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無力②

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 流血表現あります、ご注意ください



 デニスという少年は無事に回復した。
 やはり、ミズサワ一家が作った薬が効いたようだ。それから話を聞き齧ったが、その薬が治験されることになった。まだ幼い子供を持つロッシュとラーヴは、それを心待ちにした。今は元気だが、いつパーカーさんの娘さんやデニスのようにならないとは限らないからだ。きっと、そう思う親は少なくない。
 御用聞きの仕事も問題ない。ユイ達はよく冷蔵庫ダンジョンに潜っては、おびただしいドロップ品をギルドに回した。
(一体どんな戦闘をしたら、あれだけのドロップ品が出るんだ? 確か一週間しか潜ってなかったはずなのに)
 現実味を帯びない中で、あのドラゴンを一撃したフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーがユイに鼻面を押し付けている。
「はいはい、おやつね。帰ってからね」
「わぉんわぉん」
「がうがう」
「はいはい、分かっとうって、もう、かわいかね」
 ユイの口からたまに飛んでもない言葉が出る。あの巨体2体をかわいいと言うのだ。
 まあ、ユイは主人だし、あんなに甘えて来るならかわいいのだろう。きっと、多分。
 だが、この2体の賢さは驚く程高く、そして上位魔物の察知能力の高さは言葉が出ない。
 幼い子供がわんわん、にゃんにゃんと来たら、決して牙を剥かずに大人しく触られている。だが、下心でユイに近付こうものなら、全く容赦ない。どちらかがユイの視界を遮り、もう一体が牙を剥き出しにして威嚇。ユイが振り返れば、牙をしまい、すり寄っていく。すかさず御用聞きの自分達も立つが、絶対に先は越せない。
 何故、ユイに見られないようにしているかは、予想はつく。おそらくユイ自身が、従魔に関連したトラブルを避けたいのだろう。安易に威嚇するなと言い聞かせているから、従魔はユイにわからないようにしているのだろう。
(この2体を欲しさに、ユイさんに手を出そうとすれば、痛い目では済まされないだろうな)
 たまにユイから色々な物をもらった。本来は受けてはならないが、ケイコさんの手作りと言われて、頂いた。
 初めてもらったのは様々なパンだ。
 分厚い肉が挟まったサンドイッチやエビを固めて揚げたものを挟んだサンドイッチ、甘い匂いが堪らないパン、何もかも旨かった。
 そんな中、ラーヴが見た目が地味そうなパンを食べて顔色が変わった。
「カレーが入ってるッ」
 ばっ、と残ったパンを確認。残り一つ。
 争奪戦になり、ロッシュはリーダー特権を発動。
「横暴だっ」
「ずるいッずるいッ」
「食べたいっすーっ」
 抗議は受け付けず、ぱくり。
 あの、夜営の時に食べたカレーとは違うが、旨い。ごろっと大きな肉が入り、薫りも抜群だった。その後、パンを貰うときは予めじゃんけんで決めてからになった。ここで異常にじゃんけんに強いラーヴは連勝。マアデンとハジェルがずるいと連呼しているが、ラーヴは涼しい顔だ。ロッシュもあれから食べれてない。シュタインに至っては一度も口に出来ていない。
 御用聞きが終わる頃皆で悩んだが、やはり軍隊ダンジョンに臨むことになった。御用聞きの期間は2ヶ月。もし、延長したら移動時期が冬になる為だ。
 最後に貰った焼き菓子を皆で分けて、妻と息子達に持っていくと、大喜びした。
「まあ、美味しい」
「お父さん、もうないの?」
「これ食べたいっ」
「すまんな、これで全部だ」
「「えーっ」」
 声を揃える息子達。
「こら、これはお父さんがご厚意で頂いたのよ。そんなこと言ってお父さんを困らせてはダメ」
 妻はぶー、となる息子達を嗜める。
「いつも、家の事を任せっぱなしですまんな」
