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バレンティナ・ナージサ。セレドニア国王第一側室、エレオノーラ妃の生家であり、ユリアレーナでも古い歴史のある侯爵家の三女。おかっぱだ。ナージサ家は城勤めの文官一族で、現在当主は文部省に所属、大臣を務めている。次期当主であるおかっぱ、バレンティナの兄も優秀な文官として勤めている。2人の姉もそれぞれ爵位のある家に嫁いだ。それぞれ貴族女性として申し分無く、求められて嫁いでいった。ナージサ侯爵家は、首都や主要都市に高級サロンを展開している。こちらは名義は当主だが、夫人が管理を行い、大盛況だ。
アリーチャ・ウルガー。ウルガー伯爵家の次女。赤毛のロングヘアーだ。オスヴァルトとエドワルドのウルガー家は子爵で、アリーチャの伯爵家は本家に当たる。彼らとは父方の従兄弟だ。ダイチ・サエキのたった1人の孫娘が、分家のウルガー家に嫁いだ。アリーチャはダイチ・サエキとは血の繋がりはない。ただ、ウルガー子爵家はみな優秀。オスヴァルトとエドワルドの長兄が、時期宰相候補と言われて、ウルガー三兄弟とユリアレーナ内では有名人だ。今ではウルガー子爵家が本家に取って変わるのではと噂されているほどに。ウルガー伯爵家は、主要を守る騎士団の事務に携わっている。長女はゲオルグ王子のお妃レースに参加。
ロベルタ・テルツォ。こちらも古く歴史のある伯爵家の四女。茶髪のロングヘアーだ。当主である父親は首都の商人ギルドの要職に就いている。兄は王立学園で教鞭を取り、長女はシーラに嫁ぎ、次女は王立楽団に所属し、三女はジークフリード王子のお妃レースに参加している。
ヴァンダ・キント。自身の商会を持つ伯爵家の三女。金髪のロングヘアーだ。扱うのは宝飾品で、大型の工房と、相応の職人を抱え、デザインと質がよくユリアレーナでも代表する有名店だ。跡取りの長女は優秀な伴侶を得て、工房と商会をもり立てている。次女は商会の事務に勤めて、支えている。
生まれや家族は恵まれていた。ただ、優秀な兄や姉がいたため、どうしても比べられたりしたが、甘やかされていたのは否定しない。上の子供には、親の期待をかけられて、厳しく育てられた、末っ子の4人は、言葉は悪いが放置気味だった。だが、家庭教師はつけたし、学びたいものがあれば、我慢させずに習わせた。貴族女性として相応しい様にと、与えられらるものは、すべて与えた。
だが、結果はあれだ。
なんとか王立学園に入ったが、素行が悪いと何度呼び出されたか。このまま首都にいたら、家の恥になる何かをやらかしそうだった。特にお妃レースに関わっていた家にとっては、醜聞にしかならない。なので冒険者として、家族と切り離し、生活できるだけの支援をして、首都から出した。時期を見て、そこそこの相手に嫁がせる。そう各家が考えていた。
だが、2年後にもたらされたのは、マーファを治めるダストン・ハルスフォン伯爵夫人、イザベラに対する傷害未遂が飛び込んできた。それから、王家から注意がされていた、あのテイマーに対して、有りもしない噂を流して、マーファを混乱させたとして苦情がきた。ハルスフォン伯爵に対しては、なんとか示談に持ち込み、そして多額の保釈金を支払った。抜刀していなかった事がせめてもの救いだった。
だがその後各当主と夫人達が城に呼ばれ、宰相による『厳重』注意がなされた。帰り際に、目が笑っていないダイチ・サエキにまで、言い様のない圧をかけられ、エレオノーラからは回りくどく言われたが、お妃レース脱落を告げられ、逃げるように城を後にした。
娘達の処遇を考えていた数日後、マーファにあるナージサ侯爵経営のサロンがテイマーから依頼を受けて貰えなかったこと。キント家がオーナーである女性工房主が、わざわざマーファまで行ったのに、ギルドの宝飾品エリアから閉め出されたこと等が伝った。ユイがマーファに帰り着いたその日に絡み、ユリアレーナ冒険者ギルド本部が下したのは、冒険者資格剥奪。首都の各家に通達された。当のユイは冷蔵庫ダンジョンにいたため知りようもないし、わざわざリティアが話すことはなかった。ユイの性格なら気にするかも知れないと案じたためだ。あの時、ユイが被害届を出していたら、冒険者資格剥奪では済まない事態だったのだが。ハルスフォン伯爵とエレオノーラとフェリアレーナを想い、踏みとどまった故の処置だ。
