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その頃①

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 優衣達が、首都に向かった3日後。

 なあ、あのテイマーの話、聞いたか?
 話? 何それ?
 いろんな冒険者や、職人に手を出して、遊び歩いてるって、さ。
 ええー? 本当かあ?
 みたいだぜ。俺、そう聞いた。

 ひそひそ話をしていた、2人の前に、鬼のような形相のファベルが、早歩きできて、怒声を張り上げる。
「バッカ野郎ッ、根も葉もない噂を信じやがってッ。リュウタさんが帰った後だからいいようなものをッ。いいか、確証もない無責任な噂をするなッ」
 竦み上がる若い職人2人。
「だって、親方、皆、そう言ってるし…………」
「皆って誰だ? リュウタさんか? 奥さんか、本人か? 誰だ?」
 怒りの形相のままのファベルは怒声のままで、捲し立てる。
「あ、えっと、誰か話しているのを聞いて………」
 怒鳴られて、話を振っていた若い職人は肩をすくませる。
「それを根も葉もない噂って言うんだ、バカ野郎ッ」
 更なる罵声が飛ぶ。
「一体どこからそんな話が出たッ」
 ファベルが更に音量を上げる。
 今の今までリュウタの娘、ユイについて浮いた話はほとんどなかった。いや、あるにはあった。冷蔵庫ダンジョンから魔物が溢れた時に、1人の冒険者を救おうしたことが、その冒険者と深い仲ではと疑われた。すぐにたち消えたが。当人同士が、全くそんな事がなかったようにしていたことと、コウタが他の負傷者に上級ポーションを配って回っていたので、単に救命していただけだと話が回った事だ。それ以外には、若い獣人冒険者に振り回されている、くらいだ。それもすぐに消えた。その獣人冒険者が、呪い持ちだから、幼い精神からユイにじゃれているだけどいう話がすぐに出回ったからだ。
 元々、ユイは1人で出歩かない。必ずあの従魔が寄り添い、声を掛けようものなら、牙を剥き出しにされる。何人もの男が、それでユイに辿り着かずに、逃げ帰って行った。それ以前にダンジョンやら何かしらで忙しく過ごし、夜はパーティーハウスから出ない。そんな中で、ユイが遊び歩いてるなんて、どうしてそんな話が沸いて出てきたのか、ファベルには分からない。ファベルもユイと面識がある。父親のリュウタによく似た真面目な女性としか印象はない。
「さ、酒場で、話しているのを聞いて、そ、それで………」
 しどろもどろに話す若い職人。
「そうか、酒場か。で、お前、もしリュウタさんがいなくなったら、どうなるか分かった上で、その話をしたんだよな?」
「は?」
「バカ野郎ッ」
 ファベルの怒鳴り声が響いた。
 現在、マーファは空前の好景気だ。
 理由はユイの従魔達に依るものだと思われているが、その父親のリュウタの存在も欠かせないものだ。
 孤児院の件を皮切りに、キャスターや魔道具の作成。それは純粋な技術者が少ない世界では、貴重な存在だ。元の知識や経験を生かした魔道具作りには、ファベルを始め沢山の職人達はいつも驚かされていた。自分達の発想から出てこないアイデア、それを実現する為に図面に立ち上げる確かな技術力。そして、真面目な性格、妥協を許さない矜持、柔軟な発想。
 下請けという考えがなかった職人ギルドに提案。いまでは、1つの工房に仕事が過剰に集中せずに、あちこちの工房が忙しく稼働している。それに伴い新しい雇用、収入が増えていき、生活の潤いとなり、マーファ全体の経済活性となっている。ファベルの工房も多大なる恩恵を受けている。
 それの原点は、リュウタの技術者としての能力だ。
 今は給食センターの建設、その調理器具、足踏みミシン。職人ギルドと鍛冶師ギルドが総力を上げて対応している。それが実現すれば、更なる経済刺激となる。
 リュウタにはまだ誰も知らない知識と、アイデアがある。それは宝だ。
 もし、リュウタが知識を出さないままで、マーファを出ていったら、どうなる? ユイに対する根も葉もない噂に怒りを覚えて、マーファを去ったら、どうなる? すべての魔道具やキャスターの権利はリュウタが持ち、それの作成を各工房に任せているのを引き上げたら、どうなる? それで一気に経営が厳しくなる工房が出てくるのは、火を見るより明らかだ。リュウタの技術力で経済が回っている部分が多大にあるのに、それがなくなったら? ユイが従魔達を引き連れて、スカイランに向かうと知った時に、ファベルや他の工房主達がどんなに肝を冷やしたか。両親はマーファに残ると聞いた時、どれだけ安堵したか。当の冒険者がいないのに、パーティーハウスを借用し続ける許可を取るために奔走したリティアとタージェルの功績だ。ユイ一家は尽力してくれたマーファのギルドに恩義を感じている、今は。
 もし、この噂で、リュウタの逆鱗に触れたら? ユイはリュウタにとって可愛い娘には違いはない。ファベルにも娘がいる。もし自分の娘が、そんな如何わしい噂を耳にして傷ついたら、そんな話を流した奴らを許せない。
「いいかッ、確証のない噂話をするんじゃないッ。これは誰だろうと同じことだッ。分かったかッ」
 ファベルの怒鳴り声は最大音量となった。
 ユイ達がマーファに来て1年が経ち、多少はあったが、そこまで目立つ異性関係を聞いた事がなかった。それなのに、いきなり遊び歩いてるという話が突然出た。ファベル自身、ユイの父親のリュウタが工房に通っているためある程度の情報は把握していたが、突然湧いたその話。
 誰かが故意に流している。
 おそらく、一般人と変わらないユイが、上位魔物を従魔に従えていること。その従魔達の活躍が凄まじい事を妬んだ、誰かが。
 ファベルはそう考えた。
 若い職人に釘を刺し、ファベルはどうすべきか考え込んだ。

