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偽善者⑥
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次の日。
昼前にスラム街の孤児院へ。午前中は、買い物やらでバタバタした。
私と晃太、父、ビアンカとルージュ。ジョアンさんとダニーロさんが付いてきてくれた。
ビアンカとルージュが堂々と闊歩する。私も姿勢を正しく歩く。昨日の騒ぎは知られているから、下手に隠さず堂々としたほうがいい。ジョアンさんからも言われたしね。
寄り道せずにまっすぐ孤児院に。
「あ、テイマーさん」
子供達と遊んでいたコラソン君が走りよってくる。そして子供達もだ。
「わーい、わんちゃん」
「ネコちゃーん」
『もう、慣れたのです』
『そうねえ、小さいから、わからないのよねえ』
ビアンカとルージュは諦めモードだ。
わらわらとビアンカとルージュによじ登る子供達。
ザックさんが出てくる。
「ミズサワさん」
「おはようございますザックさん。こちらは父です。書面が正しいものか、見てもらいます」
「そうですか、よろしくお願いします」
ザックさんと父がぺこり。
建物中に案内してくれる。
まずは子供達のお昼ご飯だ。食堂に行って昨日母が作ってくれた具だくさんポトフとロールパンを出す。ポトフは小さな子もいるので野菜は小さめ。
「昨日も頂いたのに」
マーヤさんが恐縮している。
「子供達と約束しましたしね。配膳はお任せします。あの火傷の子は?」
「はい………」
火傷の子は3人。右腕の火傷をしているのは、10歳のラフィちゃん。顔を火傷をしているのは、7歳のバテアちゃん。そして背中を火傷をしているのは、14歳の男の子のヨーラン君。
「ヨーランは自分は見えない背中だから、ラフィとバテアを先に治療して、自分はいいって」
何ていい子や。
確かに、昨日の時点での中級エリクサーでは全員を治療するのは厳しかったかもしれない、だからあの説明をした。だが、今手元には薬の神様のおかげで、最上級エリクサーに昇華したものがある。
全員、絶対にこれで助ける。
「マーヤさん、全員治療出きるはずです。そのヨーラン君の説得お願いします」
「はい。あんた、お願い。あの子変に頑固だから」
「分かった」
ザックさんが、マーヤさんに言われて、出ていく。
私と父は、マーヤさんの案内で奥の部屋に。
晃太はお昼ご飯の配膳を、年長の子供達と行うことに。昨日もしたしね。
「ここです。ラフィ、バテア、治療してくれる方よ。入るわね」
声をかけて、マーヤさんが私と父を中にいれてくれる。
狭く薄暗い室内に、女の子が2人。
私はうち1人を見て、言葉を失う。
小さな女の子は、頭皮から火傷がケロイドになり、髪はわずかに生えているのみ。そして瞼、鼻、頬、口、顎が不自然に垂れ下がって見えるのは、焼けた皮膚が垂れ下がりそのままケロイドした跡。瞼は下瞼まで下がり、固くなった皮膚も動かないのか、まばたきもできていない。鼻も穴はあるが、鼻が変形しているから、まるでむき出しの様になっている。唇も変形し、ちゃんと閉じていない。口元周辺の皮膚は、垂れ下がったまま、首まで繋がっている。
これはくちさがのない子供にしてみたら、格好の餌食だ。だから、奥の部屋にいるんだろう。
私は、知らずに息がつまり、視界が歪む。
どれだけ、痛かっただろうか? どれだけ、怖かっただろうか? どれだけ、苦しかっただろうか?
