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隠れて護衛⑥

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 流血表現あります、ご注意ください





「急ぐよっ」
 私は吠える元気と唸るコハクの頭をトッパに向ける。何とか辿り着けば、警備の人が保護してくれる。
 警戒しているテオ君とエマちゃんと、魔力回復ポーションを飲み干し、晃太は支援魔法をかけながら走る。
 トッパまで走れば、元気の脚力ならものの数分もかからないが、支援があっても私達の足では何倍もかかる。
「元気ッ、先に行きッ」
 せめて元気だけでも先行させれば、顔パスになっているから、トッパの警備の人が出てきてくれるはず。
 私が言うが、元気は理解してないのか、言うことを聞かないのか、私達のペースで走る。
 やっと街道に出た時。
 周りを漂っていた光のリンゴの動きが突然勢いを増す。
  ヒュンヒュンヒュンッ
  バチバチバチバチッ
 光のリンゴが、森から投擲された何かを迎え撃つ。地面に落ちたそれは縄だ、先端にボールが着いた縄。そして粗い網。
 捕縛用?
 まさか、まさか、まさか、狙いは。
「姉ちゃんッ、急ごうッ」
 晃太がゲップを出しながら叫ぶ。
 狙い、それは恐らく、元気達や。
 ビアンカやルージュがいなくなって、此方に向かって来たのか、よく分からないが、恐らく元気達、5匹の仔達や。ビアンカとルージュが気が付かないのは、何かしらの理由があるんやろうが、今はそれどころやない。
 光のリンゴは次々に投擲されてくる縄や網を落としてくれるが、サイズがどんどん小さくなる。
 不味い、とんでもなく不味い状況や。光のリンゴは合計10個。つまりGが100匹の戦力なのに、それが底をつきそうや。
 何とかして、トッパに。やはり元気、いや、ルリとクリスとヒスイだけでも先に。
「元気ッ、コハクッ、はよ来んねッ」
 晃太が悲鳴のような声を上げる。
 振り返ると、元気とコハクのお尻が見える。
 嘘やろ。
 その元気とコハクの視線の先には、目だけ出した黒装束を来た一団が。あからさまに、怪しい集団っ。
 嘘やろ? 何人おるん? 一斉にこちらに向かって走り込んでくる。
「ウウゥゥゥ、ワンワンッ」
 全く躊躇わず、元気が雷を連発。人に向かって、何の躊躇いもなく。
 嘘やろ? 元気が人に向かって雷を放っている。確かに今はそんなことを言ってる場合ではないが、私はその事実に愕然とした。
「グルルルゥゥゥゥッ」
 身体に茶色のラインを浮かび上がらせて、コハクも魔法炸裂。ソフトボールサイズの土の塊が、投擲物を撃ち落としていく。
 元気の雷はかなり広範囲だったのか、目の前まで迫っていた一団が、一斉に倒れ伏す。痙攣の様にびくついているから、スタンガンの様な威力なんだろうけど。
 取り敢えず、一団が、倒れ伏した。その隙にトッパに向かわんと。死んでないのに、ちょっと心の隅でホッとしている自分がいる。本当にそんな場合やないのに。
「元気ッ、コハクッ、行くよッ」
 私の声にジリジリと後退り、やっとこちらに走ってくる。
 合流して、私達は走り出すが、直ぐに再び元気とコハクが振り返る。そして、今度はルリとクリス、ヒスイまでも唸り声を上げる。
  ヒュンヒュンヒュンッ
「ワンワンッ」
「ガァァッ」
「わんわんッ」
「わんわんッ」
「ふしゃーっ」
 仔達が魔法を連発すると同時に投擲物を迎え撃つ。コハクは土の塊、ヒスイは風の刃、ルリは水の矢、クリスは火の矢。
 ホークさんの言葉が浮かぶ、相手は未知数だと。
 このままやったら、もたん。光のリンゴは半数以下になり、残っているのも、サイズが小さくなっている。
 絶え間なく、投擲物が落とされていく。森から飛び出してくる黒装束は、元気のスタンガンが直撃していく。それでもジリジリと押されている。どれだけおるんよっ。狙いはフェリアレーナ様やなかったと?
