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閑話 厄災後の聖女一家 後編

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 不快を受ける表現があります。ご注意ください。



「ヒュルト、俺は『鍵』を絶対に渡さないぞッ、死んでも渡さんッ」
「ああ、好きにしろ。お前の判断に任せる」
 火傷跡がある騎士と自分を見下した目で見るヒュルトの会話は、華憐達の耳に入らない。火傷を治すために必死だったからだ。
 ある程度痛みが引いた頃に、椅子ごと倒れていたが、元の位置に戻される。
 講師の中年女と、もう1人の中年男は、無言のまま華憐達をゴミを見るような目で見下していた。そしてヒュルトに一礼して出ていった。
 起き上がった華憐達は、次に猿轡を容赦なく嵌められる。まだ、痛みがあり、火傷が残っていたため、激痛が走る。
 必死に回復魔法をかけ続ける。その甲斐があり、痛みが引いた頃に、メイドがワゴンを押して入って来た。
 芳しい香りの紅茶とドライフルーツが載っていた。黒パンしか食べていない華憐一家にとって、それは輝いて見えた。
「ありがとう、頂こう」
 すっ、と紅茶の香りを堪能したヒュルトは、紅茶を一口。
「いい香りだ、君の紅茶はいつも最高の香りだ」
「ありがとうございます」
 メイドは美しい礼をする。
 ヒュルトはドライフルーツを一つ口に含み、ゆっくり味わって食べる。
「うん、噛めば噛むほど味が出る」
 食い入るように見ている華憐一家を、ヒュルトは見下す。
「どうされました? あなた方が飲み物ではないと、わざと吐き出した紅茶ですよ? 味がしないと床にばらまいたドライフルーツですよ?」
 ヒュルトはバカにしたように言う。
 ゆっくり、見せつけるように味わうヒュルト。
「さて、こちらの話をしましょうか。聞くかどうかは勝手ですがね」
 ヒュルトはわざとらしく話を始める。
「まず、あなた方にはいろいろ罪状があります。多すぎて、どれから言いましょうか。まあ、最大の罪状は国家転覆罪です。我が国の最大の薬草園を破壊した罪です。何百年も管理し、守り続けてきた者達の思いをよくも踏みにじってくれましたね」
「うーうーうー」
「後は殺人、傷害、メイド達に対しての暴行、城の絨毯、食器、花瓶等々の器物損壊、書物の禁書を破った、ああ、禁書は国宝ですからね。普通の器物損壊とは訳が違いますからね」
「うーッ」
「極刑があなた方の首の数では合いません。足りませんからね」
「うーうーッ」
「騎士達やメイド達からも苦情が来てます。性病を移されそうで怖いと」
 真っ赤に染まり、唸り声を上げる華憐一家。
「まあ、極刑なんて、させませんよ。もちろんこちらのもくろみもあります。しっかり働いて頂いたら、僅かですが少しずつ恩赦を差し上げましょう」
 唸り声が止まる。
「まず、その枷の鍵ですね」
 華憐一家の両手首と両足首には、黒い金属の枷が嵌まり、攻撃魔法を完全に防いでいる。枷と枷には鎖で繋がれ、自由を奪っている。華憐一家が地下牢から出れない理由だ。外す手段がないのだ。
「それは魔道具です。それには『鍵』が存在します。全部で5個。一つは私が持っています」
 そう言ってヒュルトは右の掌を見せる。赤い小さな模様がある。
「これが『鍵』です。魔力を流しながら枷に触れれば、外れます」
 なら、簡単だと華憐は思った、今までの男達のように落とせばいいのだ。
「おっと、私にあなた方の汚い色仕掛けは効きませんよ。そしてこの『鍵』は持ち主の生命が繋がっています。もし、この『鍵』を誰にも譲渡しないままに私が死ねば、その枷は一生外れませんからね」
 ふん、と笑うヒュルト。
「まあ、私の『鍵』の条件は国中の治療院で、今回の件での負傷者の治療。もちろん全員ですよ。確認が取れれば、解錠しましょう」
 簡単でしょう、と続ける。
「当然、アイテムボックスを最大限使い、移動してもらいます。そうですね、まず、王都の治療院が終わった時点で、毎食スープを付けましょう。次に薬草園近くの治療院が終われば、毎食、ドライフルーツを付け、週に一回入浴の許可を出しましょう。その次の条件はその時になってです」
 入浴の条件に華憐達の目が輝く。あれ以来、入浴できていない、浄化魔法では限界が来ていた。
「次に『鍵』の保持者ですが、薬草園の職員です。彼の望みは、再び薬草園を復活させること。つまり大地の再生です。食物が育つ環境に戻すことです」
 それなら簡単だ、魔法がある、華憐には『聖女の奇跡』がある。そう読んでいた。
「まあ、彼がそれで許してくれるといいですねえ。尊敬していた実の父親と愛する妻を、あなた方の起こした厄災で失っていますからねえ」
 ヒュルトはわざとらしく続ける。 
「次の『鍵』の保持者はマナー講師です。彼女は第一側室。その優秀さで王妃に請われて側室に入った女性です。今回の件でバカ王子が廃嫡されて、王妃が倒れました。彼女は王妃に心酔していましたからねえ、解錠してくれると、いいですねえ」
 鼻で嗤うヒュルト。
「次の『鍵』の保持者は先ほどの男性です」
 華憐の目が輝く。あんな中年男なら、一発でどうにかなる。そんな目の華憐を見下すヒュルト。
「彼はバカ王子の婚約者、サラナリア嬢の父君。厄災のせいで、自身の領も煙害でずいぶん大変だったようですがね。何より大事な娘の婚約者を下品な方法で奪った女と、領に被害を及ぼした者達を、許してくれるといいですねえ」
 紅茶を一口含むヒュルト。
「最後は、あの火傷跡のある騎士が持っています。彼はね、ある女性に命を救ってもらい、彼女に心酔しているんですよ。その彼女に対してよくもあれだけの暴言を彼の前で吐けましたねえ」
「うーッうーッ。ガボッ、知らないッ、私は、ゴホッ、知らない、そんなのッ」
「でしょうね。何故、彼女達があなた方との接触を拒んだかよく分かりましたよ。今頃ですがね。彼女、とは分かりますよね? でも、彼女達はすでにこの国にはいませんよ。安全な場所に行きました。国民にも言ってあります。あなた方の暴力に耐えかねて、逃げた一家と。もし気づいてもそっとしておいてくれと。一番の被害を今まで受け続けて、やっと安眠できる生活を手に入れたからと」
「そんなの嘘よッ」
「ええ、嘘ですよ。だけど、民は私の言葉を信じるでしょうねえ」
「私は、聖女、なのよッ」
 華憐は叫ぶ。
 聖女、それだけが、華憐達の支えだった。
「だから?」
「はあ?」
「だからなんだ」
 ヒュルトは凍りつく様な声を出す。
「聖女とは、そう称賛されるだけの功績と貢献をした人に、人々が感謝を込めて称えてこその称号。まさか、まだ、自分が聖女だと思っていらっしゃいます? なんと可哀想で哀れな頭ですね。その頭の中身はきっと腐ったどぶでも詰まっているのでしょうねえ」
「なんですってッ、取り消しなさ、ガフウッ」
 再び猿轡をされる華憐。
「さて、今日はこれまでだ。地下牢に放り込め。明日どうするか聞こう。まあ、枷の効果で自害も許されない。さあ、連れていけ」
 華憐達は手荒く引き摺られて行った。
 選択権は、なかった。
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