まだ会ったばかりの私が、そう思うのは、この子にとっては、事情も知らないで、と思うだろうけど。私は、何かが込み上げてくる。奥にいるもう1人の女の子も、不安そうな顔だ。
「優衣」
「ん、分かっとう」
父の声に、私は込み上げてくるのん、ぐっと堪える、そして笑顔を浮かべる。
「さあ、治療しようね」
私はラフィちゃんとバテアちゃんの前に膝をつく。
だが、バテアちゃんはマーヤさんの後ろに隠れる。警戒されている、しょうがないか。
マーヤさんが声をかけるが、なかなか出てこないバテアちゃん。
「じゃあ、先にラフィちゃんをしましようね」
「え? いいの?」
ラフィちゃんは戸惑いの表情だ。多分、バテアちゃんを先だと、無意識に思っているのかも。幼心でも、そう思わせる程、バテアちゃんの火傷はひどい。
「うん。このお薬が効くって、バテアちゃんに教えてもらえるかな?」
「……………うん」
では、まず、ラフィちゃんからだ。
「じゃあ、見せてもらえるかな?」
「うん」
ラフィちゃんは左手で、右の袖を捲り上げる。
肘付近から指先まで広がるケロイド、指先は拘縮しかけている。
「優衣、内服より、皮膚からの吸収がよか。上から下に向かって1滴ずつな。ちょっと痺れるかもしれんけど、しばらくすればよくなるけん」
父が素早い鑑定してくれる。
「ありがとう、ラフィちゃん始めるけどよか? 痛かったら言ってね。この紫の液を1滴ずつ垂らしていくからね。よか?」
「うん」
よし。最終の確認済み。
私は最上級エリクサーをスポイトで吸い上げる。ラフィちゃんの顔に緊張が浮かぶ。
まず、1滴。
慎重に肘付近に垂らす。スカイランのティム君の時は吸収されなかったけど。
紫の液体はすう、と吸い込まれていく。
染み込んでいった瞬間、ひきつった皮膚が蠢く、え?
「…………きゃはははっ、くすぐったいっ」
ラフィちゃんがかわいい悲鳴。
くすぐったい? くすぐったいの? 皮膚、蠢いて痛くないの? あ、皮膚が普通の火傷していない場所と同じ色になる。火傷の場所、10センチくらいが、肌色となる。
たった1滴で、これだけの効果。さすが最上級エリクサーってことかな。
「すごい、すごいよ、ラフィ見てごらん、ほら、見てごらん」
「あはは………あ、すごい、治ってるっ」
肌色になった部位を見て、ラフィちゃんは興奮する。
「続けていいかな?」
「うんっ」
それからも1滴1滴皮膚の改善状況を見ながら垂らしていく。ずっとくすぐったいって悲鳴上げているけどね。痛いよりましか。指には隙間に垂らすと、指自体が蠢いたので、一瞬ホラーな感じがしてしまった。いけない、ラフィちゃんの治療なのに。
合計5滴で、ラフィちゃんの火傷をおった右腕は綺麗に治った。だけど。
「少し浮腫があるね」
左手と比べると、浮腫がある。
「ラフィちゃん、痺れはある?」
「うーん、ちょっとある」
「握れる? 痛くない? 開いたり、握ったりして見て」
ラフィちゃんは右手を握ったり開いたりを繰り返す。
「腕は曲がる? あ、無理はせんでね」
肘の稼働状況を確認。
「うまくいかない」
今まであまり動かせなかったから、そう直ぐに左手と同じようには動かないのだろう。
「そうやね。しばらくリハビリが必要やね。ラフィちゃん、無理がないように毎日握ったり、開いたり、曲げたりしてね。そうすれば、血行良くなって浮腫も良くなると思うけんね」
「うん」
「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます。ラフィ良かったね」
マーヤさんがすでに涙目だ。
さあ、問題は。
マーヤさんの影に隠れたバテアちゃん。ラフィちゃんの治療中から興味を引いたようで、ちらちら見てきている。
「ほら、バテア、見て。治ったよ、バテアも治るよ」
ラフィちゃんが、自分の右腕を見せる。
だけど、バテアちゃんはまだ迷いの様子。
「ねえ、バテアちゃん。まず、今日はちょっとだけにしようか? いきなり全部するのは怖かろう?」
私がそうではないかな、と思って聞くと頷く。上半身全体を使って頷く。
「なら、今日はちょっとだけね。お父さん見て」
「ん、…………こん子は首もとからしたほうがよかな」
