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スカイランへ⑧

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 アルブレンに滞在中にも、色々忙しく動く。
 毎朝、晃太がギルドにドロップ品を提出。それから、散歩散歩とうるさいので、訓練を兼ねて森に向かう。やっとノワールのパカラッパカラッスピードに慣れてきた。いつもならルームの中庭でしているが、ほぼ平坦な中庭を駆けるのと、実際の森は違う。少しずつでも慣れないとね。まったく流れていく景色が違うので、新鮮だな、と思えるようになった。
 初めの頃は、ホークさんに負担にならないように、変に力が入っていた。ホークさんに何度もリラックスするように言われて、悩んで結局体の力を抜いた。
 私は、餃子の具。ホークさんと言う餃子の皮に大人しく包まろう。それが良かったのか、バランスを崩すことがずいぶん減った。色々ドキドキしていたのも減った。
 他の冒険者の方と遭遇しないように、ビアンカとルージュに付き添われ、残りはルームで待機。時々休憩を挟みながら訓練が続く。
「ユイさん、休みましょうか」
「はい」
 ホークさんが手綱を操り、ノワールがゆっくり止まる。
「さ、ユイさん」
「はい、いつもすみません」
 止まったので、ノワールから降りるのだけど、これが一番恥ずかしい、申し訳ない。
 私はホークさんの首に腕を回す。そう、完全に抱きつく体勢だ。恥ずかしい、申し訳ない。そのまま抱えられて、ホークさんは私の重さをものともせずに軽く飛び降りる。
 く、毎回恥ずかしかっ、はあ、なんの罰ゲームなんやろ。毎回、申し訳ない。ホークさんは職務でしてくれているが、申し訳ない。せめて、負担にならないように、体重落とさんといかんね。だけど、最近減らないんだよねえ。
「ユイさん、ずいぶん慣れてきましたね」
 あまりうまくいっていない減量に、悩んでいると、ホークさんが言ってくる。
「そうです?」
「ええ、腕にかかる圧でわかります。初めの頃に比べたら、安定感が違います」
 あ、嬉しか。すごく嬉しか。
「もう少し訓練を継続してから、スピードを出してもいいかもしれません」
「ホークさんにお任せします。これに関しては、ホークさん頼りですから」
「お任せください」
 頼もしか。
 それから、うちの稼ぎ頭達が散歩と訴えるので、仔達を引き連れて森の中を爆走していった。で、帰って来たら、首に下げたマジックバッグが膨らんでいたのは言うまでもない。

「これ、無料教室の為に使ってください」
 次の日の午後。私はギルドに来ていた。
 アルブレンの孤児院で寄付をした帰りに、無料教室を何気なく見に行った。廃屋とまではいかないが、ぼろぼろの小屋だ。教会併設の教室はまだいいが、他の無料教室は完全に小屋。子供達は3つのグループに分かれ、週2回通っている。
『私が怖くないのですかっ』
『下手な魔物より厄介ねえ』
 わーっと、群がる子供達。ひーっと、悲鳴を上げる大人達。
 私は年配の女性教師の1人と話をする。
「無料で読み書きが出来ると、その子の将来が変わりますからね。無料教室だけでも通わせたいと思う親御さんが近年増えてきて。それでもアルブレンのすべての子供達が通えていないんですよ」
 日本にいた感覚がある私は、小学校に通う前から、絵本やおもちゃで文字を知り、小学生になった。日本では普通なんじゃないのかなって、思うことだが、こちらはそうではない。読み書きできない、計算できないまま大人になるのはザラだ。読み書き、それから計算できるだけでもかなりいい就職先があり、出来なければ、下手したら搾取されるだけ。出来る、出来ないの差が激しい。それは識字率の問題。未来ある子供達にそんな差が少しでもなくなるように、選択肢が増えるようにと、無料教室が始まった。子供達の学力が上がれば、長く時間はかかっても、国の底力が上がるからと。
 実際に稼働し始めていたのは、建国時に首都だけだった。それから徐々に広がり、ユリアレーナ全体で人口がそこそこいる街にでも無料教室が開かれるようになり、それが領主の役務として義務化したのは半世紀前。小さな農村には、街から牧師さんが派遣され、数ヶ月滞在して指導するのだけど、あまりうまくいってないそうだ。
「まさか、築半世紀?」
 私は小屋を示す。
「はい、国から出る支給で、修理を繰り返してやっています。今年は少し多めなので、屋根と床を直せます」
 あ、秋のグーデオークションね。
 それ以外でも、たまにボランティアみたいな人が机や椅子を直してくれていると。
 屋根をって、窓枠外れてるやん。あのドア、ぼろぼろやし。
 よし、未来ある子供達の為。
 私は子供達に群がれているビアンカとルージュを呼ぶと、そそくさとやってきた。背中に跨がる子供達を落とさないのは、流石やね。
