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その頃④
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マーファのマルシェ、夕方、少し前。
夕御飯を買い出しに来ている客で、道は大にぎわいだ。
家庭の主婦はほとんど昼過ぎには買い物を済ませるので、客層は仕事帰りの客が多い。特に最近は冒険者が多くなっている。改修された冷蔵庫ダンジョンに挑む者が増え、それから小児用の薬を求めて家族で移住してきた者も少なくない。まだ無認可の小児用の薬はハルスフォン伯爵領に籍がないと、購入できない。早く認可を求める声が多いが、慎重な薬師ギルド本部が、新しい薬を認めようとしないのと、治験を始めて一年足らずではデータが足りないため、警戒しているからだ。もし、何年か後に影響を与えたらどうする、と。それで小児用の薬欲しさにハルスフォン領に移住してくる家族が増えた。
(お客様が増える分なら大歓迎だ。しかし、早く認可が下りないだろうか。待ち望んでいる親もいるだろうに)
焼き小籠包の屋台の主人は思った。実際に一番下の娘が、治験として小児用の薬を内服したら、3日後にはいつもの食事を平らげる程まで回復した。小児用の薬の前に、いつもの漢方を飲ませたがしっかり飲めずに徐々に悪化していった。治験の3日分を飲み終えた後は元気になったように見えたが、まだ少し熱があるからと、更に3日内服して、今ではあのぐったりしていたのが嘘のように走り回っている。主人は感謝した。治験を管理しているハルスフォン伯爵に、作成した薬師ギルドに。そして、最近聞いた、この治験に多額の支援をしたという、あの黒髪のテイマーに。
(認可されたら、あちこちの子供が救われるのに)
ハルスフォン領まで引っ越しできるのはごく僅かで、そこそこ裕福な家ばかりだ。引っ越しできない家族がほとんど。彼らは少しでも早く認可が下り、薬が欲しいはず。自分が口を出せる問題ではないが、自分の様な考えの親は少なくないはず。
主人は焼き場を見る。
ずらりと並んだ焼き小籠包。
(テイマーさん、いつ帰って来るだろうか? お礼を言わないとな。娘があんなに元気になったんだ。小児用の薬の治験が上手く行ってるのは、彼女が資金を提供したこともあるはずだし)
考えていると、影が指す。
(お客様だ)
「いらっしゃいませっ、焼き立てですよっ」
目の前には、見たこともない若い女性客が4人。新規のお客様だ。冒険者のようだが、何故かフードを被っている。だが、お客様だ。
「いらっしゃいませっ」
営業スマイル炸裂させるが、お客様は、焼き小籠包を一瞥。
「これなに? この黒いの?」
お客様の指したのは、焼き小籠包の1つ。それには肉球の焼き印が入っている。軽く着けているので、茶色で決して黒くはないが。よくテイマーが来るので、従魔の肉球をヒントに作ってみたら、大好評だ。全部に着けてはいないが、中にはわざわざ肉球スタンプがついた焼き小籠包がいいというお客様もいるほどだ。
「かわいいでしょ。これで焼き印をしているんですよ」
屋台の主人が焼きごてを見せる。
「ここ、あのテイマーがよく来るんだってね」
「はいっ、テイマーさんにはいつもたくさん買ってもらってます」
営業スマイルを張り付かせながら、主人は不穏な空気を感じた。こいつら、お客様ではない。女達の口元に浮かぶのはせせら笑いだ。
嫌な予感がする。
「嫌だわ、魔物が食べるようなの売ってるの?」
「信じられない、ここマルシェよ? 場所考えなさいよ」
「魔物が食べる小籠包って何~、あり得ないんですけど~」
「あのテイマーも食べてるの? 味覚、おかしいんじゃなぁい」
主人の中で、プツリ、と切れる。それを、我慢、我慢。
「お客様、味にはちょーっと自信はありますよ。独自配合のハーブをですね…………」
「でもお、魔物が食べてるなんてぇ どうせ、そんな味よ」
プツリ、我慢、我慢。
「肉の臭みを消してですね…………」
「魔物が食べるんでしょう? 硬くて不味そうだわ」
プツリ、我慢、我慢。
「肉は冷蔵庫ダンジョンから出るものを使用してですね…………」
「そんなの当たり前じゃない~、なあに、そこらの得体の知れない肉でも使ってるの~」
プツリ、我慢、我慢。
「行きましょう、魔物が食べる小籠包の臭いが移るわ」
「さっきから黙って聞いてりゃいい気になりやがってッ」
屋台主人がブチキレて叫ぶ。
「大体ッ、お前らうちの小籠包食ったことないだろうがッ。そんな奴らにとやかく言われる筋合いはないッ。それに、魔物、魔物って言うがな、正式名称でいいやがれッ。フォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーだッ」
屋台主人の叫び声に、なんだなんだと野次馬が取り囲む。
だが、女達は薄ら笑いのままだ。
「やだあ、女に大声出すなんて、最低~」
「商売人、失格なんじゃなぁい」
「本当ね。商人ギルドは何を考えて、こんな奴に許可出したわね」