「ありがとう。さて、バテアちゃん。ラフィちゃんの見たかね。痺れたり、くすぐったいけど、良か?」
こくん。
「じゃあ、マーヤさん、バテアちゃんを抱えて貰えます? こう、赤ちゃんにお乳あげている体勢で」
「はい」
マーヤさんがバテアちゃんを腕に抱いて、斜めに抱える。
「始めるね。今日はそうやね。首回りだけにしようかね。痛かったら言ってね」
私はバテアちゃんの様子を見ながら、首回りに1滴垂らす。ラフィちゃんと同じように吸い込まれ、皮膚が蠢く。ラフィちゃんより蠢く。きっと火傷の深さの差かな。
バテアちゃんが身をよじる。
「あ、痛かった?」
いかん、今日はこれまでかな? だけど、バテアちゃんは首を横に振る。上半身全体を横に振る。
「なら、続けるよ」
1滴、もじもじ、1滴、もじもじ、1滴、もじもじ、1滴、もじもじ。
かわいかあ。動作がかわいかあ。口に出さないけど、かわいか。
よし、首回りがずいぶんいい。皮膚が連動して顎付近まで蠢いて、顎は形がずいぶんはっきりする。
「痛くなか? 触って見て」
バテアちゃんが自分の手で触ると、動かない瞼の下で、目が驚いたように動いている。よく見たら、バテアちゃん、手首がすごく細い。
「どうかな?」
「あぁ、治って、る………」
しきりに首を触るバテアちゃん。口がうまく動かないのか、言葉がたどたどしい。
表情は変わらないが、雰囲気だけでも分かる。嬉しそうだ。
「じゃあ、今日はこれくらいにする? もうちょっとしようか?」
私が聞くと、バテアちゃんは少し悩む。
「優衣、明日またするなら、これば2滴飲ませた方が、効きがよかみたいや」
父が小声でいってきた。
「何で2滴? 1口くらい飲ませられんの?」
どうやら治療中に、ずっと鑑定していたようだ。
「2滴が限界や。ティム君の時は中級やったけど、今回のは効果が強すぎて、口腔からの直の吸収は、こん子の体力ではかなりきついようや。2滴が限界や。やけど、2滴飲ませれば、明日からの治療がぐんと早くなる」
「そうね。ありがとう」
「だけど、2滴飲んだら、少し眠気が来ると思う」
「ん、分かった」
私はバテアちゃんとマーヤさんに説明する。少しバテアちゃんとマーヤさんが考えて、2滴内服し、明日また治療することに。
「はい、お口に入れるよ」
「う、ん………」
私は2滴、バテアちゃんの口に垂らす。
最上級エリクサーは、すう、とバテアちゃんの舌に染み込んでいった。大きな変わりはないし、眠気が直ぐに来ない。
とりあえず、様子見かな。
「マーヤさん、ヨーラン君を」
「私、呼んで来るっ」
ラフィちゃんが部屋を飛び出していった。
マーヤさんは一旦バテアちゃんをベッドの部屋に連れていく。
ほどなく、ラフィちゃんが男の子を連れてくる。その顔には、疑いと戸惑いの表情が浮かんでいる。
「別に治さなくても………」
小さく呟くヨーラン君を、ラフィちゃんが自分の腕を見せて、説得してくれる。ザックさんも来て、説得に参加。
しばらくして、折れたのはヨーラン君。
「背中、見せてくれる?」
「うん」
もどかしい動きで、背中を向けてシャツをたくしあげる。
確かに、背中一面火傷が広がっている。
「上からな」
父が小声で指示を出す。
「ヨーラン君、少し痺れたりくすぐったいと思うけん。もし、痛かったら言ってね」
「うん」
まず、1滴。ラフィちゃんやバテアちゃんと同じように、皮膚が蠢いている。手のひらサイズで、皮膚が綺麗になる。ヨーラン君がびくり。
「痛い?」
「ううん、なんか、痒い」
「続けても大丈夫?」
「うん」
1滴、びくり。1滴、びくり。1滴、びくり。1滴、びくり。1滴、びくり。
よし。
「はい、治ったよ」
「え? あ、ひきつらない、すごい、ひきつらない」
「ね、言ったでしょう?」
ラフィちゃんが得意気に言う。
「良かったなヨーラン。ちゃんとお礼を言いなさい」
「あ、おばちゃん、ありがとうっ」
ぐさあっ。
さっきまでの疑いの目だったヨーラン君の笑顔がまぶしいが、胸にいろんな意味で突き刺さる。
私は悟られないようにして、このエリクサーの存在を内緒にしてもうように2人に説明。
「分かったおばちゃんっ」
ぐさあっ。
満面の笑顔のラフィちゃんの言葉も突き刺さる。