(優衣があちこちの男に手を出している? 有り得ん、優衣はそんな器用な娘やない)
 ファベルの怒鳴り声は、帰途に就いた龍太の耳に届いていた。
 どちらかというと、優衣は男性と距離を置くタイプで、自分から言い寄る事はない。今まで晃太の依頼で一緒に行動した男性冒険者には、完全に依頼を受けてくれた人だという一線を引いていた。ビアンカやルージュ達を世話しながら、こちらの世界に来て、優衣が一瞬、気を許しそうになった男は直後に重傷を負った。それから彼を見る優衣の目は、元怪我人で固定している。
 日本にいた時に、そんな感じの男がいそうな雰囲気があった。いつか、自分が景子の両親に挨拶したように、誰かが来るかと複雑な思いをしていたが。だが、いつまで経っても話が進まない。それとなく景子に聞いたら、優衣には絶対にその話を振るなと、眉をつり上げて言われた。どうやら、上手く行かなかったようだ。複雑な思いだったが、それが華憐により故意に壊されたと聞いた時には、怒りを覚えた。だが、妻の景子は、優衣の中で終わった話だから、と。龍太の知らない間で、優衣が自分の中で気持ちの整理を済ませていた。
(結局、その男は優衣を信じんかったんや。あることないこと吹き込まれて、そっちを信じるようなやつや、優衣が別れて正解やったかもしれん。やけど、優衣が悩んだんや、一発ガツンと言ってやりたかったなあ。そんなことしたら、せっかく優衣が自分で整理した気持ちが揺れるやろうしなあ。ああ、晃太も結局、彼女と上手く行かんかった。今は忙しいから、仕方はないかもしれんが、出来れば幸せになって欲しか。信頼できる誰かと)
 そういった相手と結ばれるのが、すべての幸せとは限らないが。
 龍太は切に思った。
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