「どうせ魔物が食べるようなもの売ってるんだから、すぐに潰れちゃえばいいのよ」
クスクス笑いの女達に、屋台主人は鼻で嗤う。
「はんっ、商人ギルドと職人ギルドにケンカを売ろってのか? やるならやってみやがれっ、こちとら営業妨害で冒険者ギルドに訴えるっ。エセ冒険者女4人が、テイマーさんが聞いたら激怒するような営業妨害をしたってなっ」
女達は「エセ」の言葉に眉を上げる。
「エセですってッ」
「ふざけないでよッ」
「商売人の癖に分かってないの~」
「これだから素人はねぇ」
屋台主人はトングを突き付ける。
「まずッ。冒険者は過度の装飾をした装備品は身につけないッ、無駄に肌は出さないッ」
動きの邪魔になるし、魔物と接近戦をした時に引っ掛かるとケガに繋がる。無駄な露出はしない、小さな傷でも、毒をもつと致命傷になるからだ。女達のヒラヒラのスカートは短く、胸元や肩は剥き出し、レースや小さなベルトで装飾されている。かろうじて革の装具品は身につけている。
「冒険者の格好をしている時、長い髪は必ず縛るッ」
4人の内1人は肩までの長さだが、残りは背中まで伸ばしている。長いままだと、動いた際に顔にかかり、視界を遮る。死角を作らない、それは冒険者としての心得だ。
「それから、腰の剣は飾りもんだッ。綺麗なだけで使われた形跡が一切ないッ」
次に示したのは、全員の腰に下がったショートソード。柄も鞘も全てピカピカだ。
「以上を以てお前らはエセ冒険者だッ」
再びトングを突き出す。
「本当に冒険者やってるテイマーさんの悪口言うような奴に、俺の小籠包は食わせねえッ。とっとと失せやがれッ」
見ていた野次馬の視線は、屋台主人の迫力に呆気に取られていたが、その言い分は正論だという空気が漂いだし、女達には咎めるような視線になる。
「…………聞いたあ?」
「商売人の癖に、売らないですって」
「やだあ、何様なの~」
「ふん、たかが屋台のオッサンの癖に」
せせら笑いを続ける女達。
「さっさと潰れちゃえばいいのよ」
髪が肩までの女が、侮蔑したような声を出す。
「だったら、うちも店じまいだなっ」
焼き小籠包の屋台の隣から怒声が飛ぶ。ケバブの店の、ごつい店主が怒りの表情を浮かべている。
「うちもあのテイマーさんにはいっつも沢山買ってもらってるんだ。てめえが言うのが正論だったら、俺もてめえなんかに売るもんはねえッ」
「それならうちもよッ」
「俺もだッ」
一斉に屋台から声が上がる。
そして、取り囲んでいた野次馬の様子が変わる。
冒険者達だ。
あちこちから上がる罵声に、女達はそれでも怯まない。
「ふん、バカじゃなぁい」
「あのテイマーに絆されちゃって。よく考えてよ。あんな化け物連れてるなんて、あの女自体おかしいのよ、なんで分からないの?」
「そうよ~。何やってあんな化け物手に入れたか知らないけど~」
「あのドラゴンだって、あの化け物が呼んだに違いないわ」
けらけら、と嗤う女達の前に、1人の冒険者が進み出る。
赤い髪、青い目、細身の身体。若い、赤虎の獣人。金の虎のアルストリアだ。
「こいつ、キライ」
そう言って、青い目が、縦に細くなる。
身を低くして、腰の剣に手をかけた、と思った瞬間。
ガシィッ
アルストリアが、女達の目の前まで一気に間合いを詰めていた。あまりの速さに、女達の反応が遅れる。アルストリアは腰の剣の柄に手をかけた状態で、女達の目前で止まる。ギルド制服を着た男性がアルストリアの腕を掴み、動きを制している。
「離せッ」
「落ち着きなさい。抜刀したら君の罪になる」
そう言って顔を上げたのは、冒険者ギルドマスターストヴィエだ。片手で、アルストリアを制している。騒ぎを聞き付けて、ギルドマスターが出てきている。デスクワークが忙しく、滅多にギルドから出ないストヴィエが、わざわざ姿を現している。理解している者は、これが単なるトラブルではないと察知し、少し距離を置こうと人垣が後退する。
女達はさすがに目の前まで迫られ、抜刀寸前にされて、僅かに動揺していた。
「はんっ、こいつもテイマーに毒されたのね。可哀想に、いや、呪い持ちなら、可哀想の意味分かんないわね」
「ちょっとぉ、これ問題じゃないのぉ」
「あっちに行きなさいよ。バカが移ったらどうしてくるのよ」
「呪い持ちなんて、さっさと町から摘まみ出しなさいよ~」
今度はアルストリアが矢面になる。
「貴女方、確証もない、ありもしないことを口にすべきではありませんよ」
ストヴィエは静かに嗜めるように言うが、女達は鼻で笑う。
リィマとファングが飛び出して、アルストリアを回収する。
「姉ちゃん、あいつら、キライッ」
「分かってるよ。私だってさっきからイライラが止まらないよっ」
「落ち着けアルス、今は我慢だ。あまりやるとテイマーさんに迷惑かかるからな」
暴れるアルストリアをリィマとファングが後ろに引きずり、ガリストが加わる。
「さて、騒ぎの原因は貴女方ですね?」
ストヴィエが4人の女冒険者の前に移動する。
「なんの事~」
「その屋台のオッサンが大声出したのよ。客の私達に」
