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祭り④

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 流血表現あります、ご注意ください。




「晃太ッ、エリクサーッ」
 私が振り返る。
 そこには固まった晃太が。私の声が聞こえなかったのか、反応しない。
「晃太ッ」
 私はもう一度言って、晃太の肩を叩く。
「あ、ああ、ああ…………」
 晃太はもたつきながらエリクサーを出し、私はそれを引ったくるように取る。
 私はエリクサーを握りしめて、シュタインさんの元に駆け寄る。シュタインさんの回りには山風の皆さんだけではなく、回復魔法が使える人達が、必死に魔法をかけている。それから転がるポーションの空瓶。
「退いてくださいッ」
 私は押し退けて、シュタインさんの傷を見た。深い、かなり、深い。私は迷わず、エリクサーを傷口に直接振りかける。
 途端に上がる白い煙。
 良かったッ、効いてる。
 見守っていた人達から歓声が上がる。
「腕は?」
 私が聞くと、真っ青なラーヴさんが千切れ飛んだ腕を出す。う、傷口が……………私は腕を傷口同士出来るだけずれないように合わせ、瓶の底にわずかに残ったエリクサーを垂らす。傷口から白い煙。よし、これでなんとか…………
 ………………足りる?
 ふと、そう思い、私はアイテムボックスから上級ポーションを取り出す。取り出した瞬間、白い煙が消えた。やっぱり足りなかったか、私は手持ちの2本の上級ポーションをほとんど塞がりかけた傷口にかけるが、うんともすんとも言わなくなる。え?
 え?
 え?
 なんで?
 ノータではあの夫婦の傷にかけたら、逆再生みたいに治ったのに。
 なんで?

 ポーションは生きていなければ、効果がないんですよ。

 ディードリアンさんの言葉が頭に浮かぶ。
「うわぁぁぁぁッ、シュタインさぁぁんッ」
「シュタインさぁぁんッ」
 マアデン君とハジェル君の叫び声があがる。
 心肺停止。
 考える、暇はない。
「これを脱がせてッ、早くッ」
 私は叫ぶ、誰に言ったわけではないが、叫ぶ。
 まず反応したのはロッシュさんだ。絶望的な顔をしていたが、私の声に弾かれたように、ナイフを取り出し、シュタインさんの革の鎧の繋ぎ目に入れて、剥ぎ取る。
 人体の構造は変わらないはず。変わらないはずや。
 私は革の鎧を取り払われたシュタインさんの胸を両手で押す。
 自慢じゃないが、私はずっと内科勤務。それもほぼ高齢者しかいない病棟だった。そのほとんどが、最後の時は何もせず、自然の流れに任せる、そんな考えの家族が多く、私はほとんど経験がない。
 心臓マッサージ。
 僅かの知識と、たった数回の経験、そしてマネキン相手に受けた講習。これだけが頼りだ。
 私はシュタインさんの胸を押す。
 心肺停止時は、とにかくまずは、心臓を動かして循環させんといかんよ。心肺停止直後ならまだ体内に酸素が残っているから。
 そう、私に教えてくれたのは、講師役をした憧れの主任さんだ。
 息が上がる、心臓マッサージは想像以上の重労働だ。そとからの刺激で、心臓を動かすのだから、だが、緩めるわけにはいかない。
 必死にすがるように見てくるマアデン君とハジェル君。ラーヴさんは言葉が出ず、真っ青のままだ。
「シュタインッ、しっかりしろッ、帰って来いッ」
 ロッシュさんだけが、激を飛ばす。
「ごふぅ…………」
 人口呼吸と思った瞬間、シュタインさんの口から血が溢れる。微かに顎が上下し、傷口から再び白い煙が上がる。
 歓声が再び上がる。
 だが、私は次の手段に迷う。
 心臓は動いた、だけど、これだけでいいはずない。こんな時に、私の経験の無さが恨めしい。
 酸素? 点滴? 輸血?
 この世界にそんなものはない。
 このままでは、絶対にダメだ。傷が塞がっても、絶対にダメだ。
 シュタインさんが、もたない。
 口から、血が溢れるのを見て、私が出きる行動はこれだけだ。
 絶対にやってはいけない、それは分かっている。だけど、これしか出来ないし、このままだと窒息する。
 身体を横向けて、背中をタッピング? そんな怖いことできない。内臓がどれだけ損傷しているかまだ分からないのに。
 道具なんてない。
「えっ? ユイさんッ」
 私はシュタインさんの口から溢れ出る血を、吸い上げる。自分の口で。強烈な鉄錆びの味が広がる。だが、構っていられない。
 私は、シュタインさんの口から血を吸い上げ、吐き出す。
 絵面なんて構っていられない。
 後、出きること。
 ある程度血を吸い上げて吐き出し、考える。エリクサーはもうない。
 しかも傷口はほぼふさがり、ポーションが染み込んでいく入り口がない。口からなんて、絶対に無理や。
 次の手段。発動するか、分からないが『神への祈り』しかない。
 私は、シュタインさんの胸に手を当てる。
 神様、シュタインさんの傷を癒してください。内臓再生、血管再生、血液再生、後、後。
 う、魔力が抜かれていく。
 だが、それは『神への祈り』が発動した証拠だ。
 やっぱりあれだけでは足りなかったんだ。
 だが、いける。きっと、シュタインさんは助かる。
 筋細胞再生、骨の再生、後、後、体内で出血した血を、消化管に排出、後、後は、後は。
 魔力が抜かれていく。
 後は、後は、何や? 後は何や?
「優衣、そこまでや」
 いつの間にか、父がいて、私の肩を掴む。
「これ以上の回復は、シュタインさんが、もたん」
 そう言って、私の手をシュタインさんの胸から離す。
 魔力が抜かれている感覚が止まる。
 同時に、回復魔法をかけていた人達も手を止める。
 私自身がやっと落ち着いて、シュタインさんを見る。
 呼吸は弱いがちゃんと胸が上下している。左腕は色は悪いが、くっついているようや。
 脈を取ろうとして、父が私をシュタインさんから引き離す。警備の人が担架が持って来た。
 まだ、脈を確認してない。
 近付こうとしたが、父が止めて、目の前でシュタインさんが担架に乗せられて運ばれていく。
 ラーヴさん、マアデン君、ハジェル君が後を追う。
 バッ、とロッシュさんが私の前に。
「ユイさん、ありがとうございます、必ずお礼に伺います」
 腰が折れるような勢いで頭を下げて、ロッシュさんが後を追っていく。
 なんとか、なったのだろうか?
 不安だ。あれだけ出血して、あれだけの怪我で、あれくらいのことしかしてない。
 私の行動は、あれで、合っていたのか?
 あれが、正解だったのか?
 誰かに聞きたいが、きっとこの世界では、誰からも答えは貰えない。
「優衣、口ば拭き、ほら」
 父が立ちすくむ私に声をかける。
 私は、口の中をやっと思い出す。血だらけだ、シュタインさんの血。口元を拭くと案の定真っ赤だ。
 よく見たら、服まであちこちに血がついてる。
「優衣、先に帰ろうか。晃太、お母さんば頼むな」
 父が指示を出す。晃太は青ざめた顔で頷く。母の元に行く前に、アイテムボックスからタオルを出して、渡してくれる。ビアンカが晃太と共に母の元に。ビアンカとルージュは、私が処置をしている間、遮蔽物のように回りに立ってくれていた。
 私はタオルを体に巻いて口元から覆う。血液って、なかなか落ちないんだよね。見ただけなら、人でも食べたような感じだ。
 シュタインさんが心配だが、ルージュと共にパーティーハウスに戻る。多分、マーファの治療院だろうけど、あれ以上の回復はシュタインさんが保たなければ、私の『神への祈り』は使えない。
 ルームを開けて、歯磨き、うがい、シャワーを浴びながら考える。
 本当にダメかな、例えばすごく弱くかけるとか。ゆっくりかけるとか、手段があるんじゃないのかな? 少しずつ、血液再生とか出来ないかな? あれだけの出血だ、いくらエリクサーに再生能力が有ったとしても、下級エリクサーだ。しかも半分しか残っていなかったから、再生にも限界があったはず。だって足りなかったんだから。回復したなら、私の『神への祈り』が発動するわけない。
 考えながら、私はダイニングキッチンのお地蔵さんの前に。
「神様、私の今の考えで、シュタインさんを救えますか?」
 …………………
 今日はお留守か。