各家は頭を抱え、通信手段が限られた世界で、4人に首都へ戻るように転移門を使用し、手紙を飛ばすことができるのに、時間を要してしまった。
マーファで騒ぎが起きる前。女4人がマーファに来て直ぐ、懲りもせず、ダンジョンに行きたくなった。
マーファには冷蔵庫ダンジョンがある。
低階層くらいならとたかをくくり、一緒にダンジョンに行く冒険者をギルドで物色していた。
1人、見た目が良さそうな男性冒険者を見つけた。20代後半、軽装だが、腰には剣を下げているから冒険者だ。近くにいるのは明らかにまだ新人の少年2人しかいない。4人が選ぶのは必ず男性のみのパーティーだ。女がいると厄介だから。
早速アプローチした。
「ねえ、私達と一緒にダンジョンに行かない? こう見えても私達全員攻撃魔法が使えるし、回復魔法も使えるのよ」
バレンティナが魅惑的な笑みを浮かべて話しかける。男は灰色の目で、なかなか顔立ちがいい男だ。残り3人も後ろで自信満々に笑みを浮かべている。これでだいたいの男は落ちる。攻撃魔法が使える、それは冒険者としては魅力的だ。純粋な魔法職が少ないため、攻撃魔法が使える者は重宝される。それに自分達には自信があった。女としての魅力が。案の定、見習い2人は困惑の表情を浮かべている。だが、男性冒険者の答えは呆気ないものだった。
「俺達は別の人達とダンジョンに行くので、他所を当たってください」
はっきり断られた。
いつもなら、こちらをじろじろ見ながら、どうしようか悩む様な仕草があるのに、男はそっけなかった。
「私達、攻撃魔法が」
「他所を当たってください」
男はつれない態度を変えない。困惑気味の見習い2人も、興味が失せたような顔だ。
腹がたった。
自分たちの容姿には自信があったし、男ばかりのパーティーなら、女に飢えて、簡単に落とせる自信があった。
腹がたった。無性に腹がたった。わざわざ、声をかけてやったのに。
「どうした?」
そこに剣士が2人。1人は盾を背負い、いかにもベテラン感がある。どうやら灰色の目の冒険者のリーダーのようだ。男臭い感じだが、リーダーさえ落とせばどうにかなる。
「ねえ、私達、攻撃魔法が全員使えるの、一緒にダンジョンに行かない?」
「他所を当たってくれ」
リーダーらしき短髪の男の返事は早かった。そして、その目には白けた色が浮かぶ。自分達が冒険者の格好だけだと、直ぐに見抜いた目だ。バレンティナはこれ以上言っても無駄だと直感。以前も直ぐにエセだろ、と見抜かれたことがあったからだ。その時と一緒だ。この類いの連中は、自分達の魅力では落ちないと。諦めかけた時。
「あ、ユイさんっす。リーダー、ユイさんっす」
見習い1人が弾んだ声を上げる。
「ハジェル、語尾。行くぞ」
短髪のリーダーはメンバーを連れてバレンティナ達に背を向けた。自分達に挨拶もしないで、と腹がたった。腹がたったが、男達の先にいたのは、白い毛並みの巨体なウルフとジャガーだ。息が止まった。首都にいた時に、テイマー部隊がいたため、従魔がそこまで珍しい存在ではなかったが、あれは別格だ。体躯もでかいが、毛並みの美しいこと。主人は黒髪の女だ。一瞬、言葉を失ったが、次の瞬間、バレンティナの逆鱗に触れる。
目を着けた灰色の目の冒険者が、黒髪の女を見る目だ。自分にはまったく興味を示さなかった男が、黒髪の女に惚けた視線を向けていた。黒髪の女は明らかに自分より年上の、いかにもその辺に転がっていそうな特徴の無い女だ。顔もスタイルも若さも自分が数段上なのに、あの灰色の目の男が黒髪の女に向ける視線は物語っている。
あんな女に負けた、激しい屈辱が沸き上がる。