「いいのよ。あなたのお陰で苦労なく過ごせているんだから」
 我ながらいい妻を娶ったとロッシュは実感した。
「次はスカイランの軍隊ダンジョンに臨む。長い時間開けるが、頼むな」
「ええ。無事に帰ってさえくれたらそれでいいのよ」
 そうして軍隊ダンジョンに向かった。
 おそらく既にユイ達も到着しているだろう。ユイが従魔として従えていた魔法馬は、特別大型だ。おそらく馬力も凄まじいだろう。シュバルツアリゲーターとドラゴンに追いかけ回されていたのに、そのシュバルツアリゲーターを強烈な馬脚で弾き返していた。一撃で。普通の馬ではない、強力な馬脚と優れた体力を持つ魔法馬だった。馬車を牽くための魔法馬なのに。
(魔法馬もやばいぞ。シュバルツアリゲーターを一撃だぞ)
 シュバルツアリゲーターは山風でも倒せない事はないが、一撃なんて無理だ。
 そんな魔法馬が牽く馬車だ。馬車もSランク。護衛は最強クラスのフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガー。襲われることはないだろう。
 案の定、先に到着していた。
 軍隊ダンジョンに臨む為に買い物をしていた時に、ユイ達に遭遇した。そしてあの騒ぎだ。
 ユイは落ち着いていたが、つい最近まで一般人だった彼女にはショックだったのではないだろうかと、シュタインやハジェルが心配していた。だが、ラーヴのいうようにある程度覚悟はあったはずだ。
(それにコウタさんは、ユイさんにない冷静さがある。上手くフォローするだろう)
 短い付き合いだが、コウタは飄々としながら、姉の周りをよく見て観察していた。口数は少ないが、気の効く男だ。たまに毒を吐くが、なんだかんだとフォローしていた。今回もきっと姉のフォローをするはずだ。
 そう思いながら姉弟と従魔達を見送った。そして振り返り、ロッシュは頭を下げる。
 まさかこんな所で再会できるとは思わなかった。
 ユリアレーナで何十万もいる冒険者の中でわずか10人しかいない、Sランク冒険者フェリクス。警備もどきを偽物の拘束指示を出した。
 ロッシュが5年世話になり、冒険者の基礎を叩き込んでくれた人だ。12年前に見送ってくれてから、何一つ変わらないフェリクス。実際にいくつかロッシュは分からないが、長命な一族の血を引き、恐らくロッシュが生まれる前から活動しているはず。
 ロッシュが抜けた後に、フェリクスはSランクに昇格した。その話を聞いて、ああ、やっと観念したんだな、とロッシュは思った。フェリクスはロッシュが新人だった頃から、Sランクへの昇格の話があったが、のらりくらりと断っていた。何故か分からなかったが、ウィークスが聞くなとロッシュに言った為に口をつぐんだ。聞かなかったが、勘付いていた。ロッシュがフェリクスの元に入る前に、パーティーメンバーを喪っていた。おそらくそれが原因だろうと勝手に推察した。
 久しぶりのフェリクスがロッシュを見る目は、懐かしさと安堵が溢れていた。
 恩人であるフェリクスから、話が出来ないかと言われて、断る理由はない。
 構えていたが、やはりユイ達の件を聞かれたが、ユイ達と接触したのは御用聞きの間だけ。それを理由に断ると、フェリクスはあっさり引き下がった。それから食事をしながら、差し障りのない話をする。
「ウィークスを覚えているか?」
「はい」
「今、ノータで冒険者副ギルドマスターをしている。気が向いたら顔を出してやってくれ」
「はい」
 ロッシュの記憶の中のウィークスは、げんこつ落とすおっかない人だ。引退していきなり副ギルドマスターか、流石だなと思った。確かにおっかない人だったが、指導や指揮に関してはフェリクスとひけをとらず、ずっとフェリクスの右腕として動いていた。
 食事を終えて別れる際に、フェリクスはロッシュに言った。
「いいメンバーじゃないか、大事にしろよ」
「はい」
 そう言って別れた次の日。軍隊ダンジョンに。
 わざわざユイ達が見送りに来てくれた。そしてパンの差し入れだ。ありがたく頂いた。