確かに、彼らにしたら、おばちゃんさ。そうさ、おばちゃんよ。なんだか痛感したよ。
でも、ダイアナちゃんは、お姉ちゃんって言ってくれたもん。スカイランの子供達もそう言ってくれたもん。
だけど、訂正できない。三十路だもん。
そして、ニコニコ笑う2人に言えない。
嬉しそうに出ていくラフィちゃんとヨーラン君を見送り、肩を落とす私に、父が慰めるように肩を叩いてくれた。
ザックさんがしきりにお礼言ってくれたが、なかなか耳に入らない。
「いえ。あの、他の子供達にも口止めを」
「はい。ありがとうございます、本当にありがとうございます」
ザックさんも2人を追って出ていく。見送って、肩を落とす私に、父が諭すようにいう。
「結婚年齢が早いこの世界やと、あれくらいの歳の子がおってもおかしくない歳やからなあ」
フォローになっていない、全然なってない。
父の優しいつもりの、悪気ない言葉が、ぐさぐさ、更に突き刺さっていった。
昼前にスラム街の孤児院へ。午前中は、買い物やらでバタバタした。
私と晃太、父、ビアンカとルージュ。ジョアンさんとダニーロさんが付いてきてくれた。
ビアンカとルージュが堂々と闊歩する。私も姿勢を正しく歩く。昨日の騒ぎは知られているから、下手に隠さず堂々としたほうがいい。ジョアンさんからも言われたしね。
寄り道せずにまっすぐ孤児院に。
「あ、テイマーさん」
子供達と遊んでいたコラソン君が走りよってくる。そして子供達もだ。
「わーい、わんちゃん」
「ネコちゃーん」
『もう、慣れたのです』
『そうねえ、小さいから、わからないのよねえ』
ビアンカとルージュは諦めモードだ。
わらわらとビアンカとルージュによじ登る子供達。
ザックさんが出てくる。
「ミズサワさん」
「おはようございますザックさん。こちらは父です。書面が正しいものか、見てもらいます」
「そうですか、よろしくお願いします」
ザックさんと父がぺこり。
建物中に案内してくれる。
まずは子供達のお昼ご飯だ。食堂に行って昨日母が作ってくれた具だくさんポトフとロールパンを出す。ポトフは小さな子もいるので野菜は小さめ。
「昨日も頂いたのに」
マーヤさんが恐縮している。
「子供達と約束しましたしね。配膳はお任せします。あの火傷の子は?」
「はい………」
火傷の子は3人。右腕の火傷をしているのは、10歳のラフィちゃん。顔を火傷をしているのは、7歳のバテアちゃん。そして背中を火傷をしているのは、14歳の男の子のヨーラン君。
「ヨーランは自分は見えない背中だから、ラフィとバテアを先に治療して、自分はいいって」
何ていい子や。
確かに、昨日の時点での中級エリクサーでは全員を治療するのは厳しかったかもしれない、だからあの説明をした。だが、今手元には薬の神様のおかげで、最上級エリクサーに昇華したものがある。
全員、絶対にこれで助ける。
「マーヤさん、全員治療出きるはずです。そのヨーラン君の説得お願いします」
「はい。あんた、お願い。あの子変に頑固だから」
「分かった」
ザックさんが、マーヤさんに言われて、出ていく。
私と父は、マーヤさんの案内で奥の部屋に。
晃太はお昼ご飯の配膳を、年長の子供達と行うことに。昨日もしたしね。
「ここです。ラフィ、バテア、治療してくれる方よ。入るわね」
声をかけて、マーヤさんが私と父を中にいれてくれる。
狭く薄暗い室内に、女の子が2人。
私はうち1人を見て、言葉を失う。
小さな女の子は、頭皮から火傷がケロイドになり、髪はわずかに生えているのみ。そして瞼、鼻、頬、口、顎が不自然に垂れ下がって見えるのは、焼けた皮膚が垂れ下がりそのままケロイドした跡。瞼は下瞼まで下がり、固くなった皮膚も動かないのか、まばたきもできていない。鼻も穴はあるが、鼻が変形しているから、まるでむき出しの様になっている。唇も変形し、ちゃんと閉じていない。口元周辺の皮膚は、垂れ下がったまま、首まで繋がっている。
これはくちさがのない子供にしてみたら、格好の餌食だ。だから、奥の部屋にいるんだろう。
私は、知らずに息がつまり、視界が歪む。
どれだけ、痛かっただろうか? どれだけ、怖かっただろうか? どれだけ、苦しかっただろうか?