「本当失礼よね。よく商売人やってられるわ。商人ギルドの査定、甘いんじゃない?」
「それを言うなら、ここの屋台全部じゃなぁい」
けらけら。けらけら。けらけら。
ストヴィエは眼鏡の奥の目に一切感情を出さずに続ける。
「この場で起きたことは商人ギルド・職人ギルドに任せるとして。貴女達が憶測で流した噂のせいで、あちこちから苦情が来ています」
「それってぇ、私達なのぉ」
「言いがかりだわ」
「他の似たような女じゃない」
「ギルドマスター直々にでしゃばるなんて、おっかしい~」
「私が何の確証もなく話していると?」
ストヴィエの声のトーンが落ちる。
「昨日、南のライバックのレストランでずいぶん楽しそうに話していましたね?」
その言葉に一瞬動揺が走る。
「内容はある女性の品位を貶めるものです」
「ちょ、直接聞いた訳じゃないわよねっ、どうせウェイターかちょっと聞いたのを小耳に挟んだ…………」
「私はそのレストランで食事をしていました」
ストヴィエは女の訴えを途中で切る。
「たまたま、各ギルドマスターと副ギルドマスター同士、親睦でも深めようとレストランで食事をしていたんですよ。気づかなかったのですか? 私達は貴女達のすぐ後ろで食事をしていました。あまりにも悪意のある憶測で、せっかくの食事が台無しでしたがね。なので証人は各ギルドマスターと副ギルドマスターですよ」
ストヴィエは続ける。
「まあ昨日はたまたま、ですがね。それに苦情を訴えて来た者は共通して言います。『見た目冒険者の格好だけした、女4人』だと。今、マーファでそれに該当するのは貴女方だけですからね。それから、今ギルドで待機してますよ、貴女方がいかにも例の女性のせいでパーティーハウスが使えないと吹き込まれた冒険者パーティーが。さあ、彼らに弁明してもらいましょうか。それから各所で出ている被害届についても話を聞かせてもらいましょう。潔白なら、何の問題もないですよね」
最後まで、ストヴィエは事務口調だ。
「そんなの、そっちの勝手な憶測でしょう?」
「そうよ~、噂の原因が私達だけじゃないんじゃない~」
「そうそう。私達も別の人が話をしていたのを聞いただけだしぃ」
「それにしても特別扱いし過ぎじゃない? たかがちょっと強い魔物、いや化け物ね。それを従魔にしているだけなのに。何かあるんじゃないの?」
「そうです。彼女は特別扱いです」
けらけら嗤う女達はストヴィエの言葉に捲し立てる。
「ほらぁ。ギルドマスターが特別扱いですってぇ」
「聞きました~。ここは公平に冒険者を扱わないだって~」
「あり得ないんですけど」
「だから、あの女が増長するのよ」
「451」
ストヴィエが突然数値を出す。
「はあ?」
意味不明とばかりに顔を歪める女達。
「分かりませんか? 彼女達がマーファに来て処理した依頼の数ですよ。貴女方が今までこなした依頼と比べ物にならない程の高ランクのものばかり。ああ、比べるなんて失礼でしたね。彼女に。貴女達では手足が出ない依頼ですからね。もちろん依頼を沢山こなしただけではありませんけどね。それだけでも十分。特別な事をした彼女に、私達ギルドは応えただけ。それとも、貴女方は、彼女以上の事が出来るのですか? 出来るなら当然貴女方も特別扱いしましょう」
感情を露にしないストヴィエに女達はイライラと声を荒げる。
「あんな化け物だからでしょ」
「そうよ、あの女の功績じゃないじゃないのよぉ」
「テイマーは楽よね。従魔に戦わせて、後ろで見てればいいんだから~」
「それでドロップ品拾って依頼達成だもの。気楽な職業よね」
けらけら。
「それはすべてのテイマーに対しての侮辱ですかな?」
ストヴィエは眼鏡を押し上げる。
「あの女限定に決まってるでしょ」
「そうよ~」
「本当に嫌な奴よね、ギルドマスターまで篭絡してるんじゃない?」
「噂じゃあ、セザール様まで手をだしてるってぇ」
空気が凍りつく。
人垣が静かに割れて、1人の美しい貴婦人が進み出てきた。
ストヴィエが胸に手を当て、一礼。周りも一礼、もしくはお辞儀をする。
貴婦人は美しい動作でスカートを摘まんでお辞儀。
そして、微笑む。
「今、セザールの名前が聞こえましたが?」
誰だか分からないのか、女達は一瞬止まるがニヤニヤ笑いを止めない。女達が口を開く前に、美しい貴婦人が話を続ける。
「今、セザールは婚姻前で、自身とどれだけ周りの者がピリピリしているかご存知ないのかしら? そう簡単に近付くことすら出来なくてよ」
そう、三度目の正直。これを逃せば、フェリアレーナ王女は修道院行きがほぼ確定する。セザールだけではない、マーファの民が待ち望んでいる婚姻。
「それに今の言葉、ハルスフォン伯爵に対する不敬ですのよ」
「何よッ、あんな女が悪いんじゃないッ」
「そうよッ」
「あんな化け物見せびらかすからよッ」
「ちょっと金があるからってッ」
「それの何がいけませんの?」
美しい貴婦人の顔に、何を仰ってますの、みたいな表情が浮かぶ。
「彼女の従魔は、とても従順ですわ。それは他のみなさんもお分かりですわよね?」
その問いに、一斉に周りが賛同する。