刺すような視線を投げつけていると、ふいに、黒髪の女が視界から消える。違う、遮られる。白い毛並みのウルフによって。ウルフは片目だけで、ちらり、と視線を投げつけた。
ぞくり。
背中に走った悪寒。
何故か分からないが、悪寒が走った。
4人には分からない、それは絶対的に強者であると、本能の何処かで察知していたのを。絶対に歯向かってはいけない相手だと、警戒が、悪寒となって現れただけ。
だが、それは一瞬。ウルフは鼻で嗤うように、ふん、と顔を背けた。
腹がたった。その本能が報せてくれた警戒を、無視して、腹がたった。
無性に腹がたった。
たかが、魔物のくせに、爵位を持つ自分達を嗤った。それが許せなかった。
怒りは、主人である黒髪の女に向かった。
どうしてやろう、あの女。
そんな風に考えていると、妙にこちらを見ている男に気がついた。赤毛の若い獣人だ。透き通るような青い目の、幼さが残る庇護欲を駆り立てるような少年。
じっと、こちらを見ている。
4人の落ちた機嫌が一気によくなった。
ほら、やっぱり。自分達の誰かの魅力に落ちたのだ。やはり若さに美しさは、あの特徴のない女なんかと比べられない。貴族という、生まれ持ったものに、勝るものはない。
赤毛の獣人は、こちらに向かって歩いてくる。
若いくせに、積極的、だが、悪くない。
跪かせてやる。
ふん、と顎をあげていると、若い獣人は素通り。
呆気にとられて、獣人を見やると、あの黒髪の女にキスをしていた。女達の角度から見て、あれはキスだ。
次の瞬間、黒髪の女のあまりにも醜い狼狽に、いらついた。
わざとらしい、むかつく、むかつく、むかつく。
あの女、どうしてくれようか。
ホテルに帰り、罵声を浴びせ、ワインを自棄飲みし、頭を寄せあって考えたのは、学園在学中にやったことだ。
悪い噂を流しに流して、マーファにいられなくしてやる。
情報収集したら、面白いように集まってきた。
ドラゴン、パーティーハウスの長期使用、御用聞き、仕立屋、多額の寄付、スラム街の孤児院、スカイランへの長期に渡る移動、日帰り依頼、冷蔵庫ダンジョンから零れた魔物、そして救命した冒険者、5匹の仔、高齢の両親…………そして、特定の男がいそうでいない。唯一、あの灰色の目の冒険者がそうではないか、と言う話だ。
ほとんど好意的な話ばかりだったが、使えそうな話だけピックアップし、脚色し、それとなく、いかにもみたいに話した。人が集まる場所で、故意に。
結局、浅はかな考えが、4人の首を絞めることになる。
アリーチャ・ウルガー。ウルガー伯爵家の次女。赤毛のロングヘアーだ。オスヴァルトとエドワルドのウルガー家は子爵で、アリーチャの伯爵家は本家に当たる。彼らとは父方の従兄弟だ。ダイチ・サエキのたった1人の孫娘が、分家のウルガー家に嫁いだ。アリーチャはダイチ・サエキとは血の繋がりはない。ただ、ウルガー子爵家はみな優秀。オスヴァルトとエドワルドの長兄が、時期宰相候補と言われて、ウルガー三兄弟とユリアレーナ内では有名人だ。今ではウルガー子爵家が本家に取って変わるのではと噂されているほどに。ウルガー伯爵家は、主要を守る騎士団の事務に携わっている。長女はゲオルグ王子のお妃レースに参加。
ロベルタ・テルツォ。こちらも古く歴史のある伯爵家の四女。茶髪のロングヘアーだ。当主である父親は首都の商人ギルドの要職に就いている。兄は王立学園で教鞭を取り、長女はシーラに嫁ぎ、次女は王立楽団に所属し、三女はジークフリード王子のお妃レースに参加している。
ヴァンダ・キント。自身の商会を持つ伯爵家の三女。金髪のロングヘアーだ。扱うのは宝飾品で、大型の工房と、相応の職人を抱え、デザインと質がよくユリアレーナでも代表する有名店だ。跡取りの長女は優秀な伴侶を得て、工房と商会をもり立てている。次女は商会の事務に勤めて、支えている。
生まれや家族は恵まれていた。ただ、優秀な兄や姉がいたため、どうしても比べられたりしたが、甘やかされていたのは否定しない。上の子供には、親の期待をかけられて、厳しく育てられた、末っ子の4人は、言葉は悪いが放置気味だった。だが、家庭教師はつけたし、学びたいものがあれば、我慢させずに習わせた。貴族女性として相応しい様にと、与えられらるものは、すべて与えた。