まだ会ったばかりの私が、そう思うのは、この子にとっては、事情も知らないで、と思うだろうけど。私は、何かが込み上げてくる。奥にいるもう1人の女の子も、不安そうな顔だ。
「優衣」
「ん、分かっとう」
父の声に、私は込み上げてくるのん、ぐっと堪える、そして笑顔を浮かべる。
「さあ、治療しようね」
私はラフィちゃんとバテアちゃんの前に膝をつく。
だが、バテアちゃんはマーヤさんの後ろに隠れる。警戒されている、しょうがないか。
マーヤさんが声をかけるが、なかなか出てこないバテアちゃん。
「じゃあ、先にラフィちゃんをしましようね」
「え? いいの?」
ラフィちゃんは戸惑いの表情だ。多分、バテアちゃんを先だと、無意識に思っているのかも。幼心でも、そう思わせる程、バテアちゃんの火傷はひどい。
「うん。このお薬が効くって、バテアちゃんに教えてもらえるかな?」
「……………うん」
では、まず、ラフィちゃんからだ。
「じゃあ、見せてもらえるかな?」
「うん」
ラフィちゃんは左手で、右の袖を捲り上げる。
肘付近から指先まで広がるケロイド、指先は拘縮しかけている。
「優衣、内服より、皮膚からの吸収がよか。上から下に向かって1滴ずつな。ちょっと痺れるかもしれんけど、しばらくすればよくなるけん」
父が素早い鑑定してくれる。
「ありがとう、ラフィちゃん始めるけどよか? 痛かったら言ってね。この紫の液を1滴ずつ垂らしていくからね。よか?」
「うん」
よし。最終の確認済み。
私は最上級エリクサーをスポイトで吸い上げる。ラフィちゃんの顔に緊張が浮かぶ。
まず、1滴。
慎重に肘付近に垂らす。スカイランのティム君の時は吸収されなかったけど。
紫の液体はすう、と吸い込まれていく。
染み込んでいった瞬間、ひきつった皮膚が蠢く、え?
「…………きゃはははっ、くすぐったいっ」
ラフィちゃんがかわいい悲鳴。
くすぐったい? くすぐったいの? 皮膚、蠢いて痛くないの? あ、皮膚が普通の火傷していない場所と同じ色になる。火傷の場所、10センチくらいが、肌色となる。
たった1滴で、これだけの効果。さすが最上級エリクサーってことかな。
「すごい、すごいよ、ラフィ見てごらん、ほら、見てごらん」
「あはは………あ、すごい、治ってるっ」
肌色になった部位を見て、ラフィちゃんは興奮する。
「続けていいかな?」
「うんっ」
それからも1滴1滴皮膚の改善状況を見ながら垂らしていく。ずっとくすぐったいって悲鳴上げているけどね。痛いよりましか。指には隙間に垂らすと、指自体が蠢いたので、一瞬ホラーな感じがしてしまった。いけない、ラフィちゃんの治療なのに。
合計5滴で、ラフィちゃんの火傷をおった右腕は綺麗に治った。だけど。
「少し浮腫があるね」
左手と比べると、浮腫がある。
「ラフィちゃん、痺れはある?」
「うーん、ちょっとある」
「握れる? 痛くない? 開いたり、握ったりして見て」
ラフィちゃんは右手を握ったり開いたりを繰り返す。
「腕は曲がる? あ、無理はせんでね」
肘の稼働状況を確認。
「うまくいかない」
今まであまり動かせなかったから、そう直ぐに左手と同じようには動かないのだろう。
「そうやね。しばらくリハビリが必要やね。ラフィちゃん、無理がないように毎日握ったり、開いたり、曲げたりしてね。そうすれば、血行良くなって浮腫も良くなると思うけんね」
「うん」
「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます。ラフィ良かったね」
マーヤさんがすでに涙目だ。
さあ、問題は。
マーヤさんの影に隠れたバテアちゃん。ラフィちゃんの治療中から興味を引いたようで、ちらちら見てきている。
「ほら、バテア、見て。治ったよ、バテアも治るよ」
ラフィちゃんが、自分の右腕を見せる。
だけど、バテアちゃんはまだ迷いの様子。
「ねえ、バテアちゃん。まず、今日はちょっとだけにしようか? いきなり全部するのは怖かろう?」