「テオ君ッ、エマちゃんッ、先にトッパ行ってッ」
 どう見ても、私や晃太より足が速いはず。仔達が迎撃モード全開で何とか防いでいる状況なら、確実にトッパに向かい状況説明できる双子を走らせるしかない。
「ユイさんおいて行けないッ」
「そうだよっ」
「いいから行ってッ」
 私は怒鳴る。
 その形相に怯む双子。
「晃太ッ」
「アップッ」
「行ってッ」
「…ッ、エマ行くぞッ」
「分かったッ」
「神様ッ、エマちゃんとテオ君を守ってッ」
 私は叫ぶが、魔力が抜かれる感覚はない。今日はなんで不発なんやっ。
 テオ君とエマちゃんが走り出す。
 だが、次の瞬間。
「キャーッ」
 エマちゃんが悲鳴を上げる。投擲物の一つ、ボールの着いた縄が直撃している。仔達の魔法をくぐり抜け、かなりの勢いが着き、エマちゃんは派手に顔から地面に倒れ込む。ジャケットの上から、細いエマちゃんの身体を縛り上げている。
「エマッ」
「いたい……テオ、行ってッ」
 だが、テオ君の近くまで、黒装束集団が迫っている。
 テオ君は身動き取れないエマちゃんの前に立ちはだかる。私と晃太はエマちゃんに走りより、縄をどうにかしようとするが、想像以上に縄が固い。まるでワイヤーや。細いエマちゃんの身体に食い込んでいる。晃太がエマちゃんのナイフで、切断しようと試みる。
 ああ、かなり、いかん、いかん、いかん状況や。
 テオ君がナイフを構えて、黒装束を迎えようとしているが、微かに震えていたのは、気のせいやない。私は咄嗟にフライパンを握り締める。
 仔達は魔法を連発させて、投擲物を落とし、元気のスタンガンが黒装束集団を撃退している。その遥か後方で、爆走してくるのは、白い美しい毛並みを靡かせたビアンカだ。フェリアレーナ様の輿入れ行列は、大丈夫になったん? ビアンカの全力疾走は、車でも勝てない。一瞬で距離が縮まる。
『ユイに牙を向いたこと、後悔するのですッ』
 バリバリッ、バリバリバリバリバリバリッ。
 ビアンカの雷が広範囲にわたって放たれて、黒装束集団に全弾直撃。ぱたり。
 すごか音っ。そしてすごか威力。痙攣してるから死んでないはず。
 テオ君の前まで迫っていた黒装束は、ビアンカの頭突きで吹っ飛んでいる。大の大人が吹っ飛ばされる。映画でよくある交通事故やねんっ。
「ビアンカッ、大丈夫ね? あっちはっ?」
『ルージュがいるのですし、ほとんどは動けないように拘束したのです』
「そうね、なら、良かった」
『ユイ、まだ、森に潜んでいるのです。どうするのです?』
 まだおるんっ? ええいっ、この黒装束軍団ほったらかしにしたら、絶対によくないことするはず。投擲物がこないのは、ビアンカの姿を確認したためやね。だが、ビアンカがいるというなら、いるはず。
「拘束ッ」
『任させるのですっ。ユイ、こいつらは直に動き出すのです。先にユイはトッパに行くのですッ 元気、コハクッ、周囲の警戒を怠らないようにするのですッ』
「分かったッ」
「ワンワンッ」
「グルウゥッ」
 まずは、エマちゃんの縄をどうにかせんと。晃太とテオ君が四苦八苦しながら縄とジャケットの隙間にナイフを入れようとしている。エマちゃん、派手に顔に擦り傷が。
 ビアンカが森に飛び込み、木の軋む音に、地面が破裂したような音が響く。森の黒装束はビアンカに任せよう。
「なんやこれ、切れんっ」
 ワイヤーに苦戦している。かなり食い込んでいるようで、エマちゃんに苦痛の表情が浮かぶ。
 どうしよう、ワイヤーは絡まり、硬い為にほどけない。切るしかないのに。