だが、結果はあれだ。
なんとか王立学園に入ったが、素行が悪いと何度呼び出されたか。このまま首都にいたら、家の恥になる何かをやらかしそうだった。特にお妃レースに関わっていた家にとっては、醜聞にしかならない。なので冒険者として、家族と切り離し、生活できるだけの支援をして、首都から出した。時期を見て、そこそこの相手に嫁がせる。そう各家が考えていた。
だが、2年後にもたらされたのは、マーファを治めるダストン・ハルスフォン伯爵夫人、イザベラに対する傷害未遂が飛び込んできた。それから、王家から注意がされていた、あのテイマーに対して、有りもしない噂を流して、マーファを混乱させたとして苦情がきた。ハルスフォン伯爵に対しては、なんとか示談に持ち込み、そして多額の保釈金を支払った。抜刀していなかった事がせめてもの救いだった。
だがその後各当主と夫人達が城に呼ばれ、宰相による『厳重』注意がなされた。帰り際に、目が笑っていないダイチ・サエキにまで、言い様のない圧をかけられ、エレオノーラからは回りくどく言われたが、お妃レース脱落を告げられ、逃げるように城を後にした。
娘達の処遇を考えていた数日後、マーファにあるナージサ侯爵経営のサロンがテイマーから依頼を受けて貰えなかったこと。キント家がオーナーである女性工房主が、わざわざマーファまで行ったのに、ギルドの宝飾品エリアから閉め出されたこと等が伝った。ユイがマーファに帰り着いたその日に絡み、ユリアレーナ冒険者ギルド本部が下したのは、冒険者資格剥奪。首都の各家に通達された。当のユイは冷蔵庫ダンジョンにいたため知りようもないし、わざわざリティアが話すことはなかった。ユイの性格なら気にするかも知れないと案じたためだ。あの時、ユイが被害届を出していたら、冒険者資格剥奪では済まない事態だったのだが。ハルスフォン伯爵とエレオノーラとフェリアレーナを想い、踏みとどまった故の処置だ。
各家は頭を抱え、通信手段が限られた世界で、4人に首都へ戻るように転移門を使用し、手紙を飛ばすことができるのに、時間を要してしまった。
マーファで騒ぎが起きる前。女4人がマーファに来て直ぐ、懲りもせず、ダンジョンに行きたくなった。
マーファには冷蔵庫ダンジョンがある。
低階層くらいならとたかをくくり、一緒にダンジョンに行く冒険者をギルドで物色していた。
1人、見た目が良さそうな男性冒険者を見つけた。20代後半、軽装だが、腰には剣を下げているから冒険者だ。近くにいるのは明らかにまだ新人の少年2人しかいない。4人が選ぶのは必ず男性のみのパーティーだ。女がいると厄介だから。
早速アプローチした。
「ねえ、私達と一緒にダンジョンに行かない? こう見えても私達全員攻撃魔法が使えるし、回復魔法も使えるのよ」
バレンティナが魅惑的な笑みを浮かべて話しかける。男は灰色の目で、なかなか顔立ちがいい男だ。残り3人も後ろで自信満々に笑みを浮かべている。これでだいたいの男は落ちる。攻撃魔法が使える、それは冒険者としては魅力的だ。純粋な魔法職が少ないため、攻撃魔法が使える者は重宝される。それに自分達には自信があった。女としての魅力が。案の定、見習い2人は困惑の表情を浮かべている。だが、男性冒険者の答えは呆気ないものだった。
「俺達は別の人達とダンジョンに行くので、他所を当たってください」
はっきり断られた。
いつもなら、こちらをじろじろ見ながら、どうしようか悩む様な仕草があるのに、男はそっけなかった。
「私達、攻撃魔法が」
「他所を当たってください」
男はつれない態度を変えない。困惑気味の見習い2人も、興味が失せたような顔だ。
腹がたった。
自分たちの容姿には自信があったし、男ばかりのパーティーなら、女に飢えて、簡単に落とせる自信があった。