「子供達はとてもかわいいですわ」
一斉に賛同が集まる。
「彼女がお金を持って何がいけませんの? そのお金をどう使おうが彼女の勝手でしょう。しかも彼女はどれだけこのマーファに還元しているかご存知ないのかしら? ドラゴンに関してもですわ。ドラゴン程の高ランクの魔物が別の魔物に呼び寄せられる? あり得ませんわ。これは数多くの学者とテイマー達の研究結果で証明されていますのよ。もし、彼女達がいなかったら、どれだけの被害になったかお分かりですの? 冷蔵庫ダンジョンから溢れ落ちた魔物に関してでもです。死者ゼロですわよ。ドラゴンに関しては被害すらでなかったのですよ」
賛同が集まる。
「それに彼女が何かしましたか? 貴女方に? 私の印象では、そちらが勝手に、彼女に嫉妬、ひがんでいると感じましたわ」
賛同が集まる。
「うるさいわねッ、何様よッ」
女が吠えた途端に非難が上がる。
「なんて失礼なッ」
「この方はイザベラ様だぞッ」
「ダストン様の奥様だぞッ」
「セザール様のお母様なのよッ」
次々に上がる非難に、流石にしまった、と顔を歪める。
非難が上がる中で、イザベラがそっと手を上げる。途端に静まり返る。
「冒険者ギルドマスター、ストヴィエ様。どのような対応になさるの?」
「この4人を拘束し、話を聞きます。すでに被害届けが出てますから。冒険者ギルドマスター、ストヴィエの名の元に、女性冒険者の方、この4人の拘束の協力を」
そう言った途端に、非難がましい視線を送っていた女性冒険者が飛び出す。ルベル・アケルのフォリアとセーシャがまず2人を拘束。腕を捻り上げて、引き倒し、倒れた肩の上に膝を乗せる。次に動いたのはリィマだ。腕を掴むと、簡単に女の身体が宙を舞う。背中から叩きつけられて潰れた悲鳴を上げる。
「ふんっ、本当に素人だね。まともに受け身も取れないなんて」
バカにしたように吐き捨てる。弟のアルストリアをバカにされ、姉のリィマは容赦しない。
最後に残った女は、ジリジリと迫られて、必死に逃げ出す。その先には、美しい貴婦人、イザベラ。
前に出ようとしたメイドと護衛を制したイザベラ。
「退きなさいよッ」
突き飛ばそうと手を伸ばした瞬間。女の身体は宙を舞う。イザベラが腕を掴み、女の身体が回転した。
貴族の妻となる女性には、様々な武器がある。教養、話術、美しさ、人脈、そして武術。貴族の妻はそれを使い、家を守り、夫の背中を守る。特にイザベラは武術に秀でていた。
「が、ふぅッ」
「あら? 私の事、さっきお聞きにならなかったの?」
イザベラは掴んだ手をギリギリと捻る。痛みに呻く女に、静かに続ける。
「私はダストン・ハルスフォン伯爵の妻ですのよ? 帯剣したまま故意に突き飛ばそうとしましたわね。私に対する傷害未遂も追加してもよろしくて?」
「承知しましたイザベラ様」
女4人は喚きながら連行されていく。
パンパン。手を叩く音が響き、そちらに視線が集まる。
「皆様、お聞きください」
イザベラが表手を広げる。
「今話題になった女性は、皆様勘づいていらっしゃいますよね? 彼女は少し責任感の強い方です。身に覚えのない噂でも、自分のせいで、皆様に迷惑をかけたのでは? と思い詰めるかもしれません。いずれマーファに帰って来るでしょう。その時は、皆様、いつもと変わらず対応してくださいませ」
「「「「「はい、イザベラ様」」」」」
その答えに満足したのか、イザベラは一礼してマルシェを後にする。
途中で、冒険者達に守られていた女性に声をかける。
「ケイコ様、これでよろしかったのですか? 被害届けを出してもいいくらいですのよ?」
御用聞きの後ろにいたのは景子だ。抱っこ紐の中に花を抱えて。
「はい。これで十分です。娘は変に頑固で責任感があります。ただでさえビアンカとルージュを連れていて、目立ちたくないのに。これ以上の事があれば、思い詰めると思います。もし、身に覚えのない事でも、誰かに迷惑をかけたと分かると余計に。娘は、そんな性格なんです。それに本人の知らない所で親が騒ぎ立てるのは、嫌がります。今の彼女達は、この件でかなりお灸を据えられるでしょう。それで十分です。娘には、それとなく私から話をします。どこからかこの件が漏れて娘の耳に入る前に。その時どうするか、娘の判断に委ねます」
「そうですか」
ふふふ、と笑うイザベラ。
イザベラはわざとメイドや護衛を下げて、正面から受けた。そうすれば、女達に罪を重ねることが出来る。帯剣した者が故意に誰かを突き飛ばす。当然傷害だ。相手が酔っていたり、向こうが帯剣していたり、明らかに体格が大きく自身の身を守る為なら話しは変わる。だが、今回は違う。イザベラは無手だったのだ。しかもイザベラは伯爵夫人。いくら種族や階級差別の少ない国とはいえ、貴族相手に事を起こせば、通常の罪状より重くなる。
「お灸では済まされない状況ですのよ」
「はい?」
「なんでもありませんわ。さあ、ケイコ様帰りましょう。孫娘達の結婚式に着るドレスを引き受けてくださってありがとうございます。明日、孫娘達を連れて参りますわ」
「ハルスフォン様にはお世話になってますから」