 シュタインが最後まで心配していた。
 軍隊ダンジョンアタックは、幸運が続いた。マアデンとハジェルを狙った猪が、小さな窪みに足を取られたり、転んだ瞬間にその頭上をオルクの矢が飛んでいったり。シュタインの火魔法もいつもより威力が増し、ロッシュ自身とラーヴの動きの切れが良かった。異常を感じたロッシュは、食糧の残量もあったが、ダンジョンアタックの終了を決断。粘ればあと数日潜れたが、無理は禁物だし、かつてフェリクスの言葉が頭に蘇った。
「勘、ってのはな、時には命を救う。大事にしろ」
 まだ、いける、とメンバーは言ったが、ロッシュは脱出の選択した。
 なぜ、こんな幸運が続いた理由が分からない。悩んでいると、ハジェルがあっけらかんに言う。
「ユイさんのパンのお陰っすよ」
 そんなわけないが。
「まあ、そう言うことにしておこう。次は無いってことだ」
 そして次のダンジョンアタックは、そんなラッキーは続かなかった。
「やっぱりユイさんのパンだよな」
「そおっすね」
 マアデンとハジェルが根も葉もないことを言うので注意しておいたが、まんざら間違いではないような気がした。
 冬をスカイランで越えて、数ヶ月ぶりにマーファに帰って来た。ちょうど祭りの最中だ。ギルドに到着報告して解散し、後日再集合だ。今後どうするかを話し合う為だ。来年からカルーラで大討伐が行われるから、それの参加に当たり行動計画を立てる予定だ。
 チラチラと春祭りの露店を流し見ながら進むと、何故かミズサワさん達が出店していた。
 見つけたマアデンとハジェルが駆け出す。慌てて追い付いて挨拶を交わし、パンのお礼を伝えることができた。
 ユイは珍しく、ワンピースを着ていた、基本的に動きやすいズボンスタイルだったので、新鮮だが、本当にどこにでもいる女性だ。
 話をすると、現在コウタの支援魔法スキルアップの為に、日帰りダンジョンアタックの同行パーティーを募集していた。賄いつき。すぐに受けた。しばらくマーファでの活動予定だったし、取り分がかなりいいし、何より魅力は賄いだ。
 きっと食べれるかもしれないカレー。
 マアデンとハジェルのリクエストを、ユイが快く受けてた。ユイにしたら、10代の2人はまだまだ保護対象の未成年のようだ。2人を見る目は、世話をしなければならないと思う保護者の目だ。叱ってみたが、ロッシュも内心楽しみだった。
 挨拶して別れ際、シュタインが振り返った。
「それ、似合ってますよ」
 ユイは一瞬戸惑ったが、嬉しそうに笑った。照れた様な笑顔を。それにシュタインは満足そうだった。
「まだ、あれで自覚がないぞ」
 ラーヴが小さく言った。シュタインは自然に、ああいったのを言う。それが女性受けがいい。
「黙ってろ」
 ロッシュはラーヴに口止めした。
 いくらシュタインが自覚しても、相手が悪い。ユイが一般人なら問題ないだろうが、あの2体がいるんだ。あまりいい結果になるとは思えなかった。
 冒険者ギルドに到着報告して解散、という時に、ハジェルが叫んだ。
「リーダーッ、ダンジョンから何か落ちたっすッ」
「何ッ、行くぞッ」
 冷蔵庫ダンジョンから魔物が溢れ落ちた場合、Cランク以上の冒険者は基本的に討伐に参加しなくてはならない。
 ロッシュ達は逃げようとする人並みを抜けて、冷蔵庫ダンジョンへ。
 熊だ。
 金色の毛が混じる、黒い熊。見上げるようにデカイ熊。
 既に警備兵や冒険者達が、対応しているが、全く歯がたってない。
「グルルゥゥゥガァァァァァァッ」
 これだけの戦力でこれを討伐、絶対に無理だと直感した。誰かが犠牲になる。もしこの包囲網を抜けられたら、街には一般人がいる。それにはロッシュやラーヴの家族が含まれる。大惨事だ。引くわけにはいかない。
 魔法も矢も槍の穂先も、刺さらない。既に数人が倒れ伏している。
「マアデンッ、ハジェルッ、ユイさん呼んでこいッ」
 指示を出し、荷物を捨て、盾と剣を構える。ラーヴもシュタインも剣を抜く。
