上 下
144 / 820
連載

閑話 ノータ冒険者ギルド副マスター

しおりを挟む
 赤ん坊は無事に戻って来た。
 テイマーは心底ほっとした顔で、若い夫婦に渡している。
 穏やかな顔の後ろで、並ぶ2体の従魔。
 ドラゴンを一撃で倒した従魔。
 魔の森で敵なし、実際には森の守護者と呼ばれるフォレストガーディアンウルフ。
 通った後は、血の道ができると言われるクリムゾンジャガー。
 その2匹を従えているのは、赤ん坊を抱き締めて運んできた穏やかな女性。
 合わない。全然合わない。
 そう思ったが、実際にテイムしているのは、この女性だ。
 そして、警戒色の強い弟は、予想以上のアイテムボックスの容量だ。あの大型の馬車を入れられるだけの容量。あのテイマーの姉にして、巨大容量のアイテムボックスを持つ弟。今まで、よく、誰にも見つからず無事でいたものだ。
 そして、従魔。近くで見たら、迫力が、違う。
 格が、違う、生き物だ。
 元Aランクまで登り詰めたが、手も足もでない相手だ。
 自分が全盛期であったとしても、かつて、所属していたパーティーメンバーが揃っていても、歯が立たないだろう。
 オルクの巣の掃討については、結局、テイマーがすべて請け負い、すべてをこなした。
 付いていくつもりだったが、行けなかった。
 見送った時に、魔法馬を連れて行ったのには驚いたが。
 そして、持ち帰ってきたオルクの中にあった、ハイ・オルクシャーマンに、ウィークスは言葉を失った。
 ハイ・オルクなら見たことはあるし、倒したことだってある。オルクは集団生活を送るなかで、強い個体が生まれる。ゴブリンのように。ハイ・オルクだけでも珍しいのに、更に上位のハイ・オルクシャーマン。ウィークスも初めて見た。首が真後ろに向いていた、ハイ・オルクシャーマン。どれだけのオルクがいたか、予想以上の数だったはず。
 恐らく、本来なら国が騎士団を出しての討伐になっているはずなのに。
 だが、テイマーには実感はなさそうだ。
 確かに、フォレストガーディアンウルフ、クリムゾンジャガーを従え、ドラゴンまで見ているテイマーにとっては珍しくもないかもしれない。
 首が真後ろを向いた、ハイ・オルクシャーマン。
(一体、どんな戦闘をしたんだ。せめて、近くで見たかったな)
 報酬金の準備で、ドナートが退席している際に、ウィークスはまじまじとテイマーの観察。
 30過ぎの、黒髪黒目の女性。身なりも小綺麗だが、決して高級品ではない。とりわけ美人ではない、はっきりとした二重まぶたの、どこにでもいる主婦だ。
 出されたお茶を冷ましながら飲む姿も、優雅と言うより、庶民感が溢れている。
 これだけの従魔を持てば、天狗になってもいいだろうに。たまにいるのだ、ランクが高ランクになって、態度がでかくなる連中が。
 じっと見ていると、向こうも気がついたようだ。
「なんでしょう?」
 誤魔化した。
 後ろで眉間にシワを寄せ、ちら、と牙を覗かせる、クリムゾンジャガー。
 誤魔化した。必死に誤魔化した。
 テイマーは、これだけの従魔を従えたのは、たまたまだと言い切った。嘘ではないようだ。
「そうですか」
 控えめな女性なのか、世間知らずか、冒険者としての常識がないのか。よく分からない。
 ただ、警戒色があまりない。疑わない。そして、惜しげもなくポーションを使い夫婦を救い、拐われた赤ん坊を助けだした。たった1人で、従魔だけを連れて、ためらいなく魔の森に入って。
 人がいい、いや、お人好しか。
 だから、弟は、警戒色を強めているのだろう。この姉の身を案じているのだ。
 テイマーはそれから200万を何の疑いもなく受け取った。本来ならこの倍を要求するような事態なのに。ドナートが気を利かせて渡したノータの紅茶の方を受け取った瞬間の笑みは、本当に嬉しそうだった。
(本当に、普通の女性にしかみえない)
 その後もう1組の夫婦が訪ねてきた。
 彼らは、オルクの巣の討伐にテイマー達がノータを出発した、その日に来た。
 眼帯をした男が、冒険者ギルドに来た。
「ウルフとジャガーを連れた人を探しています」
 話を聞くと、あの日、ウルフとジャガーの子供の綱を預けた手綱持ちの親だ。
 子供が持たされたというポーションを飲んだら、目が見えるようになったと。ただのポーションではないと感づいて、持ってきた子供に聞けば、もらったと言う。初めは娘がいかがわしい事でもして手に入れたのではないかと思ったが、ただ、もらっただけのようだ。だが、中級ポーションでも回復しなかった目が、片目だけだが完全回復したのだ、普通のポーションのわけない。男は嫌な予感がして、冒険者ギルドに来たようだ。対応したウィークスは、男が飲んだポーションの空瓶を預り、薬師ギルドマスターに渡した。シワだらけの手で受け取った老女は、匂いを嗅いで一発で何か分かったようだ。
「バーザタイラントの眼球回復ポーションだね。かなりの上物」
「いくらになる?」
「50万だね。これは最低額。確かマーファで大量にバーザタイラントのドロップ品が出たはず。マーファで処理されたなら、こいつを作ったのはダワーだね、あいつはユリアレーナでも最高の腕を持つ薬師だ。あいつのポーションなら、もっとするはずだよ」
「そうか」
 最低額50万。
 眼帯をした男は青ざめる。そこまでの蓄えがないのだ。
「支払えないなら、分割にしてもらうように話を着けてやる」
 そう言って、眼帯男をその日帰した。
 2組の夫婦は、顔色が悪く、それはテイマーにも分かったのか、少し考えている。
 話を着けてやる、何て言ったが、この様子ならなんとか受けてくれるかもしれない。
 少女が、ジャガーに「にゃんにゃん」言って抱きついている。
 その様子に、肝が冷えた。
 引き離されて、いやいや、と連発する少女を、なんとクリムゾンジャガーは優しく舐めている。とたんに上機嫌になる少女が触っても、クリムゾンジャガーは大人しく触られている。
 通った後は、血の道ができると言われる、クリムゾンジャガーが。
(テイマーがきちんと管理しているだけなのか? このクリムゾンジャガーが大人しいだけなのか? そんなわけない、オルクを容赦なく倒していた。情報が本当なら、恐ろしい魔物なのに)
 異様な感じがした。クリムゾンジャガーにも、テイマーの黒髪の女性にも。
 そんな中で、テイマーが額を提示する。予想外の額が出た。
「中級ポーションです」
 そう言い切って、テイマーは中級ポーションの額だけ受け取り、そそくさと去って行った。
 欲のない、女性だ。そう思いながら見送った。
 次の日、ウィークスはテイマー一行を見送りながら、ふと思い出す。
(確か、今、フェリクスさんがスカイランにいるはず)
 かつて、所属していたパーティーのリーダーを思い出す。
 ユリアレーナで僅か10人しかいない、Sランクの冒険者の1人。長命な一族の血を引き、今でも現役冒険者。
(まあ、あの人なら、あの従魔達を従えたテイマーに、おかしな対応はせんだろう)
 あのテイマーと遭遇するかどうかは分からないが。
 そんなことを思いながら、立ち上る土煙を見送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。