腹がたった。無性に腹がたった。わざわざ、声をかけてやったのに。
「どうした?」
そこに剣士が2人。1人は盾を背負い、いかにもベテラン感がある。どうやら灰色の目の冒険者のリーダーのようだ。男臭い感じだが、リーダーさえ落とせばどうにかなる。
「ねえ、私達、攻撃魔法が全員使えるの、一緒にダンジョンに行かない?」
「他所を当たってくれ」
リーダーらしき短髪の男の返事は早かった。そして、その目には白けた色が浮かぶ。自分達が冒険者の格好だけだと、直ぐに見抜いた目だ。バレンティナはこれ以上言っても無駄だと直感。以前も直ぐにエセだろ、と見抜かれたことがあったからだ。その時と一緒だ。この類いの連中は、自分達の魅力では落ちないと。諦めかけた時。
「あ、ユイさんっす。リーダー、ユイさんっす」
見習い1人が弾んだ声を上げる。
「ハジェル、語尾。行くぞ」
短髪のリーダーはメンバーを連れてバレンティナ達に背を向けた。自分達に挨拶もしないで、と腹がたった。腹がたったが、男達の先にいたのは、白い毛並みの巨体なウルフとジャガーだ。息が止まった。首都にいた時に、テイマー部隊がいたため、従魔がそこまで珍しい存在ではなかったが、あれは別格だ。体躯もでかいが、毛並みの美しいこと。主人は黒髪の女だ。一瞬、言葉を失ったが、次の瞬間、バレンティナの逆鱗に触れる。
目を着けた灰色の目の冒険者が、黒髪の女を見る目だ。自分にはまったく興味を示さなかった男が、黒髪の女に惚けた視線を向けていた。黒髪の女は明らかに自分より年上の、いかにもその辺に転がっていそうな特徴の無い女だ。顔もスタイルも若さも自分が数段上なのに、あの灰色の目の男が黒髪の女に向ける視線は物語っている。
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刺すような視線を投げつけていると、ふいに、黒髪の女が視界から消える。違う、遮られる。白い毛並みのウルフによって。ウルフは片目だけで、ちらり、と視線を投げつけた。
ぞくり。
背中に走った悪寒。
何故か分からないが、悪寒が走った。
4人には分からない、それは絶対的に強者であると、本能の何処かで察知していたのを。絶対に歯向かってはいけない相手だと、警戒が、悪寒となって現れただけ。
だが、それは一瞬。ウルフは鼻で嗤うように、ふん、と顔を背けた。
腹がたった。その本能が報せてくれた警戒を、無視して、腹がたった。
無性に腹がたった。
たかが、魔物のくせに、爵位を持つ自分達を嗤った。それが許せなかった。
怒りは、主人である黒髪の女に向かった。
どうしてやろう、あの女。
そんな風に考えていると、妙にこちらを見ている男に気がついた。赤毛の若い獣人だ。透き通るような青い目の、幼さが残る庇護欲を駆り立てるような少年。
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ほら、やっぱり。自分達の誰かの魅力に落ちたのだ。やはり若さに美しさは、あの特徴のない女なんかと比べられない。貴族という、生まれ持ったものに、勝るものはない。
赤毛の獣人は、こちらに向かって歩いてくる。
若いくせに、積極的、だが、悪くない。
跪かせてやる。
ふん、と顎をあげていると、若い獣人は素通り。
呆気にとられて、獣人を見やると、あの黒髪の女にキスをしていた。女達の角度から見て、あれはキスだ。
次の瞬間、黒髪の女のあまりにも醜い狼狽に、いらついた。
わざとらしい、むかつく、むかつく、むかつく。
あの女、どうしてくれようか。
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ほとんど好意的な話ばかりだったが、使えそうな話だけピックアップし、脚色し、それとなく、いかにもみたいに話した。人が集まる場所で、故意に。
結局、浅はかな考えが、4人の首を絞めることになる。
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