 時間を稼ぐしかない。
 あの2体が来るまで、時間を稼ぐしかない。
 ドラゴンを一撃したあのフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーなら、あんな熊なんてことない。
 マアデンとハジェルが駆け出す。
 断続的に放たれる中でシュタインが魔法を繰り出す。火の塊が、熊の顔面に命中する。
 黄色い目が、シュタインを捕らえた。
 ゾッ。
 ロッシュの背筋が凍る。
「シュタインッ、下がれーッ」
 叫んだ瞬間、黒い熊がとても巨体とは思えないスピードで走り抜ける。
 間に合わない。
 後ろに後退したシュタインを、黒い熊が薙ぎ払う。
 シュタインの腕が、千切飛び、革の鎧で覆われた腹部がごっそり抉られる。
 息が詰まる。
 ロッシュの視界で、世界がゆっくり動く。熊の腕がもう一撃シュタインを薙ぎ払う直前。
 ドゴンッ
 熊の顔面に、ロッシュの拳より大きな光の塊が直撃する。
 今まで魔法にも矢にも怯みもしなかったのに、熊は一瞬動きを止める。

 ドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッドゴンッ

 いくつもの光の塊が立て続けに熊を直撃。熊は大きく後退する。いままで、魔法も矢も歯が立たなかったのに。直撃を受けて、熊の牙がへし折れて吹き飛ぶ。
 これだけの威力の光魔法を使えるのは、マーファには、たった1人。違う、一体だけ。
 魔法を操る上位魔物、クリムゾンジャガー。
 そして。
 白い美しい毛並みが疾風のように駆け抜ける。
 ドラゴンを一撃で沈めた、魔の森の守護者、フォレストガーディアンウルフが、熊の首に食らいつく。
 ボキイッ
 何かが折れる音が響き、熊が宙を舞う。
 あのドラゴンの時の様に。轟音を立てて、熊が沈んだ。首がおかしな向きになっているが、確認している暇はない。
 ロッシュは腰のポーチから、ポーションを出す。
 上級ポーションだ。
 フェリクスの元で学んでいた時に言われた。必ず最低1本は常に携帯しろと。
 仰向けに倒れたシュタインの傷口はひどい。大きく抉れている。ロッシュは躊躇わずに上級ポーションを傷口にかける。
 途端に上がる白い煙、盛り上がる肉。
(足りない)
「ラーヴッ、ポーションッ」
「は、はいっ」
 駆け付けたラーヴが手持ちの中級ポーションをかける。それから回復魔法が使える警備兵が魔法をかけ、戻って来たマアデンとハジェルが手持ちのポーションを出す。
 だが、芳しくない。
 明らかに、肉の盛り上がるスピードが落ちている。
 だが、ロッシュには、どうしようもない。
 フェリクスの言葉が脳裏に浮かぶ。 

 仲間を喪う時程、自分の無力さを思いしらされることはない。

(ああ、俺は、無力だ)
 あんな熊、自分が倒せさえすれば、こうはならなかった。
 情けない。
(俺が、無力だから)
 突進した熊を自分が止めることさえ出来たら、こうはならなかった。
 情けない、情けない。
(俺は、俺は、俺のせいで)
 頭がくらくらする。吐きそうだ。目の前で、シュタインの命が尽きようとしているのに、何もできない。ロッシュはしらずに地面に爪を立てる。
 情けない、情けない、悔しい、自分の弱さが。
(俺の無力が)
 熊と対峙して、真っ先に思ったのは、ほぼ一般人と変わらない女性だ。その後ろにいる従魔なら、どうにかしてくれると、安易に思った。だが、そう思ったのは結局。
(俺が無力だから、だから、シュタインが)
 情けない、情けない、情けない。
 マアデンとハジェルが叫ぶ。
 ラーヴの顔に絶望が浮かぶ。
 シュタインの顔から、生気が喪われていく。
 回復魔法をかけている警備兵も、浮かぶのは絶望と諦め。
(ああ、俺は無力だ……………)
「退いてくださいッ」
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