私がそうではないかな、と思って聞くと頷く。上半身全体を使って頷く。
「なら、今日はちょっとだけね。お父さん見て」
「ん、…………こん子は首もとからしたほうがよかな」
「ありがとう。さて、バテアちゃん。ラフィちゃんの見たかね。痺れたり、くすぐったいけど、良か?」
こくん。
「じゃあ、マーヤさん、バテアちゃんを抱えて貰えます? こう、赤ちゃんにお乳あげている体勢で」
「はい」
マーヤさんがバテアちゃんを腕に抱いて、斜めに抱える。
「始めるね。今日はそうやね。首回りだけにしようかね。痛かったら言ってね」
私はバテアちゃんの様子を見ながら、首回りに1滴垂らす。ラフィちゃんと同じように吸い込まれ、皮膚が蠢く。ラフィちゃんより蠢く。きっと火傷の深さの差かな。
バテアちゃんが身をよじる。
「あ、痛かった?」
いかん、今日はこれまでかな? だけど、バテアちゃんは首を横に振る。上半身全体を横に振る。
「なら、続けるよ」
1滴、もじもじ、1滴、もじもじ、1滴、もじもじ、1滴、もじもじ。
かわいかあ。動作がかわいかあ。口に出さないけど、かわいか。
よし、首回りがずいぶんいい。皮膚が連動して顎付近まで蠢いて、顎は形がずいぶんはっきりする。
「痛くなか? 触って見て」
バテアちゃんが自分の手で触ると、動かない瞼の下で、目が驚いたように動いている。よく見たら、バテアちゃん、手首がすごく細い。
「どうかな?」
「あぁ、治って、る………」
しきりに首を触るバテアちゃん。口がうまく動かないのか、言葉がたどたどしい。
表情は変わらないが、雰囲気だけでも分かる。嬉しそうだ。
「じゃあ、今日はこれくらいにする? もうちょっとしようか?」
私が聞くと、バテアちゃんは少し悩む。
「優衣、明日またするなら、これば2滴飲ませた方が、効きがよかみたいや」
父が小声でいってきた。
「何で2滴? 1口くらい飲ませられんの?」
どうやら治療中に、ずっと鑑定していたようだ。
「2滴が限界や。ティム君の時は中級やったけど、今回のは効果が強すぎて、口腔からの直の吸収は、こん子の体力ではかなりきついようや。2滴が限界や。やけど、2滴飲ませれば、明日からの治療がぐんと早くなる」
「そうね。ありがとう」
「だけど、2滴飲んだら、少し眠気が来ると思う」
「ん、分かった」
私はバテアちゃんとマーヤさんに説明する。少しバテアちゃんとマーヤさんが考えて、2滴内服し、明日また治療することに。
「はい、お口に入れるよ」
「う、ん………」
私は2滴、バテアちゃんの口に垂らす。
最上級エリクサーは、すう、とバテアちゃんの舌に染み込んでいった。大きな変わりはないし、眠気が直ぐに来ない。
とりあえず、様子見かな。
「マーヤさん、ヨーラン君を」
「私、呼んで来るっ」
ラフィちゃんが部屋を飛び出していった。
マーヤさんは一旦バテアちゃんをベッドの部屋に連れていく。
ほどなく、ラフィちゃんが男の子を連れてくる。その顔には、疑いと戸惑いの表情が浮かんでいる。
「別に治さなくても………」
小さく呟くヨーラン君を、ラフィちゃんが自分の腕を見せて、説得してくれる。ザックさんも来て、説得に参加。
しばらくして、折れたのはヨーラン君。
「背中、見せてくれる?」
「うん」
もどかしい動きで、背中を向けてシャツをたくしあげる。
確かに、背中一面火傷が広がっている。
「上からな」
父が小声で指示を出す。
「ヨーラン君、少し痺れたりくすぐったいと思うけん。もし、痛かったら言ってね」
「うん」
まず、1滴。ラフィちゃんやバテアちゃんと同じように、皮膚が蠢いている。手のひらサイズで、皮膚が綺麗になる。ヨーラン君がびくり。
「痛い?」
「ううん、なんか、痒い」
「続けても大丈夫?」
「うん」
1滴、びくり。1滴、びくり。1滴、びくり。1滴、びくり。1滴、びくり。
よし。
「はい、治ったよ」
「え? あ、ひきつらない、すごい、ひきつらない」