 …………………出来ない事はない

 あ、時空神様の声が。

 ただ、かなり魔力を調整し、長時間操る必要がある。かなり負担になるぞ

「ありがとうございます。それくらいなら、父の鑑定をヒントにしながらします」

 魔力残量に気を付けろ

「はい」
 よし、これでいい。
 ルームを出ると、母達も帰宅した。
「優衣、大丈夫やったね?」
「うん私は大丈夫やけど。今からシュタインさんを見に行ってくるけん。あ、服ね、血がね、ついとうんよ」
 着ていた服を見せると、母が言葉を失う。
「姉ちゃん、シュタインさん、大丈夫やないと?」
 晃太が、心配そうに聞いてくる。
「かなりの出血しとったからね。あのままは不味かろう。下手したら臓器や脳にも悪かはずや」
「そ、そうなあ」
「お父さん、ごめんけど、一緒に来てくれる? お父さんの鑑定が必要なんよ」
「ん」
 着替えて、準備をしていると、ビアンカとルージュが来客を告げる。
『ユイ、さっきの雄なのです』
『ロッシュという雄よ』
「ちょうど良かった。シュタインさんの容態ば聞こう」
 玄関を出ると、現在の御用聞きの冒険者と共にロッシュさんの姿が。
 私は冒険者の方に大丈夫だと告げて帰ってもらう。
「ユイさん、シュタインを救っていただき、ありがとうございます。後日、必ずエリクサーの代金をお支払いします」
 私の後ろで、母が代金なんてとらんと、と言うが、これはロッシュさんのけじめよね。
「後日で構いません。ロッシュさん、シュタインさんの容態は?」
「はい。大丈夫です」
『嘘なのです』
『嘘ね』
 ビアンカとルージュがロッシュさんの言葉をばっさり。
 2人の言葉が分かるわけないロッシュさんは、静かに笑みを浮かべる。私に気を遣ってなんだろうけど。
「ロッシュさん。シュタインさん、悪いんでしょう? あれだけの出血や怪我です。分からないとでも?」
 私はかまをかける。
 しばらくして、ロッシュさんの顔に影が。
「……………やはり、騙せませんね。今夜が山だそうです。助かっても、冒険者としての復帰は絶望的だと」
 やっぱり。
 ロッシュさんの強面に、言い様のない、やるせなさが浮かぶ。
「ロッシュさん、エリクサーの代金をいただく代わりに、私達にシュタインさんの治療を任せて貰えませんか? おそらくこれしか手段はないかと思います。それと、この件は、ロッシュさんの胸に一生しまってください」
 私の言葉に、ロッシュさんの顔に戸惑いと僅かな希望が浮かんだ。
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