イザベラはわざわざ徒歩のケイコに付き添い、パーティーハウスまで歩いた。
夕御飯を買い出しに来ている客で、道は大にぎわいだ。
家庭の主婦はほとんど昼過ぎには買い物を済ませるので、客層は仕事帰りの客が多い。特に最近は冒険者が多くなっている。改修された冷蔵庫ダンジョンに挑む者が増え、それから小児用の薬を求めて家族で移住してきた者も少なくない。まだ無認可の小児用の薬はハルスフォン伯爵領に籍がないと、購入できない。早く認可を求める声が多いが、慎重な薬師ギルド本部が、新しい薬を認めようとしないのと、治験を始めて一年足らずではデータが足りないため、警戒しているからだ。もし、何年か後に影響を与えたらどうする、と。それで小児用の薬欲しさにハルスフォン領に移住してくる家族が増えた。
(お客様が増える分なら大歓迎だ。しかし、早く認可が下りないだろうか。待ち望んでいる親もいるだろうに)
焼き小籠包の屋台の主人は思った。実際に一番下の娘が、治験として小児用の薬を内服したら、3日後にはいつもの食事を平らげる程まで回復した。小児用の薬の前に、いつもの漢方を飲ませたがしっかり飲めずに徐々に悪化していった。治験の3日分を飲み終えた後は元気になったように見えたが、まだ少し熱があるからと、更に3日内服して、今ではあのぐったりしていたのが嘘のように走り回っている。主人は感謝した。治験を管理しているハルスフォン伯爵に、作成した薬師ギルドに。そして、最近聞いた、この治験に多額の支援をしたという、あの黒髪のテイマーに。
(認可されたら、あちこちの子供が救われるのに)
ハルスフォン領まで引っ越しできるのはごく僅かで、そこそこ裕福な家ばかりだ。引っ越しできない家族がほとんど。彼らは少しでも早く認可が下り、薬が欲しいはず。自分が口を出せる問題ではないが、自分の様な考えの親は少なくないはず。
主人は焼き場を見る。
ずらりと並んだ焼き小籠包。
(テイマーさん、いつ帰って来るだろうか? お礼を言わないとな。娘があんなに元気になったんだ。小児用の薬の治験が上手く行ってるのは、彼女が資金を提供したこともあるはずだし)
考えていると、影が指す。
(お客様だ)
「いらっしゃいませっ、焼き立てですよっ」
目の前には、見たこともない若い女性客が4人。新規のお客様だ。冒険者のようだが、何故かフードを被っている。だが、お客様だ。
「いらっしゃいませっ」
営業スマイル炸裂させるが、お客様は、焼き小籠包を一瞥。
「これなに? この黒いの?」
お客様の指したのは、焼き小籠包の1つ。それには肉球の焼き印が入っている。軽く着けているので、茶色で決して黒くはないが。よくテイマーが来るので、従魔の肉球をヒントに作ってみたら、大好評だ。全部に着けてはいないが、中にはわざわざ肉球スタンプがついた焼き小籠包がいいというお客様もいるほどだ。
「かわいいでしょ。これで焼き印をしているんですよ」
屋台の主人が焼きごてを見せる。
「ここ、あのテイマーがよく来るんだってね」
「はいっ、テイマーさんにはいつもたくさん買ってもらってます」
営業スマイルを張り付かせながら、主人は不穏な空気を感じた。こいつら、お客様ではない。女達の口元に浮かぶのはせせら笑いだ。
嫌な予感がする。
「嫌だわ、魔物が食べるようなの売ってるの?」
「信じられない、ここマルシェよ? 場所考えなさいよ」
「魔物が食べる小籠包って何~、あり得ないんですけど~」
「あのテイマーも食べてるの? 味覚、おかしいんじゃなぁい」
主人の中で、プツリ、と切れる。それを、我慢、我慢。
「お客様、味にはちょーっと自信はありますよ。独自配合のハーブをですね…………」
「でもお、魔物が食べてるなんてぇ どうせ、そんな味よ」
プツリ、我慢、我慢。
「肉の臭みを消してですね…………」
「魔物が食べるんでしょう? 硬くて不味そうだわ」
プツリ、我慢、我慢。
「肉は冷蔵庫ダンジョンから出るものを使用してですね…………」
「そんなの当たり前じゃない~、なあに、そこらの得体の知れない肉でも使ってるの~」
プツリ、我慢、我慢。
「行きましょう、魔物が食べる小籠包の臭いが移るわ」
「さっきから黙って聞いてりゃいい気になりやがってッ」
屋台主人がブチキレて叫ぶ。
「大体ッ、お前らうちの小籠包食ったことないだろうがッ。そんな奴らにとやかく言われる筋合いはないッ。それに、魔物、魔物って言うがな、正式名称でいいやがれッ。フォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーだッ」
屋台主人の叫び声に、なんだなんだと野次馬が取り囲む。
だが、女達は薄ら笑いのままだ。
「やだあ、女に大声出すなんて、最低~」
「商売人、失格なんじゃなぁい」
「本当ね。商人ギルドは何を考えて、こんな奴に許可出したわね」
「どうせ魔物が食べるようなもの売ってるんだから、すぐに潰れちゃえばいいのよ」
クスクス笑いの女達に、屋台主人は鼻で嗤う。