「ワンワンッ」
「ガァァァァァッ」
 元気とコハクが吼える。振り返った視界の隅で、トッパから一騎、飛び出してきた。たった一騎。
 そして、まるでゾンビのように起き上がる、黒装束軍団。
 嘘やろ? もう回復したん? ビアンカの雷は、恐らく元気のより強烈のはずなのに。しかも今回は全員抜刀してるっ。
 元気の雷が再び命中、コハクの土の塊が次々命中する。ルリもクリスもヒスイも臨戦態勢だ。テオ君も再びナイフを握り締めて、立ち上がる。
 もう、本当に勘弁してっ。
 叫びたくなるが、街道から黒い騎馬が見えた、見間違う分けない、ノワールだ。それにホークさんが跨がってる。ビアンカがこちらに向かった事でいろいろ察知して戻って来てくれたんやっ。
 安堵する間もなく、仔達の魔法をすり抜けて、黒装束の一人が恐ろしいスピードで迫って来る。ルリとクリスの矢を避け、ヒスイの風の刃ももろともせずに。僅かに覗く目は、まるで狂気しているように見えた。テオ君がナイフを構えているが、絶対に敵わない。向こうは格段にレベルが高いはず。向こうはプロで、まだ、見習いのテオ君が敵うわけない。
「ユイさんっ、目を閉じてーッ」
 ホークさんが叫び、剣を抜く。
 剣を、抜いた。
 理解する前に、私の身体は反射的に動いた。
 私は飛び出して、テオ君の頭を抱えるように抱き締める。晃太も咄嗟だろう、ワイヤーに拘束されているエマちゃんに、覆い被さり、抱き締める。
 
 ザンッ

 眼前まで迫っていた黒装束の首が飛ぶ。
 走り抜けるノワールに跨がったホークさんの剣が、撥ね飛ばす。
 私の耳がおかしい。音が拾えない。首から、真っ赤な血が噴き出す。私とテオ君に向かって派手に。温かく、鉄錆びの臭いの血。頭から被る。倒れる身体、転がる頭。私は悲鳴も上げられない、思考が止まる、頭が回らない。
 頭が、回らない。
 頭が、回らない。
 頭が、回らない。
 テオ君が叫ぶが、こんなに近いのに、内容が分からない。
 ビアンカが森から飛び出して、再びスタンガンを発動させる。黒装束軍団が、再び地面に倒れ沈黙する。
『…………………ッ、……………ッ』
 ビアンカの声が分からない。心臓の音だけしか、自分の心臓の音しか分からない。
 私はいつの間にか、抱えていたテオ君を離して、下に広がる血の海を見る。
 駄目や、駄目や、駄目や、崩れそう、私の中のなにかが崩れそう。
 慌てた様子で、ノワールから飛び降りたホークさんが駆け寄ってきて、私の肩に触れようした。
 バシッ
 私は何故か分からないが、わざわざ伸ばしてくれた手を弾いてしまう。申し訳無さで一杯になる。ホークさんは私を心配してくれただけなのに、ただ、それだけなのに。申し訳無いのに、言葉が出ない。視界がグラグラ、グラグラしてきた。その視界の中、テオ君の私を気遣うような顔が入る。
 テオ君、怪我はない?
 言葉が、出ているか、分からない。上手く出ているか分からない。
 よく見たら、テオ君に、目立つ外傷はない、ホークさんもや。ああ、良かった。エマちゃんもやっとワイヤーのような縄が切れて、起き上がろうとしている。エマちゃんの怪我も確認せんと。頭でそう思うのに、身体が言うこときかん。
 あ、ルージュが走ってきた。フェリアレーナ様の方はいいんかな?
 赤いルビーのような目で私の顔を覗き込むと、私の視界がブラックアウトした。
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