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閑話 調査

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「サエキ様、こちらになります」
「ありがとう」
 首都にある貴族街の一つ、小さい屋敷で、ご意見番のダイチ・サエキは、書類を受け取る。差し出した男は、首都の冒険者ギルドマスター・ヴァンマンだ。
 サエキは渡された書類を袋から引き出す。
「身元がはっきりと分かっているのは4人です」
 ぺら、と書類を捲る音。
「マデリーン。37歳。シーラ出身の魔法使い。父親は付与師、母親は魔法使い。両親は既に他界しています。姉が1人、マリエナ、41歳。元魔法使いで、現在シーラで付与師をしています。夫は先代『鷹の目』リーダー、ワゾー、元剣士。シーラのギルドで指導員をしています」
 サエキが手にしているのは、『鷹の目』の個人情報だ。
「実績は十分。例の奴隷落ちがなければ、Bランクは確実だったはず」
 ヴァンマンの説明が続く。
 ぺら、と2枚目。
「ミゲル。二十歳。シーラ出身の剣士。生家は首都で大店の仕立屋の次男。両親、姉、兄、弟共にテーラー、自身もテーラー見習いとして12歳の時に職人ギルドに登録し、Dランク直前まで勤めたそうですが、16歳の時に家を出て、当時のリーダーであるワゾーが拾ったという事です」
 ヴァンマンが一つ息をつく。
「どうやら曾祖母がワゾーに頼み込んだようです。見習いとして引き受けてもらうように、そして、3年でものにならなければ、返すように、と。ランクがEになったためなんとか合格ライン。そのまま『鷹の目』に在籍しています。本人はワゾーと曾祖母とのやり取りは、おそらく知らないでしょうが」
 ぺら、と3枚目と4枚目。
「テオ、エマ。16歳。双子の兄妹。ディレナスの第三都市ミールの孤児院出身。父親は現リーダーのホークの兄、ファルコン。14年前にパーティーと共にダンジョンに潜ったまま、帰還せず。母親のミノラの行方は分かっておりません」
 ヴァンマンは言葉を切る。
「双子は近所の住人が泣き声に気がつき救助。家には鍵がかけられ、窓には閂。金目の物は一切なかったそうです。ミノラは元冒険者でしたが、カードは割れた状態で家の中で発見されています。新たに身分証を得て別の名前で生きていれば、ミノラとは証明はできないでしょう」
 個人の証明が、ギルドカードや身分証になる世界。それは始めに登録した者にしか扱えない。だが、そのカードを割られたら、復元が出来ず、新しく作成するしかない。その時に名前を偽っても、申請が通る。偽造したと分かれば、勿論罰則はある。身を守る為のもの以外は。魔力に関しては誰一人同じものはなく、いわゆるDNAと同じだが、登録した国でしか管理されず、管理期間も使用されなければ10年で抹消される。なので、それ以降に同じ国で再登録可能になる。テオとエマの母親が生きていたとしても、別の国で身分証を得ていたら、母親だと証明できない。テオもエマも幼く母親の顔を覚えていない。唯一はホークが知っているが、最後に見たのは15年も前のため、すぐに分かるかどうか分からないと。
「双子は成人した日に、叔父のホークが迎えに来たと。以上4名が身元と出身がはっきりしています」
 5枚目を手にする。
「サブ・リーダー、チュアン、31歳。カルーラ修道院出身。本名ではありません、年齢もそうです。修道院から与えられた名前と生年月日です。詳しい出生は彼自身覚えていないようで。カルーラのストリートチルドレンだったのを保護されています」
「なぜ孤児院ではなく、修道院に?」
 修道院は閉鎖的な施設だ。喪に服した女性が自ら望んで行くか、もしくは生涯を神道に身を捧げたものだけが行く場所。本来未成年、子供が行く場所ではない。一時的な保護なら行われるが、一時的だ。それ以外で修道院にいるのは、問題児だけ。
「チュアンには、弟がいました。保護された時、すでに弟は死亡しており、チュアンはその死体を離さなかったそうです。引きはなそうとされて、チュアンは大暴れ、埋葬時に土に爪を立て、爪が割れても掘り起こそうとしたと。それが問題視され、修道院に。私には、死を理解出来なかった幼い子供が、たった1人の家族を奪われたくなかっただけでなのはないかと」
 サエキは書類を見る。
「修道院保護当初は心を閉ざしていたようですが、親身にシスターが接した事で、徐々に心を開いたようです。元来真面目な性格だったのか、学業も戦闘術も打ち込み、体格にも恵まれ13歳から教会の戦闘部隊に参加しています。15歳でシスターの勧めもあり『鷹の目』に所属し、現在に至ります。リーダーであるホークとはいい友人関係です」
 最後の書類を手にする。
「リーダー、ホーク、31歳。元弓士の剣士。アロゴの難民キャンプ出身のようですが、詳しくは分かっていません。冒険者として登録したのはミールですが」
「アロゴ………確か、ワーズビートがジューバと小競り合いをした時の難民キャンプか。30年以上前の話だ」
「はい。おそらく、ホークはそこで生まれたかと。両親はディレナスで難民として住民登録しています。すでに他界しています。兄のファルコンが生きていれば、もう少し分かったかもしれません。ホークは成人するまで兄の世話になり、成人してすぐに冒険者に。テストをパスして、ワゾーが引き受けています」