「はんっ、商人ギルドと職人ギルドにケンカを売ろってのか? やるならやってみやがれっ、こちとら営業妨害で冒険者ギルドに訴えるっ。エセ冒険者女4人が、テイマーさんが聞いたら激怒するような営業妨害をしたってなっ」
女達は「エセ」の言葉に眉を上げる。
「エセですってッ」
「ふざけないでよッ」
「商売人の癖に分かってないの~」
「これだから素人はねぇ」
屋台主人はトングを突き付ける。
「まずッ。冒険者は過度の装飾をした装備品は身につけないッ、無駄に肌は出さないッ」
動きの邪魔になるし、魔物と接近戦をした時に引っ掛かるとケガに繋がる。無駄な露出はしない、小さな傷でも、毒をもつと致命傷になるからだ。女達のヒラヒラのスカートは短く、胸元や肩は剥き出し、レースや小さなベルトで装飾されている。かろうじて革の装具品は身につけている。
「冒険者の格好をしている時、長い髪は必ず縛るッ」
4人の内1人は肩までの長さだが、残りは背中まで伸ばしている。長いままだと、動いた際に顔にかかり、視界を遮る。死角を作らない、それは冒険者としての心得だ。
「それから、腰の剣は飾りもんだッ。綺麗なだけで使われた形跡が一切ないッ」
次に示したのは、全員の腰に下がったショートソード。柄も鞘も全てピカピカだ。
「以上を以てお前らはエセ冒険者だッ」
再びトングを突き出す。
「本当に冒険者やってるテイマーさんの悪口言うような奴に、俺の小籠包は食わせねえッ。とっとと失せやがれッ」
見ていた野次馬の視線は、屋台主人の迫力に呆気に取られていたが、その言い分は正論だという空気が漂いだし、女達には咎めるような視線になる。
「…………聞いたあ?」
「商売人の癖に、売らないですって」
「やだあ、何様なの~」
「ふん、たかが屋台のオッサンの癖に」
せせら笑いを続ける女達。
「さっさと潰れちゃえばいいのよ」
髪が肩までの女が、侮蔑したような声を出す。
「だったら、うちも店じまいだなっ」
焼き小籠包の屋台の隣から怒声が飛ぶ。ケバブの店の、ごつい店主が怒りの表情を浮かべている。
「うちもあのテイマーさんにはいっつも沢山買ってもらってるんだ。てめえが言うのが正論だったら、俺もてめえなんかに売るもんはねえッ」
「それならうちもよッ」
「俺もだッ」
一斉に屋台から声が上がる。
そして、取り囲んでいた野次馬の様子が変わる。
冒険者達だ。
あちこちから上がる罵声に、女達はそれでも怯まない。
「ふん、バカじゃなぁい」
「あのテイマーに絆されちゃって。よく考えてよ。あんな化け物連れてるなんて、あの女自体おかしいのよ、なんで分からないの?」
「そうよ~。何やってあんな化け物手に入れたか知らないけど~」
「あのドラゴンだって、あの化け物が呼んだに違いないわ」
けらけら、と嗤う女達の前に、1人の冒険者が進み出る。
赤い髪、青い目、細身の身体。若い、赤虎の獣人。金の虎のアルストリアだ。
「こいつ、キライ」
そう言って、青い目が、縦に細くなる。
身を低くして、腰の剣に手をかけた、と思った瞬間。
ガシィッ
アルストリアが、女達の目の前まで一気に間合いを詰めていた。あまりの速さに、女達の反応が遅れる。アルストリアは腰の剣の柄に手をかけた状態で、女達の目前で止まる。ギルド制服を着た男性がアルストリアの腕を掴み、動きを制している。
「離せッ」
「落ち着きなさい。抜刀したら君の罪になる」
そう言って顔を上げたのは、冒険者ギルドマスターストヴィエだ。片手で、アルストリアを制している。騒ぎを聞き付けて、ギルドマスターが出てきている。デスクワークが忙しく、滅多にギルドから出ないストヴィエが、わざわざ姿を現している。理解している者は、これが単なるトラブルではないと察知し、少し距離を置こうと人垣が後退する。
女達はさすがに目の前まで迫られ、抜刀寸前にされて、僅かに動揺していた。
「はんっ、こいつもテイマーに毒されたのね。可哀想に、いや、呪い持ちなら、可哀想の意味分かんないわね」
「ちょっとぉ、これ問題じゃないのぉ」
「あっちに行きなさいよ。バカが移ったらどうしてくるのよ」
「呪い持ちなんて、さっさと町から摘まみ出しなさいよ~」
今度はアルストリアが矢面になる。
「貴女方、確証もない、ありもしないことを口にすべきではありませんよ」
ストヴィエは静かに嗜めるように言うが、女達は鼻で笑う。
リィマとファングが飛び出して、アルストリアを回収する。
「姉ちゃん、あいつら、キライッ」
「分かってるよ。私だってさっきからイライラが止まらないよっ」
「落ち着けアルス、今は我慢だ。あまりやるとテイマーさんに迷惑かかるからな」
暴れるアルストリアをリィマとファングが後ろに引きずり、ガリストが加わる。
「さて、騒ぎの原因は貴女方ですね?」
ストヴィエが4人の女冒険者の前に移動する。
「なんの事~」
「その屋台のオッサンが大声出したのよ。客の私達に」
「本当失礼よね。よく商売人やってられるわ。商人ギルドの査定、甘いんじゃない?」
「それを言うなら、ここの屋台全部じゃなぁい」
けらけら。けらけら。けらけら。
ストヴィエは眼鏡の奥の目に一切感情を出さずに続ける。
