って言わないと。
 ………………………惨めや。惨めや、惨めや。なんて惨めや。そしてそんな自分が情けない。
 せめて、フェリアレーナ様の1割位の美しさがあれば、こんな惨めな気持ちにならないのだろか?
 私は、何を贅沢を思っているのかと、頭を振る。
 この今の恵まれた現状。
 家族がいて、ビアンカとルージュ達がいて、鷹の目の皆さんがいて、ルームがあって、神様が見守ってくれている。
 佐伯ゆりさん達を思う。特に病で亡くなった方は、どんな思いだったろう。もしかしたら、日本の医療があれば結果が違っていたかもしれない。そう思うと私は恵まれている。
 考えるの止めよう。
 明日から、カルーラに向けて出発や。
 気持ちを切り替えよう。切り替えんと。
 私は鏡を壁に向けて、ベッドに潜り込んだ。
 明日には、気持ちを切り替えよう。
 だから、今は、自分の自信の無さに、惨めさに、情けなく感じて、今だけ泣こう。
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