 ヴァンマンが続ける。
「このホークですが、騎乗能力が格段に高い。それがこのパーティーの強みですね。鷹の目の貯蓄もホークのカルーラで受けた個人依頼によるものです」
 鷹の目の借金奴隷になる前の貯蓄は約2000万。Cランク冒険者パーティーとしては多い額だ。
「カルーラで、騎士団の馬の調教を半年行っています。手のつけられない魔法馬を乗りこなし、調教し、今は騎士団長の愛馬となっています。それ以外の馬も調教し、かなりの報酬を受け取っています。騎士団専属の話も出たそうですが、まだ見習いの2人を抱えていたため辞退したそうです」
「で、この2人をお前はどう見る?」
「リーダーの器はホーク。冒険者として恵まれたものがあるのはチュアンでしょうな。一度対面しましたが、彼らは彼女に忠誠を誓っているように思えました。これはマデリーン、ミゲルにも言えます」
「見習いの2人は?」
「……………なんと言うか、慕っているというか、まるで姉、いや母親を見ているようでした。彼女はそれをどうとも思っていないようでしたが」
「そうか」
「あと鷹の目は、例のテイマーとの初めの接点はディレナスからビーランへの馬車護衛だと思われます。そこから指名依頼をしてアルブレンまで護衛。その間に、あの従魔達を引き連れていたようです」
「知り合いと言えば知り合いか。何故、彼らを購入したか、と言えばホークの騎乗能力欲しさと、知り合いだっただけかもしれない」
 それとも護衛の間に何かあったか、特別な何かが。マーファで初めて会った時、従魔達を除けば、一般人の家族だった。まさか奴隷を購入するとは思わなかった。雇いいれたとしても、ギルドを通して家政婦位だと思っていた。それがいきなり戦闘奴隷のパーティーまるごと購入する為に首都に来た。何故戦闘奴隷? あの従魔がいれば問題ないだろうに。あの巨大アイテムボックスを持つ弟の、支援魔法スキルアップに関連しているのだろうが。
「パーティーとしてはどうだ?」
「可もなく不可もなく。バランスは取れていますし、実績も先代から見ても模範的な堅実なパーティーと言った所ですかね。ホークの騎乗能力以外は」
「そうか。ありがとうヴァンマン、わざわざ出向いてもらって」
「いいえ」
 サエキは立ち上がり、書類をすべて暖炉にいれて火を付け燃やす。
「如何されます?」
「様子を見る。今は、な。彼らは彼女に恩義を感じている。なら、そのままでいい」
 奴隷商会へ向かった次の日。重症2名が回復していた。それは同行していた赤騎士団からも確認は取れている。おそらく、彼女はエリクサーの類いを所持し、使用したのではないかと思っている。高位貴族や上位ランクの冒険者が大枚叩いてでも欲しいエリクサー。それを奴隷に使った。それだけでも、忠誠を誓っても安いものだ。
 それか、別の手段か。
 サエキはユイ達が、母のようにこちらに召喚されたのではと疑っている。母と一緒に召喚された勇者達と面識を持つサエキに、ユイ一家は彼らを彷彿とさせた。黒髪と黒い目。決して珍しくない。だが、サエキには、ひどく懐かしさを感じさせた。優しい、黒髪、黒い目を持つ勇者達。彼らは数々のスキルを持っていた。もし、ユイ一家が召喚されたのであれば、上位治療スキルを持っていてもおかしくない。代表するのは、あの警戒心の高い弟にある巨大アイテムボックスだが、ユイは奴隷が回復して数日間、体調不良を起こしていた。スキルを使用した反動ではないかと思っている。
 だが、これらはすべて憶測だ。
(少し、ディレナスを探ってみるか。確かヒュルトという副王がかなりやり手だったはず。例の厄災の聖女も気になるしな)
 もうすぐ、フェリアレーナ王女の輿入れだ。
 それが済めば、自身の自由がきく、サエキは思った。
 サエキは本来ユイ達に深く干渉するつもりはあまりなかった。ただ、ユリアレーナに居てくれたらと後見人に名乗り出ただけだ。ユイ達がもたらすものに対してこれくらいしても惜しくはなかったからだ。かつて、母の従魔だったリルの娘を見て、懐かしさがあったし、もしかしたら、母の同郷の人間かと思っていたことは否めない。だが、深入りは禁物だ。ユイがそれを嫌い、去ってしまったら、元も子もない。
 今回戦闘奴隷を購入に当たり、どんな人物か、今後のユイに不利益にならないかを把握しておきたかった。
(戦闘奴隷は問題はなさそうだ。その見習いの双子が気になるが、本人が気にしていないのなら、わざわざ指摘する必要はない。とにかく今はフェリアレーナ様だ。それが終わらないと)
 燃えかすになった書類を確認し、サエキは再度ヴァンマンに向き直る。
「ヴァンマン、助かった」
「いいえ。サエキ様のお願いですから。しかし、個人情報でございますので」
「安心しろ。漏洩なんぞせん」
「はい」
 例え奴隷とは言え、冒険者である彼らの個人情報を守る義務がギルドマスターにはある。今回は相手がサエキだったこと、そしてあのテイマーに関しての事だったため、ヴァンマンが動いた。
 ヴァンマンは挨拶して屋敷を後にした。
 直後、マーファでユイ達に絡んだとして、4人の貴族の娘達の名前がサエキにもたらされた。サエキは深いため息をついた。
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