「ね、言ったでしょう?」
ラフィちゃんが得意気に言う。
「良かったなヨーラン。ちゃんとお礼を言いなさい」
「あ、おばちゃん、ありがとうっ」
ぐさあっ。
さっきまでの疑いの目だったヨーラン君の笑顔がまぶしいが、胸にいろんな意味で突き刺さる。
私は悟られないようにして、このエリクサーの存在を内緒にしてもうように2人に説明。
「分かったおばちゃんっ」
ぐさあっ。
満面の笑顔のラフィちゃんの言葉も突き刺さる。
確かに、彼らにしたら、おばちゃんさ。そうさ、おばちゃんよ。なんだか痛感したよ。
でも、ダイアナちゃんは、お姉ちゃんって言ってくれたもん。スカイランの子供達もそう言ってくれたもん。
だけど、訂正できない。三十路だもん。
そして、ニコニコ笑う2人に言えない。
嬉しそうに出ていくラフィちゃんとヨーラン君を見送り、肩を落とす私に、父が慰めるように肩を叩いてくれた。
ザックさんがしきりにお礼言ってくれたが、なかなか耳に入らない。
「いえ。あの、他の子供達にも口止めを」
「はい。ありがとうございます、本当にありがとうございます」
ザックさんも2人を追って出ていく。見送って、肩を落とす私に、父が諭すようにいう。
「結婚年齢が早いこの世界やと、あれくらいの歳の子がおってもおかしくない歳やからなあ」
フォローになっていない、全然なってない。
父の優しいつもりの、悪気ない言葉が、ぐさぐさ、更に突き刺さっていった。
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【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
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【完結】君を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~
綾森れん
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侯爵令嬢ロミルダは王太子と婚約している。王太子は容姿こそ美しいが冷徹な青年。
ロミルダは茶会の折り王太子から、
「君を愛することはない」
と宣言されてしまう。
だが王太子は、悪い魔女の魔法で猫の姿にされてしまった。
義母と義妹の策略で、ロミルダにはいわれなき冤罪がかけられる。国王からの沙汰を待つ間、ロミルダは一匹の猫(実は王太子)を拾った。
優しい猫好き令嬢ロミルダは、猫になった王太子を彼とは知らずにかわいがる。
ロミルダの愛情にふれて心の厚い氷が解けた王太子は、ロミルダに夢中になっていく。
魔法が解けた王太子は、義母と義妹の処罰を決定すると共に、ロミルダを溺愛する。
これは「愛することはない」と宣言された令嬢が、持ち前の前向きさと心優しさで婚約者を虜にし、愛されて幸せになる物語である。
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※他サイトでも『猫殿下とおっとり令嬢 ~君を愛することはないなんて嘘であった~ 冤罪に陥れられた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら幸せな王太子妃になりました!?』のタイトルで掲載しています。
このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
澤谷弥(さわたに わたる)
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マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。
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