「寄付してよか?」
『いいのですけどぉ』
『帰りたいわぁ』
「はいはい」
 私は話を聞いた女性教師に寄付を申し出た。
「まあ、ありがとうございます。あの、出来たらギルドか役場を通して頂けるとありがたいのですが」
 ドアを直すとは訳が違う。金銭の問題なので、管理を行っているアルブレンの領主を通した方が、やりやすいと。もし、教師達だけで、あれこれやるより、領主やギルド等の専門家を交えた方が出来ることが増える。
 それで直ぐにギルドに行き、対応してくれたウルススさんとバーズさんに事情説明して、寄付をした。
 白金貨5枚。アルブレンの無料教室は教会併設と大小合わせて合わせて5つある。一番古いのは教会併設、次に話を聞いた教室。新しいものでも、築20年だと。
「こ、こんなに宜しいのですか?」
「はい。すべて無料教室の建物の修理に使用してください。余れば、マーファで行われている給食をご存知ですか?」
「はい。無料教室に通ういいきっかけにもなりますし、何より成長期の子供達の為にもなります」
 そう、子供を労働力と考えている親は少なくない。それは生活が厳しいからだ。だけど、給食が出れば、無料教室に行かせる意味がある。1食、食事が出来て、読み書きの勉強が出来るからと。それに両親の幼い頃の給食事情を知っている。あまり余裕のない生活で、給食で育ったと聞いていた。脱脂粉乳は苦手だったけど、コッペパンやお肉が入ったスープはご馳走だったと口を揃えていたけどね。なんとかならないかなってね。
「それをアルブレンでも実現して欲しいんです。この寄付で建物が改修されたら、難しい事はすべてお任せになりますが、それ以降の国からの支給は給食の予算に回せますよね?」
 女性教師の話から、国からの予算は、教師のお給料と老朽化した建物の修繕にほぼ飛ぶ。その予算が取られる建物さえどうにかすれば、国からの予算は別の事に回せると思ったから。
「そうですね……………」
「そうなると……………」
 ウルススさんとバーズさんが少し考える。
「確かに、これだけの予算があれば、十分かと思います」
「時間はかかりますが、雇用も増えましょう。職人ギルドも活気が出ましょう」
「宜しくお願いします」
 ウルススさんが、バーズさんと確認して白金貨を受け取る。
「しかしミズサワ様、どうしてここまでしていただけるのでしょうか? アルブレンでは不愉快な思いをさせてしまいましたのに」
 不愉快? ああ、ビアンカとルージュが正式に私の従魔となった、馬車の件かな。
「馬車の事ですか?」
 バーズさんの表情が強張る。
「それとこれは違いますよ。私はお金の提供しか出来ません、面倒な手続きはすべてお任せにしているから、こちらからお願いしている立場ですよ。そのお金に関してもすべて私の力ではありません」
 私にはルームがある。
「生活は恵まれています」
 私にはビアンカとルージュがいる。かわいか元気、コハク、ルリ、クリス、ヒスイがいる。馬車を牽いてくれるノワールがいる。長く仕えると言ってくれた鷹の目の皆さんがいる。そして、家族がいる。
「その源になっているのは、すべて神様から頂いたものです。だから、神様が愛で包んでくれている世界に多少の還元をしたいだけです」
 前にセザール様に同じように聞かれた時と、似たような返事をする。
 聞いたウルススさんは感心したように、バーズさんは安心したような表情だ。
「なかなか出来ないことです。ミズサワ様、予算の詳しい内訳のご報告はいかがしましょうか?」
 ウルススさんが、お伺いしてくるが、報告書貰ってもなあ。父ならともかく、私じゃよくわからないし。
「すべてギルドを信用しています。もし不足するようならおっしゃってください」
 ぴしり、と止まるウルススさんとバーズさん。そして、ふわあ、と笑みを浮かべる。
「ミズサワ様の信頼にお応え出来るように、私、冒険者ギルド買い取り主任ウルスス。全力で尽くしましょう」
「ミズサワ様の子供達を思うお心に添えるよう、私、商人ギルド買い取り主任バーズ。粉骨砕身致します」
 な、なんか、大袈裟な感じな。
 でも受けてくれるなら、ありがたい。ビアンカとルージュのお陰で懐は常夏や。少しくらい、還元しなくてはね。時空神様からもらったルームと、ビアンカとルージュの声にたどり着けるようにしてもらった。だから、今がある。この世界で生まれた命は、神の愛に包まれている。お金で少しでも、子供達の生きる糧や希望になれば、それでよか。
「宜しくお願いします」
 私は挨拶して、ギルドを後にした。
 それから数日後、無事にアルブレンを出発。わざわざ、ウルススさんとバーズさん、そして無料教室の女性教師まで見送りに来てくれた。
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