「この場で起きたことは商人ギルド・職人ギルドに任せるとして。貴女達が憶測で流した噂のせいで、あちこちから苦情が来ています」
「それってぇ、私達なのぉ」
「言いがかりだわ」
「他の似たような女じゃない」
「ギルドマスター直々にでしゃばるなんて、おっかしい~」
「私が何の確証もなく話していると?」
ストヴィエの声のトーンが落ちる。
「昨日、南のライバックのレストランでずいぶん楽しそうに話していましたね?」
その言葉に一瞬動揺が走る。
「内容はある女性の品位を貶めるものです」
「ちょ、直接聞いた訳じゃないわよねっ、どうせウェイターかちょっと聞いたのを小耳に挟んだ…………」
「私はそのレストランで食事をしていました」
ストヴィエは女の訴えを途中で切る。
「たまたま、各ギルドマスターと副ギルドマスター同士、親睦でも深めようとレストランで食事をしていたんですよ。気づかなかったのですか? 私達は貴女達のすぐ後ろで食事をしていました。あまりにも悪意のある憶測で、せっかくの食事が台無しでしたがね。なので証人は各ギルドマスターと副ギルドマスターですよ」
ストヴィエは続ける。
「まあ昨日はたまたま、ですがね。それに苦情を訴えて来た者は共通して言います。『見た目冒険者の格好だけした、女4人』だと。今、マーファでそれに該当するのは貴女方だけですからね。それから、今ギルドで待機してますよ、貴女方がいかにも例の女性のせいでパーティーハウスが使えないと吹き込まれた冒険者パーティーが。さあ、彼らに弁明してもらいましょうか。それから各所で出ている被害届についても話を聞かせてもらいましょう。潔白なら、何の問題もないですよね」
最後まで、ストヴィエは事務口調だ。
「そんなの、そっちの勝手な憶測でしょう?」
「そうよ~、噂の原因が私達だけじゃないんじゃない~」
「そうそう。私達も別の人が話をしていたのを聞いただけだしぃ」
「それにしても特別扱いし過ぎじゃない? たかがちょっと強い魔物、いや化け物ね。それを従魔にしているだけなのに。何かあるんじゃないの?」
「そうです。彼女は特別扱いです」
けらけら嗤う女達はストヴィエの言葉に捲し立てる。
「ほらぁ。ギルドマスターが特別扱いですってぇ」
「聞きました~。ここは公平に冒険者を扱わないだって~」
「あり得ないんですけど」
「だから、あの女が増長するのよ」
「451」
ストヴィエが突然数値を出す。
「はあ?」
意味不明とばかりに顔を歪める女達。
「分かりませんか? 彼女達がマーファに来て処理した依頼の数ですよ。貴女方が今までこなした依頼と比べ物にならない程の高ランクのものばかり。ああ、比べるなんて失礼でしたね。彼女に。貴女達では手足が出ない依頼ですからね。もちろん依頼を沢山こなしただけではありませんけどね。それだけでも十分。特別な事をした彼女に、私達ギルドは応えただけ。それとも、貴女方は、彼女以上の事が出来るのですか? 出来るなら当然貴女方も特別扱いしましょう」
感情を露にしないストヴィエに女達はイライラと声を荒げる。
「あんな化け物だからでしょ」
「そうよ、あの女の功績じゃないじゃないのよぉ」
「テイマーは楽よね。従魔に戦わせて、後ろで見てればいいんだから~」
「それでドロップ品拾って依頼達成だもの。気楽な職業よね」
けらけら。
「それはすべてのテイマーに対しての侮辱ですかな?」
ストヴィエは眼鏡を押し上げる。
「あの女限定に決まってるでしょ」
「そうよ~」
「本当に嫌な奴よね、ギルドマスターまで篭絡してるんじゃない?」
「噂じゃあ、セザール様まで手をだしてるってぇ」
空気が凍りつく。
人垣が静かに割れて、1人の美しい貴婦人が進み出てきた。
ストヴィエが胸に手を当て、一礼。周りも一礼、もしくはお辞儀をする。
貴婦人は美しい動作でスカートを摘まんでお辞儀。
そして、微笑む。
「今、セザールの名前が聞こえましたが?」
誰だか分からないのか、女達は一瞬止まるがニヤニヤ笑いを止めない。女達が口を開く前に、美しい貴婦人が話を続ける。
「今、セザールは婚姻前で、自身とどれだけ周りの者がピリピリしているかご存知ないのかしら? そう簡単に近付くことすら出来なくてよ」
そう、三度目の正直。これを逃せば、フェリアレーナ王女は修道院行きがほぼ確定する。セザールだけではない、マーファの民が待ち望んでいる婚姻。
「それに今の言葉、ハルスフォン伯爵に対する不敬ですのよ」
「何よッ、あんな女が悪いんじゃないッ」
「そうよッ」
「あんな化け物見せびらかすからよッ」
「ちょっと金があるからってッ」
「それの何がいけませんの?」
美しい貴婦人の顔に、何を仰ってますの、みたいな表情が浮かぶ。
「彼女の従魔は、とても従順ですわ。それは他のみなさんもお分かりですわよね?」
その問いに、一斉に周りが賛同する。
「子供達はとてもかわいいですわ」
一斉に賛同が集まる。
「彼女がお金を持って何がいけませんの? そのお金をどう使おうが彼女の勝手でしょう。しかも彼女はどれだけこのマーファに還元しているかご存知ないのかしら? ドラゴンに関してもですわ。ドラゴン程の高ランクの魔物が別の魔物に呼び寄せられる? あり得ませんわ。これは数多くの学者とテイマー達の研究結果で証明されていますのよ。もし、彼女達がいなかったら、どれだけの被害になったかお分かりですの? 冷蔵庫ダンジョンから溢れ落ちた魔物に関してでもです。死者ゼロですわよ。ドラゴンに関しては被害すらでなかったのですよ」
賛同が集まる。
「それに彼女が何かしましたか? 貴女方に? 私の印象では、そちらが勝手に、彼女に嫉妬、ひがんでいると感じましたわ」
賛同が集まる。
「うるさいわねッ、何様よッ」
女が吠えた途端に非難が上がる。
「なんて失礼なッ」
「この方はイザベラ様だぞッ」
「ダストン様の奥様だぞッ」
「セザール様のお母様なのよッ」
次々に上がる非難に、流石にしまった、と顔を歪める。
非難が上がる中で、イザベラがそっと手を上げる。途端に静まり返る。
「冒険者ギルドマスター、ストヴィエ様。どのような対応になさるの?」
「この4人を拘束し、話を聞きます。すでに被害届けが出てますから。冒険者ギルドマスター、ストヴィエの名の元に、女性冒険者の方、この4人の拘束の協力を」
そう言った途端に、非難がましい視線を送っていた女性冒険者が飛び出す。ルベル・アケルのフォリアとセーシャがまず2人を拘束。腕を捻り上げて、引き倒し、倒れた肩の上に膝を乗せる。次に動いたのはリィマだ。腕を掴むと、簡単に女の身体が宙を舞う。背中から叩きつけられて潰れた悲鳴を上げる。
「ふんっ、本当に素人だね。まともに受け身も取れないなんて」
バカにしたように吐き捨てる。弟のアルストリアをバカにされ、姉のリィマは容赦しない。
最後に残った女は、ジリジリと迫られて、必死に逃げ出す。その先には、美しい貴婦人、イザベラ。
前に出ようとしたメイドと護衛を制したイザベラ。
「退きなさいよッ」
突き飛ばそうと手を伸ばした瞬間。女の身体は宙を舞う。イザベラが腕を掴み、女の身体が回転した。
貴族の妻となる女性には、様々な武器がある。教養、話術、美しさ、人脈、そして武術。貴族の妻はそれを使い、家を守り、夫の背中を守る。特にイザベラは武術に秀でていた。
「が、ふぅッ」
「あら? 私の事、さっきお聞きにならなかったの?」
イザベラは掴んだ手をギリギリと捻る。痛みに呻く女に、静かに続ける。
「私はダストン・ハルスフォン伯爵の妻ですのよ? 帯剣したまま故意に突き飛ばそうとしましたわね。私に対する傷害未遂も追加してもよろしくて?」
「承知しましたイザベラ様」
女4人は喚きながら連行されていく。
パンパン。手を叩く音が響き、そちらに視線が集まる。
「皆様、お聞きください」
イザベラが表手を広げる。
「今話題になった女性は、皆様勘づいていらっしゃいますよね? 彼女は少し責任感の強い方です。身に覚えのない噂でも、自分のせいで、皆様に迷惑をかけたのでは? と思い詰めるかもしれません。いずれマーファに帰って来るでしょう。その時は、皆様、いつもと変わらず対応してくださいませ」
「「「「「はい、イザベラ様」」」」」
その答えに満足したのか、イザベラは一礼してマルシェを後にする。
途中で、冒険者達に守られていた女性に声をかける。
「ケイコ様、これでよろしかったのですか? 被害届けを出してもいいくらいですのよ?」
御用聞きの後ろにいたのは景子だ。抱っこ紐の中に花を抱えて。
「はい。これで十分です。娘は変に頑固で責任感があります。ただでさえビアンカとルージュを連れていて、目立ちたくないのに。これ以上の事があれば、思い詰めると思います。もし、身に覚えのない事でも、誰かに迷惑をかけたと分かると余計に。娘は、そんな性格なんです。それに本人の知らない所で親が騒ぎ立てるのは、嫌がります。今の彼女達は、この件でかなりお灸を据えられるでしょう。それで十分です。娘には、それとなく私から話をします。どこからかこの件が漏れて娘の耳に入る前に。その時どうするか、娘の判断に委ねます」
「そうですか」
ふふふ、と笑うイザベラ。
イザベラはわざとメイドや護衛を下げて、正面から受けた。そうすれば、女達に罪を重ねることが出来る。帯剣した者が故意に誰かを突き飛ばす。当然傷害だ。相手が酔っていたり、向こうが帯剣していたり、明らかに体格が大きく自身の身を守る為なら話しは変わる。だが、今回は違う。イザベラは無手だったのだ。しかもイザベラは伯爵夫人。いくら種族や階級差別の少ない国とはいえ、貴族相手に事を起こせば、通常の罪状より重くなる。
「お灸では済まされない状況ですのよ」
「はい?」
「なんでもありませんわ。さあ、ケイコ様帰りましょう。孫娘達の結婚式に着るドレスを引き受けてくださってありがとうございます。明日、孫娘達を連れて参りますわ」
「ハルスフォン様にはお世話になってますから」
イザベラはわざわざ徒歩のケイコに付き添い、パーティーハウスまで歩いた。
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